第146話 逆ハーは許さない
ルイスは動揺を鎮めるために、ロッドと別れて食堂に行きジュースを飲んだ。
そして気を取り直すと、客間に向かった。
廊下を歩く間もペルタとランドルフを探してキョロキョロした。早く修業を開始したかった。
ふたりに会えずに客間に入ったが、ペルタがテーブルに向かい本を読んでいた。
「あら、ルイス君。シュヴァルツ様の授業終わったの?」
「うん、ペルたん。今日は行かないの?」
シュヴァルツはルイスとロッドに授業をつけた後は、城の人々にも授業をしていた。庭園の散歩もかねていて、ペルタもよく参加していた。
「うん、本を読んでたら時間忘れちゃってて」
「どんな本?」
ペルタが本を上げて表紙を見せた。“お姫様になるための教科書”なるタイトルだった。
ルイスは思わずふふっと笑った。
「教科書を読んで時間を忘れるなんて、偉いね」
「ありがとう。でも、今から行こうかな」
「そのまま読み続けてほしいな!」
「えっ?」
ルイスの強い口調と顔つきに、ペルタは驚いた顔をして立ち上がるのをやめた。
ロッドの妨害をしているようで少し胸が痛かったが、ルイスは気を強く持って言った。
「教科書を読んで勉強をしてたほうが、王子様達も喜ぶと思うな。ランドルフさんとか」
「そうね……」
特別ランドルフと付け加えられたことには気づかず、ペルタは本を両手に持って読みだした。
そんなペルタに安心して、しばし見守っていたルイスだったが、これをランドルフさんに見せて好感度を上げようと立ちがった。
「ルイス君、どこか行くの?」
「うん、ちょっと。そうだ、お茶を持ってきてあげようか? 勉強してると、のど乾くよね」
「ありがとう! ルイス君は本当に優しい王子様になれるわ」
「ありがとう」
ルイスは嬉しさに笑った。
「ふう、ルイス君みたいな王子様がいてくれたらな」
「優しい王子様はいっぱいいるよ。ランドルフさんとか」
ルイスはここでも強調した。
「そうね、ランドルフ様……」
「うんうんっ」
ルイスは座ると身を乗り出した。
「それに、シュヴァルツ様に、ブロウ様に、ファルシオン様に……」
ペルタは知っている限りの王子様を連ねた。
「う、うん」
「みなさん、それぞれ全然違うけど優しいのよね。さすが王子様だわ」
「うん、そうだね」
ランドルフさんがぼやけてしまったなとルイスは困った。
「そうだ、そんな王子様達の中でも、仲良くなってる王子様がいるよね。ランドルフさんとか」
「そうね!」
ルイスの笑顔にペルタは笑顔を弾けさせて答えた。
「うんうん、ランドルフさんランドルフさん」
「それから」
ペルタはうっとりと、ルイスから視線をそらせた。
「シュヴァルツ様とも……この前」
「この前? なにかあったの?」
ルイスはなにも思い当たらず、注意深く聞いた。
ペルタはダンスのレッスンの時に、おでこにキスされたことを思い返して手をおでこに当てた。
「おで……おで……!!」
ペルタは恥じらいに顔を両手で隠した。
ルイスは眉を寄せた。
「おで? なんで自分のこと急にそう言い出したの?」
「おで、恥ずかしい。違うわよ! おでこ……!!」
ペルタはまた顔を隠した。
「おでこ?」
「うん、おでこにキスしてもらったの!」
「なっ!?」
ルイスはショックに震えた。
ロッドに何百歩もリードされてしまった思いがした。
「いつ? どこで?」
「この前、ルイス君もロッド君も一緒にダンスのレッスンしたでしょ? あの時……」
「そんな、どうして?」
うっとりするペルタの前で、ルイスはがく然と呟いた。
「うん、どうしてかしら?」
「え、わからないの?」
「うん。ビックリして聞くのを忘れてたし、その後も意識してドキドキしちゃって聞けないの」
「ふむ」
聞いてみなよと後押しして、シュヴァルツさんの答えが『ペルタが好きだからだ!』だったら終わりだなとルイスは思い、ランドルフを推したい今は後押ししないことにした。
「聞くほどのことじゃないかも」
ペルタは考えながら言った。
「いい感じの雰囲気だったけど、さりげないキスで……シュヴァルツ様も深い意味はなさそうな態度だったし……もしかしてキスしたのは『おでこがそこにあったから』とかだったりして?」
「シュヴァルツさんは、そんな理由でキスしたりしないと思うな」
なにか深い意味があるよと言いそうになり、ルイスは口をきつく閉じた。
「する時もあるかもしれないけど……」
「はぁ、気になるな。シュヴァルツ様……」
「王子様の中で、シュヴァルツさんが一番好き?」
シュヴァルツ王子様のことで頭がいっぱいといった様子のペルタに、ルイスは反抗するような鋭い目を向けた。
「……ランドルフ様のことも好き、ブロウ様のことも好き、王子様みんな好き」
「はぁ」
ルイスは安心するやら呆れるやらだった。
「ひとりなんて選べない、いっそ、逆ハーを目指そうかしら!?」
「はっ!?」
「だって、せっかく、みなさんと仲良くなれたから。このままでいたい」
「それは、わかるけどさ」
「ううん、もっと王子様みんなに好かれたい!」
ペルタはテーブルに這いつくばり、欲望と野望に震えた。
逆ハーレム。ペルタが王子様に囲まれて笑っているところを想像して、ルイスはおめでとうの気持ちも生まれたが呆れの気持ちの方が大きかった。
そこでルイスは、厳しい顔で静かに告げた。
「逆ハーは許さないよ」
「ひっ!」
ペルタはルイスの態度を見て、ビクンと背筋を伸ばした。
「逆ハーを目指すなら、僕は協力しないから。ひとりで頑張ってね」
「嫌……許して、王子様」
ペルタはいやいやと首を振り消えそうな声で言うと、祈りのポーズで瞳をうるうるさせた。
「私は、心を入れ替えました。綺麗になりました」
「ほんと?」
あまりの変り身の早さに、ルイスは疑いと呆れの表情で脱力気味に聞いた。
「はい! たったひとりの王子様を探します!」
「よかった。それなら、今まで通り協力するよ」
「ありがとう! ありがとう!」
ふたりは笑顔と誓いの握手を交わした。
「たったひとりの王子様か」
ふたりは呟いて、王子様達を思い浮かべた。
「……私からは選べない、それに、王子様に私を選んでもらいたいの」
神妙に話すペルタに、ルイスはうんうんと相づちを打った。
「王子様の方から来てほしい。愛するより愛されたいの」
「へぇ、そうなんだ」
笑いかけるペルタにルイスは目を見張った。
今までのペルタを思い返すと、王子様を追いかけ回して愛する方が好きなんだと思っていた。
「そうよ。いつか、王子様の方からきっと……」
ペルタはキラキラした笑顔で遠い目をした。
ペルたんの望み通り、王子様のランドルフさんの方から来てくれたら。『ペルタ君が好きなんだが!』と相談でもされたら喜んでランドルフさんを推して推して推しまくってふたりをくっつけるが、果たしてそんな日が来るのかな?と、ルイスは心配顔で小さくため息をついた。
その時、扉がノックされて開き、ランドルフが現れた。
「ランドルフ様!」
「ランドルフさん!」
いいタイミングで現れた王子様に、ペルタとルイスは飛ぶように駆け寄った。
「やぁ、今日も修業があるかと思って来たんだ」
ニコニコと取り囲むふたりに、ランドルフは笑顔を返した。
そうだ、修業だ。まずは修業を通してふたりが仲良くなるよう協力しようとルイスは決めた。
「しましょう! 修業!」
「今日はどんな修業?」
「どんなだろうな。よろしく頼む、ルイス師匠」
「はい!」
三人は和気あいあいと修業に向って部屋を出た。




