第138話 旅の王子様10 王子達と食事
屋上に集まった王子達は、ふたつ並んだ丸テーブルについた。快晴で微風の心地よいお昼だった。
料理は数種類のパン、ホワイトソースをかけたチキンカツ、カリカリに焼いたジャガイモサラダ、スープだったが、ファルシオンの前だけはチェリーケーキとベリーパイがあった。
「お昼はお菓子しか食べないんだ。絵を描くのに糖分が必要だからね」
ファルシオンはランドルフの視線に答えて、ケーキを手づかみで頬張った。
「最高に美味しいよ! チェリーもベリーも“今が旬”だからね」
「デザートが楽しみですね」
満面の笑顔のファルシオンに、カームも微笑んでナイフとフォークを取った。
「ファルシオン君は、絵を描くのか?」
ナイフとフォークを使いながら、ランドルフが聞いた。
ファルシオンの白い頬と半袖から出た腕には、絵の具がちょこちょこついていた。
「うん、画家を目指してるんだ。後で見に来てよ」
「ぜひ、見たい」
微笑むランドルフを、ファルシオンはジッと観察した。
滲み出ている生真面目さは、作品に対しても真面目に感想を言うだろうと伺えた。真面目過ぎて、厳しい目で見るようにも思えた。
「優し目の評価をしてよね。僕は写実性じゃなく、優しい雰囲気を大事に描いているんだ。そこを観てほしいな」
「わ、わかった」
ランドルフは王子様は優しいという、ユメミヤの言葉を思い出した。
「王子は皆、優しい絵を描くのだろうか?」
ファルシオンはうーんと空を見て考えた。
「どうだろうね。僕は常に優しい気持ちを持ててるけど、それはここに居るからかな? ここに来る前より、絵のタッチが優しくなってる気がするよ」
疲れた旅人を休ませる城、確かに、ここに居れば優しい絵が描けそうだとランドルフはうなずいた。
「僕もここに来てから、優しくなれた気がします」
ルイスは言って、王子達と笑顔を交わした。
「ここの暮らしが、ルイスにいい影響を与えているのは間違いない」
アンドリューは隣のルイスから、カームに視線を移した。
「こんないい城とは知らず、本当に愚かな勘違いをしていました。世にはびこるその勘違いを、根絶やしにしなければなりませんな」
アンドリューはこの城を、王子達がハーレムを作っている城だと思い込んでいた。
誤解が解けて、カームもほっとして笑った。
「ひとりでも多くの人に、わかってもらえれば嬉しいです」
「自分もここに来るまでは、どんな暮らしになるだろうと思ってたが」
ゲオルグがアンドリューからカーム、そして、屋上の景色に目を向けた。
「こんなに、心身ともに充実できるとは思わなかった。半分旅人の気分で、毎日癒やされてもいる」
珍しく力の抜けたゲオルグの笑顔に、城に住む一同はほのぼのした。
ランドルフはゲオルグと対面した時、その引き締まった顔つきと佇まいに緊張感さえ覚えたが。今の優しい笑顔を見て、彼が王子に見えてきた。
「ここでは、王子の優しさも学ぶことができそうです」
ランドルフはペルタに聞かれたことも思い出した。
「そして……遠慮して目立たない女性に気づく方法も、教えていただきたいのですが。できれば舞踏会で、大勢の人の中から、見た目ではなく内面の美しいひとを見つけたいのです」
「全員と話してみればいいよ」
一同が考える前に、ファルシオンが答えた。
「……それが、一番かもしれないな」
ランドルフは簡単な方法過ぎて気が抜けたが、納得してうなずいた。
「特に、遠慮してる子には、こっちからいかないとね。永遠に話す機会はないよ」
ファルシオンの教えに、ランドルフは素直にうなずいた。
挨拶の時も、ファルシオンの方から気さくに笑いかけてきたのを思い出して、自分もああして話す機会をつくらねばとランドルフは思った。できる気はしなかったが。
真面目な顔つきになっているランドルフに、ファルシオンがニヤリとした。
「ランドルフ君は真面目そうだからね。片っ端から女の子に話しかけるなんて、無理かもね」
ランドルフはうぐっと、ひるんだ。そんなランドルフにゲオルグが笑いかけた。
「あまり気にするな。自分も、ここに来てずいぶん経つが、片っ端から話かけたりはできていない」
ランドルフはほっとして、落ち着きを取り戻した。
「ランドルフ君は、ゲオルグとアンドリューさんタイプだね」
ファルシオンはふたりを見てから、隣のルイスを見た。
「ルイス君は、結構話しかけるタイプだよね。僕とカームさんタイプだ」
「はい。もう、城の人みんなと話したと思います」
ルイスの明るい笑顔を、ランドルフとゲオルグは羨ましそうに見つめた。
「ルイスのそんなところに、俺は助かっているぞ」
アンドリューは料理を食べる手をとめて話した。
「ルイスと行動を共にして人に会ううちに、自然と人付き合いが身についたようだ。こうして、王子様達と自然に食事していることも、その証拠だ」
楽しそうき料理を食べるアンドリューにルイスは嬉しかったが、少し引っかかって言った。
「だけど、アンドリューさんには寡黙でもいてほしいな。僕は、そういうところカッコいいと思うから」
「そ、そうか?」
うろたえるアンドリューに、ファルシオンが面白そうに言った。
「そうだね。勇者は、女の子には片っ端から声かけない方がいいんじゃない?」
「わ、わかった。そうしよう」
「ゲオルグとランドルフ君は、片っ端から声かけていくようにね」
ファルシオンはアンドリュータイプのふたりに釘を刺した。
「カームさんみたいに、仲良くなった子は片っ端からお嫁さんにしてもいいんじゃない?」
「私は、片っ端からお嫁さんにしていませんよ」
「そうなんだ」
「結婚には仲良くなった先の、愛情が必要ですからね……」
一同はカームの講義を聞きながら、粛々と残りの料理を食べた。
食後は、デザートのチェリーとベリーをつまみながら、主にファルシオンがのんびりとランドルフに旅のことを聞いた。
「なにか、変わった景色を描きたいなぁ。どこかで見なかった?」
「そうだな……あいにく、この辺りと同じような町を歩いてきたからな。そういえば、ブロウさんにもなにか珍しいモノを見たら教えると約束したし、帰りは注意しておこう。なにか見たら知らせるよ」
「ありがとう! そうだ、みんなでどこかに行きたいね」
ファルシオンが空を見上げた時、屋上の出入り口に男が現れて、王子達のそばにやって来た。男はテレポーターの案内員の、オデュッセウスだった。
「カーム王子様、今日もお邪魔します」
「こんにちは、オデュッセウスさん。ゆっくりしていってください」
カームがにこやかに言って、お辞儀を返したオデュッセウスは、セバスチャンから事情を聞いていて次々と挨拶していった。
「こんにちは、王子様のみなさん、アンドリューさん、お客様のランドルフ王子様」
こんにちはと、王子達は挨拶を返した。
「採れたてのチェリーとベリーをどうぞ」
「ありがとうございます」
カームからデザートグラスを受け取ったオデュッセウスは、そばにあるパラソルの下のビーチチェアに体を横たえてベリーを食べた。
「オデュッセウスさんは、テレポートを使う案内員で激務で疲れているんです」
不思議そうにオデュッセウスを見るランドルフに、ルイスは教えた。
「時々、ここへ疲れを癒やしに来ているんです」
「なるほど」
ランドルフはオデュッセウスの、穏やかで恍惚そうですらある寝顔をしばし見守った。
その視線に気づいて、オデュッセウスが上体を起こしてランドルフを見た。その視線は、ランドルフの襟の開かれた胸元で止まった。
「王子様、まだ、奇石を使っていないんですね」
「ああ」
ランドルフは奇石に手を当てた。
「テレポート能力だけは、持たないほうがいいですよ。フヒヒ」
「あ、ああ、ご忠告ありがとう」
不気味に笑うオデュッセウスに、ランドルフは少し慄きながら笑顔を向けた。
「そんなこと言わないでよ。テレポート、すっごく便利な能力でしょ!」
ファルシオンが立ち上がって、オデュッセウスに近づいた。オデュッセウスはちらと警戒の目を向けた。
「そうだ! どこか、珍しい景色のところに連れて行ってよ」
思った通りの展開に、オデュッセウスは黙り込んだ。
「みんなでどっか行きたいねって、言ったところだったんだ! 凄いグッドタイミングで来てくれたよ! いーでしょ、いーでしょ!?」
「……寝てるんで」
オデュッセウスは強引な客に、必要最低限の対応をした。
それでも引き下がらない場合は、テレポートで姿を消し、二度と会わないようにしていた。ファルシオン相手ではそれはできないが、なるべく避けようかと思い始めた。
「オデュッセウスさんを寝かせてあげましょう。ここでは、ゆっくりさせてあげる約束ですよ」
「……わかりました、ごめんなさい」
カームが優しくたしなめると、ファルシオンは渋々イスに戻ってきた。
オデュッセウスがまた上体を起こした。
「カーム様のお優しさには、お返ししたくなりますね。一か所だけなら、ご案内しますよ」
「ありがとう! やっぱり、優しさって大事だね!」
ファルシオンはオデュッセウスのそばに一足飛びで戻ると、ルイス達に笑いかけた。




