第136話 旅の王子様8 ランドルフとペルタ
「どうか、いつも通りのあなたでいてほしい」
緊張して縮こまるペルタに、ランドルフが一歩踏み出して言った。
その積極的な態度にはペルタだけでなく、ルイスとユメミヤまでドキリとした。ペルタに興味津々なランドルフはまさかと、ふたりは素早く視線を交わした。アンドリューもランドルフの動向に注目していた。
ランドルフは胸に片手を当てて、ペルタに微笑みかけた。
「よければ、あなたのことを知りたい」
ペルタはドキリとするあまり、体が跳ね上がった。
これにはルイスとユメミヤのみならず、アンドリューまでドキドキしだした。まさかと、三人は視線を交わした。
そんな三人にランドルフが微笑みかけた。
「みなさんのことも、ぜひ。この国での冒険の話など聞かせて頂きたい」
なんだ、と四人は一瞬で脱力した。
すぐ気を取り直したルイスは笑顔で答えた。
「もちろん、喜んで!」
お茶を用意してテーブルを囲んだ五人は、まずペルタの話を聞いた。
オトギの国に来た経緯、たったひとりで入国した時、国は丁度王を決める戦いの真っ最中だったこと、ひとり慌てる中でのアンドリューとの出会い、ふたりのサバイバルと別れ。
「アンドリューったら、王子様に会いたくて泣いている私を、案内所の前に置いていったのよ!」
ペルタはイスから腰を浮かせて、アンドリューをにらんだ。アンドリューは腕を組んで答えた。
「ちゃんと、“ここのお供業者に一緒に探してもらえ”と教えただろ。置き去りにしたように言うな。人聞きが悪い」
アンドリューさん、ペルタさんの王子様探しに付き合うの、面倒くさくなったんだなとルイスは察した。
「くぬっ、入口の前に置いていったんだから、置き去りだわ!」
「合理的な手助けだが、少し、優しさにかける気はするな……」
ペルタの言い分に、ランドルフが苦笑いで言った。
「ええ、確かに、優しさに欠けますね。お仲間でしかも、泣いている方を置いていくなんて」
ユメミヤが冷たく厳しい顔でアンドリューを見すえたので、アンドリューはひどく狼狽えて、素早く考え直して言った。
「み、未熟者だったな。ペルタが俺に王子様になってくれと、無茶を言ってくるからつい。今はこうして、逃げずに付き合っているんだ。許してくれ」
アンドリューはランドルフとユメミヤに笑いかけ、ペルタをキッと見た。
三人は納得してうなずき、ルイスはやっぱり逃げたんだと納得してうなずいた。
ペルタはイスに座って話を続けた。
案内所でのお供業者カイト君との出会いと、短いふたり旅と別れ、一人旅の最中に森で盗賊に捕まった時、同じく捕まった戦友アンドレアと出会い協力して脱出したこと、再び一人旅となった後ルイスの護衛に任命されたこと。
その冒険は全て王子様を探すため。至る所に王子様が散りばめられていた。
冒険の経験が浅いルイスとランドルフとユメミヤは、夢中で聞き入った。
アンドリューも最後には、たくましいものだなと見直して笑った。
「素晴らしい話だった」
ランドルフが尊敬を込めて言った。
ルイスも、冒険者ペルタに尊敬の眼差しを向けた。そんな風に注目されたペルタは、只々照れてしおらしくなっていた。
「どうりで、ブロウ王子が師匠と呼ぶのも納得だ」
ランドルフの言葉に、ペルタは大きく目を見開いて彼を見た。
「師匠?」
ペルタはちょっと不満げな顔になった。
「本当にそんなことを信じて……」
いる人は初めてな気がして、ペルタはルイス達を見た。
ルイスもアンドリューもユメミヤも、驚いた目でランドルフを見ていた。
「違うのか?」
「違いますわ」
「な?」
今度はランドルフが驚いた。
「ブロウ様が、ご勝手にそう思い込んでいるだけですわ」
ペルタは前のめりになって、向いに座るランドルフに教えた。
「私みたいに、王子様を探して冒険している人は沢山います。ですから、私が特別師匠になれる逸材、なわけではないと思いますわ。それに、特別に思って頂けるのは嬉しいですけど」
そこで、ペルタはうっとりと視線をさげた。
「私としては、ひとりの女性として見てほしいですから。師匠なんて……」
また不満げに言葉をなくした。
「なるほど」
ランドルフはペルタの冒険譚を聞いた後なので、素直に気持ちが理解できた。
ルイスは納得できずに身を乗り出した。
「冒険してる人は沢山いるけど、王子様に説教する人はなかなかいないんじゃない? 確か、海に行った時、ペルタさんがブロウさんと僕とアンドリューさんに説教したのがきっかけだよね?」
その時を思い出すため、ルイスは視線を上に向けた。
「なんて言ってたっけ、僕とアンドリューさんは聞いてなくて、ブロウさんだけがちゃんと聞いてたんだよね……」
ルイスは苦笑いした。
「そうね」
ペルタは軽く腕を組んで、ルイスを見すえた。
「海の怪物から女性を救うために、その心構えが足りないという話をしたはずだわ」
「そうだっけ?」
ルイスは思い出せずに、また苦笑いした。アンドリューも首を少しかしげた。
「全く! ふたりともブロウ様を見習って、この際私に弟子入りしなさい?」
「断る」
アンドリューが即答した。
「な!?」
ペルタはアンドリューをにらんでから、ルイスに鋭い目を向けた。ルイスは姿勢を正して笑顔で答えた。
「僕は、もう弟子みたいなものだから。ほら、いつも一緒にいれば、自然と教えが身につくよね?」
ルイスは半信半疑で、アニメだったかで聞いたことを言った。
「それもそうかしら?」
こちらも半信半疑なペルタに、ユメミヤが言った。
「ルイス君は勉強熱心です。ペルタさんからも、きちんと教わっていることでしょう」
「そうね」
師匠に諭されたような気分で、ペルタは納得した。
ランドルフも、清楚な佇まいのユメミヤの、年若いながら威厳さえある言葉と顔つきに感心した。
「師匠と弟子はともかく、オトギの国を冒険している女性からは、学ぶことが多そうだな」
微笑みを向けるランドルフに、ペルタとユメミヤは喜んで微笑み返した。




