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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第6章

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第112話 王子様の馬探し3 宿

「まだ時間があるので、外を歩きたいですね」


 ファルシオンとゲオルグとテーブルを囲んで、のんびりくつろいでいたカームが窓に目を向けた。夕方にオデュッセウスが迎えに来てくれるまで、まだ数時間あった。


 ブロウは一人掛けソファに座って、相変わらず空を眺めていた。タリスマンは寝室で昼寝していた。


 部屋の隅の、小さな棚にあった町のマップを見ていたルイスとロッドは、振り返ってカームを見つめた。


「女の人達に、囲まれるんじゃないでしょうか?」

「下手にウロウロしない方がいいよ。魔女がいるかも」


 笑うルイスとロッドに、カームはリアクションに困って笑った。


「お供します」


 ゲオルグが勇者の凛々しい顔で即座に言った。


「ありがとう」


 立ち上がったふたりを、ファルシオンが見上げた。


「そのまま行くのは、ルイス君達の言うようにまずいんじゃないかな? いかにも王子様って感じだよ」


 ファルシオンに言われてカームは自分の服装を見下ろした。白いドレスシャツに黒いスラックスに革靴。王子様かはともかく、散歩する格好ではない気はした。


「ゲオルグとシャツを取り替えたらどうかな?」


 ファルシオンの提案に、カームとゲオルグはお互いの姿を見た。ゲオルグは夏用の黒いワイシャツを着ていた。体格的には交換できそうだった。


「俺にカームさんの服が似合うだろうか?」


 お供として外に出るゲオルグは、不安な視線をドレスシャツに向けた。美しい模様が浮織されており、着る人を選びそうだった。


「大丈夫だよ。それに、カームさんの服をきたら、近寄り難さがなくなるんじゃないかな?」


 日頃、自分には近寄り難い雰囲気があるのでは?と悩んでいるゲオルグは目を丸くした。


「本当か? それなら、ぜひ」


 カームとゲオルグは喜んでシャツを交換した。幸い、ふたりともサイズはあった。


 ファルシオンのそばに、ルイスとロッドもやって来てふたりを眺めた。


「おお、ふたりとも、いつもと違うよ!」


 ファルシオンが嬉しそうに言った。


「カームさんは、ミステリアスな感じになったね」


 ファルシオンの感想に、ルイスとロッドはうなずいた。


「全身黒ずくめで、ダークサイドに落ちた王子感があるよ」

「怪しい雰囲気で、ちょっと、シュバルツさんみたいです」

「カームさんが、近寄り難い雰囲気になってしまいましたね」


 笑う四人に、カームは焦った。


「待ってください、もっと外を歩いてはいけなくなったのでは?」

「いつものカームさんでいれば、大丈夫だよ」


 ファルシオンのアドバイスに、カームは不安なままうなずいた。


「反対に、ゲオルグはいい感じに正統派王子になってるよ」

「本当か」


 ファルシオンは画家の目線で改めてふたりの服装を眺めた。


「ゲオルグは髪の毛もズボンも靴も黒いから、白いシャツだけ若干浮いてるね。カームさんも、キラキラの金髪だけ若干浮いてるよ」


 不安な顔のふたりをファルシオンは扉の方に押して行った。


「まぁ他の人の反応を見てみようよ」

「若干面白がっているようですね?」


 カームの問いにファルシオンは笑顔を見せた。


「うん。いい絵が描けそうだから、ついていくよ」


 ファルシオンはスケッチブックとペンをテーブルに取りに戻った。


「ファルシオンの遊びに付き合うことにしますか」


 軽くため息をつくカームに、ゲオルグがうなずいた。


「俺達も、少し遠くから様子を見ようぜ」

「うん」


 ロッドの提案にルイスは喜んでうなずいた。


「では、ブロウさん。少し外に出てきます」

「いっておいで」


 カーム達を、ブロウはにこやかに見送った。


 五人はさっそくホテルのロビーに向かった。

 木の造りのぬくもりのあるロビーには、ホテルの主人の他に年頃の娘が数人集まっていた。


「ああっ。本当に王子様がいるわ!」


 娘達の視線が五人に注がれた。どこから情報が漏れたのかと、五人はさすがにギョッとした。宿の主人が王子達から目をそらせつつ、申し訳なさそうに笑ったのをルイスとロッドは見た。

 ルイスとロッドは急いで引っ返して、隠れて様子を見守ることした。


「王子様! は、はじめまして」


 娘達は目を王子達に向けてウロウロさせながら、ぎこちなく挨拶をした。


「はじめまして」


 カームがいつもの余裕を瞬時に取り戻して、微笑んで挨拶を返していった。ファルシオンとゲオルグも続いた。


 娘達はクラクラフラフラしはじめた。


「やっぱり、カームさんはいつもより近寄り難いみたいだよ」

「フム、ゲオルグさんもシャツを替えただけじゃ、あんまり意味がないみたいだな」


 ルイスとロッドは陰からヒソヒソと言い合った。


 カームとゲオルグを前に、娘達は今一歩踏み出せずにユラユラしていた。


「あ、あのっ。ファルシオン様!」


 ひとりの娘が、ファルシオンの前にズイと近づいた。


「ひと目見て、貴方のことを、私…」

「ありがとう」


 潤む瞳の娘に、ファルシオンはニッコリした。


「運命の方です…」


 娘はまっすぐに見つめながら言った。


「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、僕は一生結婚する気はないから」

「えっ?」


 あっさり答えるファルシオンに、娘はぼう然となった。成り行きを見ていた娘達もぼう然となった。


「だけど、君をお城で待ってるよ。遊びに来てね!」

「あ、遊び」


 君は遊びと、受け取った娘は固まってしまった。


「ファルシオンさんは、お仕置きの塔行きだな」

「うん。女性をもてあそぶなんて、あるまじきことだよ」


 ロッドとルイスが厳しく断罪する中、ファルシオンは娘にズイと近づいて、罪の意識もなく不敵に笑って見せた。


「いいじゃない。君の絵を描かせてよ。いい場所を探しに行こうか」


 ファルシオンは娘の手をとると引っ張って玄関に向かった。娘は力強いファルシオンに、惚れた弱みもあって抗えなかった。


「私達も、散歩などどうですか」


 カームの誘いに娘達は戸惑った。やはり、今日のカームにはいつもと違う怪しい魅力があった。


「行きましょう」


 ためらう娘達を、ゲオルグが後ろからうながした。


「ま、待ってください! 娘達は帰してくださるんで?!」


 宿の主人が思わずカームとゲオルグを引き止めた。


「そんな心配をされたのは初めてですね。私はそんなに怪しく見えますか?」


 黒づくめのカームが主人の前に立って聞いた。

 カームの顔は清廉潔白で美しかったが、そこも心配だった。


「いや、その」

「カーム様は怪しい王子ではありません。娘さん達は家まで送り届けます」


 ゲオルグの真摯(しんし)な目に主人はうなずいて、一同を見送った。ルイスとロッドはロビーに出た。


「ひとりふたり家に帰らなくても、仕方ねぇ」


 主人のつぶやきに、ルイスとロッドは笑った。


「カームさん達は、悪い王子様じゃないですよ」


 主人はルイスとロッドを不安そうに眺めた。


「宿でじっとしててくださいよ。もっと若い娘まで連れて行かれちゃ困る」

「連れて行きませんよ」


 ルイスとロッドは困った顔で笑った。


「それより、僕達は、夜の町の露店なんかを見るのが楽しみなんです」


 ルイスは主人を安心させるように言った。


「移動遊園地に、サーカスなんかもあるって」


 ロッドも続いて言って、主人はほっとしてうなずいた。


「まだまだ子供のようで、よかった」


 主人のためにもルイスとロッドは大人しく部屋に戻った。


♢♢♢♢♢♢♢


 居間ではまだブロウが窓の外を見ていた。


「あれ、ふたりは行かなかったの?」

「はい。カームさん達が、ロビーに居た女の人達を連れて行って」

「宿のおじさんが、俺達は宿でじっとしててくれって」


 ふたりの話を、ブロウは可笑しそうに聞いていた。


 ルイスとロッドはソファに座って、露店のことを話した。


「まずは、おつかいのパワーストーンを買わないと」


 ルイスはペルタに渡されたリストを出して見た。


「忘れたら怒られそうだ。アンドリューさんにも怒られそうだ。“人の頼みごとを忘れるとは”って。そういうところ厳しい人だから」

「オトギの国のパワーストーンか。どんな力があるのか、結構興味深いぜ」

「ドラゴンの目は、とてもレアなんだ。あったとしても、高くて買えないかも」


 ルイスとロッドはブロウをチラと見た。


「ブロウさんに頼んだら、買ってくれるかな?」

「ブロウさんなら買ってくれそうだけど、お金持ってるようには見えないんだよな」


 ロッドの予想を、ルイスは否定できなかった。ブロウは高価な装身具(そうしんぐ)をつけることもなく、いい意味で庶民的なところがあった。


「タリスマンさんはどうかな? 王様になるために、お金を貯めてるかも。いや、それを使わせるのは罪深いか」

「貯め込んでないと思うぜ。あの人はその場のノリで生きてる人だろ」

「伝説を創ろうと、必死なんだよ」


 ロッドの意見にうなずけたが、ルイスは一応フォローした。


「ここは素直にカームさんに頼むのがいいかな。あ、カームさんは帰っちゃうのか」

「本当にドラゴンのことになると人が変わるな。お前が人のお金に頼るなんて、なんか意外だぜ」


 ロッドの鋭い視線にルイスはドキリとした。


「わかった。人のお金に頼らず自分でドラゴンの目を採りにいくよ」

「どこにあるんだ?」

「山奥の、断崖絶壁の火山の中だよ。数年に一度爆発した時に飛び散る火山岩の中にもあるんだ」

「買ってもらえよ」


 ロッドは真剣な顔のルイスの肩に重々しく手を置いた。


 ふたりが露店の話を続けているとブロウがやって来てソファに座った。


「ルイス君、いつかの夜会で話した。カーム君の城の女性達に配るお守りだけど」

「はい」

「ドラゴンの鱗が露店にあるかもしれないね。探してみようか」

「探しましょう!」

「ドラゴンの鱗は、防御力があるんだよな?」


 ロッドがルイスに聞いた。


「うん。ドラゴンの種類で防御できる攻撃属性が違うんだ。レッドドラゴンなら火、ブルードラゴンやテァアマトなら水、ジルトニラなら魔法攻撃を防御できる」

「とりあえず、全種類ほしいな」

「ドラゴンの強さで、一枚で防御できる回数も変わるんだ」

「強いドラゴンの鱗が、露店に売ってるかだよな」


 ルイスは少し考えて答えた。


「僕達にも、女の人達にも、そんなに強い鱗じゃなくて大丈夫じゃないかな」

「偽物じゃなければいいな」

「僕が調べるよ」

「頼もしいぜ」


 笑い合うルイスとロッドに、ブロウも笑顔を見せた。


「夜が楽しみだね」


 ルイスはブロウに心配の目を向けた。


「ブロウさん、ついてきてくれるんですか? 馬のことで、頭が一杯なんじゃ」

「さっきまではね。今は夜の町に行きたくなったよ。馬にも出会えるかもしれないよね」


 前向きなブロウに、ルイスとロッドはほっとした。

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