第109.5話 変じゃない? 2
機会はすぐにやって来た。ルイスはブロウとタリスマンを、ロッドとペルタの待つ客間に連れてきた。
「やぁ、ごきげんよう」
ブロウのにこやかでさわやかな挨拶に、ロッドとペルタは待ってましたという笑顔で挨拶を返した。
ワイシャツにズボンに黒靴のいつものラフな格好のブロウの後に、神聖な者を装った白い衣を着たいつものタリスマンがのしのしと続いた。
さっそくテーブルを囲んで座った一同は、まず、たわいもない話をした。それから、ブロウが持っていた本を開き、オトギの国の生き物の話になった。
「オトギの国だけに住む生き物といえば」
「ドラゴンです!」
タリスマンが言いかけて、ルイスは思わず即答した。
「早押しクイズじゃないんだぜ」
ロッドがあきれた顔で笑った。
「ついね」
「ドラゴンとそれから、ペガサスだな。王になり、城に住むことになったら、ペガサスで移動するらしいな」
王を目指しているタリスマンには、王宮事情は他人事とは思えずに言った。
「うん、何度か空を移動中のペガサスを見たことがあるけど、とても美しかったよ」
ブロウが窓の外の青空を見上げた。
「ペガサスに乗るのか」
タリスマンが自信なさげに、青空から顔をそらせた。
「ペガサスが引く馬車に乗るんだよ。ペガサスには乗れなくて大丈夫だよ」
ブロウがニッコリして、タリスマンを安心させた。
「ペガサスが引く馬車かぁ。乗ってみたいなぁ」
ルイスだけでなく、ロッドもペルタもその光景を夢想してうなずいた。
「我が王になるのを、全力で応援するのだな」
「はい」
自信満々に言うタリスマンに、一同は粛々とうなずいた。
「そういえば、ブロウさんは高いところが苦手でしたよね」
「うん、でも僕は王になる予定はないし、道を歩いてもお城の行き来はできるからね」
ブロウは問題ないよと肩をすくめた。
「国の真ん中の王宮まで歩くのは大変そうだ、馬には乗れますか?」
ルイスの質問に、城に居る時以外のブロウをよく知らない三人は注目した。
「この前、カームさんが白馬に乗って、町をご視察しているのを見ました。凄くカッコよかったです」
「まさに王子様って感じだったな」
「ブロウさんも、あんな風に町をご視察したことがあるんですか?」
畳み掛けるルイスの質問と、三人の好奇心に満ちた目に、ブロウは動揺して息が乱れた。
「僕はっ、馬に乗れないんだ!」
テーブルにこぶしをつけ這いつくばるようにして、悔しげに告白したブロウに一同は驚きのけぞった。
「高いところが苦手でね⋯⋯」
ハアハアと荒い息のままのブロウに、一同はゴクリと息をのんだ。
「馬の上は確かに高いけど、王子様が馬に乗れないって変じゃない?」
ロッドの疑問にブロウはハッとして、ルイスとペルタはギクリとした。
「ロッド! 変じゃないよ」
ルイスの厳しい顔つきに、ロッドはまずいと気づいた。ブロウの機嫌を損ねてはならないのだった。
「そうだよね。変、だよね」
ブロウは少年王子に指摘されて、ショックを隠せずに力なく言った。
「今までやり過ごして来たけど、向き合う日が来たか」
ブロウは潔く笑顔を見せた。
「ブロウさん、馬に乗る練習をするんですか?」
「うん。そうしよう!」
「素晴らしいですわ! ブロウ様!」
ペルタがうっとりした目でブロウを見つめた。
「ありがとう、ペル師匠」
「馬に立ち向かい、乗りこなすお姿! ルイス君とロッド君に見せてあげてください!」
ペルタにブロウは力強くうなずいた。その凛々しい顔に、一同が見とれた。
「そうと決まれば、僕を乗せてくれる馬を探さないとね」
ルイスとロッドはチャンスだと視線を交わした。ルイスはペルタにも視線を向けたが、ブロウにポーッとしていて無駄だった。
「探しに行きましょう! 僕達も手伝いますよ!」
ルイスは力強く笑いかけた。
「探すなら牧場かな? 色んな牧場を、何日もかけて探しましょう!」
ロッドも笑いかけた。
ブロウと泊まり掛けの旅行ができれば、夜の町にくり出すのも容易になる気がして、ふたりは意気込んでいた。
「そうだね。長い付き合いになるだろう。じっくり探すことにしよう」
ブロウはにこやかに決断した。
「上手くいったね」
ブロウとタリスマンの居なくなった客間で、ルイスとロッドはほっと息をついた。
カーム達の説得もトントン拍子に上手く行き、馬探しの旅の準備までこぎつけていた。
「アンドリューさんにバレそうだけど、仕方ないね」
泊まり掛けとなれば、アンドリューがついて来ないわけにはいかなかった。
「わからず屋ってわけじゃない。アンドリューさんはブロウさんには弱いし、きっと大丈夫だよ」
「なんとかなるだろ」
ふたりは上手く行く気がして笑い合った。
その頃、ペルタは帰宅のため廊下を行くブロウを呼び止めた。
「実は、ルイス君とロッド君はブロウ様に、夜の町に連れて行ってもらいたいと思っているのです」
「夜の町!?」
ブロウはいぶかしんで眉を寄せ、タリスマンは恐ろしい想像をして震えた。
「決して、怪しい店に行きたいわけではないのです。お祭りの露店のようなものを想像しているのです!」
ペルタは急いでふたりの疑いを晴らした。
「ブロウ様にはぜひ、連れて行っていただきたいのです。でないと、ふたりでこっそり出かけることになりかねませんわ。前にも、そんなことがあったんです」
「そうだったのか。それで、遠出が決まって喜んでいたんだね」
ブロウはニヤリと笑った。
「過保護な人が大勢居るこの城から離れた方が、動きやすいもんね」
過保護なペルタはため息をついた。
「わかったよ。ペル師匠。僕に任せて」
ブロウはペルタの肩に優しく手を置いた。ペルタはうっとりと力を失い、全て任せることにした。
「我は許さんぞ」
タリスマンが珍しく厳しい顔で言った。
「あら、以外。タリスマンさんならノリがいいから大丈夫って話してたのに」
「以外だね」
「⋯⋯わかった。我も、夜の森で遊ぼうと思っていたところだ」
タリスマンがあっさりと折れて、ふたりの企みはまた前進した。




