第129話 旅の王子様1 クロニクル城
晴れた夏の朝、今日もペルタとユメミヤは冒険に備えた訓練に行く予定だった。ルイスもついていくための準備を整えて客間に行った。
客間には、すでにペルタとアンドリューがいた。
ペルタは赤いタバードを着て、キリリとした顔で腕を組んでいた。アンドリューと見紛うようなペルタに、ルイスは厳かに聞いた。
「今日はどんな訓練をするの?」
ペルタは笑顔で答えた。
「湖のそばで、瞑想をするのよ」
「瞑想?」
「ええ、体だけでなく精神も鍛えるの」
ペルタは急にガックリと力をなくした。
「たとえば、王子様のようで実は悪い男に、惑わされないようにね」
ルイスは王子様のようで実は悪い男、カロスをすぐに思い出した。
「それは、大事だよね」
「そうだ」
アンドリューもペルタのそばに来て、腕を組み厳しい顔を向けた。
「カロス、奴は自分から求めたのではないとはいえ、お前達に助けられても礼のひとつも言わなかった。普段から、女に助けられて当然と思っているのだろう」
自分で言いながら、アンドリューは腹立たしくなって歯をギリギリさせた。
「あんな奴に惑わされるな」
「そうだよ。女の人を平気で盾にする奴だし、二度と惑わされないでほしいな」
ペルタはしゅんとして、何度もうなずいた。
カロスのような男に二度と惑わされないためにも、本物の王子様が現れてほしいなと、ルイスは強く思った。
その頃、ひとりの王子様が、ブロウ王子の住むクロニクル城を訪ねていた。
部屋で本を執筆していたブロウ王子は、旅の王子の来訪をセバスチャンから知らされて、黒髪を軽く梳かし、半袖の襟付きシャツに黒ズボンという身なりをさっと整えて、挨拶に来た王子を出迎えた。
旅の王子は二十過ぎの青年で、軽くオールバックにした黒髪、青い瞳、真面目そうで精悍な顔つき、スラリとしているが頑健さも伺わせる体、涼しげな麻の襟付きシャツと革のパンツにブーツ姿だった。
懐かしい友人に、ブロウは笑顔で片手を差し出した。
「やぁ、久しぶりだね! ランドルフ君」
ランドルフ王子も屈託のない笑顔で、ブロウの手を握った。
「お久しぶりです。ブロウさん」
ブロウはランドルフを招き入れて、ふたりはテーブルを挟んで洒落た長椅子に座った。
「会わない間に、大人になったね」
驚きと喜びに満ちた目で、ブロウはランドルフの成長ぶりを眺めた。
「以前、ブロウさんにお会いした時は、まだ成長期でしたからね」
視線を受けるランドルフは、くすぐったくなって笑った。
「ご両親とデュラン君はお元気かな?」
「はい。変わりありません」
「それはなによりだ。それで、ランドルフ君はこんな遠い序盤の町に、どんな用で来たのかな?」
ブロウはゆったりと寛いだままだが、興味深く聞いた。
「特別な用というわけではありません。弟に城を任せられるようになったので、自分の目で国を見て回りたいと思い出てきました。ブロウさんにもお会いしたくて」
「ありがとう、嬉しいよ。それにしても、城を任されるとは、デュラン君も成長しているんだね」
ブロウは感激に涙しそうになった。
「はい。もう少しすれば、今度は弟がブロウさんをお訪ねするかもしれません。その時は、どうぞ構ってやってください」
「もちろんだとも。楽しみにしているよ。そういえば、いつか君達がクロニクルを訪ねたら、おもてなししようと約束していたね。さっそく、僕なりにもてなすとしよう」
「ありがとうございます」
嬉しそうなブロウに、ランドルフは素直に好意を受けた。
「まだ、町は見て回ってないかな?」
「昨日の朝町に着いて、一通り見て回りました。ここに来た後では、王子とバレるかもしれませんから」
「ほう、まだバレてないかい」
ブロウは目を丸くして、ランドルフを見た。
「フム、今のランドルフ君は城住まいの王子にはない、旅人の野性味を纏っているから、気づかれないのかもしれないね」
「旅人には憧れがあるので、自分もなりきれていたら嬉しいのですが……カーム王子の治める町で、一度だけ王子だとバレました。今と同じような格好だったのですが」
「カーム王子の町でね。見抜いたのはどんな人だった?」
ブロウは薄々、相手を察しながら聞いた。
「魔女見習いという雰囲気のふたりで、ひとりの名前はペル、ペル……」
「ペルタでは?」
「そうです」
「もうひとりは、アンドレアじゃないかな?」
「はい、そうでした」
ランドルフが驚きの目を向けるなか、ブロウは目を閉じて何度もうなずいた。
「さすが、ペル師匠とアンドレア君。よくぞ見抜いた」
「師匠?」
「ペルタ君は、僕に王子の心構えを教えてくれる師匠なんだ。アンドレア君は師匠の友人さ。あ、ちなみに、ふたりは魔女見習いじゃないよ。多分ね」
アハハと笑うブロウを、ランドルフは尚も見つめた。
「あの人はまだ若いのに、ブロウさんに王子の心構えを教える師匠とは、驚きました。ふたりは王子見習いと若い王子と一緒でした」
「ルイス君とロッド君だね」
「ご存知でしたか」
「ああ、とても仲良くさせてもらっているよ。歳の離れた弟達と思っているよ」
「あのふたりも弟子でしょうか。師匠が護衛をしているようですが」
「弟子と言っていいんじゃないかな。ペル師匠は護衛のかたわら、色々教えていることだろうからね」
ランドルフは目を閉じて回想し、ただ王子に好意的な護衛だと思っていたペルタとアンドレアを大いに見直して、また会いたいと思った。
「ルイス君とロッド君は、どんな印象だった?」
目を開けたランドルフに、ブロウは前のめりになって聞いた。
「真っ直ぐで優しく、清々しい気分にさせてくれるふたりでした」
ランドルフはふたりを思い出して、穏やかに微笑んだ。
「弟にも会わせたいと思いました」
「きっと、いい友達になれるよ」
ブロウも微笑んで、優しく言った。
「早く城に帰りたくなったろう? だけど、僕の接待を受けてから帰るんだよ」
「はい」
ランドルフは笑い、ブロウは両手をこすり合わせた。
「さっそく、どうしようか。そうだ、僕の友人を紹介しよう」




