第145話 推し王子様
「うう、助けて……」
ペルタはカーム王子ご自慢の庭園の、目立たないすみっこの方で泣き崩れていた。
「えーん、えーん」
「どうしたんだい?」
遠慮がちな声にペルタは振り向いた。
ランドルフ王子がぎこちない笑顔で、膝を折り片手を伸ばしていた。
「ああっ、王子様!」
ペルタは素早く王子の手を取った。
どころか、ここぞとばかりにすがりついた。
「はい、ストップ」
ルイスは手を叩きながら、至福顔のペルタと困惑顔のランドルフの間に割って入った。
「ダメだったかな?」
「いいところだったのに……」
「ふたりとも、ぎこちないです」
ルイスは厳しい目つきで、まずペルタを見た。
「えーん、えーんはないよ。もっとリアルに」
「ごめんなさい……」
次にランドルフに顔を向けた。
「声の掛け方も、笑顔もぎこちないです。不自然な感じがします」
「すまない……」
ランドルフとペルタがしょぼくれるなか、ルイスは王子様の教科書を開いた。
「『王子様はどんな時も、自然な態度でお姫様に接しなければなりません』」
「はい」
ランドルフがけなげに返事をした。
「ん? 『ぎこちなさも時と場合によりok。ギャップ萌なり。詳しくは200ページ。はぁ」
ルイスはここまでは自分もまだ無理だなと、本を閉じた。
「ランドルフさんは、シュチュエーションの勉強よりも女の人といることに慣れないといけませんね」
「はい、そうだな……」
弱気なままに、ランドルフは小さくうんうんとうなずいた。
子犬のようになってしまってるなとルイスは困った。
初めて会った時の、クールでしっかりしたランドルフに戻ってもらいたくなった。
たくましく凛々しい見た目も、クールでしっかりした態度の方が似合っていると思った。
王子の勉強をして自信を持てば戻るはずと、ルイスは信じることにした。
「ペルたん、一緒にいてあげてね」
「はい!」
ペルタは元気を取り戻して笑顔になった。
そしてランドルフに控えめな笑顔と視線を向けた。
「ランドルフ様、私でいいですか?」
ランドルフは優しい眼差しと笑顔で答えた。
「もちろん、よろしく師匠」
「師匠はやめて……ペルたんと呼んでください」
「ペルタ、ん? ペルタ君と呼んでいいかな」
「……はい……嬉しいです」
仲良さげなふたりに、ルイスは期待を込めた笑みを浮かべた。
まだ恋人ができたことがない、レアな王子ランドルフ。
ペルタを推してあげようと思っていた。
♢♢♢♢♢♢♢
次の日、シュヴァルツ王子とロッド王子がやって来た。
ルイスはいつものように庭でシュヴァルツの草花講習を受けて、その後そのまま花壇の縁にロッドと並んで座って一息ついた。
「やっと、難しい花の名前も覚えてきたよ」
「俺も。何回も名前聞いてやっとだよな」
「うん、その度に怒らずに教えてくれて本当に律儀で優しいよね、シュヴァルツさん」
ルイスは青空を見上げて、シュヴァルツに初めて会った時のことを懐かしく思いだした。
「うんうん、それで、これからどうする?」
「ペルたんとランドルフさんを呼んで、修業に付き合おうと思ってるんだ」
「修業?」
「ランドルフさんが王子様らしくなるための修業だよ。女の人といるとなんかぎこちないから、ペルたんを相手に自然に王子様らしくできるように修業してるんだ」
「ペルたんを相手に? ハハハ!」
ロッドは顔を上げて笑った。
ルイスはムッとなって真剣な顔で言った。
「笑わないでよ。笑うなら、修業の場には近寄らせないよ」
「わかったよ、笑わないようにするから」
「頼むよ。僕は本気で、この修業でふたりをくっつけようと思ってるんだ」
「くっつける?」
ロッドが笑いを引っ込めた。
「そう。ほら、ランドルフさんはお姫様がいたことがないレア王子だから。ペルたんと結ばれたら、おとぎ話みたいにめでたしめでたしになるかなって」
「ふうん」
女の子みたいなことを言ったかなとルイスは気になったが、ロッドは意外に真剣な顔と目を向けてきた。
「ペルたんとランドルフさんをね……俺は、ペルたんとシュヴァルツさんをくっつけようと思ってるんだけど」
「えっ……!?」
ルイスは軽い衝撃に体がぐらついた。
恋愛に一切興味無さそうなロッドが、そんなことを言ってくるとは思っていなかったからだ。
「ペルたんとシュヴァルツさん、確かに、いいとこまでいったけど……」
またペルタの片思いという振り出しに戻っているが、ロッドが協力したらいけるかもしれない。
焦って恐る恐る顔を伺うルイスに、ロッドはフッと楽しそうな笑みをみせた。
「ペルたんとランドルフさんがくっつくなら、おめでとうと言うけどな。シュヴァルツさんとくっつけるって言っても、どうやるかまでは浮かんでないからさ」
ロッドは両手を頭の後ろで組んで、空を見上げて考えるように目を閉じた。
「よかった……浮かばないうちに……」
ルイスはほっとしつつも、焦りはまだ消せなかった。
ロッドと競い合うことになったら。
悔しいが勝てる気がしなかった。




