第127話 逃走中の王子様!?
休憩を終えた一同は後片付けをして、帰路につくオヤジさんと別れた。
「さて、また森に入りましょうか」
ペルタの号令に、ユメミヤ、ドルチェ、アンドレアは力強くうなずいた。
「自分はこの周辺を見回ってこよう。彼女達と、旅人双方の安全のために」
ゲオルグがアンドリューに告げた。
「わかった」
行こうとするゲオルグの前に、ペルタが立ちふさがった。
「ゲオルグ様! どうか、お気をつけて」
「ああ、ありがとう」
祈りのポーズで瞳をウルウルさせるペルタに、ゲオルグは優しく笑いかけた。
「ペルタ! ずるいよっ、抜け駆けは!」
「そうですよ!」
アンドレア、ドルチェ、ユメミヤがゲオルグに押し寄せた。ゲオルグはぐらつきそうになったが、すぐに足を踏ん張って受け止めた。
「フンッ、先手必勝よ! 一秒でも出遅れたら負け!」
「なんて過酷な世界でしょう」
ユメミヤは戦意喪失して力なく呟いた。
その光景、特に、押し寄せる女性陣を顔色を変えずに受け止めているゲオルグを見て、アンドリューも戦意喪失に似た感覚を味わっていた。
「さすが、王子様だ」
アンドリューは口の中で呟くと、気を取り直して女性陣を追い払いにかかった。
「さぁ、離れろ。見回りに行けないだろ。ゲオルグ王子、お気をつけて」
「ありがとう」
坂をゆっくりと登っていくゲオルグを見送った五人は、さっきの森に入った。
アンドリューは木にもたれて、距離をとって見守ることにした。
四人が準備運動を始めた時、アンドリューは誰かが坂をくだってくる気配に気づいた。
ゲオルグか旅人かそれとも……と体を道の方に向けてそっと確認した。降りてくるのは、若い男だった。
野暮な茶色い皮のマントに身を包んでいるが、彫刻のように美しい男だった。かれの顔にだけ、天の光が当たっているようにアンドリューには見えた。
見惚れたわけではなかったが、なんとなく目が離せなかった。どこかで見たことがあるような、知っているような不思議な感覚がしていた。本当に彫刻で見たのかなどと、突拍子もないことを思って内心笑った。
アンドリューの様子に、四人も気づいて近づいた。
そして、アンドリューの向こうに、通り過ぎようとする男を見つけた。
「ああっ、カロス!」
「カロスだ!」
ペルタとアンドレアの悲鳴に似た発言に、アンドリューは全身が総毛立った。男をどこかで見た気がしたのは、ペルタに散々聞かされたカロスの特徴が既視感を持たせたからだった。アンドリューは道に飛び出した。
「カロス!」
立ち塞がるアンドリューに、男はギクリと足を止めて身構えた。
「ここで会ったが百年目だ。ドラゴン祭りのこと、忘れたとは言わせんぞ」
何者かと目を見開いていたカロスは、ニヤリと笑った。
「ドラゴン祭り? ああ、女に薬を盛られて、無様に眠りこけた男か」
「貴様の卑劣な謀略のせいだろう!」
アンドリューは額に青筋を立てたが、怒りを抑えてカロスに片手を伸ばした。
「個人的な怨みはいい。お前は脱獄して逃走中の身、拘束する!」
カロスが身構えた時、アンドリューにペルタが飛びかかった。
「やめなさい!」
「貴様! 離れろ!」
アンドレアもアンドリューのマントにしがみついた。
「ごめんなさい、アンドリュー!」
「なぜだ!? お前たちは、カロスに騙され、操られた身だろう! なぜ、味方する!?」
己を振り払おうとするアンドリューの腕を、ペルタは警棒で打った。
「ごめんなさい、アンドリュー! 体が勝手に動いて止められないの! カロス様っ、逃げて!」
「早く逃げて!」
ふたりは悲痛な顔で、ビシバシと警棒を振り回した。
「やめろ! んっ? ユメミヤ、ドルチェ!?」
アンドリューは信じられない光景を見た。
「早く、お逃げください」
「こっちです」
ユメミヤとドルチェは訳がわからぬまま、しかし、どこか儚げなカロスを、暴れだした大男から逃さねばと動いていた。
カロスはふたりに庇われてアンドリューの横を抜け、坂を走り降りて行った。
「貴様ラァーー!!」
取り押さえられたアンドリューの怒声が、辺りにこだました。
カロスが見えなくなると、五人の間を静寂が包んだ。
ドルチェはアンドリューに両手をかざして、治癒の光を当てた。
「まさか、アンドリューさんを治療することになるとは」
「全くだ。貴様らには失望した、呆れ果てた。犯罪者を逃がすとはな」
アンドリューは深く眉根を寄せて、四人から顔をそむけた。
特にペルタとアンドレアはガックリとうなだれた。
ふたりの脳裏には、騙される前のカロスとの幸せな一時がよぎっていた。
「ごめんなさい、どうしても、彼を憎みきれなくて」
「はああ……」
さめざめと泣き出したペルタとアンドレアに、アンドリューは脱力しきって盛大にため息をついた。
そこへ、ゲオルグが急ぎ足に坂をくだってきた。
「アンドリュー。声が聞こえたが、なにがあった? ふたりとも、泣いているのか?」
ゲオルグは少し身をかがめて、ペルタとアンドレアの顔を伺った。
「ゲオルグ様! お許しください!」
ペルタはゲオルグにすがりつき、アンドレアはしおしおと身長が縮み筋力がなくなり、か弱い見た目になった。
「一体、なにがあったんだ?」
ペルタを受け止め、アンドレアを興味深く見ながらゲオルグは聞いた。
そこで、ゲオルグとユメミヤとドルチェは、カロスがドラゴン祭りをめちゃくちゃにしようとして捕まり、脱獄して逃走中の男だと知った。
「そんな奴だったのか。とてもそうは見えずに、横を通り過ぎてしまった」
ゲオルグが困惑と無念を入り混ぜて言った。
「誰にも奴が悪人とはわからんのです。そこが、奴の厄介なところ」
アンドリューが噛みつきそうな顔をペルタ達に向けた。ペルタは顔を上げて、アンドリューとゲオルグを見た。
「カロスは一度、牢屋に入って罰を受けてる! ゲオルグ様、ご存知でしょう? この国の牢屋は、放り込まれたら放置されてしまうことを。脱獄しなければ餓死してしまう!」
「まぁ」
ユメミヤが小さく驚きの声を上げた。
「彼は、そこまでの罪は犯していません!」
ペルタ、アンドレア、ユメミヤ、ドルチェは切実な瞳をゲオルグに向けた。
アンドリューも腕を組んで目を閉じ、ゲオルグの反応を待った。
「わかった。このまま見逃そう。しかし、また罪を犯せば容赦はしない」
ゲオルグの揺るがぬ視線に、四人はうなずいた。
「決して、邪魔をするなよ。邪魔をすれば、共犯として牢にぶち込むぞ!」
アンドリューの噛みつくような警告に、四人はしゅんとしてうなずいた。
その頃、タリスマンはひとり、熊のような大男を木の陰でやり過ごして、山道をのぼらんとしていた。
訓練で荒ぶっているであろうペルタにはあまり会いたくなかったが、ペルタ達を心配するあまり、昼ごはんを食べなかったルイスをみかねて来たのだった。
「フフン、我の優しさに皆、ひれ伏すがよい」
意気揚々と坂を登りはじめたタリスマンは、坂を走り降りてくる男に気づいた。
遠目にもわかる、彫刻のように完成された美しい、丸腰の全く危険性のなさそうな若者だったが、タリスマンは彼と目が合った時、反射的に目から光線を出して攻撃した。
「なぜだ? つい、やってしまった」
タリスマンは改めて男を見下ろした。攻撃を受けて尻もちをついた男も、顔をしかめながらタリスマンを見上げた。
そして、タリスマンの長過ぎる髪に白いローブに金の帯を締めた、神聖さを装った姿を上から下まで眺めながら、ゆっくりと立ち上がった。
「お前は……」
ふたりは同時に呟いた。
そして、同時に光攻撃をしかけた。
「生きていたか! お前だけは、我が倒さねばならぬ。ひれ伏せ!」
「ひれ伏すのはお前だ!」
辺りは強烈な光に包まれていたが、ふたりは睨み合っていた。ドラゴン祭りでの戦いが、ふたりの脳裏によみがえっていた。
「光り輝く者は、我ひとり!」
「俺にこそ相応しい能力だ! 諦めろ!」
お互いに一歩も引く気は起きなかったが、光を放つのには精神力がいり、体への反動もわずかにあった。
連続攻撃に体力と精神両方の疲労が蓄積していき、タリスマンはついに膝をつき、カロスはその横をよろよろと走り抜けて去った。
タリスマンは道端の木の根本に座り込み、ぐったりと目を閉じ荒く早い呼吸をした。
「あれっ、カロスじゃないわ。タリスマン様!」
ペルタの声と走りよる複数の足音に、タリスマンは目を開けた。
「タリスマン様、カロスと戦ったのですか?」
「ああ……」
膝をつき、心配そうに顔をのぞくペルタに、タリスマンはなんとか返事をした。
「どちらが勝った?」
アンドリューとゲオルグが固唾をのんで答えを待った。
「フッ、引き分けだ。我はこの通り体力がつきてしまった。が、奴も命からがらフラフラと逃走した」
力なく笑っていたタリスマンは、カッと目を見開いた。
「そうだ、奴は逃走した。我の方が勝ってる!」
「まぁ、なんだ。奴は元々、逃走中だから」
力を取り戻したタリスマンを見て、アンドリューは思い直して言葉を切った。
「勝ってると思いたいが、ふたりの能力がぶつかっても、決着はつかないだろう?」
「フッ、次は屈服させる」
タリスマンの真剣な顔つきに、アンドリューは素直にうなずくしかなかった。
「素敵ですわぁ。タリスマン様」
ペルタがうっとりと言った。アンドレアとユメミヤとドルチェまでちょっとうっとりしていた。
「はああ、お前達は! よし、ふたりがまた戦う時は、絶対にタリスマンの味方をしろよ!……返事をしろ!」
タリスマンがジロリと、黙り込むペルタ達を見た。
「なんだ? カロスの見てくれに惑わされているのか? フッ、我が戦う姿を見ていないから仕方ないな。アンドリューよ、案ずるな。我が戦う姿を見れば、味方せずにはいられなくなる。顔だけの男など、恐るるに足りぬ」
「だと、いいんだが」
不敵に笑うタリスマンだが、アンドリューは不安を拭えなかった。
タリスマンはペルタの肩を借りて立ち上がった。
「しかし、今日はもう、帰ろうではないか? 我は歩けそうにない。アンドリュー、おんぶしてくれ」
「わかった」
マイペースなタリスマンにため息をつきつつ、アンドリューは背中を向けた。
「なんだか、踏んだり蹴ったりな一日だな……」
大男のタリスマンをおぶって歩き出したアンドリューの力ない呟きに、隣を歩くペルタはさすがに申し訳なくなった。
「許して、アンドリュー。後で、ケーキご馳走するから」
「子供ではないぞ」
「じゃあ、干し肉?」
「そういうことではない」
「代わろう、アンドリュー」
ゲオルグがみかねて笑いかけて、問答無用でアンドリューからタリスマンを受け取りにかかった。
そんなこんなで城に戻ってきた一行を、玄関で待っていたルイスが迎えた。
「お帰り! タリスマンさん、どうしたの!? みんな、無事!?」
ルイスは血の気が引きながら慌てた。
「大丈夫よ、ルイス君。誰も、怪我してないわ」
「フン」
アンドリューが鼻を鳴らしたので、ペルタは力なく苦笑いした。
一同はとりあえず客間に行った。
「みんな、お帰り。おや、タリスマン君。どうしたんだい?」
にこやかに一同を迎えたブロウ王子は、ゲオルグにおぶわれたタリスマンに驚いた。
ゲオルグはタリスマンをそっと長椅子に寝かせて、アンドリュー達は森での一日をルイスとブロウに聞かせた。
「カロスとエンカウントしてしまったか」
「また、決着つかなかったんだ」
ブロウとルイスはしみじみと、眠るタリスマンを見つめた。
「タリスマンさん、大丈夫?」
「ああ」
ルイスが顔をのぞき込むと、タリスマンは眠そうに目を開けた。
「僕の代わりに、森に行ったせいだね。ごめんね」
「フッ、これは宿命。奴が、我を呼んだのだ」
「……そうだね」
目を閉じてニヤつくタリスマンに、ルイスはガックリと脱力した。
「凄い一日でした」
ドルチェがしみじみと言って、ほっと肩を落とした。
ルイスはカロスもだが、肉屋のオヤジさんとの遭遇の話にも心配がつのった。オヤジさんは冗談だからよかったものの、冗談ではない人も現れるだろうと予想できた。
「今度は、僕もついて行くからね」
ルイスは笑顔でだが、キッパリと宣言した。
「待ってるなんてできないよ。邪魔しないから、見守らせてよ」
ひとりひとりの顔を、ルイスは見回した。
「みんな、大事な仲間だから」
一同は、喜びの笑顔でうなずいた。




