第130話 旅の王子様2 旧友と新しい友
ブロウはさっそく、内線電話でタリスマンを呼んだ。
「彼は夜型でね、朝は苦手なんだ。もう少し待ってくれたまえ」
「どのようなご友人ですか?」
「うーん、そうだな。普通の友人じゃないね。彼はこの国の王を目指していてね、僕は彼の伝奇を書こうと思っているんだ。未来に語り継がれるサーガをね」
ランドルフは思わぬ関係性に、ほうと感嘆した。
「あれは、今年のドラゴン祭り前日の夜だった……」
ブロウがタリスマンとの出会いを話していると、扉がノックされた。
「待ってたよ」
「おはよう。朝っぱらから王子様がやって来るとは、爽やかだなぁ」
眠そうな顔でタリスマンが入ってきた。ランドルフは立ち上がって迎えた。
タリスマンとランドルフは軽く会釈を交わした。
「おお、なんかお堅そうな王子様だな」
ランドルフを前にしたタリスマンは、ちょっとたじろいだが、すぐに背筋を伸ばし胸を張った。
「我はタリスマン。よろしくな、ランドルフ王子様」
床につきそうな長い髪、十人並みの顔立ちに余裕綽々といった目つきと笑顔、神聖な者のように白い衣を纏ったタリスマンは、ブロウよりも背が高く、ランドルフも圧倒されるようだった。
尊大な挨拶も、王を目指していると聞いた後では、ランドルフを妙に納得させた。
ランドルフは片手を胸に当てた。
「ランドルフと申します。以後お見知りおきを。タリスマン、さん」
「我らは結構、歳が近いのではないか? 遠慮なく呼び捨てにしていいぞ」
「ならば、私のことも、遠慮なく呼び捨てにしてほしい」
「わかった。ランドルフ、よろしくな」
「よろしく、タリスマン」
気さくなタリスマンに釣られて、ランドルフも笑顔になった。見守るブロウも嬉しそうに微笑んだ。
タリスマンはランドルフの格好に目を走らせた。
「全く王子様に見えないな。すっかり旅人と化しているではないか」
「旅人に見えるか、よかった。それが肝心なんだ。王子とバレたら、つけ狙われることがあるからな」
「王子様を探す女達にか?」
タリスマンは爆笑して、ブロウは片手で口をおさえて笑いをこらえた。
「と、盗賊にだ」
ランドルフは困惑の顔でふたりを見た。
ブロウは笑いを飲み込むと、少し怖い顔でタリスマンに向かい指を振った。
「そうだよ、盗賊にだ。わかってるくせに、そんなこと言ってると、女性達に怒られるよ」
「怒られるのは嫌だ」
タリスマンは力なく言ったが、気を取り直して言った。
「違う話をしよう。面白い話をな」
タリスマンとブロウは長椅子に並んで座り、ランドルフは向かいに座った。
「ランドルフの話を聞きたい。どこから来たのだ?」
「ここからずいぶん離れたところからだ。名もない町が点在するそばの、名もない森にある城から」
少し悲しげな笑みのランドルフに、タリスマンも一瞬リアクションに困った。
「そんな名もない場所に、王子様が住んでいるのか?」
「ランドルフ君のご両親は、この国の元国王なんだ」
「ほお」
タリスマンは目を見張って、ランドルフを見た。
オトギの国は数年に一度のペースで、国王が入れ替わる制度のようなものがあった。
「元国王は戦いを挑まれたり、命を狙われたりすることがあるというからね。ご両親は安全な暮らしのために、名もなき場所にある城を選んだのさ」
「なるほど。我の両親も、この国の元国王でな」
今度はランドルフが目を見張って、タリスマンを見た。
「奇遇だな」
「ああ」
ふたりは打ち解けた笑みを交わした。
「我の両親も、我を安全な場所で育てるために、国を出たと言っていた」
「タリスマンは、どこで育ったんだ?」
「ふ、名もなき国の名もなき町でだ」
「名もなき町って、なんだかカッコいい響きだね。僕も今度出身地を聞かれたら、そう答えよう」
「名もなき町で生まれ育った我が、いずれこの国に伝説を残す王となるか。カッコよすぎるな!」
笑い合うタリスマンとブロウに、ランドルフは圧倒され気味で視線をめぐらせた。
「ところで、ランドルフは王になる気はあるのか?」
「いや、私が生まれた時、父は既に王ではなかった。だから、王という者は知らないし憧れを抱いたこともない。それでも、王子として育てられたから王子として生きているというか……」
ランドルフの言葉が途切れたので、ブロウが口を開いた。
「この国の男の子は、決まって両親から奇石で王子になれと言われるんだ。ランドルフ君の場合は、ご両親が元国王だから自然にそう育った面もあるけど、それでも、珍しいよ。王子として生きているなんてね。大抵は、別の者になるんだよね」
自分も珍しい存在だと気づいて、ブロウは可笑しさに笑いをこぼした。
「偉いな」
タリスマンはじっと、生真面目そうな顔立ちのランドルフを見つめた。
「理想の息子だな。だが、王子様なんて大変ではないか? プレッシャーが顔に出ているぞ?」
笑うタリスマンと苦笑いするブロウを前に、ランドルフは静かに言った。
「少し、肩に荷を感じているのは確かだ。時々、ブロウさんの型にはまらない生き方が、羨ましくなります」
ランドルフに見つめられて、ブロウは慌てた。
「僕を真似しちゃいけないよ。ランドルフ君には、今の純粋で真っ直ぐなままでいてほしいな。もちろん、無理をせずにね」
ランドルフは感謝の笑顔でうなずいた。
「純粋で真っ直ぐな王子様に、親のいないところでくらいハメを外して遊ぼうとも言えないな。とりあえず、肩の力を抜いたらどうだ?」
タリスマンに言われて、ランドルフは肩の力を抜いてみた。すると、眉根のシワがなくなり、年相応の青年になった。
「その調子で、炭酸にポテトチップでお茶にしようではないか」
「そうだね」
ブロウはお茶を頼むべく立ち上がった。
「それから昼食には、この町の伝統料理を作ってもらおう」
微笑みを向けるブロウに、ランドルフは喜びの笑顔をみせた。




