第148話 ロッド王子とペルタ
シュヴァルツとランドルフが微笑みを交わしている頃、ロッドはルイスの客間にいた。
猫足の豪華な長椅子に、クッションを枕に横になって目を閉じていた。
テーブルではペルタが本を開いて熱心に読んでいた。
ロッドは目を開けて、またその様子を見た。
客間で会った時はついニヤリとして “ルイスがランドルフさんとペルたんをくっつけようとしてるよ” と教えてやろうかと思ったが、下手に希望を持たすのも悪いと思い直し黙っていた。
恋に敗れると膝をつく大ダメージを受けるペルタの姿が、頭を過ぎって気の毒になったためだ。
ランドルフとくっつかなければ、どのみち膝をつくことになるのだろうけど。
一生懸命、お姫様の教科書なるものを読むペルタを見て、そろそろ誰かとくっついてほしいなとロッドは思い目を閉じた。
そして、部屋の明るさに片手で目を隠した。
その動きに気づいて、ペルタはロッドを見た。
「ロッド君、お昼寝するの?」
それなら、部屋を出ようかとペルタはもぞもぞした。
ロッドは目を閉じたまま答えた。
「うん、少し、夏バテ気味みたいで」
「大変!」
部屋を飛び出して行ったペルタを、ロッドは数秒遅れで上半身を起こして見送った。
軽い気持ちで言ったのに、ルイスとは違う方向で本気にしやすい人だなと肩をすくめた。
そしてまた横になって待っていると、ペルタが戻ってきた。
「大丈夫? 今日は風がないから暑いわよね」
ペルタは膝をつくと、アイシングバックをロッドのおでこに当てた。
「ありがとう」
ロッドはされるがままに、木の上の黒ヒョウのようにだらけていた。
「お医者さんに診てもらう?」
「大丈夫だよ。ちょっと眠いだけ」
ふたりはちょっとにらみ合った。
「セバスチャンが、毎日体調管理してくれてるんだからさ。信じてよ」
「セバスチャンが。そうね……」
ロッドの思惑通り、セバスチャンに弱いペルタは引き下がった。
得意になったロッドは、体を起こした。
「ここに座ってよ」
長椅子に座ったペルタの白いスカートのももに、ロッドは頭をのせて横になった。
あまりにも自然に膝枕させたロッドに、ペルタは驚愕した。
「王子様になる前から、モテモテだったんでしょうね」
「え?」
「なんでもないわ」
ペルタは戦慄しつつ、アイシングバッグをおでこに当ててあげた。
モテモテの王子様にこうしていると、光栄なような嬉しいような気持ちになって高揚してきた。
「私、熱くない?」
体温が上昇するのを感じて、ペルタは慌てた。
「ちょっと熱いけど、いいよこのままで」
王子様の思し召しにペルタはじっとしていることにした。
さわさわ風が吹いてきて、レースのカーテンをひらめかせた。静かな時が流れていた。ふたりでいて、こんな空気になったのは初めて。お互いがそれに気づいていた。
ペルタはニッコリした。いつもそっけなくどこかに行ってしまうロッドとこうしていられて嬉しかった。
ロッドは目を閉じて、ペルタのことをじっくり考えていた。
自分はペルタさんのことが好きなのかと。
シュヴァルツとランドルフに嫉妬もしていないし、それに年の差が。
しかし、奇石でペルタはいつでも自分と同い年になれる。
そうなったとしても、今まで通り接するだけだ。
ペルタさんは恩人で良いお姉さんで時々ヤバいけど。
ただ、好きなんだよなと結論づけた。
恋愛感情は今のところ湧いてない。
そういえば、俺が好きになった子って誰だっけ? とロッドは目を開けてぼんやり部屋を見つめた。
いない、いや、いる。
小さい頃に行ったバザーで見た子だった。
お姫様みたいなワンピースを着ていた。
まさか、それで俺はお姫様を好きになって、王子様になるのにもためらわなかったんだろうか。
まさかと冷や汗をかく思いで、ロッドは女の子のことをもっと考えてみた。
あの子もオトギの国に来ているだろうか? 来ていたとしても、探すほど自分はロマンチックな性格じゃないしとロッドは冷静になった。
まぁ、あの子を好きだったならお姫様を好きになれるってことで、王子になった自分にとっていいことじゃないか。
ロッドがそう答えを導き出して落ち着きを取り戻した時、客間にルイスが入って来た。
「どうしたの、ロッド。具合悪いの?」
ルイスはペルタに膝枕されていることにギョッとしつつ聞いた。
ロッドはゆっくり体を起こして目を開けた。
「ちょっと、夏バテしてただけ」
「大丈夫?」
「ああ」
ロッドは両手を絡めて伸びをすると、立ち上がった。
「だけど、今日はもう帰ろうかな」
「泊まっていきなよ」
「眠れないだろ」
「そうだね」
以前泊まった時夜ふかししたので、ルイスは笑って引き下がった。
「シュヴァルツさんに言ってくるよ。じゃあね」
「お大事にね」
ロッドとペルタは笑顔を交わした。
ペルたんは絶対後で電話かけるなと予想しながら、ルイスはロッドを見送った。
それから、長椅子に座るペルタを振り返った。
「ルイス君は、大丈夫?」
「大丈夫」
笑顔で答えたが、ルイスはロッドを真似てみた。
これが膝枕かと、膝枕をしてみたかったのもあるが。
ランドルフさんとシュヴァルツさん推し対決でロッドに対抗意識もあった。
「ふたりの王子様に膝枕できるなんて、光栄だわ」
ペルタはうろたえつつ、やっと軽口を叩いた。
アイシングをおでこに当てられて、ルイスは目を閉じた。
そこへ、扉が開いてロッドが顔を出した。
「あ」
ルイスとロッドは同時に声を出した。
ニヤッとしたロッドを見て、ルイスは急いで起き上がった。
「言い忘れてたけど」
ロッドはルイスと視線を交わした。
「あの話だけど、やっぱりいい案が浮かばないからさ。シュヴァルツさんと一緒に見守るよ。不完全燃焼にさせて悪いな、好戦的な王子様。じゃあな」
ルイスが反応する前に、ロッドはいなくなった。
「……シュヴァルツさんと一緒に見守るのか。シュヴァルツさんには話したんだ」
「なんの話?」
興味に目を丸くするペルタをはぐらかさないとと、ルイスは苦笑いした。
「えっと、あることで競争みたいなことしてたんだけど、今聞いた通りロッドが途中でやめたんだ」
「そう、あることって?」
「それは内緒。もう、終わったことだし」
そう思うと力が抜けて、ルイスはまた膝枕に戻った。
ロッドとの競争はなくなったけど、僕は引き続きふたりがくっつくために協力しよう。
ルイスは決意して目を閉じた。
そうだ、ランドルフさんも夏バテ気味じゃないかな? それならペルたんに膝枕してもらったらいいんじゃ?
しかし、膝枕してもらうランドルフさんを想像して眉を寄せた。
さすがに、膝枕は断る気がして諦めた。
ペルタの方はまだなんの競争か気になっていたが、ルイスががっかりしているように見えてそっとしておくことにした。
そこへ、扉が小さくノックされてユメミヤが入って来た。
ルイスは急いで起き上がって笑顔を向けたが、ユメミヤはペルタをキッと嫉妬の目で見つめた。
「ち、違うのよ」
慌てるペルタにつられて、ルイスも言った。
「ちょっと、夏バテ気味で」
「えっ、大変です! 冷やすものを、お医者さま!」
ユメミヤは客間を飛び出し、ルイスは慌てて追いかけた。
夏の暑さが織りなすざわめきは、もうしばし続くのだった。




