第119話 王子様の馬探し10 危険な夜
タリスマンに膝をついた男の、仲間の仕業だった。
あっさり負けた仲間を目にして、怒りに強行手段に及んだのだった。
ルイスは男の腕力の凄まじさに、満足にもがくこともできなかった。太い腕に首をホールドされて、息苦しいのも追い打ちをかけた。
なす術もなく、ルイスが引きずられる中、残された3人はぼう然と建物の間を見ていた。
「ルイスが消えた?」
男の早業に気づかず、ロッドとタリスマンは闇をただ見ていた。
「いや、誰かが、タリスマン君、光を!」
ブロウの緊迫した声に、タリスマンは弾かれたように片手を闇に向けた。
光に照らされた建物の間に、男に羽交い締めにされているルイスが浮かび上がった。
「ああ! ルイス!」
タリスマンが動揺の声を上げた。ルイスに向かって、腕を伸ばすことしかできなかった。
突然の光と人の声に、男はギクリと立ち止まったが、さらに力を込めてルイスを引きずって後退した。
遠ざかるルイスと男をブロウが追いかける前に、ロッドが追った。ほんの数秒で、ロッドはクリスタルの短剣を男の首筋に当てた。
「ルイスを離せ」
男は自分の状況を理解するのに時間がかかったが、ルイスにはすぐにロッドが助けに来てくれたと理解できた。男が硬直している隙に、ルイスは腕を押しのけて走り出した。
ロッドに引っ張られて通りに飛び出たルイスは、今度はタリスマンの腕に捕まって抱き寄せられた。
「ルイス! もう終わりかと思ったぞ! 怪我はないか?」
「勝手に終わらせないでほしいな、大丈夫だよ!」
ルイスは意外なリアクションに驚いたが、笑顔で抱きしめ返した。ロッドはブロウに優しく抱きしめられていた。
「ロッド君、よくやってくれたね。驚いたよ」
「うん」
笑顔で答えたロッドは、ルイスのそばに行った。
「ロッド! ありがとう!」
「上手くいったな! まだ、震えてるぜ」
ロッドはわずかに震える、短剣を持つ手を見せた。
笑い合うルイスとロッドに、ほっとしたブロウとタリスマンは目を見交わして、建物の間を両側から挟んで、闇に顔をそっと向けた。
タリスマンが光で照らし、ブロウが体を傾けて覗き込んだ時、男が突進して来た。
男が飛び出した瞬間、タリスマンは体をのけぞらせて避けた。今度はしっかりとルイスとロッドを背中で庇っていた。
ブロウは男の肩を掴んで己の方を向かせた。男はブロウを認識すると、こぶしで顔面を狙ってきた。
冷静にこぶしを手のひらで受け止めたブロウに、男はハッとしたが、またこぶしを繰り出した。
通りで始まった格闘に、通行人は立ち止まって、すぐに即席の格闘場のような輪ができた。
「ブロウ王子は、格闘技の達人だったのか」
タリスマンがぼう然とつぶやいた。
無骨な割に速い攻撃を繰り出す男のこぶしや足を、全て受け流すブロウは、ルイスにも格闘技を極めているようにしか見えなかった。
「ブロウさんは無闇やたらに強いんです。多分、どんな戦い方でも」
「ただ者じゃないと思っていたが」
タリスマンとロッドは、納得してうなずいた。
戦い続けるふたりは、息が上がってきていた。男の方が心の乱れが大きかった。原因は他ならぬ、細身のくせに強いブロウだった。
「もうやめるんだ」
ブロウは警告するように言った。
ムキになった男の強烈な右ストレートをかわしたブロウは、完璧な後ろ蹴りを喰らわせて夜空に吹き飛ばした。
遠のいて消えていく男を、誰もが見送るしかなかった。
そして、どっしりと立っているブロウを、誰もが畏怖と羨望の混じった目で見つめた。
「お星さまにしてしまったのか?」
しんとした中、タリスマンがブロウに近づいて、震える声で聞いた。ルイスとロッドもそばに行った。
「加減したから、森に落ちたんじゃないかな?」
ブロウは肩の力を抜くといつもの軽い調子で、男を探して遠くの森を見ながら答えた。
「よかった」
「ブロウさん、凄かったです!」
「剣を使うまでもなかったね」
緊張が解けたルイスとロッドは、はしゃいだ笑顔を見せた。
「ありがとう。とっさで驚いたけど、僕もまだまだやれるね」
ブロウも晴れやかな笑顔で胸を張った。
「兄ちゃん、凄いな!」
誰かが言うと、歓声と拍手が起こった。
「お兄さんの方が勝ってよかったわ」
「ああ、飛ばされた奴は、いかにも悪人だったな」
そんな会話が耳に入って、ルイスは思わず笑った。
「お騒がせしました。皆さん」
ブロウは軽くお辞儀して拍手に応えた。格闘家から王子様に戻った姿を、ルイスは尊敬の目で見つめた。
歩き出した人々の中から、ジョゼフとスカイが四人のそばに来た。
「申し訳ありません。見回りをしていながら、この体たらく」
ジョゼフは眉をよせて、ブロウから視線をそらせた。
「今回は、敵に出し抜かれてしまったね」
ブロウも残念さを見せて言った。
「次回、頑張ろう」
「はい」
寛大なブロウに、ジョゼフとスカイは落ち着きを取り戻してうなずいた。
「ブロウ王子、相変わらずお強いですね」
ジョゼフが敬服した笑みを見せた。スカイも改めてブロウを見つめていた。
「ブロウ様が居ると、出番がないんだ」
ジョゼフの悩みに一同が笑う中、男が近づいてきた。パワーストーン屋の店員だった。
「王子様、よかった。あの男とはちょっとした知り合いでして、いえ! もう過去のことです。この少年を狙っていると聞いて心配していたんです」
店員はルイスを見た。
「誘拐されかけましたよ」
ルイスが教えると、店員はビクリとした。
「すまない、早く知らせておけば」
「いいんです。心配してくれてありがとうごさいます」
しゅんとする店員に、ルイスは優しく言った。
ほっとした店員は、こちらを見つめる男に気づいた。
「あっ、あいつは、さっきの男の仲間です!」
店員の指差した先には、心細そうな様子の男が居た。
「あの男は、我が完全勝利した男ではないか」
「あの男も倒していたんですか!」
店員はタリスマンを畏敬の目で見た。
一同は男の前に行って、ブロウが厳しい顔を向けた。
「他にも、子供を誘拐したのか?」
男は急いで首を横に振った。
「なら、仲間を探しに行くんだね。同じ場所に蹴り飛ばすのは、難しい」
男はいっそ蹴り飛ばしてほしいと言うような、泣きそうな目でブロウを見つめた。
「…僕も行こう」
ブロウはそんな男の心を察して言った。
「あの男が、誰かに八つ当たりしても困る。戦意喪失しているか、確かめないとね」
「王子様」
男はウルウルする目でブロウを見つめた。
「森は暗いぞ、我も行こう」
「あ、ああ、神様まで」
男はタリスマンに目を向けた。
神様扱いされたタリスマンは、さすがに男の精神状態を心配したが、すぐにすまし顔をした。
「そ、そう。我は神。弱き者は、見捨てないのだ」
「人だってバレたら、またヤバいことになりそうだな」
「うん、ブロウさんがいるから、大丈夫だと思うけど」
ロッドとルイスはヒソヒソと話した。
「ふたりは連れて行けない。ゲオルグ君達と合流しないとね。ジョゼフ君、スカイ君、見回りを頼むよ」
「今度こそ、お任せください」
ふたりは力強く応えて、人混みに消えていった。




