第117話 王子様の馬探し8 夜の町2
露店めぐりを続けるルイス達は、ドラゴン関連の露店が連なっているのを見つけた。
新鮮な肉に干し肉の店、置物やオモチャの店、装身具の店。
「僕達は他を見て回るよ」
娘達に引っ張られたファルシオンが言った。
「ゲオルグもこっちに来てよ」
ファルシオンに肩を掴まれたゲオルグは、ブロウに目を向けた。
「こっちは大丈夫だよ。また後でね」
ルイスとロッドがわりかし大人しいので、ブロウは安心してゲオルグに言った。一同は合流場所を決めて別れた。
ルイスは端の小さな店にドラゴンの鱗を見つけた。
無骨な店主が小さな台を置いているだけだが、黒布の上にはところ狭しとドラゴンの牙や爪や鱗が並べてあった。
「鱗がありますよ!」
「本当だ、やったね」
台を囲む四人に、店主は太い声でいらっしゃいと言った。
綺麗に重ねてある、魔法耐性のあるジルトニラの黒い鱗を、ルイスは手にして見た。ロッドはあることを思い出した。
「そう言えば、俺達もうこの鱗は持ってるな」
ルイスもシュヴァルツ王子の城に居た頃、夜の森に冒険に出て、ジルトニラの尻尾をお土産に帰ったのを思い出した。アンドリューの電撃で確かめたところ、鱗は5回の攻撃を防げた。
「うん、だけど、僕はあの鱗は思い出に取っておきたいんだ。防御回数を超えたら、ヒビが入ってしまうからね」
「そうか、じゃあ、買おうぜ」
ルイスは鱗の鑑定を始めた。成体の鱗であることにまずは安心した。
「本物か?」
ロッドがルイスにそっと聞いた。
「これは、本物か?」
ルイスの解答の前に、タリスマンが店主に凄んだ。
「あ、あたりめえだ」
店主は神聖な者を装ったタリスマンにたじろいだが、すぐに威勢を取り戻して言い返した。
「この腕っぷしだけで、ドラゴンを倒して手に入れたんだ」
店主は力こぶをつくって腕を見せつけた。
「バカな!?」
腕力ゼロのタリスマンが、今度はたじろいだ。
「いくら奇石の力があっても、そんなことをする勇気が凄いね」
ブロウの感想にタリスマンとロッドはうんうんと同意して、店主は満足して笑顔になった。
「倒したんですか?」
ひとり厳しい顔のルイスに、店主は笑顔を引っ込めた。
ルイスの抗議の目を、店主は真面目な顔で見下ろした。
にらみ合うようなふたりに、三人は焦った。
「坊や」
店主が落ち着いた真剣な声で言った。
「俺は真正面から正々堂々戦って倒したんだ」
ルイスはドラゴンが倒された悔しさに、唇を噛んで店主を見つめた。
「ドラゴンも言ったんだ。『お前になら仕方ない』と」
ルイスは目を閉じて、その場面を思い浮かべてみた。そして、そう言ったドラゴンの気持ちを噛み締めた。ドラゴンの遺言を尊重するしかないと思った。
「わかりました。それなら、安心して買えますね」
悲しげだが笑顔をみせたルイスに、店主も3人もほっとした。
「凄く強いドラゴンだったんだろうね」
ロッドが鱗を手にして、期待の笑顔で聞いた。
「ああ、その鱗1枚で、三十回の攻撃を防げる」
「そんなに!?」
一同は驚いてますます熱心に見た。
「間違いない。三十回、渾身の攻撃を弾かれたんだからな。カスみたいな攻撃はカウントせんよ。渾身の攻撃だ」
「カスみたいな攻撃って?」
ロッドの疑問に、ブロウが腕を組んだ。
「うーん、カウントされる攻撃とされない攻撃か」
「防御の限界をむかえる前に、鱗にヒビが入りだす。それに気づくか、何回攻撃を受けたか数えておくか、それか、鱗に頼って攻撃を受けないことだな」
「そうだね。攻撃は受けないように気をつけよう」
四人はその方向で行くことにした。
「しかし、ドラゴンの攻撃を避けるのは難しいぞ! 反撃の凄まじさ! 死ぬかと思ったぜ」
目を閉じて回想する店主と共に、ルイスも戦うドラゴンを想像した。
「そして、同じところに攻撃を当て続けるんだ。防御回数の減っていない鱗を多く手に入れるためにな」
「…腕力で戦ったんだろ? 鱗が硬くて弾かれたのか?」
タリスマンが首をかしげた。
「それもあるが、奇石という魔法で手に入れた腕力だからだろうな」
「なるほど…ということは、我の力も効かないか」
「ドラゴンによるが、何回かは効かないだろうな」
「連続攻撃が必要か」
腕を組んで考えるタリスマンの顔を、ロッドが見上げた。
「タリスマンさんなら、めちゃくちゃ早く連続攻撃できるんじゃない?」
焦ってピカピカ光るタリスマンを想像して、ロッドは笑った。その想像は伝線してルイスとブロウも吹き出した。
「お前達、凄く情けない我を想像しているだろ?」
タリスマンがにらみつけて、三人は笑いをこらえて肩をすくめた。
「ドラゴンを倒す必要はないですよ」
笑いのおさまったルイスはすまし顔で言って、三人は素直にうなずいた。
「何枚買えるかな。攻撃を沢山防げる鱗は高いんですよ」
ルイスが言うと、三人は不安な目を店主に向けた。
「安くするよ」
店主は即座に笑顔をみせた。喜ぶ三人の横でブロウは身を乗り出した。
「それは助かります。五十枚ほど欲しいのですよ」
「そんなに!?」
「知り合いや、世話になっている城に滞在している旅の娘さんたちに配るのですよ」
「旅の娘さんたちか。俺は娘っ子が旅するのは反対なんだが、止められねぇもんな。言うこと聞かねぇからな」
店主とブロウはフッと苦笑を交わした。
「わかった。気前よく売ろう!」
店主は逞しい両腕を広げた。
いい買い物ができた四人は、笑顔で店主に礼と別れを告げて歩き出した。
そこで、パワーストーン屋に現れた男達が、ルイス達を見つけて後をつけた。
♢♢♢♢♢♢♢
「ブロウ王子ではありませんか」
前から来た男が立ち止まってブロウに笑いかけた。
男は三十代くらいで、刈り込んだ金髪に渋みのある顔、がっしりとした長身に黒いタバードを着てショルダーアーマーをつけて、黒ズボンにブーツを履いている。勇者だなとルイスは確信した。
「やぁ、久しぶりだね。ジョゼフ君」
ブロウは男に笑顔を返した。
「覚えていてくださり光栄です」
「見回り中かな?」
「はい」
ジョゼフは辺りを厳しい目つきで見回した。ルイス達をつけている男達は慌てて離れた。
ジョゼフは十代後半くらいの青年を連れていた。
金髪を綺麗にセンター分けにして、整った顔は眉をキッとよせている。濃紺のタバードに銀のショルダーアーマーをつけて黒ズボンにブーツ姿。
王子様かな?と、ルイスは青年の顔を探りの目で見つめた。
「そちらはお忍びで観光ですか?」
「うん、そうなんだ」
「お連れの方は」
ジョゼフはルイスとロッドとタリスマンを興味深く見た。ルイス達は通りの端によって自己紹介した。ジョゼフはやはり勇者だった。
「スカイと申します。勇者見習いをしています」
青年が目礼した。
「王子様じゃないんですか?」
ルイスの驚きに、スカイも驚きの顔になった。
「俺も王子様かと思ってた」
「我も」
「僕も」
スカイは動揺に視線をうろうろさせた。
「いっそ、王子様になるか?」
「いいえ、俺は勇者を目指します」
笑うジョゼフに、スカイは焦りつつもキッとした頑なな顔で答えた。
ルイスとロッドはガッカリと肩を落としたが、スカイの意思が強そうなのでなにも言えなかった。
「そう、残念だね」
ブロウだけがいつもの率直さで、スカイを動揺させた。
「ルイス君は、勇者になる気はないのか? ビーナスさんが期待しているだろう」
ジョゼフはルイスに親しげな笑みを見せた。さすが、勇者大好きな伯母さんは国中の勇者と知り合いなんだろうなと、ルイスは察した。
「僕は王子様になります。伯母さんにも、わかってもらいました」
「ほう、あのビーナスさんを説き伏せたとは」
ジョゼフは目を丸くした。
こちらも意志の強さを見せるルイスを、スカイが感心したように見ていた。
「アンドリューとペルタはしっかり護衛できているかな?」
ふたりの先輩のジョゼフが聞いた。
「はい。お世話になっています」
「ペルタが王子様と結婚したあかつきには、城で雇ってくれるというので待ってるんだが、まだかかりそうか?」
ジョゼフがニヤリとした。
「は、はい。もうしばらく」
ルイスは動揺にガクガクしながら答えた。一同、スカイまで笑った。
「色んなところで、同じことを言ってそうだな」
ルイスはロッドとあきれた目を見交わした。
「間違いないね。困った人だよ」
勇者に向かって啖呵を切るペルタが、ルイスにははっきりと想像できた。
「気長に待つと伝えてくれ」
「はい」
ほっとするルイスに、ジョゼフはまた笑った。
「スカイ君が王子様だったらなぁ、残念だよ」
ブロウの微笑みにスカイはうろたえ、ジョゼフが気持ち体でスカイを隠した。
「では、我々はこれで。またお会いしましょう」
「うん、また会おう」
逃げるジョゼフに、ブロウは仕方なく引き下がった。
「また会いましょう」
ルイスが笑顔で言うと、スカイは笑顔でうなずいた。
ジョゼフとスカイは人混みに消えていった。「ペルタさんとは?」「魔女みたいなところがある女でな」という会話がルイスに聞こえた。
その通りだなと脱力するルイスの肩をロッドが叩いて、四人は再び歩き出した。
男達はまたルイス達の後ろをつけだした。




