第132話 旅の王子様4 シュヴァルツ城
ランドルフはクロニクル城で三日ほど過ごしているうち、町の娘達に王子様だとバレた。娘達の心を悪戯に惑わさないためにランドルフはすぐに城を後にして、シュヴァルツ王子の城に来ていた。
「ブロウさんのところは、楽しかった?」
城を案内するために廊下を歩きながら、挨拶も済ませて、打ち解けた口調でロッド王子が聞いた。
ふたりがすぐに距離を縮められたのは、クロニクル城で過ごすうちに、ランドルフのお堅い雰囲気が緩和されたおかげだった。
「とても楽しかったよ。ブロウさんは変わらずに優しくて、タリスマンとは歳が近くてね、楽しかったよ」
ランドルフはふたりを思い出して笑った。
「ブロウさんとタリスマンさんのコンビは、気楽に付き合えていいよね」
それを聞いて、ランドルフは数日振りに眉間にシワを寄せた。
「ここの暮らしは、堅苦しいか?」
「少しね」
即答してから、ロッドはしばし次の言葉を考えた。
「前の暮らしより、規則正しい生活をしてるよ。ま、王子なら当然かもしれないけど」
「そうだな。王子は人の手本となるべきだ」
「シュヴァルツさんと似たとこあるね」
お堅い王子に挟まれた一日がどんなか、ロッドは嫌な予感がした。
ランドルフは先程お茶をした時の、シュヴァルツの洗練された姿を思い出していた。
「私などまだまだ、シュヴァルツ王子を見習わないといけない」
ロッドの顔に露骨に嫌な予感がでて、ランドルフは気づいた。
「ロッド君も見習いたまえ。今から見習えば、シュヴァルツ王子の歳には、自然と王子として振る舞えるようになっているだろう」
「……わかりました。でも、今日はゆっくりしようよ。この城でも、楽しく過ごしてほしいからさ」
「ありがとう」
ランドルフは笑顔で答えて、廊下を歩き出したロッドについて行った。
ふたりは庭に出て、夏風にゆるやかに揺れる草花を眺めた。
「これはユリね。これはデュランタ、これはクレマチス、これはなんだっけ、アガパンサスだ。これは月下美人、夜になると花が咲くよ」
「詳しいな」
「シュヴァルツさんが花が大好きだから。一緒にいたら、自然に詳しくなれるよ」
ランドルフは納得して、種類分けされて整然と咲いている花々を眺めた。ロッドは柵の方にランドルフを連れて行った。
「これは、俺が育ててるアサガオ」
ロッドは柵に巻きついているアサガオを紹介した。
「よく育っているな」
「初心者にオススメの花だからね。ほぼ勝手に育ってくれたよ」
「ヒマワリは難しいのか?」
ヒマワリが見当たらないのでランドルフは聞いた。
「さぁ、シュヴァルツさんなら育てられると思うけど、シュヴァルツさんもこの城も、ヒマワリって感じじゃないからね」
ふたりはシュヴァルツを思い浮かべて、重厚な城を見上げた。
「俺もね」
ロッドが肩をすくめて、ランドルフは笑った。
シュヴァルツとロッドは雰囲気が似ているなと、ランドルフは思った。
庭から戻ったふたりは、シュヴァルツとともに食堂で昼食をとった。長テーブルにつき、ナイフとフォークの音もささやかな中、タマネギのキッシュ、夏野菜のサラダ、冷製スープを食べながら、ランドルフは前に座るロッドの所作を見た。
ロッドは慣れた様子で、丁寧に料理を口に運んでいた。
先程とは打って変わって、王子になっているなとランドルフは感心した。
「ロッド、ランドルフ王子と午後はどう過ごすのだ?」
ロッドは上座のシュヴァルツに顔を向けた。
「そうだね、ダラ……ゆっくり過ごすよ。暑いし、ランドルフさんも長旅で疲れてるだろうからね」
シュヴァルツはうなずいて、ランドルフに微笑んだ。
「気兼ねなく、ゆっくり過ごしてくれ」
「ありがとうございます」
「そうだ、みんなでゲームしようよ。夜の方がいいかな? 王子達は夜会でゲームしながら、情報交換するんだよね?」
ロッドが王子について語ったので、カーム城での学びの成果かとシュヴァルツは感心した。
「その通りだ。強いてゲームする必要はないが……ランドルフ王子はゲームはする方か?」
「はい。弟とよく、オトギの国のゲームは一通りしています」
「では、夜はゲームをしよう。ロッド、夜はゲームをするのだから、午後はランドルフ王子に学んではどうだ? ランドルフ王子は生まれた時から」
ロッドはシュヴァルツの言葉を遮った。
「それじゃ、ゆっくり過ごせないよ。一日中遊ぶ日があってもいいよね? 夏休みって知らない?」
「知っている」
仏頂面で答えたシュヴァルツは、仕方ないと引き下がった。
ランドルフは意外に人懐こいロッドを弟と重ねながら、シュヴァルツとのやりとりを微笑ましく見ていた。




