第144話 旅の王子様16 後日談
カームの部屋を出た三人は、客間に行った。
「ルイス君!」
扉を開けたルイスを、ペルタが前のめりに迎えた。
ルイスは笑顔をみせて、そっと横にずれた。
「ああ、シュヴァルツ様!」
ペルタは体をピンと張りつめさせて、シュヴァルツを見つめた。
「大丈夫だ。恋人より、王子でいることを選んだ俺だぞ。今さら、一緒に消えたりしない」
力強い笑顔に、ペルタは心からほっとした。
最後にロッドが入ってきて、ペルタと笑顔を交わした。
シュヴァルツはテーブルのそばに立って、一同を見回した。
「皆さん、心配かけてすまなかった」
「無事にお別れできたのかな?」
長椅子に座るブロウが、代表して聞いた。
「ああ」
穏やかな微笑みに、一同はほっとした。
「よかったな」
珍しくきちんと長椅子に座るタリスマンは、そう言いつつシュヴァルツを凝視した。
「シュヴァルツ王子のような厳しい王子が、どこであんな、ふわふわさんと出会ったんだ?」
「ふわふわさん……!? 彼女は、幼馴染なのだ」
一同は納得してうなずいた。
「幼馴染って憧れがあったけど、結構大変な目に遭うんだね」
「いなくてよかった」
正直なブロウとタリスマンに、シュヴァルツは笑うしかなかった。
「確かに、手のかかるところもあったが、今回は俺はなにもしていない」
シュヴァルツはそばに立つルイスを見た。
「ルイスの提案通り、今の俺を見せただけだ。それが彼女に伝わったようでとても嬉しい。ルイス、ありがとう」
ルイスも嬉しくなって笑顔を返した。
「ルイス君の願い通りになって、よかったです……」
ユメミヤは指先をそっと目元に当てた。
その姿に、シュヴァルツはハッとして片手を胸に当てた。
「心配かけて、本当にすまなかった」
「ご無事で、よかったです」
ユメミヤは女神のような笑顔を返し、シュヴァルツは救われた。
「俺が騒いだせいだよな。ごめん」
ロッドが粛々と謝った。シュヴァルツはロッドの方を向いた。
「気にするな、その結果、こうして決着したのだ」
「そうだよ。それに、ロッドに諭されたって、幼馴染さんは言ってたよ。なんて言ったんだっけ」
「思い出さなくていいから」
天井を見上げるルイスを、ロッドは慌てて止めた。
「ロッド君、ごめんなさい。私はなにもできなかった……」
隣に立つロッドに、ペルタは力なく謝った。
「私も、なにもできなかった」
その横から、ランドルフも悲しげに言った。
「幼馴染さんのそばに行こうとしたんだが、足が地面に貼りついたように動かなかったんだ」
シュヴァルツの手前、彼女が泣いていたことは省いてランドルフは説明した。
「ふたりとも、ドンマイ」
しゅんとするふたりに、ロッドは優しく笑いかけた。
「自分で説得できて、スッとしたよ。その、ペルたんに虎のように襲いかかって追い出してもらわなくてよかったよ」
「そうだな。出番がなくてなによりだった」
上官のごとくテーブルに向かい座っているアンドリューを、ペルタは虎のようににらんだ。
「それにしても、シュヴァルツさんはよく鞭を振り回して追い返さなかったね」
ペルタに目を向けていたシュヴァルツは、ロッドの言葉に身じろぎした。
「どこかで発散しておいた、おかげだな」
シュヴァルツはまた、ペルタに顔を向けた。
ペルタ、ロッド、ルイス、アンドリューの脳裏に、シュヴァルツの部屋に初めて入った時の攻防がよみがえった。
「怖い思いをさせて、すまなかった」
「シュヴァルツ様!」
優しい口調と微笑みに、ペルタは両手に顔をうずめて涙をこらえた。
そんなペルタを見て、どんな怖い思いをしたのだろうと、その時のことを知らない一同は不安な顔になった。
「シュヴァルツ君が正気に戻ってくれて、本当に嬉しいよ。ルイス君たちのおかげだね」
ズバリ言うブロウにたじたじになりながら、シュヴァルツはうなずいた。
「しかし、前の恋人が訪ねてくるなんて、僕には一度もないなぁ」
ブロウは怪訝な顔で、長い足を組んだ。
「それは……後腐れない大人の関係というものではないか?」
シュヴァルツの意見に、ブロウはニッコリした。
「嬉しいこと言ってくれるね。だと良いけど」
本当はどうなのだろうと一同気になったが、誰も怖くて聞けなかった。
「ああ、恋人……」
ペルタは祈りのポーズでつぶやいて、シュヴァルツの前にぴょんと飛び出た。
「シュヴァルツ様! これでなにも障害はなくなりましたわね。今宵は、私がお側にいます!」
大胆な発言に一同がおおっと息をのむなか、シュヴァルツは目を閉じて顎をツンとあげた。
「ありがとう、だが、そなただけと過ごす気はないぞ」
「えっ、待って!」
手を伸ばすペルタを置いて、シュヴァルツは扉まで行くと振り向いて一同に笑いかけた。
「皆さん、本当にありがとう。また後ほどお会いしよう」
ペルタの前でパタリと扉は閉められた。
「シュヴァルツ様が! ツンツンに戻ってしまったんじゃない!?」
ペルタはロッドとルイスの肩を揺すった。
「あ、新しく生まれ変わったんじゃないかな?」
ガクガク揺れながら、ルイスは答えた。
「喜びたいけど、悲しいわ」
せめぎ合う感情にペルタは震えた。
「全く、そっとしておいて差し上げろ」
アンドリューが腕を組み厳しく命じた。
「うん、それがいいよ」
ルイスも笑顔で言い聞かせた。
「わかったわ」
ペルタはガクリと折れた。
「じゃあ、僕達は帰るとしようか」
ブロウがほっとして、タリスマンに言った。
「うむ、シュヴァルツ王子によろしくな」
「はい。そうだ、ブロウさん達を送ったら、オデュッセウスさんに城に戻ってきてもらおう。今日は忙しい目に遭わせちゃったから、肩でもマッサージしてあげたいな」
肩を揉むジェスチャーをするルイスを見て心が浄化されたペルタは、大人しく見守ることにした。
その後、シュヴァルツはルイス達や城の人々と食事をしたり、幻想的な夜の庭園を散策したりと、癒やしの城を堪能して穏やかに眠りについた。
♢♢♢♢♢♢♢
翌日、夜ふかしにつき朝寝坊したルイスとロッドが客間に行くと、アンドリューしかいなかった。
「ペルタとユメミヤと王子達は舞踏の間に行ったぞ。ダンスの練習だそうだ」
いつも通りテーブルの奥から、アンドリューはふたりに教えた。
「へぇ、早いね」
「早いものか。もう10時近いぞ」
アンドリューは厳しい目でふたりを見た。
「今日は、くたくたになるまで修業に励むんだ。そうすれば、いつも通りの時間に眠れて、生活習慣が乱れずにすむ」
アンドリューの提案に、ルイスとロッドはもう音を上げたような顔を見合わせた。
♢♢♢♢♢♢♢
その頃、舞踏の間では、黒一色のシュヴァルツと赤いワンピースのペルタが踊ろうとしていた。
シュヴァルツはダンスを習っていると言うランドルフに、自分もほとんど踊ったことがないと答え、練習に参加したのだった。
「練習をこれからしようと思っていた矢先に、相手がいなくなってしまってな。教えてくれるか?」
シュヴァルツは片手を差し出して、ペルタに微笑みかけた。
「はい! 喜んで」
ペルタは優しく手を取ってワルツの形を取り、ギュッと体を寄せた。
シュヴァルツは少し驚いたが、見上げてきたペルタの輝く瞳と笑顔に心を奪われて、おでこにキスをした。
ペルタはハッとして、全身から力を失い体をあずけた。しっかり受け止めたシュヴァルツは、感謝と愛情を込めて頬を寄せた。
目を閉じてお互いの温もりを感じていたふたりは、パンパンと手を叩く音に目を開けた。
「はい、ペルタ! 力が抜けてるよ! しっかりリードして!」
後ろから厳しく指示を飛ばすアンドレアを、ペルタはちょっと忌々しく見たが、言われた通り体に力を入れた。
「わかりました」
ペルタはシュヴァルツと笑顔を交わして、練習に戻った。
そこへ、ルイスとロッドがやって来て見学に加わった。
「へぇ、シュヴァルツさん、くるくる上手く踊ると思ったら、結構ぎこちないね」
「うん、でも、ふたりとも絵になっていますよ!」
ルイスの拍手に、ふたりは嬉しそうに笑った。
一曲終わり、うっとりするペルタの隣にアンドレアがやって来た。以前と同じく、ペルタと正反対の華奢な姿だった。
「さぁ、シュヴァルツ様。背の低い人とのダンスも覚えてくださいね」
「ああ、よろしく」
ふたりは笑顔を交わして手を取りあった。
さっさとシュヴァルツを奪われたペルタは、悔しげにふたりから離れつつ、おでこを確かめるように見上げた。
そして、見学者の列に並んで、まだムッとした顔でダンスを目で追った。それに既視感を覚えたロッドは、肩をすくめた。
「可愛い人は、こりごりじゃないのね」
「まだ、ライバルは多いみたいだね。頑張って」
「は、はい……」
上官のようなロッドに、ペルタは部下のごとく震えた。
「ふたりとも、絵になっていますよ!」
ルイスは笑顔で、ダンスするふたりに拍手した。
「ルイス君、いっつもそう言ってない?」
ペルタが疑いの流し目を向けた。
「だって、いつもそう見えるから……嘘は言ってないよ」
ルイスはおかしいかなと思い笑ってしまったが、気を取り直して言った。
「ロッドと踊る姿は、絵にならないかもね」
「あら、ロッド君も今日は踊るの?」
「えっ」
ロッドは戸惑い、返事ができなかった。
「アンドリューさんが、くたくたになるまでダンスの修業をしろって」
「正直なヤツ」
ロッドはルイスをちょっとにらんで、鋭くため息をついた。
「踊らないとバレるよ」
「仕方ないな」
「遅れをとらないようにしないとな」
ランドルフが気合いのこもった笑顔を一同と交わした。
ユメミヤは隣のルイスを見上げた。
「教えてください」
「もちろん。よろしくね」
ルイスは緊張感を持って応えた。
話を聞いたシュヴァルツも、王子様から厳しい修業者になってしまい、ペルタをぼう然とさせた。
それから、一同はくたくたになって全てを忘れるまで、楽しくダンスに明け暮れた。




