第110話 王子様の馬探し1 出発
「馬探しの場所だけど、丁度いいところが見つかったよ」
客間のテーブルを挟み、ルイスと向かい合って座ったブロウが言った。ルイスは身を乗り出した。
「どんなところですか?」
「広い牧場でね、近くの町では夜になると、露店が出て賑わうんだ」
夜に露店と聞いて、ルイスはドキリとした。
「今行けば、移動遊園地とサーカスもやっているんだって。夜の町、行きたいよね?」
ブロウはルイスにニッコリと笑いかけた。
「なぜ、そのことを」
ルイスの疑問に、ブロウは隣のペルタに視線を向けた。
「ペル師匠に頼まれたよ。ルイス君とロッド君は夜の町に行きたがっているから、勝手に行かないように手綱をしっかり握っていてくれってね」
「ブロウさんには、もう馬はいましたね」
「冗談だよ」
小さくなるルイスにブロウは笑った。
「ブロウさんに頼んでくれて、ありがとう」
ルイスが見ると、ペルタはしゅんとしていた。
「いってらっしゃい」
ペルタが力なく呟いたので、ルイスは驚いた。
「行かないの?」
「うん。この城には女の人が沢山居るでしょう? 王子様と一緒に私だけ出かけるなんて、出し抜くような真似はできないの」
「僕の護衛という大義名分があるじゃない?」
ペルタは少し悩んでから答えた。
「それだけじゃ弱いわ。せめて、くじ引きで公平に決まったとかなら、文句ないでしょうけど」
くじ引きではペルタは絶対に行けないだろうなと、ルイスとブロウは確信した。ハズレを引いて、くやしがっている姿が鮮明に浮かんだからだ。
「じゃあ、留守番するしかないね」
「うん」
「お土産買ってくるよ」
ルイスが優しく言うと、ペルタは感涙の笑顔を見せた。
「ユメミヤにもね」
「ありがとうございます」
こういう時は控えめに留守番するユメミヤと、ルイスは微笑みを交わした。
そこで、扉がノックされてファルシオンとゲオルグが現れた。
「ブロウさん、ルイス君、馬探しに牧場に行くんでしょう? 僕も行きたいな!」
「自分も行きたい。お供させてください」
ファルシオンが笑顔で言う隣で、ゲオルグが控えめに申し込んだ。
「楽しそうだね。みんなで行こう」
ブロウはすぐに楽しそうな笑顔を返した。
「おふたりが行くなら、俺も留守番しよう」
黙って座っていたアンドリューが言った。
ルイスとペルタが意外そうにアンドリューに顔を向けた。
「ゲオルグ王子まで城を離れたら、城の守りが手薄になる」
「すまない、アンドリュー」
アンドリューの鋭い視線に、ゲオルグは思わず謝った。
「気にしないでください。俺が居て丁度よかった。その代わりと言ってはなんですが、ルイスとロッド王子をよろしくお願いします」
アンドリューは立ち上がってゲオルグとファルシオンに頼んだ。
「わかった」
「任せて」
固く約束を交わす三人に、ルイスは困惑した。
「牧場に行くのに、心配し過ぎだよ」
ルイスはアンドリューに抗議した。
「夜の町にも行くだろう」
「そうよ、それにオトギの国の牧場よ。なにが居るかわからないわ」
「えっ⋯⋯ドラゴンが居てほしいな」
夢想し始めたルイスに、一同は脱力した。
◇◇◇◇◇◇◇
晴れた翌朝、出発の準備を整えたルイス達は城の玄関で見送りをうけた。
白い衣のタリスマン以外、全員王子には見えないラフな夏服を着ていた。
「ブロウ王子、ファルシオン王子、ゲオルグ王子、タリスマン、ロッドをよろしく頼む」
いつもの王子らしい黒衣を着たシュヴァルツが、同居人のロッドのことを言った。
「任せておけ。王子達のことは、王たるこの俺にな」
胸を張ったタリスマンを、シュヴァルツとブロウが見た。
「へぇ、頼もしいね。じゃあ、僕も保護者の立場は忘れて遊んじゃおうかな」
タリスマンとシュヴァルツは途端に不安な顔をブロウに向けた。
「ちょっと、カッコいいことを言ってみただけだ。しっかり保護者の立場で居てくれ」
「カッコいいことを言ってみたでは困る。ふたりとも本当に頼むぞ」
シュヴァルツがキッとした目を向けた。
「これだけ王子様が居れば大丈夫ですよ」
城の主カームがシュヴァルツをなだめた。
「それより少し寂しいですが、心おきなく見送りましょう」
「こういう時、城持ちの王子様はつらいね」
城を持たないブロウが気楽そうに言った。
「半日くらいなら、遊びに行ってもいいんじゃないかな?」
「そうです。俺を信頼して頂けるなら、行って来て下さい」
ブロウの提案にアンドリューも賛成した。
カームは感激してアンドリューに笑いかけた。
「そう言われると、断れませんね。では、半日だけいいですか?」
カームが嬉しそうな笑顔でテレポーターの案内人オデュッセウスに聞いた。
「もちろん、お送りしますよ」
カームに心酔しているオデュッセウスは即座に答えた。
「ありがとう。では、行きましょう」
カームは白いドレスシャツに仕立てのいいズボンに革靴という格好のまま、ルイスの側に加わった。
「シュヴァルツさんも行きませんか?」
残る王子にルイスは聞いた。
「いや、俺は牧場より、この城の庭がいい」
確かにシュヴァルツさんは牧場という感じがしないなと、ルイスもうなずいた。
「シュヴァルツ王子、城を頼みます」
「任せてくれ」
カームとシュヴァルツは厳かに言い合った。
「それじゃあ、行ってきます」
「ドラゴンに会えるといいな」
「はい」
ルイスの無邪気な笑顔にシュヴァルツも微笑みを返した。
「ルイス君、気をつけてね」
ペルタがルイスにニヤリと笑いかけた。
ルイスは前夜ペルタからこっそりと、露店で入手してほしい物リストを渡されていた。使い道が気になったが、夜の町に行けるようブロウに言ってもらった手前断れなかった。
「うん。大丈夫だよ」
嗤うペルタと使命感を持って答えるルイスに、アンドリューが気がついた。
「おい、ルイスに怪しい物を露店で買うように頼んだのか?」
ズバリ言い当てられて、ルイスとペルタはギクリとした。一同が警戒の目をペルタに向けた。
「怪しくない! パワーストーンを買ってきてと頼んだだけよ!」
「ふうむ」
「おまじない、いえ、お守りにするのよ。健気で可愛いでしょう?」
一同に問いかけるペルタに、ルイスだけがうなずいた。
「お前なら、砕いて怪しい薬くらい作りそうだ」
「ひ、酷い!」
ペルタはアンドリューをにらんだが、王子様達の視線に気づいてさめざめと泣いて見せた。
「まぁまぁ、ペル師匠を信じよう」
ブロウがアンドリューの肩を叩いた。
「⋯⋯わかりました」
まさか、騙されていないだろうな?と思いつつ、ブロウに弱いアンドリューは引き下がった。
「ルイス、パワーストーンにどんな効果があるのか、店主に聞くのだぞ」
「うん。パワーストーンか。『ドラゴンの目』と呼ばれるパワーストーンがほしいな」
夢想し始めたルイスの肩を、ロッドが引っ張った。
「さぁ、お別れはすんだ? 行こうよ」
「そうだね、行こう!」
ブロウが手を打って号令をかけた。
「行きましょう!」
ルイスも意識を戻して元気よく言い、見送りの声の中、テレポートで牧場に向かった。




