第108話 王子様のご視察
カフェを出たルイスとロッドは、ランドルフ王子と別れの握手を交わした。
「シュバルツさんの城にも来てください」
「ありがとう。ぜひ寄らせてもらうよ」
ロッドの誘いに、ランドルフは微笑んだ。
「では、また会おう」
「ランドルフ様、お気をつけて。悪い女には特にお気をつけて!」
ペルタとアンドレアがすがるように、ランドルフを見上げた。
「あ、ありがとう。君達も、悪い男に気をつけたまえ」
ランドルフに心配されて、ペルタとアンドレアはポーッとなった。
「どうも、ローブが暑いようだな」
火照った顔のペルタとアンドレアに見つめられて、ランドルフは少したじろいだ笑みで言った。
「ルイス君とロッド君の護衛、よろしく頼む」
ランドルフはそんなふたりの目を覚まさせるように、真剣な顔で言った。
「はい!」
「では、また会おう」
ランドルフはすぐに人混みに紛れて行った。
「ついて行きたい⋯⋯」
ペルタがいまにも走りだしそうに、前のめりで呟いた。
「ついて行きなよ。僕達なら、ふたりで大丈夫だからさ」
ルイスはペルタの背中を押すように笑った。
「ありがとう。でも、ふたりの護衛を頼まれたから、放り出して追いかけたら怒られるわ」
「そうだね。ランドルフさんは真面目そうだから、凄く叱られるかもね」
ペルタとアンドレアは肩を落とした。
「また会える日を待ちましょう」
「隣町に行ったのよね? ⋯⋯ふたりを城に送り届けた後町へ行って、偶然の出会いを装いましょうか?」
ペルタが諦めきれずに言った。ロッドとルイスはあきれた目でペルタを見た。
「ちょっと、出会った時のリアクションをしてみてよ」
真剣に考えるペルタに、ルイスは言った。
「わかったわ⋯⋯」
ペルタは両手を胸の前で握りしめると、ルイスに向かって輝く笑顔を向けた。
「ランドルフ様!? こんなに早く再びお会いできるなんて! これって運命でしょうか!?」
喜びのポーズのまま固まっているペルタを、ルイスとロッドはうーんと厳しい目で見つめた。
「ランドルフさんの苦笑いが目に浮かぶよ」
「上手くいく気がしないね」
「ぐうっ!」
ペルタは深手を負った獣のように、身を縮めて呻いた。
「運命は余計だな」
ロッドが片眉を上げた。
「そこが大事なのに」
ペルタは力なく抗議した。
「女の人は、本当に運命が好きだね」
ルイスの感想に、ペルタとアンドレアは何度もうなずいた。
「だけど、運命は禁止」
「はい」
ロッドの厳命に、ペルタとアンドレアはうなだれつつ返事をした。
「アンドレア、やってみて」
ペルタは気を取り直して、アンドレアを見た。
「私は、そういう演技は苦手で」
「なに恥ずかしがってるの?」
アンドレアはペルタが酷評されたのを見て、すっかりしり込みしてしまっていた。
「今は、無理に会うのはよくないと思うな」
ルイスは顎に指を当て、真剣に考えて言った。
「お忍びの視察中だから、邪魔をしないほうがいいよ」
「そうね!」
ルイスの真剣な眼差しに、ペルタとアンドレアは力強くうなずいた。
「視察の帰りに、カームさんの城に来てくれるから、その時まで待とう」
「そうね。その時が勝負! 美しく着飾っていても、不自然じゃないわね」
ペルタとアンドレアはうっとりと空を見上げて、早くもシミュレーションを開始した。
「さて、これからどうしようか?」
ランドルフのことが一段落して、ルイスはロッドに聞いた。
「そうだな。遊べるような店がないからな」
オトギの国自体がアミューズメントパークのようなものなので、そんな店は見当たらなかった。おもちゃ屋はあったが、品揃えも中世といった感じだった。
「道具屋に行くか。結構、デカイ店だぜ」
「冒険がしたくなるよ」
ルイスはわくわくを抑えきれずに笑った。
ペルタがそんな会話を聞き逃さなかった。
「ふたりとも、まさか、またこっそり冒険に行くんじゃないでしょうね?」
ペルタに前のめりで恐い顔をされて、ルイスとロッドはたじろいだ。
「まさか、もうしないよ」
「ルイスがカームさんの城を抜け出したらどうなるかぐらい、わかってるよ」
ペルタはほっとして、体を戻した。
「それならいいのよ。ごめんなさい。私としては、ふたりで冒険させてあげたいけど」
「ダメだよ。カーム様達を心配させちゃ」
アンドレアが腕を組んで、三人をにらんだ。
「そういうわけなの」
「わかってるよ。だけど、早くもっと色々見てみたいな」
ルイスは町並みに視線を巡らせた。
「夜の町も見たいな」
「まぁ!」
ロッドが挑発的にニヤリとしたので、ペルタとアンドレアは大いにうろたえた。
「カームさんのお膝元なら、そんなに怪しい店もないんじゃない?」
ロッドはなだめるように聞いた。
「そうね……」
「ふたりには早すぎない? 十八になるまで待った方が」
アンドレアが困った顔で笑った。
「そんなに待てないよ」
「ここは無法地帯だろ」
ルイスとロッドが抗議した時、町に鐘の音が響き渡った。
ルイス達も通りを行く人々も、顔を上げて建物を見回した。
「カーム王子様のご視察だぞ!」
そこかしこから、そんな知らせが飛び交って、ルイス達は驚いた。
「カーム様のご視察!」
「素敵!」
ペルタとアンドレアは飛び上がらんばかりに興奮した。
「ルイス君、ロッド君、よおく見ておくのですよ!」
ペルタに言われて、ルイスとロッドは興味深く通りを眺めた。
「道の真ん中を開けるんだ!」
そんな声が飛び交い、たちまち人々は通りの端に寄って立ち止まった。
人々が注目する中、ルイス達の前にカーム王子が現れた。
カームは白で統一され金で装飾された正装で、白馬に股がっていた。その姿は絵に描いたような王子様だった。
道の真ん中を悠然と進む、白馬に乗った精悍でいて美しい王子様に、ルイス達だけでなく、町の人々もポーッと釘つけになった。
「王子様だぁ?」と、端に寄せられて悪態をついていた悪そうな男もポーッとなっていて、ルイスはカームに敬服した。
そんなカームを乗せた白馬が、ルイス達の前で立ち止まった。
「ふたりとも、楽しんでいますか?」
カームに話しかけられた上、人々が注目したので、ルイスとロッドは大いに慌てた。
太陽の光に照らされたカームは、綺麗に巻かれた長い金髪も白い肌も絹の服も全てが輝いて、ルイスは眩しさに目を細めた。
「は、はい! とっても!」
「凄く、楽しいです!」
ふたりは無難な返事を思わず大げさに言った。
「よかった」
カームは嬉しそうにニッコリした。
「この町の治安の良さは自慢なのですが、ふたりが気になって、つい見に来てしまったのですよ」
カームは自分の過保護振りに笑った。
「ありがとうございます!」
ルイスとロッドは慌てたままお辞儀した。
「アンドリュー君も心配していましてね。連れてきましたよ」
カームが後ろを振り返ったので、ルイス達は白馬の後ろに従っているアンドリューとゲオルグにやっと気づいた。
「アンドリューさん、ゲオルグさん!」
ルイスとロッドはふたりのそばに近寄った。
ゲオルグは黒い革の上下に濃紺のマントをつけて、腰に白銀の剣を携えていた。黒髪を綺麗に後ろに流して、整った顔は思慮深く落ち着いていた。
アンドリューは黒い革の上下に白いマントをつけたいつものスタイルだった。ルイスが提案したドラゴンヘアも凛々しく、眉を寄せた鋭い目を辺りに油断なく向けていた。
精悍なふたりが並ぶ様に、ルイスはじめ誰もが圧倒されていた。
「ゲオルグさん、馬に乗らないんですか?」
勇者ではなく王子のはずのゲオルグに、ルイスは聞いた。
「乗れないな」
ゲオルグは苦笑いで答えると、カームに視線を向けた。ルイスとロッドは馬に乗れないのではなく、カームと並んで乗る勇気がないということだとわかり納得した。
「こういう時は、護衛の方が自分には合っている」
「頼もしいですよ」
カームに笑いかけられて、ゲオルグはうやうやしくお辞儀した。その光景はまさしく王子と忠誠心溢れる騎士だった。
「アンドリューさん、カッコいいよ」
ルイスはアンドリューに近づいて言った。
「ありがとう」
アンドリューは生真面目な顔のまま言った。
「だけど、白いマントはやめたほうがいいよ」
「え?」
照れを隠すため、視線をそらせていたアンドリューはルイスを見た。
「カームさんの眩しさの前に、いや、後ろで霞んでるよ」
ルイスの指摘に、アンドリューはがく然した。ロッドが忍び笑いをして、ゲオルグが苦笑いをした。
「そ、そうか。黒いマントにしよう」
アンドリューは少年の正直な感想にショックを受けつつ、素直に言った。
「うん、黒も似合うよ。青もカッコいいね」
「黒は悪役っぽくないか? 青は正義の味方って感じだな。正統派だ」
「俺達と立ち話している場合ではない。ルイス、ロッド、しっかりとカーム王子を見習うのだ」
アンドリューが腰に手を当てて言い、ルイス達の話題を遮りると、カームを目で示した。
「はい」
ふたりはすごすごとカームのそばに戻った。
ルイス達が話している間も、カームはペルタとアンドレアや町の人々に囲まれて、にこやかに対応していた。
「ルイス君、ロッド君、私は視察を続けますが一緒に」
「いえ! 僕達には早いかと!」
ルイスとロッドは慌てて両手を振った。
「そうですか。では、町をこの後も楽しんでください」
カームは笑うと、後ろを振り返った。
「行きましょうか」
ゲオルグとアンドリューがうなずき、カームを乗せた白馬は再び歩き出した。
勇者を引き連れた王子様の後ろ姿を、人々は再びポーッとして見送った。
「素敵だったわぁ」
「気絶しそう」
ペルタとアンドレアが足をふらつかせながは言った。町の人々も口々に称賛していて、平和な町を改めて眺めたルイスは、カームさんのお膝元は幸せだなと思った。
「僕達も、ああなれるかな?」
ルイスの問いかけに、ロッドは苦笑いで視線をそらせた。
「なりたくないと思ってない?」
ルイスはロッドを横目ににらんだ。
「バレたか。俺は森の奥の城で暮らすぜ」
「それでも、近くの町の視察はしないといけないんじゃない?」
「なら、ランドルフさんを見習って、お忍びでこっそりする」
「それもいいね」
ルイスもカームのようになる自信があまりなかった。ルイスはカームとビジネスマンのようだったランドルフの姿を比べてみて、本当にランドルフは王子だろうかと疑ってしまった。
「ランドルフさんは、世を忍ぶのが上手いね」
ルイスがそう言った時、若い娘達が近づいて来た。
「貴方達、カーム様と親しげだったけど、まさか王子様!?」
期待の笑顔を向ける娘達に、ルイスとロッドはまずいと思った。
「そう見える?」
ロッドは平静を装って聞き返した。
「後ろにいた勇者さんなら、知り合いだけどね」
ルイスも平静を装って答えた。
勇者を真似たような格好のふたりを、娘達は改めて眺めた。
「勇者様より、王子様の方がいいと思うわ」
「そうだね」
「考えとくよ」
娘達が離れて行って、ルイスとロッドは笑った。
「そういうことは、上手にならなくていいのよ」
ペルタが娘達を上手く誤魔化して喜ぶふたりに言った。
その後、帰り道でこっそりカームを待ち構えて、ルイス達はカーム達と帰路を共にした。
人通りのなくなった道で、ルイスとロッドは白馬に乗せてもらって王子気分を味わった。
白馬に股がったルイスは、いつかこうして自分の町を視察する日が来るのかと、胸を高鳴らせた。




