第147話 似ている王子
ペルタとランドルフ王子になんら進展もないまま楽しい修業が続く中、シュヴァルツ王子がやって来たのでルイスはつい偵察に向かった。
花の授業も終わっての休憩時間、運良くひとりで歩くシュヴァルツを廊下で見つけた。
今は夏真っ盛り、夏服とはいえいつもの黒服と、ゆるく結んだ長い髪が暑そうだった。
「シュヴァルツさん。長い髪、暑そうですね」
見たまんま、まず、当たり障りないことを聞きながら横に並んだ。
「ああ」
シュヴァルツは笑顔で応じつつ、横髪に軽く触れた。
「夏だからということにして、切っていいだろうか?」
珍しく冗談っぽく笑ったので、ルイスも目的を忘れて笑顔を返した。
女性達が髪留めをくれるので、長い髪を切れないのを知っているルイスは考えながら言った。
「そうですね。また、伸ばすなら……」
「ばっさりいくと、伸ばすのに時間がかかるな」
躊躇するシュヴァルツをもう一度見て、ルイスはフムと、ばっさり切った姿を想像してみた。
「似合うと思いますけど、ちょっと、ランドルフさんと見た目がカブるかもしれませんね」
「なに?」
「なんていうか、真面目な雰囲気とか顔つきが似てる気がしますから」
「なるほど……」
カブると言われた時は気になったが、ランドルフに対して好感を持っている部分に似ていると言われてシュヴァルツは嬉しくなった。
「俺は似ても構わないが、個性も大事だ。このままにしておこう」
「その髪型、とても似合ってますよ」
「ありがとう。初めて言われた気がするな」
笑顔を交わした後、シュヴァルツは思い出して聞いた。
「なにか、俺に用があるのではないか?」
「あ、そうでした」
ルイスは一気に緊張した。
「ロッドがなにか、話を持ちかけていませんか?」
「はなし? なにも……」
まだだったかとルイスは呟いた。
「話とは?」
当然の疑問を口にされて、ルイスは少し考えた。
シュヴァルツさんの味方はロッド、僕はランドルフさんの味方。そこははっきりしておかないとなと。
「ロッドに聞いてください。では、失礼します」
立ち去るルイスを、シュヴァルツはしばし見つめていた。
ロッドに聞いてくださいとは。
笑顔だったが、いつもと違い不親切な気がした。
なにかあるのだろうか? ロッドに聞くかと、さっそく探して歩いた。
ロッドはキッチンでひとり、冷蔵庫のそばに立ってジュースを飲んでいた。
シュヴァルツを見るとギクリとして、
「あ、シュヴァルツさん。ごめんなさい。座って飲みます」
「それも大事だが、聞きたいことがある」
「なんですか?」
「ルイスに、ロッドからなにか話を持ちかけられてないかと聞かれた。どんな話を持ちかけようと言うだ?」
「はなし? えっと」
ロッドは二杯目のジュースを注ぎながら、記憶を探った。
「あれだな。えっと、ルイスはランドルフさんとペルタさんをくっつけようとしてるから、俺はシュヴァルツさんとペルタさんをくっつけたいんだけどと言ったんです」
「くっつける……!?」
ロッドからそんなことを聞くとは。
驚くシュヴァルツを前に、ロッドは笑い出した。
「とっさに言っちまったっていうか、ノリでというか」
「ノリで?」
真面目なシュヴァルツは冷静さを取り戻し、いつもの鋭い目でロッドを見すえた。
「俺はそうだけど、ルイスは本気で対抗してるみたいですね。好戦的なところあるから、あいつ」
「それに真面目だ。ルイスは。あまり、からかうな」
「はいはい」
軽く返事をしてから、ロッドは自分も少し真面目な視線をシュヴァルツに向けた。
「俺も、少しは真面目に対抗しようかなって考えたんですよ」
「ほう」
どんな考えかと、シュヴァルツは腕を組んで気持ち前のめりになった。
「だけど、なにもいい考えが浮かばなかったんで。だから、もういいかなって」
「フム……」
あっさり言って笑うロッドに、シュヴァルツは翻弄されているような気分になって目つきをさらに鋭くした。
「ほら、シュヴァルツさんとペルタさんは、一度決着ついてるし、ランドルフさんとくっつくのもいいかと思って」
「フム……」
シュヴァルツはペルタと後一歩のところまでいき、結局は “自分よりもっと相応しい王子を探してほしい” と告げたことを思い出した。
その相応しい王子がランドルフかもしれないのかと彼を思い浮かべた。
「よくわかった」
シュヴァルツは腕を解き体をまっすぐにした。
「どうするんですか?」
「見守ろう、ふたりのことを」
「ふうん、わかりました」
ロッドは笑顔を見せると、グラスに氷を入れてキッチンを出ていった。
シュヴァルツはしばし、突っ立っていた。
見守ろうと即答したが、胸がざわざわしていた。
目を閉じてその音に耳をかたむけてから、ランドルフを探して歩きだした。
ランドルフは自分の部屋にいた。
にこやかに迎え入れられたシュヴァルツは、真正面から対立するようにランドルフを見すえた。
自分に似ている。そう言われるとそんな気がしてくる王子、自分よりペルタとくっつくのに相応しいかと値踏みするように思わずキツイ目で見てしまった。
「どうしました?」
目つきに気づき驚くランドルフから、シュヴァルツは急いで視線をそらせた。
見守ろう、素晴らしい王子なのだと言い聞かせながら。
「いや、邪魔をしたか?」
机の上に開かれた本があった。
「いいえ」
ランドルフは笑顔で机の本を手に取った。
「これは、さっきシュヴァルツ王子から教わった花の名前を書きとめていたんです。忘れないように」
ズキンと痛むほど、シュヴァルツの胸は感動に打たれた。
「そこまでしてくれるとは、教えた甲斐があるというものだ」
「当然ですよ」
軽く言ってのける真面目なランドルフに、シュヴァルツは感動の瞳を向けた。
「下手ですが、絵も描いているんです」
見せられたペン画の花からは、はっきりと真心と愛情が感じられた。
「上手いではないか……」
この王子になら任せられる。
心からそう思い、微笑みを浮かべた。
「どうしたのですか?」
ランドルフは微笑み返しながら、首をかしげていた。
「いや、邪魔したな。ルイスに俺が髪を切ったらランドルフ王子と似るんじゃないかと言われて、気になって姿を見に来たのだ」
「そうだったんですか。シュヴァルツ王子と似ていると言われると嬉しいですね」
シュヴァルツはまた感動して、嬉しそうな笑顔のランドルフにニッコリと笑顔を返した。




