第115話 王子様の馬探し6 遊園地
すでに日は沈み、沢山の灯りが広場を照らしていた。
歩き出した四人は、火照った体でサーカスから出てくる客を待ち構えていた、テントに入る前はいなかったピエロから瓶ジュースを買った。
ベンチに座って冷えたジュースを飲みながら、四人は辺りを見回した。
「タリスマン君とファルシオン君、もう来てるかな?」
言いながら、背の高いブロウがさらにつま先立ちになった。
「あのふたりなら、どこに居ても目立つと思うよ」
「そうだね」
ロッドの言うことに、ブロウは笑った。
四人がジュースを飲み干した時、噂のタリスマンが人々の陰から見えた。
タリスマンの後ろには子供達がコバンザメのごとくついて来ていた。規則的なコバンザメと違い、子供達はわーい!と嬉しそうだった。
ブロウが声をかけて手を振ると、タリスマンが断固とした歩き方で向かってきた。
「やぁ、タリスマン君。人気者だね」
たどり着いたタリスマンにブロウが可笑しそうに言った。ルイスとロッドはニヤニヤして、ゲオルグは羨ましそうに見ていた。
「子供には、我の神聖さがわからんのだ」
タリスマンはキッとして子供達を見下ろした。
「もういっかい光ってよ!」
光ってよ!の合唱に、タリスマンは噛みつきそうな顔になった。
「やっぱり、芸人に間違われたな」
ロッドとルイスは声を出さないように笑いあった。
タリスマンが怒りをこらえて光ってやると、子供達は飛んで喜び、近くの人々も驚いて喜んだ。
「よく見ておけ。大人になった時、この神秘さに気づくであろう」
タリスマンはめげずに両手を広げて、子供達を諭した。
「偉いよ、タリスマン君。さぁ、子供達。ご両親とはぐれないようにするんだよ」
ブロウは腰を屈めて、優しく子供達に言った。
子供達を見送ってから、五人は遊園地に向かった。
「ファルシオンさんは、遊園地にいるんじゃないかな」
ロッドの予想に、四人も同意した。
手作り感のあるアーチ付きの門をくぐれば、遊園地に来た気持ちがぐんと高まった。入場料だけで遊び放題だった。
遊園地はさらに沢山の明かりで輝いていて、一同は眩しさに負けないように目を見開いて眺めた。
「あっ、メリーゴーランドですよ」
ルイスの指差した先では、メリーゴーランドがゆっくりと動いていた。
白馬だけのシンプルなメリーゴーランドだったが、それだけにオトギの国の雰囲気があった。
ブロウは吸い寄せられるように、金の馬具をつけた白馬にまたがった。
「これなら、乗れるんだけどね」
悲しそうにメリーゴーランドで遊ぶブロウを、四人は眺めた。
「似合ってるね」
「男ひとりで乗るなんて、王子だから出来ることだな」
ロッドの言葉に、王子様がそう言うならそうだろうなと三人はうなずいた。
メリーゴーランドが止まって、ブロウがやってきた。
「少し、馬に慣れた気がするよ」
ブロウは悲しげな笑顔ながらも前向きに言った。
「では、早く馬を探そうではないか」
タリスマンがブロウを促すように足を踏み出した。
「遊園地に馬がいるかな?」
「さっき、子供達が馬を囲んでいるのを見た気がするぞ」
タリスマンは抜かりなく子供達に警戒の目を向けていた。
「ほう、行ってみようか」
ブロウはルイスとロッドを振り返った。
「遊園地でまで僕の馬探しに付き合わせちゃ申し訳ない。ふたりは遊んでおいで」
ふたりは喜んでうなずいた。
「1時間後に、入口のところに集合しよう」
「はい」
ゲオルグが心配そうにふたりを見ていた。
「大丈夫です」
「俺達それほど子供じゃないですから」
そう言って、嬉しそうに背を向けたふたりを、ゲオルグ達は笑顔で見送った。
♢♢♢♢♢♢♢
タリスマンはさっそくブロウとゲオルグをつれて、馬を目撃した場所に行った。
すると、確かに子供達がまだ子供の白馬を囲んでいた。
白馬はカラフルな馬具に頭には三角帽子を乗せて、子供達にはしゃがれても撫でられてもじっとしていた。
その健気な姿が、ブロウには悲しげに見えた。
今度はブロウがタリスマンとゲオルグをつれて、子供を白馬に乗せてやっているピエロのそばに行った。
「少し、馬が小さすぎるんじゃないかな?」
ブロウの厳しい問いかけに、ピエロはそんな、と言うように両手を振った。
「いいや、小さ過ぎるよ。見過ごせないね」
ブロウはピエロを横目ににらんで言うと、子供を優しく降ろしてから白馬を庇うように体に寄せた。
白馬のつぶらな瞳とかち合ったブロウは、これが運命の出逢いだと確信した。
「僕が、この子を引き取るよ」
静かに宣言するブロウに、ゲオルグとピエロは驚きの顔を見合わせた。
「お馬さんに乗りたいよー!」
「ごめんよ。このお馬さんは、もう王子様しか乗せないんだ」
子供達はとにかく馬に乗れないとわかると、背の高いゲオルグに目をつけた。
「お兄ちゃん、肩車してー!」
「えっ」
両手を自分に伸ばす男の子に、ゲオルグは狼狽した。
「ゲオルグ君、頼むよ」
「わかりました」
ブロウに介助してもらい、ゲオルグは男の子を肩車してやった。途端に子供達が我も我もとまとわりついて、ゲオルグはうろたえると同時に、至福の喜びにまた涙しそうになった。
タリスマンは近くのベンチにふんぞり返って座り、なにか言いたげにそんなふたりを見ていた。
♢♢♢♢♢♢♢
ルイスとロッドはどこから遊ぼうかと、遊園地を見回した。移動遊園地だけに、乗り物のスケールは小さかった。
とにかく歩き出したふたりは、奥の人だかりに気がついて行ってみた。
黒いドラゴンが客を背中に乗せていた。
「本物だ!」
ルイスは叫ぶとすぐさま列に並んだ。
そのあまりの素早さに、ロッドは置いてきぼりをくらった。
「ロッド、早く並びなよ!」
嬉しそうに手招きするルイスに、ロッドは苦笑いで後ろに並んだ。
ロッドがよく見るとドラゴンは小型だった。それでも艷やかな黒い体に血管の透けた真紅の飛膜を広げたドラゴンには違いなく、大人から子供まで夢中だった。
ルイスの番が来た。誰よりも嬉しそうなルイスを見て、ロッドは顔を赤らめて肩をすくめた。
「最高だったよ! 初めて乗せてもらった時の気持ちを思い出した!」
キラキラした目でドラゴンを見るルイスに、ロッドも笑顔を向けた。
「よかったな」
「ロッドは乗らないの?」
「ああ、俺はお前のドラゴンに乗せてもらうまで、楽しみにとっておくよ」
「嬉しいこと言ってくれるね」
「ほら、これ」
ロッドはピエロが撮ってくれた写真をルイスに渡した。
「買っといてやったぜ」
「ロッド、君ほど優しい王子様はいないよ」
ルイスは感動と共に写真をポケットに入れた。
「誰でもこれくらいすると思うけど、お褒めにあずかり光栄です」
真面目に言うロッドに、ルイスは尊敬の目を向けた。
「次は、どこへ行こうか?」
「あそこにテントがあるぜ」
ロッドが顔を向けた先には、サーカスと同じ柄の少し小さなテントがあった。
ふたりはさっそく行って、入口から中を覗いた。
心持ち薄暗く感じるテント内には、見たことのないアンティークのゲームやオモチャがところ狭しとあって、大人も子供も遊んでいた。
「少し怪しいね」
「珍しいな」
入ろうとするロッドを、ルイスは肩を軽く押さえて止めた。
「なんだよ」
「こういうところは、人攫いが潜んでいるかも」
ロッドはあきれて肩の力が抜けた。
「このテントも、ドラゴンスキーさんのだろ」
「だといいけど」
ルイスはまだ油断なく辺りを見回した。
「遊園地にはいたるところにピエロがいるだろ、あのピエロが子供を油断させて攫うんだ」
「ピエロが悪人なのか。なら、俺達はピエロから買ったジュースを飲んじまってるぜ」
ルイスはハッとして、絶望の顔をロッドに向けた。
「まさか!? あれは魔法のジュース? 僕達はロバになるんじゃ?」
慌てて両手で耳を触るルイスに、ロッドはあきれながらも笑った。
「どこまで本気で言ってるか知らないけど、まだたいして遊んでないし、大丈夫だろ」
そう言いつつ、ロッドはテントに背を向けた。
「他に行こうぜ」
「変なこと言ってごめん。ピエロに気をつけて遊ぼうよ」
「気にするなよ。しけたゲームで遊ぶより、他で遊ぼう」
「うん」
ふたりは気を取り直して歩き出した。
「そこ行く、おふたりさん」
男の声に呼び止められて、ふたりは少しギクッとして振り返った。精悍な若い男が立っていた。
「ショーは楽しめたかな?」
ふたりは男がサーカスの猛獣使いだと気づいた。
「猛獣使いさん! 楽しかったです!」
ふたりは猛獣使いと握手して、感想を次々に言った。
「ありがとう。嬉しいよ」
猛獣使いは青年の笑顔を見せた。栗色の短い髪を整えて、ボタンのない白シャツに黒いスラックスに腰に赤いサッシュを締めてエナメルの靴を履いた姿は、猛獣使いというより貴族だった。
「ところで君は、ずいぶんドラゴンが好きなようだね」
ルイスは素早くうなずいた。
「少し、こっちへ来てくれ」
ふたりは青年とさっきのテントの裏に近寄って、人々から充分に離れた。
「君にこれを見せてあげたくてね」
青年はふたりから距離を取って、両手を広げた。同時に背中から、さっきのドラゴンと同じ翼が広がった。
「ああ! お兄さんはまさか?」
ルイスは驚愕の声を上げた。ロッドは声が出なかった。
「そう。ドラゴンに変身できるんだ」
フラリと青年に近づくルイスに、ロッドは焦った。
「おい、サーカスに入りたいとか言わないよな?」
ロッドの必死の冗談は、ルイスには届かなかった。
ルイスの心はすでに、神秘な青年に囚われていた。
「私だけじゃない、サーカスの者は皆ドラゴンになれる。我々は、ドラゴンに変身する者達だけの、理想郷にいるのだ」
「理想…郷」
フラフラと青年に近づくルイスの肩を、ロッドは急いで掴んだ。
「行こう、ロッド」
「いや、待て」
笑いかけるルイスに、ロッドは固い顔を向けた。
“互いに気をつけ合うことだ”というタリスマンの注意が、ロッドの脳裏に浮かんだ。
ロッドはルイスより前に出た。
「大人達に、断ってから行きます」
冷静なロッドを、青年は冷たい顔で見つめた。
「ルイス、しっかりしろよ。魔法のジュースだ。ドラゴンの翼はあれが見せてる幻だよ、きっと」
ロッドはルイスの両肩を掴んで、耳に口を寄せた。
「この人は人攫いだ」
「そんな、幻? 人攫い?」
「こんなにお前に都合のいい人間が、都合よくいるわけないだろ?」
容赦ないロッドを前に、ルイスは悲しいが現実に向き合うことができた。
「小癪なガキだ。ジュースを飲まなかったのか?」
「あっ!」
ふたりの前で、青年はゆらめいてピエロに変わった。そして、あっという間に人々の方へ駆け込んでしまった。
「やっぱり」
ピエロの消えた方をにらむロッドを、ルイスは見た。
「ロッドも幻を見なきゃおかしいじゃないか。どこで見てたの? これから?」
「俺は見ないよ。見たい幻がないからな」
「ないの?」
「現状に満足してるってやつかな」
ルイスは偉いなぁと、冷静なロッドを改めて尊敬の目で見た。
「ロッド、また君のおかげで助かったよ」
「前にも助けたことがあったか?」
「何度かね」
ふたりはようやく笑いあった。
「ブロウさん達のところに行こう!」
ふたりは慌てて駆け出した。
♢♢♢♢♢♢♢
「子馬は幻?」
「子供達は幻?」
ふたりの説得とタリスマンの神光で魔法が解けたブロウとゲオルグは、膝から崩れ落ちて静かに嘆き悲しんだ。
子馬はロバで、ゲオルグは人形を抱いていた。
「ふたりとも、変なことで喜んでるなと思っていたのだ」
タリスマンが納得した様子で言った。
「おのれ、ピエロはどこへ行った?」
ブロウとゲオルグが怒りに復活して立ち上がり、魔法を解く間に逃げたピエロを探した。
遠くで騒ぎ声が聞こえて、地団駄踏むドラゴンスキーが見えた。
「また、悪どいピエロが紛れ込みやがった!」
五人は怒れるドラゴンスキーに加勢した。
騒動も収まってから、ブロウはロバの元に戻った。
「君が馬だったらなぁ。幸せに暮らしたまえ、ロバ君」
「ドラゴンスキーさんのところなら、大丈夫ですよ」
優しくロバの頭を撫でるブロウに、ルイスは自信を持って言った。




