第134話 旅の王子様6 見回りと夜会
ロッドはルイス達との出会いも話し、ランドルフは楽しくのんびりと午後を過ごした。
そうして日が暮れて、夕食を済ませてから、ランドルフはシュヴァルツと共に、領地森側の見回りに出かけた。
シュヴァルツは長い黒髪を後ろで結び、昼より涼しいとはいえ夏の日に、シャツベストズボンにブーツまで黒ずくめでしっかり正装して、武器に鞭を持っていた。
ランドルフもベストを借りて、腕に盾をつけて隣を歩いた。
城を出たふたりは、通行料を取っている道にある管理小屋に差し掛かった。
小屋の前では、管理人の中年男ギルデスが立っていた。彼はシュヴァルツが見回る時に、いつもこうして迎えているのだった。彼の隣には、利発そうな漆黒の大型犬ポーリーがお座りしていた。
「見回りに行ってくる、城を頼むぞ」
「お気をつけて」
シュヴァルツといつもの言葉を交わすと、ギルデスはランドルフに声をかけた。
「王子様もお気をつけて」
「ありがとう」
今朝もふたりは会っていた。ギルデスは道をやって来たランドルフを、城を訪ねると聞いていた王子とは思わず、国の役人と勘違いした。
王子とわかった後も、これから道を通るからと料金箱に通行料を入れるランドルフを見て、シュヴァルツに似た律儀な王子様だと思ったものだった。
ギルデスに見送られたふたりは、森のなかの道を歩き出した。
青い星空に照らされて、道はまだ暗くなかった。
ランドルフはしきりに周囲を見回した。
「クロニクルの森は町の間にあることもあり、整備が行き届いて安全だったが、この辺りになると危険だろうか?」
「そうでもない。時に、山の方からなにかやって来るがな」
「なにかとは?」
「この国で危険と言われるモノ全般だな。全てが攻撃してくるわけではない。通りすがりのモノもいる」
「そういうモノは、見逃しますか?」
ランドルフはシュヴァルツの冷静な横顔を見ながら聞いた。
「中途半端に対応して、恨まれるのも危険だからな。見逃すか、完全に倒すかだな」
「自分もこれからは、そうします」
少し年下のランドルフの忠実な態度に、シュヴァルツは微かに微笑んだ。
さらに進んだところで、シュヴァルツが言った。
「この先の、休憩ポイントで引き返そう」
「はい」
すぐに、道の外れにある休憩ポイントが見えてきた。
そこは公園のように木のテーブルとイスがあり、誰かが向かい合って座っていた。
全体が暗くてよく見えず、シュヴァルツとランドルフは入口に立ち止まって、目を凝らした。
テーブルには小さなランプが置いてあり、座るふたりの顔をわずかに照らしていた。どちらも美女で、黒いドレスを着ていた。
暗い中で談笑している光景に、シュヴァルツとランドルフは魔女を連想した。
美女達が、ふたりの方を見た。
「こんばんは。シュヴァルツ王子様。私はパルメラ、こちらはディアナ」
ニッコリとしてふたりは立ち上がり、近づいてきた。
シュヴァルツはふたりの顔を確認した。ふたりとも、自分と変わらないくらいの年頃に見えた。
「見ない顔だが」
「最近この辺に来ましたの。あちらからこちらへ旅をしていますわ。隣のカーム王子様の領地はキラキラしていて……」
苦手だわとふたりは言い合った。
「シュヴァルツ様の領地は、なんだか落ち着きますわ」
「落ち着かれては、困るのだが」
シュヴァルツは厳格な顔で即答した。
パルメラはフンと鼻を鳴らしたが、ディアナは笑顔で言った。
「そう言わないで、もうひとり王子様がいらっしゃることだし、私達とデートしましょう?」
シュヴァルツとランドルフは素早く視線を交わした。
幸い、ふたりの意見は合致した。
「悪いが、見回り中なのだ」
「この辺は大丈夫ですわ。私達が保証します」
遊び好きな魔女達とお堅い王子達は、しばし押し問答を繰り返した。
「なんなの!? こんな夜に歩き回っているくせに!」
パルメラが大声で抗議した。
「言っただろう。見回りだと」
シュヴァルツが言った時、パルメラの黄色い瞳が怪しく光りだした。
対峙していたシュヴァルツは瞬時に視線をそらせて、ランドルフは盾をつけた左腕をピクリとさせた。
「わかった。家まで送ろう。送るだけだぞ」
シュヴァルツは鋭い口調で妥協案を出した。
「補導員みたい! 私達は小娘じゃないのよ?」
パルメラがまた不満を爆発させた。
全体的に黒く、目だけが光るその姿は、危険な魔物そのものだと王子達は思った。
「王子様って本当にガードが固いわね。お姫様しか相手にしないのかしら?」
ディアナが腕組みして、王子達をにらんだ。
そんなことはない、と、シュヴァルツは答えそうになったのを飲み込んだ。
「なんとでも言うがいい」
視線を合わせぬようにしながら、黙って対峙する王子達に、パルメラが折れて言った。
「それでいいわ。王子様にエスコートされてみたかったの」
なかなか可愛いことを言うなと、王子達は心の中で思った。
「パルメラは、子供みたいなところがあるんだから」
そう言うディアナも、嬉しそうに笑った。
王子達は望み通りふたりをエスコートして、近くの町まで送った。
「ランドルフ王子がいてくれて、助かった」
帰り道でシュヴァルツが言った。
「俺ひとりでは、あのふたりを相手にするのは難しかったはずだ」
「お役に立ててよかった。参考までに、私がいなかったらどうしていたか教えて下さい」
「さっきの調子で説き伏せていたと思う。あまり長く俺が戻らないと、ギルデスが探してくれるようになっているから、まぁなんとかなっていただろう」
うなずくランドルフに、シュヴァルツは微笑んだ。
「ひとり旅の時は、逃げるのが得策だぞ」
「わかりました」
ランドルフも笑顔を返した。
ギルデスに魔女のことを報告して、ふたりは城に帰った。
ロッドが玄関ホールに降りてきて、ふたりに聞いた。
「お帰りなさい。なにかいた?」
「ああ、魔女がふたりいた」
シュヴァルツの冷静な報告に、ロッドは吹き出した。
「ふぅん、どんな魔女だったの?」
「黒ずくめで、危険を秘めた様子だった」
ロッドは笑みを浮かべたまま、シュヴァルツの黒ずくめの格好に視線を動かした。
「シュヴァルツさんが、呼び寄せてるんじゃないの?」
シュヴァルツは心外だと思ったが、パルメラがシュヴァルツの領地は落ち着くと言っていたのを思い出して、反論できなくなった。
「フン、だからと言って、俺はこのスタイルは変えぬぞ」
颯爽と横を通り過ぎるシュヴァルツを見送って、ロッドはランドルフに言った。
「まぁ、シュヴァルツさんは強いからいいよね」
「ロッドは大丈夫か?」
「うん、足の速さに自信があるからね。魔女には捕まらないよ」
得意げなロッドを、ランドルフは信じることにした。
ランドルフは部屋に戻って汗を流し、涼しげな襟付きシャツと黒いスラックスに着替えてから、約束の時間に娯楽室に行った。
ビリヤード台にダーツ、テーブルゲームが並んだ棚とドリンク台、広い娯楽室をシャンデリアがオレンジの灯りで照らしていた。
時間通り集まった三人は、丸テーブルを囲んでカードゲームをした。
「ランドルフさんの城の周りは、魔女とか出るの?」
配られたカードを見ながら、ロッドが聞いた。
「出ることは出るが、幸い、脅かされたことはない。名もなき場所にあるからな。誰にとっても、通過地点といった扱いなのだろう」
ランドルフはカードを選びながら答えた。
「そっか…………旅の途中で、ヤバい奴に遭った?」
「直接遭ってはいないが、何度か見かけたな」
「どんな奴だった?」
「詳しく聞きかせてくれ」
ロッドとシュヴァルツはカードを扱う手を止めた。
「最初に遭った場所は、何という町だったか…………」
「待ってよ。ゲームしながら話したり聞いたりするの、難しいよ」
ロッドがカードを持つ手を、だるそうにおろした。
ランドルフとシュヴァルツもカードを置いた。
「別々にしよう。私も、その方が集中できる」
「俺も、話しながらは得意ではない」
カードゲームしながらの情報交換をカッコいいと思っていた三人は、少し残念な空気に包まれた。
「これも、場数をこなせば上手くなるのだろうが、今回は諦めよう。ランドルフの話を集中して聞きたい」
「うん、先に聞かせて」
「わかった」
三人は情報交換とゲームを別々に、心ゆくまで楽しんだ。
娯楽室を出た三人は、庭に月下美人を見に行った。
「あ、咲いてるよ」
ロッドがほっとして言った。
暗闇のなかで大輪の白い花達が、甘い香りを漂わせていた。
「想像より大きな花だ」
ランドルフは前のめりに眺めた。
「こちらは、少し花が小さいですね」
「これは姫月下美人だ」
シュヴァルツの回答にランドルフはなにか納得してうなずき、ロッドは庭を見回した。
「この庭、名前に姫のつく花が結構あるよね」
「ついな」
王子達は笑い、夏の夜を楽しんだ。




