第9.5話 衝撃の事実と最初の試練
「よしよし。じゃあ、メニューを選ぼう」
アンドリューは安心して椅子に背をもたれた。しばらく全員がメニューに集中していた。その静寂を、ペルタが破った。
「……磯蟹があるわ!」
「磯蟹なんて、磯に行けば自分で捕れる。店でしか食べられん物を注文するべきだ」
「じゃあ、深海魚のソテー」
「海が近くにあるんですか?」
「意外にここから近いわ。今度、磯蟹捕りに行かない?」
ルイスは笑顔でうなずいた。
海に行く約束と注文を済ませてペルタが言った。
「お会計は? 割り勘?」
「そうだね⋯⋯私としては支払いたいけど」
「自分の分は自分で払えばいい。遠慮無く食べられる」
「ルイス君。お姉さんが奢ってあげましょうか?」
ルイスは丁重に断ると、お金の入った封筒を見せた
「大事に使うんだぞ」
厳しい顔でアンドリューが言った。
「アンドリューが側にいれば、心配ないね」
フアンが微笑み、ルイスもそうだなとうなずいた。
ペルタがルイスに体を寄せて、こっそりと言った。
「アンドリューって、勇者の中でもお堅いのよね。いっつもなにか国の仕事してるの」
ルイスは心得たと言うようにうなずいた。
「大事に使います」
アンドリューがうなずいて、フアンが微笑んだ。
「凄い大金ね。私の全財産より⋯⋯いやそんなはずはない」
ペルタは真剣な顔で独り言を言ったが、ルイスと目が合ってニッコリした。
「心配しないで。手元にはそんな大金は無いけど、色んな場所に隠してるの。ドングリを隠すリスの様にセッセとね」
ペルタは土を掘る真似をした。フアンが愉快そうに言った。
「リスってドングリを埋めた場所の、ほとんどを忘れるんだよね」
「それ知ってます。忘れられたドングリが育って、森になるんですよね」
「私は、リスとは違う。これがあるのよ」
ペルタは腰のカバンから、折り畳んだ紙を取り出して見せた。
それは手製の地図で、単純な木の絵が沢山描かれた中に、赤いバツ印が数ヶ所あった。
ルイスは見覚えがあることに、嫌な予感がして震えた。
「適当な地図だ」
アンドリューが顔をしかめて、吐き捨てる様に言った。
「私がわかればいいんだもん。でも貴方達にならあげるわ」
「気前がいいな。いくら埋めてあるんだ?」
「そうね、数万が限界よ」
「これを探すくらいなら、真面目に働いた方がマシだな」
「勇者でしょう? 夢いっぱいの宝の地図を頼りに冒険してよ」
「はした金で夢は見れん。子供じゃあるまいし」
アンドリューの現実的な言い分に、ペルタはしゅんとなった。
「これで地図は全部ですか?」
一縷の望みを託してルイスは聞いた。
「それが、この前、風に飛ばされて。追いかけて行ったらどっかのおじさんが拾っててね。宝の地図でしょ? 嬉しそうにしてるから、私のって言えなくて。そのおじさんに何枚か持って行かれちゃった」
ルイスは心の中でスリルの名を絶叫した。おじさんとはスリルの父に違いない。スリルはペルタの地図を頼りに旅をしているのだ。
「今頃、あのおじさんは、旅に出ていることでしょう」
ペルタはおじさんにも宝を譲るというので、ルイスはスリルの夢を守るため、下手なことは言わないでおくことにした。
♢♢♢♢♢♢♢
料理が運ばれてきた。全員に注文の品が並べられて、真ん中にドラゴンの唐揚げの大皿が置かれた。
「いただきます」
ルイスは三人が見つめるので、さっそく、ドラゴンの唐揚げにフォークを突き刺した。口の前に持ってきて、ためらい、香辛料の美味しそうな匂いに後押しされて、思いきって食べた。
「凄く美味しいです!」
ルイスは笑って、また唐揚げにフォークを突き刺した。三人はほっとして、ルイスに釣られて唐揚げを食べ始めた。
それから、それぞれの料理を食べ始めたが、ルイスは前に座るフアンの食べ方を真似ねてみた。
かなり上品に食べられていると自己評価したが、しかし、おおざっぱにパクパク食べているアンドリューとペルタを羨ましく思った。
王子様への試練を、ルイスは初めて体感していた。
「ルイス君、勉強熱心だね」
様子を察したフアンが褒めてくれたので、ルイスは報われた思いで笑顔を返した。
「王子様は大変ね。甘いもの好き? デザート奢りますわ」
ペルタが気前のいい応援をしてくれた。
「お前も、お姫様扱いされたいんだろ? 行儀を学べ」
「デザート奢ってくれる?」
「食い物の為にすることじゃない」
「そうだね。ペルたん、私よりまずは、ルイス君の志しを見習うのがいいと思うな」
フアンの追い討ちに、ペルタはしばらくうろたえた。
「フンッ、厳しく冷たい男達! 私が女王になった時、覚えてなさい!」
「女王!?」
「なにをする気だ?」
「まぁまぁ、僕がデザート奢りますから」
ルイスは使命感を感じて、三人をなだめた。
「ルイス君は、本当に優しいわね。ルイス君と同い年に生まれたかった」
「子供に戻れファウスト。ルイス、後は任せた」
アンドリューの無責任な発想に、三人が彼を見た。
「なんだ? フアン、嬉しいだろ?」
フアンはフッと流し目をして、返答を拒否した。
「困りますよ。僕には彼女が」
ルイスの決まり文句に、ペルタはルイスから体を放した。
「もういい! 私が女王になった暁には、全員指名手配してくれるわ!」
「なんの罪だ?」
「私を振った罪じゃ!」
ペルタはすぐに笑い出して、冗談だと言ったが、三人は笑えなかった。そんな罪で指名手配されても、逃げる気がおきないなとルイスは思った。
ルイスとペルタは本当にデザートを注文して、フルーツパイを食べてレストランを出た。