第118話 王子様の馬探し9 夜の町3
ふいにロッドがルイスの肩を引いた。ルイスが顔を向けるとロッドの視線の先には、建物の地下に続く階段があった。立て看板に階段を指す矢印と、武器屋とだけ書いてある。
「ロッド、よく見つけたね」
ふたりはニヤリとしたが、ブロウとタリスマンを伺った。ブロウがニヤリとした。
「これぞ、オトギの国の武器屋! 行ってみようか」
4人はブロウを先頭に階段を降りて行った。
「強そうな奴が居なくなったと思ったら、武器屋に行っちまった」
ルイス達をつけていた男達は、階段を覗きながら、まずいという顔を見合わせた。
「どうする?」
「…王子が夜に出歩いてるなんて、滅多にあることじゃねぇだろう。このチャンスは逃せねぇよ」
「そうだな」
「階段はひとりづつしか上ってこれない。あのガキだけ出てきてくれたら助かるんだが」
「神みたいな男も居たな。本当かどうか確かめたいぜ」
面白そうな顔をする仲間を、もうひとりは仏頂面で見た。
「仕事に支障をきたすなよ」
ふたりは別れて出てくるのを待つことにした。
♢♢♢♢♢♢♢
武器屋は狭く、ランプのシャンデリアの下で、武器は無造作に並べられていた。
「理想の武器屋だ」
ルイスとロッドはキラキラした目で店内を眺めた。
これまた無骨な店主が、奥のレジに座っていた。
「歴戦の勇者が引退して、店を開いているのかな?」
ルイスは酒焼けした太めの店主を盗み見た。露店の店主達もそうかもしれないと思った。
「ああ、見ろよ、顔に傷があるぜ。歴戦の勇者の証か?」
ロッドも店主の左頬に走る傷跡を盗み見た。ふたりはゴクリと息をのんだ。
「怒られないようにしようね」
ブロウの小さな声に三人はうなずいて、静かに歩いた。
「サーカスや遊園地に剣はよくないと思って、丸腰で来たからね。安い剣を買っておこうかな」
ブロウが言って、四人は剣を眺めたり、振ってみたりした。無造作な陳列だけに手に取りやすかった。
「安い剣は、いかにも安い見た目だな」
タリスマンがブロウの持つ、シンプルな柄の細い剣を見て言った。
「うん、振った感じも、すぐ折れそうだよ」
ブロウが素振りをしながら答えた。
正直者同士の会話が聞こえていないか、ルイスとロッドはドキドキしながら店主をちら見した。
店主は眠そうな目で、瓶ビールをラッパ飲みしていた。
「タリスマン君も、武器を持ったらどうかな」
ブロウは壁に飾られた、王が持つような赤い宝石がついた金の杖を、つま先立ちで取って渡した。
タリスマンは杖を眺めて満足そうに笑った。
「これはどうやって使うのだ? ぶん殴るのか?」
タリスマンは杖を空に振り下ろした。
「相手に向けるんだよ。『ひかえよ』ってね」
「ひかえよ」
「似合うよ!」
高そうな杖で遊ぶふたりにルイスとロッドはヒヤヒヤしながら、店主をちら見した。
ビールを飲み干した店主は、やっと客に気づいた。
「おい、それは高いんだぞ」
太い酒やけ声に、四人はビクンと身をすくめた。
「すみません」
ブロウは急いで杖を壁に戻した。
「恥ずかしところを見せてしまったね」
「我は、ブロウ王子に乗せられたのだ」
ブロウとタリスマンは視線を落として言った。
「タリスマンさんも、悪ノリするところがあるよ」
ルイスはここぞとばかりに言った。
「くっ。お互い、気をつけようではないか」
タリスマンは腕を組んで重々しく答えた。ルイスも重々しくうなずいてから、四人はまた静かに武器を眺めた。
「見ろよ、クリスタルの剣だ」
ロッドは棚から短剣を取ってルイスに見せた。
つる草模様の柄に透明な刃の美しい短剣を、ふたりはじっくりと眺めた。
タグに切れ味が星印で示してあり、星はひとつだった。切れ味のレベルは柱の紙に示してあった。
「ほぼ切れない剣か。どうせ切れない剣を持つなら、こういうのがいいな」
「うん、ものすごくカッコいいよ」
ロッドはサイフを出した。
「少し、足りない…ブロウさん、剣を買いたいのにお金が足りないんだ」
ロッドはブロウが鱗を買うために、金貨と札束を出していたのを見ていた。
「ずるいよ!」
ブロウに近づくロッドに、ルイスは飛びかかった。
「ずるいって、お前はドラゴンの目がなかったんだから、仕方ないだろ」
ルイスはそれでも声をひそめて言った。
「ブロウさんはお金持ってなさそうとか言ってたくせに」
ロッドは苦笑いしたが、肘でルイスを押しのけた。
「持ってたんだからいいだろ。離れろよ。邪魔するな」
「フン」
ブロウはロッドの頼みを快く承知した。
「お金は全部使わない方がいいよ。もう少し出そう」
「ありがとうございます」
ブロウも剣を選んで、ロッドとレジに行った。
「ルイスも買ったらいいではないか?」
出口に向かうルイスにタリスマンがついて来た。
「あまり、お金を使いたくないんだ。王子様になった時のために取っておきたいから」
「偉いぞ」
「タリスマンさんも王様になった時のために、お金を貯めてる?」
「いや、我はそんなに」
その場のノリで生きているんだなと、ルイスはロッドの言ったことが当たったなと思った。
「王になれば、必然的に金持ちになれるだろ!? 王子様もそうではないのか?」
「だといいけど、そんなに人生上手くいかなかった時のために」
「ルイスはしっかりしているな」
「そこは、タリスマンさんと全然違うところだよね」
ピカピカ連続攻撃を始めたタリスマンから、ルイスは急いで離れた。
「やめてよ、鱗だって、大切に取っておきたいんだから」
「こういうカス、いや、少年向けの優しい攻撃はカウントしないんじゃないのか?」
「うん、眩しかったよ」
笑うふたりの元に、ロッドとブロウがやって来た。ロッドは革の鞘に入れた短剣を大事に持って、ブロウはソードベルトに剣を差していた。
「なに遊んでるんだ。怒られるぜ」
「うん、出よう」
四人はタリスマンを先頭に細い階段を上がった。
♢♢♢♢♢♢♢
階段を上がるタリスマンは、無骨な男が覗いているのに気づいた。
男と一瞬にらみあったタリスマンは、目から光線を放って目潰しを喰らわせた。痛みを伴うほどの眩しさに、男はうわっと両手で目を押さえて後ろによろめいた。
「悪い。お前の見た目が、あまりにアレだったものでな」
通りに出たタリスマンは大して悪びれもなく、うずくまる粗野な服にショルダーレザーアーマーをつけた無骨な男を横目に見た。ルイス達は男を避けて進行方向を選んだ。
「お前にだけは言われたくねぇ」
男は膝をついて目を押さえたまま、神聖な者を装った白い衣姿のタリスマンに言い返した。
男にまた絡んでいきそうなタリスマンを、ルイスは引っ張って列に戻した。
「いかにも悪って感じの人だよ。行こうよ」
「やっぱりそう見えるか。行こう」
最後尾を歩き出したタリスマンの背中が、突然激しく光った。
「なんで、光ったの?」
ロッドとルイスは立ち止まってタリスマンを見た。
「今の光はタリスマン君のとは、色が違ったね」
「よく見ていたな。そう、今のは我の光ではない」
タリスマンは後ろを振り返った。
さっきの男がタリスマンに向かい、片腕を伸ばしてぼう然としていた。不審な男の様子に、タリスマンは光の当たった長過ぎる髪を確認したが、なんともなかった。
そんな余裕のタリスマンめがけて、男は再び手からエネルギー波を放ち、今度はタリスマンの胸を直撃したが、やはり効かなかった。
「なんだ、攻撃か?」
タリスマンは胸を見下ろして、誰にともなく聞いた。
「きっとそうだよ。ドラゴンの鱗のおかげで効かないんだ」
ルイスは喜びに飛び跳ねるように、しかし、驚いている男に聞こえないように言った。
「ほう、凄いな。服も無事だぞ」
四人はさっそく、鱗の防御力を目にして興奮した。
そんな会話が聞こえない男は絶望の顔で、不敵に笑うタリスマンを見ていた。
「あ、ああ、神」
“奇石を創った神かも知れんだろ”という、パワーストーン屋の言葉が真実だと震えた。
「こっちが先に攻撃したわけだが、反撃は一回にしてほしいものだな」
全身の力を失って膝をついた男にタリスマンは言って、背を向けて歩き出した。
「…今度は攻撃してこないようだな?」
タリスマンが背後を探るように、目を動かしながらつぶやいた。
「完全に、戦意喪失してるよ」
ルイスは後ろをちょっと振り返って報告した。
「我の完全勝利か」
タリスマンは満足の笑みを浮かべた。
「ちょっと、カッコよかったよ」
「ちょっとは余計だが、ロッド王子にそう言われるとはな」
目を丸くするタリスマンに、三人は笑った。
「うん、レアだね」
そう言ったルイスはいきなり、建物の間の闇に引きずり込まれた。




