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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第6章

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第121話 白百合さんと紅薔薇さん

 ペルタは黒いワンピースに着替えて、客間の窓辺のイスにしとやかに座った。

 なにも考えないようにしていた。ただ、貞淑でいるために座っていた。本当はお仕置きの塔を借りて閉じこもりたかったが、心配したカームに断られたのでここに居た。


 必死な顔のペルタを、ルイスとアンドリューとユメミヤがテーブルを囲み、固唾をのんで見守っていた。


 タリスマンはブロウを探して廊下を歩いていた。


「やぁ、タリスマン君」


 談話室が見えたところで、中からブロウが出て来た。


「土産話は終わったのか?」

「うん、これも旅の楽しみだよね。そっちも終わった?」


 ブロウは廊下を歩きながら聞いた。


「始まったのだ」

「なにがだい?」


 タリスマンは辺りを伺ってから、小声で告げた。


「ペルタが、シュヴァルツ王子と結婚するようだぞ」

「えっ!?」


 ブロウは目を丸くすると、タリスマンの真顔を凝視した。


「な、なにがあったのかな?」


 タリスマンは事の次第を端的(たんてき)に話した。


「そうか、猛アプローチがついに実を結んだんだね。確かに、ペル師匠のストレートなアプローチは胸にくるものがあるからね」


 ペルタのアプローチの成果だというくだりを聞いて、ブロウは穏やかな笑みをたたえて、しみじみ言った。


「先を越されたか?」


 タリスマンは少し引っかかって首をかしげた。


「いや、喜んで祝福するよ。もう今までのように会えなくなるなら、寂しいけどね」


 ブロウは微笑んだまま、寂しげな目をした。


「我は、ブロウ王子の方が勝ってると思うぞ」


 世話になっている義理と親愛の情、そして、強さを目の当たりにしたことから、タリスマンは文字通り低姿勢の上目使いで言った。


「慰めてくれてありがとう。大丈夫だよ。こう言ったらなんだけど、失恋には慣れてるからね」

「失恋に慣れてる王子様だったか」


 姿勢を戻したタリスマンは、脱力気味にブロウを見た。


「失恋というよりは、弟子として寂しいというところかな。ペル師匠はよく褒めてくれるからね。会えなくなると寂しいだろうな」

「弟子な」


 ブロウに揺るぎないニッコリ顔を向けられて、タリスマンは一応納得した。


「お祝いに行こう」

「あ、まだ結婚するとは決まってないぞ。大きな問題があるのだ」


 ブロウはタリスマンを振り返った。


「アンドリューが言うには、シュヴァルツ王子はペルタの移り気をユウリョしているのだ」

「なるほど。ペル師匠が浮気しないか、心配なんだね」


 ズバリ言うブロウにたじろぎながら、タリスマンはうなずいた。


「ペルタはテイシュクさだったかを見せるために、客間に引きこもるそうだ。アンドリューはペルタに、ブロウ王子にも会うなと言っていた……」

「そうか、こんな風にいきなり会えなくなるとはね。結婚式には呼んでもらえるかな?」


 ブロウは寂しげに言いながら、それでもさっさと廊下を歩いて客間を静かに覗き、貞淑なペルタの姿を確認した。


「上手く行くように祈っているよ」


 気づいてそばに行ったルイスに、ブロウの呟きが聞こえた。


「ブロウさん」

「ルイス君、話は聞いた、僕は帰るよ。嬉しい結果を待っているからね」

「はい」


 ルイスは感謝の笑顔で、ブロウとタリスマンを見送った。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 シュヴァルツ城でルイスからの電話を受けたロッドは、自室に居たシュヴァルツに聞いたことを話した。


「なんだっけ、嫌いじゃないとか、なんだっけ、俺だけをとか本気?」

「確かに、本気でそう言った」


 急展開にがく然としているロッドに、重厚な造りの机に肘をつき指を絡ませて、シュヴァルツは冷静に答えた。


 ロッドはまじまじとシュヴァルツを見下ろした。照れて顔を赤くするでもなく、どちからと言うと動揺を抑えた固い態度に見えたが、揺るぎなく前を見る眼差しで真剣なのだと悟った。


「本気で言った。結婚するんだ?」


 ロッドは衝撃に後ろにふらつきながら聞いた。


「反対か?」


 シュヴァルツは冷静にロッドに目を向けた。


「反対じゃないよ。ペルタさんは森で迷ってた俺を助けてくれたからね。色々気にしてくれるし。俺が王子だからかもしれないけど。時々、言動が魔女っぽくて怪しい時もあるけど」


 ロッドはシュヴァルツに笑いかけた。


「シュヴァルツさんと居れば、大丈夫だと思うよ」


 シュヴァルツはロッドに微笑み返した。


 前向きなシュヴァルツに、ロッドはフムと腕を組んだ。


「だけど、いつの間に。最近、そんなにアプローチされてたっけ?」

「最近、赤い薔薇を見ると姿が浮かぶのだ」

「ふぅん」


 ロッドは机の花瓶に飾られた赤い薔薇を見つめた。そして、ペルタの姿が浮かんでギョッとした。


「ペ、ペルタさんを知ってれば誰でも、赤い薔薇を見たら浮かんでくるんじゃない?」


 ロッドはそうであってほしいと願いを込めて言った。


「そうか?」

「うん、確かルイスが言ってたけど、情熱的な人だからね」


 ロッドはそれだと、落ち着きを取り戻して答えた。


「では、俺の勘違いか」

「そうあっさり言わないであげなよ。部屋に薔薇を飾っておいてさ」

「前は、白百合だったのだがな」


 シュヴァルツは感慨深い目で薔薇を見つめた。


「重症、いや、本気なんだね」


 ロッドは以前、(たわむ)れとお見舞いに黒百合を飾ってやったことを懐かしく思い出した。


「ペルタさんと居れば、白百合さんを思い出さなくてすみそうだね」

「……そうだな」


 シュヴァルツは白百合さんを思い出そうとして、遠い目をした。


「ペルタさんなら、“もういいから外の世界に帰ろう”とか言わないだろうから安心だね。王子様大好きだからね」

「俺の事情を、よく覚えていてくれてるな」


 シュヴァルツは恐れ入り、ロッドに優しく微笑んだ。


「心配かけてすまなかった。感謝している」

「いいんだよ」


 ロッドは照れ笑いしながら、城が赤い薔薇で囲まれるのではないかと、気がかりになった。


「ま、仕方ないか」

「ん?」

「薔薇に囲まれた暮らしだよ。それはいいけど、喧嘩しないでくださいよ。止めるのが大変過ぎ、あ、邪魔なら独り立ちするけど」


 気の早いロッドに、シュヴァルツはフッと笑みを見せた。


「あ、おめでとうは早かったね」


 ロッドは笑みの意味に気づいて、大事なことを思い出した。


「ペルタさんは貞淑さを見せるために、部屋に閉じこもってるそうだよ」

「貞淑さか」


 シュヴァルツは薔薇に向けた瞳に、(うれ)いを走らせた。


「そう。三日くらい様子見る?」

「三日……」

「じゃあ、三年くらい?」

「さすがに、三年は長いのではないか?」

「じゃあ、とりあえず三日後に見に行こうよ」


 今すぐにでも行きたそうなロッドに、シュヴァルツはまた笑った。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 結局、三十分もしない内に、シュヴァルツとロッドはペルタの様子を見に城を訪れた。

 扉をそっと開けて客間を覗いたロッドは、すぐに閉めると隣のルイスとニヤニヤした。ユメミヤもアンドリューも廊下に出ていた。


「ロッド、ペルたんは、君のお姉さんになるかもしれない。よろしくね」


 ルイスが言うと、ロッドは吹き出して片手で口を押さえた。


 ふたりにどう反応していいかわからず、困惑顔になるシュヴァルツに、アンドリューがズイっと近づいた。


「シュヴァルツ様……」


 アンドリューの訴えるような目を、シュヴァルツは受け止めた。


「とにかく、話しをしようと思ってな」


 シュヴァルツはノックして静かに客間に入って行った。

 それを、四人は祈るように見ていた。


「ついに、結婚するかもしれないんだね」


 ルイスは涙が出そうになって、目元を指で押さえた。


「王子様とお姫様の、結婚式が見られるのですね」


 ユメミヤが感動に胸を押さえて、ルイスと微笑みあった。


「俺は、部屋で待っている」


 アンドリューがそわそわと廊下を歩いて行った。


 それを見送ったルイスとロッドは、客間の扉に耳をつけた。


「上手く行きますように」


 ユメミヤは扉に向かい、手を合わせて目を閉じた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


「あっ、シュヴァルツ様」


 ペルタはドキリとして、顔をシュヴァルツに向けた。


 ペルタに似つかわしくない黒いワンピース姿に、シュヴァルツは微笑んだ。

 シュヴァルツは黒いドレスシャツにスラックスと革靴といういつもの姿だが、ペルタは息が上がって酸欠になりそうだった。立って向き合いたかったが、足が動かなかった。

 力を失った足に目を落とすペルタに、シュヴァルツはゆっくりと近づいた。ペルタはドキリとして顔を上げると、微笑むシュヴァルツをうっとりと見つめて、その目は手首で光ったブレスレットに移った。


「ロッドの気づかい、さっそく、効果があったようだ」


 視線に気づいたシュヴァルツは、心の傷を癒やすパワーストーンを撫でて、ペルタもロッドの優しさに微笑んだ。


「俺のために……」


 言葉を詰まらせたシュヴァルツに、ペルタはまた顔を向けた。

 豊かな黒髪からのぞく顔を赤く染めて、衝動を抑えて震えるペルタの瞳を、シュヴァルツは見つめた。


「また、俺のために」


 ロッドを連れてきた時のこと、ルイスと城を訪れた時のこと、聖地の崖を登ることになった時、自分のために奇石を使い治癒力を手に入れようとした献身が脳裏を()ぎった。「シュヴァルツ様の心から笑った顔が見たい」という願いも。


 ふたりは向かい合って、心から微笑み合った。


 そうして、永遠に見つめ合うかのようなふたりの間に、突如、窓から飛び込んできたモノが割って入った。

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