第142話 旅の王子様14 また急展開
ランドルフ王子の旅の疲れが癒えた頃、舞踏の間でペルタが彼にダンスを教えていた。
「フフ、ダンスには自信があるんです」
ペルタは歌下手を挽回できると、満面の笑みをランドルフに向けた。
意気込み通り、ペルタはランドルフを上手くリードした。
その丁寧でしっかりとした教えに、ランドルフは安心して身を任せていた。
「身体能力は高いんだな」
見学していたロッドが、ペルタの挽回アピールを評価した。
「ふたりとも、踊っている姿が絵になりますよ」
ルイスは笑顔で拍手を送り、ペルタもランドルフも嬉しそうに笑った。
ペルタはシフォンを重ねた青いワンピースに白いダンスシューズ。
ランドルフはワイシャツに灰色のベストとズボンに黒いダンスシューズ。
ふたりとも舞踏の間の豪華な雰囲気も流れる音楽もワルツもよく似合っているな、そしてお似合いのような気がするとルイスは見入っていた。
「ありがとう、とても楽しかったよ」
曲が終わり、ランドルフはペルタに微笑んだ。
「私も、とても楽しかったですわ」
ペルタはお辞儀してから、上目遣いに笑みを向けた。
ランドルフは照れて、指で頬をかいた。
それを見たペルタは一層喜んで、体をしなしなさせた。
「ランドルフ様、どんどん王子様として魅力的になってきて……みんなに、王子様だとバレてしまうかもしれませんわね」
ペルタは不安になって、眉を寄せた。
「バレても構わないと思っているよ。最近、王子でいることが楽しくなってきてね」
ランドルフは穏やかに微笑んだ。
「王子として、多くの人と関わりたくなってきたんだ」
「それは、素晴らしいですわ」
前向きなランドルフの輝く微笑みに、ペルタは大人しく引き下がり後ずさりさえした。
ペルタはランドルフに背を向けて、近づいてきたアンドレアとおでこをくっつけた。
「ライバルが増えてしまうわね」
「うん、ライバルが増えない内に」
アンドレアはニヤリとした。
「沢山アピールしておかなきゃね」
宣言通り、アンドレアはランドルフの前に行ってお辞儀した。
「今度は、背の低い人とのダンスも覚えてくださいね」
アンドレアはペルタより10センチくらい背の低い華奢な体型に変身していた。ワンピースも桃色でヒラヒラして全体的に可憐だった。
「うん、ペルタ君の時より難しいような」
ランドルフは体格の違いに戸惑い、ぎこちなく動いた。
「ちょっと、ぎこちないけど、ふたりが踊ってる姿も絵になりますよ」
ルイスはさっきと同じく笑顔で拍手した。
「フンだ。可愛い人か。私も、体型を変えられる能力を手に入れようかしら?」
ペルタは窓辺の長椅子に座り、拗ねて踊るふたりから視線をそらした。
隣にロッドが座った。
半袖のワイシャツに黒ズボンに革靴と、踊る気は全くない格好だった。
「ペルたんのスタイルの良さはいいと思うな。足が長くてさ」
「えっ、そんな」
ペルタは驚きに目を見張って、笑みを向けるロッドを見た。
「私みたいな見た目が好きなの?」
「そうはっきり聞かれるとね……」
ロッドは笑うペルタの顔から、体にジロリと真剣な視線を移してまた顔を見た。
「いいと思うよ。でも、ペルたんのことは」
「奇石で15才になるわ!」
キッパリ言い切ったペルタに、ロッドはのけぞった。
「待ってよ」
ロッドは急いで冷静になり、警戒の目を向けた。
「シュヴァルツさん達とだいぶ歳が離れるけど、いいの?」
「グヌッ」
ペルタは苦悩に奥歯を噛んだ。
「全く、早まらないでよね。そうだ、間違っても永遠の命なんて手に入れないでよね」
ロッドはペルタに笑いかけると、さっさとルイスのそばに避難した。
「フ、フン。永遠の命は確か叶わないはずよ。それに、永遠に王子様を追いかけ続けるなんて、うぅ」
ペルタは逃げていったロッドと、アンドレアと楽しく踊るランドルフを目の当たりにして、力なく嘆いた。
♢♢♢♢♢♢♢
翌日の午後、客間でルイス一行とランドルフがブロウ王子とタリスマンと談笑していると、ロッドが飛び込んできた。
「ロ、ロッド!? どうしたの、慌てて」
いつもと違う緊迫した様子に、ルイスはじめ一同が驚いた。
ロッドはペルタの前に歩み寄って肩を掴んだ。
「助けてよ。シュヴァルツさんの元恋人がやって来たんだ」
ペルタも緊迫感に体を強張らせた。
「シュヴァルツ君を、酷く傷つけ苛めた元恋人さんか」
長椅子に優雅に腰かけたブロウが、冷静に言った。
「そうだよ。そんなことも知らずに居座るつもりなんだ。もう、リビングに入れない」
ロッドは険しい顔で腕を組んだ。
「シュヴァルツ王子は、どうしているのだ?」
アンドリューの質問に、一同深刻な顔のままロッドに注目した。
「いつも通り落ち着いた感じで、 “元のようにはなれない。気にするな” とは言ってたけど、追い出したりはできない感じだな」
不満げに頭をかくロッドに、ペルタは近づいた。
「元恋人さん、どんな人?」
「えっと、そうだな。ペルたんと真逆な感じ?」
ペルタはロッドと舞踏の間で話したことを思い出し、腕を組んでそっぽを向いた。
「はいはい、可愛い人ね。私は可愛くないですからね」
「でも、真逆の良さがあるよ」
ロッドはまたペルタの肩を掴んだ。
「頼むよ。追い返してよ。シュヴァルツさんの恋人のふりでもしてさ」
首をかしげて笑いかけるロッドに、ペルタはハッとした。
「それは、望むところだけど!」
気合いを入れて答えたペルタだったが、すぐに顔に憂いを走らせた。
「シュヴァルツ様は、どうなさりたいのか……」
ペルタは無意識に意見を求めて、ブロウの目と合った。
「うん、シュヴァルツ君の気持ちを最優先に考えて、行動した方がいいな。二度と傷つけないためにね」
「フン、シュヴァルツ王子はそんなに傷つきやすいのか?」
一同がブロウにうなずく中、タリスマンが異議を唱えて、ブロウの隣で王のように長椅子にもたれた。
「シュヴァルツ王子には、なんとでも思わせておけ。どうせ、元恋人はシュヴァルツ王子の厳しさに逃げ出したんだろう。放っておいても、また逃げ出すのではないか?」
一同、ちょっと、そうかもと思ってしまい黙り込んだ。
「だとしても、俺はあの人と暮らすのは嫌だ。この城で暮らした方がマシだぜ」
ロッドは一同の態度に、抗議するようににらんだ。
「私より、元恋人さんかロッド君か選んでもらった方がよさそうね」
ペルタのつぶやきに、ルイスは笑いそうになるのをおさえた。
「それに、恋人のふりをして挑発するのもね」
顎に指を当て、ペルタは宙に目をやり考えた。
「ドロドロした展開になるかもしれないわ」
「お前は必ずやり過ぎる。やめておけ」
アンドリューが厳しい目を向けて、ペルタは牙を剥く虎のごとくにらみ返した。
「説得して、帰っていただきましょう」
テーブルに向かい静かに着席したままのユメミヤの厳かな意見に、一同また黙り込んだ。
「帰っていただけるでしょうか?」
その沈黙に、ユメミヤも自分の意見に首をかしげた。
「ランドルフさんは、どう思う?」
ロッドがすがるように少し身を乗り出して、そばに立つランドルフに聞いた。
「私はその、恋人がいたことがないのでね。別れた後のことはまるで想像できない」
ランドルフは腕を組み、真剣な顔つきで考えこんだ。
「ロッド以外で恋人のいない王子様に、初めて会いました」
ルイスは状況を忘れてランドルフに笑いかけた。
「本当だな。レア王子か?」
ロッドもルイスと笑い合い、ペルタはぽーっとなった。
「とにかく、穏便に、ふたりとも傷つかずに解決できればいいとは思う」
ランドルフが苦笑いしながら、話を戻した。
一同も同意して、ルイスは思いついたまま考えを言った。
「僕達がなにかするより、今のシュヴァルツさんを見てもらえばいいと思うな。失恋を乗り越えて、新しい恋人を探しているシュヴァルツさんをさ。そうだったよね?」
ルイスはペルタに確認した。
「そ、そうよ! シュヴァルツ様はもう前を向いているのよ!」
「そんなことで、分かってもらえればいいけど」
うんうんとうなずくペルタの隣で、ロッドは厳しい顔つきのまま腕を組んだ。
そんなロッドにペルタは向き合って、力強い笑みをみせた。
「それで上手くいかなかったら、私がいくわ。シュヴァルツ様を傷つけたこと、許せないし。虎のように襲いかかって追い出してやる」
怒りを含んだ宣言に、一同は緊張と警戒の目を向けて息をのんだ。




