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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第7章

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第143話 旅の王子様15  さようなら白百合さん

 シュヴァルツの執務室を、元恋人エルゼが訪ねていた。


 髪は伸びたが、黒一色の変わらないシュヴァルツの姿に喜ぶエルゼは、もっと喜んでもらえると思っていただけに、間にある重厚な机を邪魔そうに見た。

 そして花瓶にいつも飾られていた白百合がなく、スズランなのに気づき目を疑った。

 まさか、今日だけよねといつもは白百合よねと期待のこもったエルゼの瞳から、シュヴァルツは視線をそらせた。

 そして、ペルタ、ロッド、ルイス、彼らに出会ってからのことを思い出して視線を戻した。


「シュヴァルツ、私……」


 彼女の抱える事情は、手紙で知っていた。


「夫と少しすれ違ったからといって、離婚を考えるのは早計だぞ」


 お説教臭い言葉に、エルゼはふいと視線をそらせた。


「悪いが、もう、そなたを異性としては助けてやれない。幼馴染としてなら相談にのろう」


 断言されて、エルゼは絶望の表情になった。


「今のそなたは俺の幼馴染であり、そう、魔法使いだ」

「ま、まほ?」


 シュヴァルツはペルタの言っていたことを思い出して、つい可笑しさに微笑んだ。


「そうだ。俺を王子に変えてくれた魔法使いだ。礼を言おう」

「魔法使い……」


 満足そうなシュヴァルツとは反対に、エルゼは困惑顔でぼう然とした。


()()はそういう世界なのを忘れたのか? 夢の世界で、少し休んで帰るといい」


 かつて別れを告げる手紙に “あなたも早く夢から醒めて” と書いて寄越したエルゼに、意趣返ししてシュヴァルツは微笑んだ。


 ショックのあまり引き下がり、居間のソファに座ったエルゼだったが、決してこのまま帰らないと心に決めた。


 一方、シュヴァルツは机の前に立ったまま腕を組み、夫に誤解される前に帰ってもらわねばならないと考えていた。

 机の上のアンティークの内線電話が鳴った。出るとセバスチャンで、カーム城のロッドから電話とのことだった。


 ロッドからルイスの提案を聞き、了承したシュヴァルツは部屋を出た。すると、セバスチャンがテレポーター案内員オデュッセウスを連れて廊下をやって来た。


「早いな」


 シュヴァルツの驚きに、オデュッセウスは軽くお辞儀して笑いかけた。ロッド達の勢いを思い出して、ちょっと笑っていた。


「緊急事態だそうで」

「大げさだな」


 シュヴァルツもロッド達の様子を想像して笑った。


 居間に行ったシュヴァルツは、頑なな態度でソファに座っているエルゼを誘った。


「今から、隣に領地を持つカーム王子の城に行くのだが、共に行かないか?」


 シュヴァルツが他の王子様の城に行くなど、初めて聞く話だった。興味津々でエルゼはうなずいた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 さっそく、城を訪れたシュヴァルツとエルゼを、玄関ホールでカームとロッドが迎えた。


 王子達と挨拶を交わすエルゼを、階段の陰からルイス一行が見下ろしていた。


「くっ……」


 エルゼの柔らかい金髪から始まって、白の柔らかいワンピースを着た全体的に可愛い姿に、ペルタは悔しげに奥歯を噛んだ。


 ルイスは眉を寄せ、黒ずくめで厳格なシュヴァルツさんと似合わないなとエルゼを評価した。しかし、それはエルゼに対してマイナスな印象があるため、見る目が厳しくなっているのかもしれないと自重して言わなかった。


「まぁ、ふわふわした方」


 ユメミヤはトゲトゲしい目つきと口調で評価した。


「似たタイプよ。あなたと」

「まぁ、やめてください。私の髪はあんなにふわふわしていません」


 ユメミヤは黒髪ストレートロングの毛先をつまみ上げ、ペルタに見せつけた。


「見た目可愛いとこだけ。中身は違うわよ」

「そうです。私は、王子様を傷つけて去ったりしません」

「まぁまぁ、ふたりとも。そう敵視しないで冷静にね」


 ボルテージが上がってきたふたりを、ルイスは両手を振ってなだめた。


 アンドリューはこの状況に、嫌だ嫌だと首を振った。


「怖い怖い。我は騙されぬぞ。金髪ふわふわは、我の城には立ち入り禁止だ」


 しゃがみこんでいるタリスマンが震えた。隣にしゃがむブロウは苦笑いした。


「騙された訳じゃないと、思いたいな」


 ランドルフは子供に返った気分で、手すりからこわごわ顔をのぞかせ見下ろしていた。


「俺は、客間で待っている」

「私もそうします。ルイス君の願い通りに行くように、祈っています」

「うん。ありがとう」


 アンドリューとユメミヤの微笑みに、ルイスは笑顔を返した。


 その場に残ったのは、ルイスとペルタとランドルフだった。


 シュヴァルツとエルゼは挨拶を終えて、カームと別れて佇んでいた。


「今日は急遽来たからな。どうしようか」


 いつもは鞭の使い方や草花のことを城の人々に教えているとカームとの会話から知ったエルゼは、シュヴァルツは稽古事や教えることが好きだったと納得しつつ、多くの人に教えているのは意外だと思っていた。


「庭に行こうか? この城の庭は、大変素晴らしいのだ」

「はい」


 笑いかけるシュヴァルツに、エルゼは喜んでついて行った。その後に、ロッドもついて行った。


 夏の青々とした植物と鮮やかな花が咲き乱れる庭園を、シュヴァルツとエルゼは穏やかに歩いた。エルゼが話す機会を伺っていると、花を見ていた女性達が集まってきた。


「シュヴァルツ様、いらしていたんですね」

「嬉しいです!」

「ごきげんよう、姫君達」


 シュヴァルツは優しく微笑み返した。


「ひ、姫君達?」


 見知らぬ女の人達をそう形容するのも、微笑みを向けるのもエルゼには衝撃だった。


「そちらの方は?」


 シュヴァルツの称するところのスズラン姫達が、エルゼに目を向けた。


「幼馴染だ」


 断言したシュヴァルツに、エルゼはまたショックを受けた。


「まぁ、シュヴァルツ様の幼馴染さん。羨ましいですわ」

「くっ」


 幼馴染として羨ましがられても嬉しくないと、エルゼは返す言葉に詰まった。


「シュヴァルツ様、私達にも花のことを教えて下さい」

「お邪魔でしょうか?」

「そんなことはない」


 さらに増えてきた女性達に、シュヴァルツはいつも通り教え始めた。

 その輪から、エルゼは徐々に後ずさり、ついには花のアーチの柱の陰に走って行った。


「私だけにしてくれていたことを……」


 大勢の姫に囲まれるシュヴァルツを、エルゼは悲しみに震えながら見つめた。


 そんなエルゼを、同じアーチに隠れながらルイス達は見ていた。


「私だけ、特別だったのに!」


 エルゼは絞り出すように言って、うずくまった。


「わかるわ。自分だけ特別って、大事よね」


 ペルタは聞こえてきた慟哭(どうこく)に、そっとつぶやいた。


「共感してる場合じゃないよ」


 ルイスは囁くようにツッコミを入れた。


「ごめんなさい、つい」


 ペルタが気弱になりつつあるなか、エルゼがいない事に気づいたシュヴァルツが視線を動かした。


「幼馴染さんが、いませんね」


 隣の姫が気づいて、シュヴァルツを見上げた。


「実は、彼女は以前の恋人でな」


 シュヴァルツは白状して、スッキリした気分になった。


 エルゼと理不尽な別れをして、シュヴァルツが女性を無差別に遠ざけるようになっていた間、悲しい思いをしていた姫達はキッと恐い顔になった。


「まぁ! あの人が!?」

「シュヴァルツ様、行かないでください」


 シュヴァルツの動きを封じるように、姫達は体を寄せたり腕にしがみついたりした。頼もしいスズラン姫達に、シュヴァルツは優しく微笑みうなずいた。


 その様子を見届けたロッドは、エルゼの前に行った。


「これでわかっただろ? シュヴァルツさんは、あんたに酷い目に遭わされた過去を乗り越えて変わったんだよ。もちろん、良い方にね」


 膝をついて自分を見上げるエルゼを、ロッドは真っ直ぐ見つめて言った。


「帰ってくれる?」


 冷酷な眼差しから逃げるように、エルゼは泣き伏した。


 しかし、そうしていてもシュヴァルツは来なかった。 

 早々に我慢の限界を向かえたエルゼは、ロッドから逃げ出した。

 ルイスは突如走ってきたエルゼとぶつかった。

 受け止めたルイスを、エルゼの涙目がとらえた。

 驚くルイスの優しい顔つきと澄んだ瞳を見て、エルゼはそのまますがるように泣き出した。


 後ろでペルタとランドルフが慌てる中、ルイスは一生懸命落ち着いて、金髪の流れる背中を撫でて慰めた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 応接間でルイスの淹れたお茶を飲んで、エルゼは落ち着きを取り戻した。

 長椅子に座るルイスの隣で、カームが静かにエルゼの話を聞いていた。


「帰ります、私」


 エルゼは涙で一皮むけたように、冷静な態度だった。


「もう、日が暮れます。泊まっていってください」


 カームの慈愛に満ちた瞳に、エルゼは微笑みを返した。


「ありがとうございます。でも、早くこの国から出ないと……」


 エルゼはまた泣きそうになり、ハンカチで目元を隠した。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 そのまま玄関ホールに向かったエルゼを、カームとルイスとロッドが見送った。


 エルゼは三人にお辞儀した。


「シュヴァルツさんに、ありがとうと伝えてください。お元気でとも。また、手紙を書きます。今度は、迷惑かけないように」


 エルゼはちらとロッドを見た。ロッドは小さくうなずいて、初めて笑顔をみせた。

 黒一色の服装も厳しいところも似ている、そんなロッドの方が自分より、シュヴァルツと一緒にいるのに相応しいかもとエルゼは思った。


 カームが胸に片手を当てて、ニッコリした。


「おつらくなったら、いつでもこの城に来てください」

「そうだね。お姉さんは、これからはこっちの城に来たほうがいいと思うな」


 ロッドもエルゼに笑いかけた。


「ありがとう、ありがとうございます。ルイス君も、ありがとう」


 泣きそうなエルゼの笑顔に、ルイスは優しく笑顔を返した。


「お元気で」


 オデュッセウスに国の入口にある宿に送ってもらい、部屋でひとりになったエルゼはまた泣き伏した。


 軽率なわがままでシュヴァルツを失ったことを心から悔い、そして、彼の幸せを願い続けた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 夕暮れ、エルゼが去ったことを聞かされたシュヴァルツは、玄関に佇み城の門を見つめていた。後ろにロッドとルイスがいた。


「ごめんね。言わないでって言うからさ」

「いいんだ」


 気を使うロッドに、シュヴァルツは優しく答えた。


「ありがとうと言っていました」

「そういえば、ごめんなさいとは言ってなかったな」

「まぁまぁ、そういうのは、自分で伝えたいんじゃないかな? 手紙を書くと言っていました」


 シュヴァルツはエルゼとのことを思い返した。


「礼も謝罪も必要ない、そんな風に昔から、幼馴染としてエルゼの願いを叶えてきた。いつしか、使命感のようなものを持っていたのだ」

「王子様になったのも使命感?」


 ロッドの率直な問いかけに、シュヴァルツは苦笑いするしかなかった。


 ルイスは使命感はわかる気がするなと、密かにうなずいた。そして、小さい頃からお姫様に憧れているキャロルなら、ずっとお姫様でいてくれると信じることができてほっとした。


「手紙を待とう」

「助けてとか書いてあっても、行かないでくださいよ」

「そうだな。現実的に、優秀な弁護士でも紹介しよう」


 笑って答えるとシュヴァルツは城内に入り、カームの元に向かった。


「今日は、泊まらせてくれ。心の傷を癒やしたいのだ」

「ええ、ぜひそうしてください」 

「ありがとう」


 カームの笑顔にシュヴァルツは早くも癒やされた。


「じゃあ、俺も泊まらせてください」


 ロッドは付きそう気持ちと、好奇心もあって言った。


「もちろんです」

「嬉しいな」


 ルイスの素直な笑顔に三人は緊張が解けて、やっといつもの空気を取り戻した。

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