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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第7章

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第128話 オトギの国の秘密の一日

「おはよう、ルイス君。今日はなんの日だと思う?」


 涼しい夏の朝、朝の身支度をして客間に入ったルイスに、ペルタがいきなり質問してきた。


「枕の日?」


 ルイスはペルタの見せつけてくる、小さめの枕を見て答えた。


 ペルタの後ろの窓辺にも、同じ枕が四つ並べてあった。


「おしいわ。正解は、枕投げの日よ」

「枕投げの日?」

「オトギの国の、伝統の一日よ」


 ペルタは言うと同時に、ルイスに枕を投げた。


「顔にぴったりのサイズでしょ? 五個セットで売っている枕投げのために開発された “痛くない奇跡の枕” よ。痛くないでしょ?」

「王子様にだけは投げない、とかないんだ?」


 顔面に直撃を喰らったルイスは、あえて冷静に聞いた。


「今日だけは、王子様も恩人も関係ないのよ」

「へぇ」


 ふたりは同時に落ちた枕を掴んだ。


「焦らなくても、朝食、昼食、アフタヌーンティー、夕食の休憩時間を挟んで、夜の0時まで祭りは続くわ」

「枕は一つでも多いほうがいいよね」


 ふたりが枕を引っ張り合う中、扉が開いて枕が飛んできた。


「もうやってたか。グハハ!」


 三つ枕を抱えたアンドリューが笑顔で現れた。


 二つはルイスとペルタにヒットしていた。


「なんて野蛮な祭りでしょう」


 アンドリューの奇襲をすでに受けたユメミヤが、静電気に髪を逆立ててカッカしながら現れた。


「不参加の者は、どこに避難すればよいのです?」

「避難場所などない!」


 キョロキョロするユメミヤに、アンドリューは笑顔で答えた。


「アンドリューさん、ノリノリだね。意外にもほどがあるよ」

「俺は子供の頃から、この祭りが好きなんだ。歴戦の勇者に遠慮なく枕を投げられるんだからな」


 楽しそうだけど反撃が怖いなと、ルイスは想像した。


「この日だけは無礼講。楽しく戦う日であり、日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らす日だ!」


 アンドリューはペルタに力いっぱい枕を投げた。


「ぶふ! この!」


 ペルタは枕を投げ返したが、アンドリューは()けた。


「くっ、避けられた時の悔しさ……!」


 言葉にできずにペルタは歯を食いしばった。


 にらみ合うアンドリューとペルタを、ルイスとユメミヤも横からにらみつけた。


「僕も、知ってれば避けられたのに」

「ええ、不意打ちなど卑怯です」

「新参者への洗礼というものよ!」

「そうだ!」

「ルイス君、私が盾になりますから、思う存分戦ってください」


 打たれ強いユメミヤは、キッとしてルイスに寄り添った。


「そんことできないよ!」

「そうはいかないわ!」


 ペルタの投げた枕が、ふたりの間を引き裂いた。


「おのれ、魔女め!」


 ユメミヤは怒りに任せて投げ返し、ペルタを仕留めた。


 ルイスは豹変したユメミヤを怖いなと思いつつも、伝統の枕投げに身を投じた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 一戦終えてくたくたになったルイス達は、荒い息を沈めて朝食を取った。食後、ルイスはひとり枕を詰めた袋を肩に廊下を歩いた。

 少し進むと、階段で若い娘にばったり会った。枕に手を伸ばすルイスに娘は慌てて両手を振った。


「枕投げなんて、できません」


 ルイスは投げにくいなと思って、先に進んだ。


 すると、角の向こうから甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 走って行って見ると、ファルシオンが女達に容赦なく枕を投げつけていた。凄いなと思いながら、ルイスはファルシオンに狙いをつけた。


「この城ではいつも、ファルシオン様が戦いの火蓋を切るんだ」


 コックのビルが教えると同時に枕を投げてきた。


 なるほどと思いながら、ルイスは枕を投げ返した。

 一戦を終えて再び廊下を進むと、悲劇の主人公のごとく床に倒れたカームに出会った。

 美しい顔は変わりないが、ルイスに向けた笑顔は弱々しく笑い声はかすれ、長い金髪は乱れて服はくたくた、日頃の完璧さは跡形もなかった。


「カームさん! 誰に!?」

「フフ、妻達が、日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らしたところですよ」


 カームは清々しい気分で答えた。


「大変だ……カームさんみたいな優しい王子様に、鬱憤なんてそんな」

「どんな優しい王子にも欠点はあるものです。そう、妻が多いという欠点がね」


 ルイスはカームを介抱しながら、僕はひとりとしか結婚しないと改めて誓った。


 カームと別れたルイスはゲオルグを探して、ゲオルグの部屋で見つけた。


「この日は、いつも部屋に居るんだ」


 どうしていいかわからないという顔で、ゲオルグは言った。


「僕と戦ってください!」


 嬉々としたゲオルグとの一戦を終えて、少し休憩をとったルイスは次に、執事のセバスチャンが気になって探した。


 セバスチャンは最上階の廊下から城内を眺めていた。いつもの威厳のある佇まいで、枕を後ろ手に持っていた。


「ルイス様、よくおいでくださいました」


 セバスチャンは笑顔だけで恐怖で満たした。


 ラスボスだったかと、ルイスは戦わずして敗走した。

 屋上に出ると、テレポート案内員のオデュッセウスに出会った。


「今日は最悪の一日だよ。枕から逃げようとする人達が、しがみついてくるんだ」


 オデュッセウスは体についた指の跡をルイスに見せた。


「大変だ……シュヴァルツさんの城に避難したらどうでしょう? シュヴァルツさんもロッドもこういう祭りには乗らないと思うし」

「よし、行ってみよう」


 その少し前、シュヴァルツ城のロッドは執事のセバスチャンと自室にいた。


「ロッド様、今日は枕投げの日でございます」

「へぇ? なにそれ」

「オトギの国の、秘密の祭りでございます。他言無用、撮影禁止、外にもれぬように情報機関には検閲がかけられております」

「凄い祭りだね」

「この日は、オトギの国の誰もが互いの関係を超えて、枕を投げ合う伝統の一日でございます。暑気払い、健全な戦い、親交を深めるため、日頃の鬱憤を晴らすためなどの理由が伝わっています。奇石の力を使うのは反則。不名誉なことですので、ご注意ください」

「わかったよ」

「では」


 セバスチャンからの強烈な一撃を顔面に喰らったロッドは、もうどこにも味方は居ないんだと確信した。誰も信じられなくなった。

 泣きそうな目でにらんでくるロッドに、セバスチャンは困った笑顔をみせた。


「どうぞ、投げ返してください」


 両手を広げるセバスチャンに、ロッドは震える手で思い切り枕を投げつけた。


 セバスチャンから受け取った五個の枕が入った袋を肩に、ロッドはさっそくシュヴァルツの部屋に向かった。セバスチャンと戦った今、もう怖いものはなかった。

 ノリの悪いシュヴァルツは引きこもっているに違いないと、まずは寝室をノックしたが居なかった。

 居留守を疑いつつも執務室に行ってノックした。


 ガチャリとノブの回る音にロッドは後ろにさがると、ゆっくりと姿を現したシュヴァルツに思い切り枕を投げつけた。

 たやすく顔面にヒットしたことに、ロッドは喜ぶと同時にゾッとした。

 そして、シュヴァルツが枕を掴んでいることに気づいて全身に緊張が走った。


「まさか、やる気だとはね」


 ロッドは無理にニヤリとしてみせた。


「伝統の祭りだ。王子として、参加しないわけにはいかない」


 シュヴァルツは枕の入った袋を廊下に置くと、ロッドと向かい合った。


「義理で参加なんて、張り合いがないよ」

「今のは、わざと喰らってやったのだ」


 あざ笑うロッドに、シュヴァルツは冷酷に告げた。


「一撃くらいは、喰らってやろうと思ってな!」


 シュヴァルツは鞭を振るごとく枕を投げた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


「よく来たな」


 門前に出て来たフラフラのロッドの瞳に、オデュッセウスとルイスは危険な光を見た。


「まさか、シュヴァルツさんとセバスチャンが?」

「信じられないだろ?」

「うん。こっちも、セバスチャンもアンドリューさんもノリノリなんだよ」

「普段、冷静な人ほど狂わせる祭りだよ」


 オデュッセウスが悟りを開いたような顔で言って、ルイスとロッドは重々しくうなずいた。


「逃げてきたのか?」

「アンドリューさん達とは戦ったけど、セバスチャンからは逃げてしまったよ」


 ニヤリとするロッドにルイスはハッとした。


「さすが、常に僕の上を行く男だね」


 ルイスの素直な称賛にロッドは照れて頬をかいた。


「よく無事だったね。奇石の力を使った?」

「避ける時には、つい使っちまったけどな。さすがに見逃してもらえたよ。料金所のオジサンまで来た時は隠れるしかなかったぜ」

「想像しただけで怖いよ」

「ここも、安全じゃなかったか」


 オデュッセウスが悲しげにうなだれた。


「オデュッセウスさんを安全な場所に連れていきたいんだ。ブロウさんのところはどうかな?」

「ブロウさんはこういう祭り、好きそうだけど」


 三人は行ってみることにした。


 その頃、クロニクル城のブロウの部屋には五個セットの枕が大量に散らばっていた。


「よく来たね、タリスマン君」


 床に目を奪われるタリスマンに、ブロウはにこやかに言った。


「さぁ、枕を取り給え。始めよう」


 ブロウの静かな威厳にタリスマンは膝をついた。


「王としては枕投げなど高みの見物だ」と言いに来たのに。体が勝手に枕を取ってしまっていた。そして、立ち上がったと同時に枕が顔に直撃した。


「なにが痛くないだ? なにが奇跡だ!? ただの枕ではないか!」


 タリスマンは倒れふして、泣き顔で枕に抗議した。


「ごめん、力が入っちゃったね」


 ブロウは笑って謝ると加減して投げた。


 また顔に喰らったタリスマンは怒りの反撃をしたが、ブロウは華麗に避けた。それで、タリスマンの闘争心は消滅した。

 コアラのように長椅子にしがみつくタリスマンに、ブロウが苦笑いしていると扉がノックされた。


「やぁ、ルイス君、ロッド君、オデュッセウス君」

「こんにちは! ブロウさんはやっぱり……」


 ルイスとロッドは部屋中に散らばった枕に笑って、オデュッセウスは廊下に逃げた。


「おお! ふたりとも!」


 タリスマンが涙目でふたりに手を伸ばした。


「タリスマンさん、やっぱり劣勢?」

「僕達が来たからにはもう安心。と言いたいところだけど、どうかな?」

「我は、お前達を信じている」

「待ってくれ、どうして三人で僕を狙うようなことを言うのかな?」


 寄り固まる三人にブロウはうろたえた。


「ブロウさんは手強いだろ?」

「三人がかりでも当てられるかどうか」


 静かな闘争心を向けて来るルイスとロッドに、ブロウは後ずさりして距離を取った。


「ロッド君、ルイス君、君達は意外と」


 豪速で飛んでくる枕に、ブロウは好戦的な性格だと確信した。


「ハッ!」


 合わせ技のように飛んでくるふたりの枕を、ブロウは思い切り投げた枕で派手に弾き飛ばした。


「少し大人げないけど、早めに戦意を折っておかないとね。多勢に無勢って言葉があるし」


 ルイスとロッドはブロウの思惑通り、立ち尽くして顔を見合わせた。


「タイム!」

「えっ?」


 ふたりが背中を向けて作戦会議を始めたのを見たブロウは、久しぶりに苦闘することになりそうだと体をかすかに震わせた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 長い一戦と昼食をすませて、ブロウとタリスマンと別れた三人は玄関を出た。


「ブロウさんの枕が一番痛かったよ。痛くない奇跡の枕のはずなのに」

「ああ、本気で投げてくるなんて反則だよな」


 ルイスとロッドは疲れた体を撫でた。


「次は、どこへ行こうか?」

「僕はここで過ごすよ」


 オデュッセウスが穏やかな笑顔で言った。


「年老いた王子様とお姫様の枕投げは、とても和やかなんだ。セバスチャン達も見物派、ここが探していた安住の地だよ」


 確かに、老王子と老姫が多く暮らすこの城はブロウの部屋以外静かだった。アレス王子もすでに引っ越していた。


 ルイスとロッドはカーム城に送ってもらってオデュッセウスと別れた。


 ふたりが玄関ホールに入ると、枕が散乱し飛び交っていた。

 息をのむ間もなく、後ろで玄関の扉が勢いよく開いた。

 現れたのは金髪をなびかせた美形の男で、白い半袖シャツに革のズボンにブーツ、がっしりした両肩に枕の入った袋を担いでいた。


「レオドラさん!?」

「よぉ! ふたりとも!」


 レオドラ王子は驚くふたりに、いきなり枕を投げつけた。


「ここが一番にぎやかそうな城だからな! ソニーに飛ばしてもらって来たぜ!」


 ソニーもレオドラさんに枕をぶつけたいだろうなと、ルイスは枕を投げ返しながら思った。


 階段を降りてくる城の主カームにレオドラは近づいていった。


「カーム王子! 女の数だけでなく、枕投げでも俺と勝負しよう!」


 途端に、レオドラはロビー中の人間から攻撃を受けて崩れ落ちた。


「王子にあるまじきことを言うからです」


 カームは苦笑いしつつ高みの見物を決め込んだ。


 女性陣の集中攻撃にレオドラは柱に隠れた。


「待て! 俺はまだ、なにもしてないぞ!」

「他でしてるから」


 ルイスとロッドの鋭い突っ込みにレオドラは笑うしかなかった。そしてまた、勇ましく枕を構えて柱から飛び出した。


「叩き出されるとは、このことだな! さらばだ!!」


 夕暮れまで、主に女性陣と激闘したレオドラはソニーに飛び乗り帰って行った。


「本当に、枕投げだけするためだけに来たんだね」

「ああ、凄い人だな」


 別れの挨拶もゆっくりできずに、ルイスとロッドは空を見上げた。

 それから、疲れ切った夕食を挟み0時を待たずに城はしんとなった。


 ♢♢♢♢♢♢♢


「おはよう、ルイス君、ロッド君。今日はなんの日でしょう?」


 翌日、朝の身支度をして客間に入ったルイスとロッドに、ペルタがテーブルに手をついて辛そうな顔で聞いた。


「筋肉痛の日」

「正解よ」


 三人はイスに座るとテーブルにへたばった。


「これがあるから、秘密の祭りなのよ」

「うん。今、敵に襲われたら終わりだね」


 アンドリューも苦痛に顔を歪めて座っていて、ユメミヤも体を丸めていた。動けない五人を助けてくれる者は居なかった。城中の、国中の人間が、筋肉痛と疲労と戦う一日を過ごすのだった。

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