第11話 ルイスと王子様とお城
ルイスは朝早く目を覚ますと、階段から下を覗いて見た。もう、人の気配があった。ルイスは洗面と身支度を済ますと、ゆっくりと階段を降りていった。
キッチンではリンデル夫妻が仲良く料理を作っていた。ルイスはそっと声をかけた。
「おはようございます」
ふたりはハッとした様に、一瞬動きを止めるとルイスの方を見た。
「ルイス君! おはよう」
「おはよう、ルイス君」
リンデル夫妻は四十代くらいで、穏やかな雰囲気だった。
「よく眠れましたか?」
「はい」
ルイスは笑顔と握手を交わした。
「お世話になります」
夫妻はまた歓迎の言葉をくれた。
ルイスは夫妻と一緒に朝食を食べて、色々な話をした。リンデル夫妻は奇石で願いを叶えた騎士と姫で、とても仲がよかった。お姫様のリンデル婦人から、ルイスは色々と釘をさされた。
「恋人と離れているからって、浮気しちゃダメよ」
「しませんっ」
ルイスの確固たる態度に、婦人も厳格な顔でうなずいた。
「それでも、女の子に気をつけるんですよ。それに、私の目は誤魔化せませんよ。お姫様は、秘密を見つけるのが、上手なんですから」
ルイスは忠告に素直にうなずいた。
食後、ルイスはリンデル氏に宿舎の中と庭を案内してもらった。
宿舎は素朴な造りで居心地がよかった。宿舎は裏庭にあったが、裏庭は綺麗な芝生が広がり、近くに馬小屋があった。
リンデル氏は城の警備が主な仕事で、リンデル夫人は花の世話をしていた。そして、柵の向こうに広がる広大な畑の一部で、城と宿舎で食べる野菜を育てていた。
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城の前に広がる庭は、大きな石造りの花壇がいくつもあり、色とりどりの花が咲いていた。
母さんがこの庭園を見たら喜ぶだろうなと思いながら歩いていると、リンデル氏が前で立ち止まってルイスに笑いかけた。
「ルイス君、なかなか庭が似合ってるよ」
「この庭が!?」
ルイスは庭園を改めて見渡して、まさかと首を横に振った。
「そういえば、ルイス君はまだ願い事を叶えてなかったね。プレッシャーになることは言えないな」
ルイスの心を読んで、リンデル氏は納得してくれた。
花壇の縁を椅子代わりに、ふたりは軽い身の上話をした。リンデル氏が不意に立ち上がった。
フアンが現れたからだ。騎士リンデル氏の素早い反応に、ルイスは流石だなと思いつつ、遅れて立ち上がった。
フアンは白い軍服を着ていた。上質な仕立てに、金の肩章と釦が、いや、全てがルイスには眩しかった。
柔和な顔立ちと、凛々しい立ち姿が見事に調和して、中性的な美しさがあった。
初めて会った時の上をいく姿、正真正銘の王子様フアンに微笑まれて、ルイスはただ見とれていた。
「おはよう、ルイス君。よく眠れたかな?」
「はい、王子様⋯⋯あっいや、フアンさん。おはようございますっ。凄くよく眠れました!」
「それはよかった。どうかな? この姿、王子だという説得力があるかな?」
フアンはルイスの視線に、少し照れて笑った。
「はい、凄い完璧です。僕が女の子だったら、ペルタさんみたいになってますね」
真剣なルイスに、フアンとリンデルは可笑しそうに笑った。
フアンはルイスが昨夜、馬小屋と口走ったのを覚えていて、三人で馬小屋のある裏庭に向かった。そして、裏庭の広い草原で、リンデル氏がつれてきた白馬に、フアンは悠然と跨がった。
白馬の王子様を目の当たりにして、幼い頃からキャロルとおとぎ話に親しんできたルイスは、興奮と感動で目眩さえ覚えた。フアンを見ているだけで、自分も特別な存在の様な気分になってきた。一瞬、お姫様になった気さえした。
それだけに、ルイスにはフアンを待たせる恋人が謎だった。もしかしたら、なにか不幸に見舞われて、という不吉な想像もよぎったが、それなら誰かが知らせてくれるはずだと思い直した。
「ルイス君も乗ってみるかい?」
フアンの提案に、ルイスは現実に戻ってうろたえた。しかし、好奇心に押されて白馬に近寄った。
リンデルの指導で、なんとか跨がることが出来たが、それだけだった。
ルイスは前のめりになり、腑抜けた声を出した。白馬にもルイスの不安が伝わったのか、落ち着かなくなったので、ルイスは降りることにした。
「花壇は似合っていたのですが。ここの庭園を前に、凄く落ち着いていて」
リンデルが残念そうに言った。
「それは、家にも花壇があるからです」
ルイスは冷静さを取り戻して答えた。
「ルイス君、ドラゴンに乗りたいんだよね?」
フアンに心配そうな顔をされて、ルイスは力強くうなずいた。
「ドラゴンには、乗れますよ。一度乗った事があるし」
「⋯⋯そうだね、好きな気持ちは、困難を乗り越えると言うし」
フアンは王子様らしいロマンチックな事を言った。
「ねぇ? リンデルさん」
「は、はい。おっしゃる通りですな」
フアンの笑顔に、リンデルはうろたえながら同意した。
「そういえば、リンデルさんの話が途中でしたね。まだ奥さんが出て来てませんよ」
ルイスの追い討ちに、リンデルはさらにうろたえた様子で、ふたりから距離をとった。
「私より、家内に聞いた方が、いくらか面白いですよ。私は馬を戻してまいりますので、これで」
リンデルは白馬と一緒に、馬小屋に消えて行った。
「仕方ない、行こうか」
「はい」
からかうのを止めて、ふたりは城内に入った。
最初に見た時より受付は明るく、吹き抜けの天井には美しい天井画があった。
「す、凄い⋯⋯! あっ、はしゃいだら、いけませんよね」
ルイスは興奮をおさえて身を縮めた。
「セバスチャンに言われたんだね。少しくらい、大丈夫。最初は誰でもはしゃぐさ」
フアンはルイスの様子を、微笑ましそうに見ていた。
ふたりはお茶をするための広間に行った。広間は豪勢な造りで、何席かあるテーブルとイスも重厚で豪華な造りだった。連なった大きな窓から美しい庭園が望め、広間から庭に出ることもできた。
ルイスはまた緊張して、年代物の長椅子にできるだけ姿勢よく座った。隣にフアンが座った。ルイスがそっと視線を向けると、絵画になってもおかしくない王子様がそこにいた。
場違いを痛感したルイスは、写真だけ撮らせてもらって、帰りたい気分に襲われた。
「大丈夫かい? その緊張感も、その内、心地いいものになるよ」
ルイスはなるかな? と思ったが、すぐに強く思い直した。
「そうですね、写真だけ撮って、帰るわけにいかないし」
「えっ?」
「キャロルも王子様になるのを待っているし、僕だってキャロルとドラゴンと城で暮らしたい⋯⋯」
ルイスはほとんど独り言のように決意を新たにした。
そして、両手の握りこぶしに力を込めた。
「この緊張感、この部屋、きっと、心地よく思ってみせます!」
「す、凄い。いい意気込みだよ、ルイス君!」
フアンも凛々しい笑顔になった。
気を落ち着けたルイスは、お茶を飲みながら城についてフアンの話しを聞いた。
城の滞在者のフアンと二人の若い王子の他は年配だという。ルイスは二人の若い王子について聞いてみた。
「私と同じ階にいるのが、ブロウ王子。とても良い人なんだけど、部屋にこもりがちでね。庭で見かけることもあるから、案外すぐ会うかもしれないね。最上階に居るのは、アレス王子」
フアンはそこで、考える様に黙った。ルイスはまた緊張した。
「恐い王子様なんですね?」
ルイスは決めつけて、確認する為に聞いた。
「恐いというか、気分屋だから」
フアンは困った様な笑顔で答えた。
「ご挨拶に」
ルイスは決然と立ち上がったが、フアンが両手で軽く肩をおさえて、座る様にうながしてきた。
「もう少し、緊張がほぐれてからが、いいかな」
フアンは穏やかな口調だったが、困っている様子にルイスは座った。
「わかりました。もう少し、緊張をほぐします」
ルイスは早く挨拶を済ませて、言い知れぬ恐怖から逃れたかったが、フアン達に迷惑をかけたくはないので引き下がった。
ルイスは焦らすゆっくり過ごすようにフアンに言われて、宿舎に戻って過ごしたが、退屈はしなかった。海育ちのルイスは、広い芝生や畑を眺めているだけでも、何時間でも過ごせそうだった。
昼食と夕食と、フアンはルイスと一緒に宿舎で食べてくれた。フアンの気遣いのおかげで、ルイスは誰にも気兼ね無く、テーブルマナーを学ぶことが出来た。
夜、ルイスは早速キャロルに手紙を書いた。フアンがいかに素晴らしい王子様か詳しく書きたかったが、キャロルの興味がフアンに向くのを恐れて、ほどほどにしておくことにした。
ルイスは自分には、中々見込みがあることをほのめかして、それでも修業は長くかかりそうだと書いて締めくくった。
ルイスは明日は町を歩くことにしていた。女の子対策には、勇者の服を着ることにした。




