第116話 王子様の馬探し7 夜の町
サーカスの団長ドラゴンスキーからピエロ退治加勢を厚く感謝されて、本物の猛獣使いの青年にロバの幸せを約束してもらった五人は、ファルシオンを探して歩き出した。
途中、屋台で焼きソーセージや唐揚げを買っているところで、昼間の娘達を連れたファルシオンと合流できた。
「もう遊園地も行ったんだ? 会わなかったね」
「すぐに、ピエロ騒動に巻き込まれたんですよ」
ルイス達は騒動をファルシオンに話した。
「ピエロが売ってたカラフルなジュースか。ソフトクリームを選んでよかったね」
ファルシオンは娘達と笑いあった。
「またソフトクリーム食べたんだ」
ブロウが心配そうに笑って言った。
「甘い物は別腹だよ」
ファルシオンと娘達はニッコリして見せた。
腹ごしらえをしたルイス達は、いよいよ夜の町へ向かった。
目的地のこの辺りで一番賑やかな町は、通りに露店が並びランプの灯りで輝いていた。
ルイスとロッドは目を輝かせて通りを眺めた。
「店以外の場所は暗くて危ないから、僕達から離れないようにするんだよ」
ブロウの注意にふたりが返事をして、通りを歩き出した。
通りには小さな子供はいなかった。ルイスくらいの少年もまばらだった。
「遊園地より、やっぱり、こっちの方が危なそうだな」
キョロキョロするルイスにロッドが言った。
「うん。互いに気をつけあおう」
ルイスは王の教えを口にして、タリスマンが後ろで満足そうにうなずいた。
「あっ、パワーストーンよ! 綺麗だわ!」
娘のひとりがファルシオンを露店の方に引っ張った。
ルイスはお使いを思い出した。ルイス達は露店をふたつ連ねたパワーストーン屋に群がった。
無骨な店員のひとりは娘達を連れたファルシオンを見て、モテモテのカモが来たとニンマリした。
もうひとりは興味津々なルイスとロッドと優しそうなブロウを見て、カモの親子が来たとニンマリしたが、厳格な顔のゲオルグと目が合って“えへへ”と力なく愛想笑いした。
そしてふたりして、神聖な者を装ったタリスマンを見て、何者が来たのかと不安顔になった。
「これは、本物か?」
タリスマンの鋭い視線に、店員達はビクッと肩をすくめた。
「もちろんですよ! ずっと店をやってるんです」
そこで店員ふたりは視線を交わしてから、観念して言った。
「値段をふっかけたりもしましたが、昔の話です。苦情がきたことなどありません!」
店員達はパワーストーンに対しては真剣で、自信を持って胸を張った。
「だそうだ、よかったな」
タリスマンはルイス達に言った。
「我は、パワーストーンには興味ない。他を見てくる」
ずっこける店員を尻目に、ルイス達は安心してパワーストーンに目を戻した。
ルイスはポケットからリストを出して見た。
「えっと、ブルーローズクォーツはありますか?」
ルイスはなさそうな名前だなと思いながら店員に聞いた。
店員は素早く透明な器に入ったパワーストーンを見回した。どれも小さな玉に加工されてある。
「これだよ」
店員の示した器には、透明感のある青い石があった。
「よかった」
ルイス達は一気に店を信頼した。
「それから、ストロベリークォーツはありますか」
少し恥ずかしい気持ちで聞いてから、ルイスもネームプレートを見ていった。名前と効能を読んでいる間に、店員が示してくれた。
イチゴ色の石をひとつ、ルイスは手にした器に移した。
「ウフフ、恋のおまじないをするの?」
娘達に笑いかけられて、ルイスはドキンとした。
「僕が使うんじゃないですよっ、お使いですよ!」
娘達は信じたのかどうなのか、またウフフと笑った。
変な汗をかきつつ石を探すルイスの横で、ブロウも石をつまんだ。
「へぇ、長寿に健康の石か」
ブロウはパワーストーンのブレスレットやペンダントもあるのに気づいた。
「長生きに健康? ジジクサイんじゃない?」
「そ、そう!?」
ロッドに笑われて、ブロウはブレスレットに伸ばした手を引っ込めた。
「シュヴァルツさんに買ってあげようかな」
長寿と健康の石をロッドはつまんだ。
「シュヴァルツ君には、もっといらないんじゃないかな?」
ブロウは笑いながら、ネームプレートを眺めた。
「心の傷を癒やす、スギライトやユナカイトがいいんじゃないかな?」
「いいね」
ロッドはその石のブレスレットを選んだ。
「僕は馬が見つかるように、願望成就の石にしよう」
ブロウもブレスレットを選ぶ中、ゲオルグもそっと手を伸ばした。
「ロードナイト、ジルコン、クリソプレーズ…良好な人間関係」
「いいね」
真剣なゲオルグに、ロッドはからかえずに笑顔で言った。
ルイス達はそれぞれパワーストーンを選ぶことができた。
「ドラゴンの目はありますか?」
商品を確認したルイスは、隠してあるかもしれないと、念の為聞いてみた。
「あれはとても希少でね。ずっと品切れなんだ」
店員はルイスが涙目になったのでギョッとした。
「ルイス君、泣かないでくれ」
「ここにならあると思ったのに!」
ひし!と悲しげに抱き合うブロウとルイスを見て、娘達と店員は目に涙をにじませ、王子達は誰を慰めればいいんだと慌てた。
「泣かないでくれ、少年。今度、ドラゴンの目のある火山が爆発したというニュースを知ったら、ここへ来てくれ。君のために必ず入手しておくよ」
ひとりの店員の宣言に、もうひとりの店員も力強くうなずいた。
「ありがとうごさいます! 必ずここに来ます!」
ルイスは店員達と、熱い約束の握手を交わした。
「君達は、王子の僕より勇敢で優しいよ」
ブロウは片手で自分を示し、感動の思いを告げた。
店員達は誇らしげな笑顔で、ルイス達を見送った。
「いい人達だったね」
「はい」
ブロウとルイスは店を振り返り、王子達と娘達はニコニコした。
♢♢♢♢♢♢♢
ルイス達は薬の露店で、タリスマンを見つけた。
「意外に、真面目な店にいるね」
ロッドにニヤリとされて、タリスマンはすまし顔になった。
「当然だ。薬は大事だぞ」
ルイス達も薬やその材料を物色した。傷薬に解毒剤、塗り薬や粉薬。ルイスは惚れ薬を見つけたが、見なかったことにした。
「あらっ、惚れ薬よ!」
娘達も見つけて手に取った。
「誰に使うのかな?」
ファルシオンに意地悪く笑われて、娘達は動揺した。
「君達には必要ないね」
ブロウに断言されて、娘達は潔く手放した。
「そんなの、効いたって一日だろ。意味ないよね」
「よく知ってるね」
ブロウが意外そうにロッドを見た。
「シュヴァルツさんの書斎の、植物図鑑に載ってたんだよ」
ちゃんとそんな本も読んでいるんだなと、ルイスは感心した。
「一日あれば、結婚式くらいできるんだよ、ロッド君」
ブロウの真顔に、ロッドは身を縮めた。娘達は思わずニヤニヤした。
「そんなの無効さ、ダメ? なら、俺は優しくないから、すぐ離婚するよ」
あっさり答えるロッドに、娘達は仰天して優しい王子達はたじたじになった。
「わざわざ離婚しないで、カーム王子様のように、沢山奥さんをもてばいい」
あっさり言ってのけるタリスマンに、娘達とロッドは白い目を向けた。
「沢山奥さんをもつつもりだね?」
「わ、我は王。奥さんの百人や二百人普通であるぞ」
ロッドに図星をつかれて、タリスマンもたじたじになって笑った。
♢♢♢♢♢♢♢
その頃、パワーストーン屋の横の暗がりから、ふたりの無骨な男が現れて、パワーストーン屋の店員達にニヤリと笑いかけた。ふたりとも粗野な服にショルダーレザーアーマーをつけていた。
「いいカモだったじゃないか? なんで逃した?」
店員達は固い顔で、男達を見返した。
「見なかったのか? 神のような男が一緒だったんだ」
タリスマンを思い出しながら、店員のひとりが力なく言った。タリスマンの神秘な姿の印象が強すぎて、パワーストーンには興味ないと言われてずっこけたことは忘れていた。
「どんな奴か知らんが、奇石の力を使ってるだけだ」
男達はせせら笑った。
「その奇石を創った神かも知れんだろ!」
台を叩く勢いの返答に、男達はドキッとしたが、気を取り直して笑いかけた。
「そんなことがあるもんか。気にすんな」
「そうだ。神様より王子様だ」
男達はブロウが感動のあまり、正体を明かしたのを聞いていた。
「丸腰だったな。それに、連れてる子供のひとりは、まだ奇石を使ってなかったな」
目ざとくルイスの奇石を確認していた男達は、辺りを確認して声をひそめた。
「奇石未使用の子供ほど、手に入れやすいもんはない」
「そうだ。仕事がやりやすいぜ、人質に取ってガッポリ稼ごう」
店員達はキッパリと首を横に振った。
「あの連中はやめとくんだな」
「なんだ、急に真面目になりやがって」
店員達はルイスの涙に濡れた真っすぐな眼差しを思い出して、勇気づけられながら、守りたいと思っていた。
「俺達はあこぎは止めて、これからはしょっぱい稼ぎの商売をするのさ」
そっけない店員達に、男達は弄んでいたパワーストーンを放った。
「つまらん奴らだ。あばよ」
「ま、神様に王子様達がぞろぞろ店に来たら、怖じ気づくわな」
男達はせせら笑いながら闇に消えた。
店員達はこれでよかったんだと満足すると同時に、ルイス達の危難を予想して、不安な顔を見合わせた。
ドラゴンの目は言うに及ばずですが、ブルーローズクォーツも今のところ存在しません。




