第107話 王子様ランドルフ
ペルタがルイスとロッドを見つけて、男を連れてきた。
「ルイス君、ロッド君、ご紹介します。こちら、ランドルフ王子様です」
ペルタがうやうやしく紹介したランドルフ王子は、二十代半ばくらいの、長めの黒髪を軽くオールバックにして、青い瞳の上で眉を寄せた力強い顔つきの美男子だった。服装は白い襟付きシャツに黒革のジャケットとズボンにブーツで、砂色の革製カバンを持っていた。
ルイスにはオトギの国のビジネスマンといった感じに見えて、王子様と紹介されなければ、国の役人かなにかと間違えるところだと思った。
ルイスとロッドは立って、軽くお辞儀をした。
「初めまして。ルイスと申します」
「ロッドと申します。新入りです」
ランドルフはロッドに少し驚いた目を向けた。
「初めまして」
ランドルフはふたりと握手を交わして笑顔を見せたが、眉間にシワが寄ったままだった。
「よく見つけたね」
ランドルフの笑顔にポーッとなっているペルタに、ルイスはひそりと言った。
「見つけずにおられましょうか?」
ペルタが力の抜けた声で言った。確かに、ビジネスマンにしてはカッコよすぎるなとルイスは思った。
「忙しいところを、無理矢理連れてきたんじゃない?」
ランドルフの眉間のシワを気にして、ロッドがペルタに聞いた。
「まさか」
ペルタは両手を軽く上げた。そして、不安そうにランドルフを見た。
「いや、休もうとカフェに入ったところ、声をかけられたんだ」
ランドルフはローブを着た怪しいペルタとアンドレアが、自分を見てひそひそしていた光景を思い返した。
「こちらのペルタ君に「もしや、王子様ではありませんか?」と声をかけられた時は焦ったが、はぐらかさず話を聞いてよかった」
ランドルフはルイスに顔を向けた。
「ルイス君、君はいずれ私の城に修業に来るということを、君の伯母君から承っている。会いたいと思っていたんだ」
鋭い視線を向けられて、ルイスは緊張した。ルイスの緊張はロッドとペルタにも移った。
「す、すみません。お待たせして」
ルイスはオトギの国に来た時に、伯母が国中の王子様に声をかけた、と言っていたのを思い出した。大げさに言っていると聞き流したが、本当に国中の王子様を待たせているのかと、今さら不安になってきた。
「急かすつもりはない。ゆっくり学びながら来てくれ」
ランドルフは笑顔で答えた。
「ありがとうございます。国に来た時、伯母さんが国中の王子様に声をかけてしまっていて、他の王子様にも、お待たせすることを伝えてもらいます」
「伯母君が迅速な行動力の持ち主なのは皆知っている。そう気にすることはないよ」
「迅速な行動力ですか」
ルイスは伯母がカッコよく見えてきた。
「ご一緒していいかな?」
ランドルフはふたりのテーブルに目を向けた。
「はい!」
「ぜひ」
「ごゆっくりどうぞ」
座ろうとする男達に、ペルタがしおらしく言った。
「ありがとう」
ランドルフに笑顔を向けられて、ペルタはとろんとした目になり、骨抜きにされたあまりふらついた。気絶するのではと男達は焦ったが、ペルタは名残惜しそうに戻って行った。
ルイスの隣に上着を脱いで座ったランドルフは、店員にてきぱきと注文した。それから、ランドルフはルイスとロッドを興味深く見た。
「ロッド君だったね。新たな王子が誕生していたとは、とても嬉しいよ」
「ありがとうございます」
ロッドは笑顔で軽くお辞儀した。
「私の城は山の向こうにあってね。私自身大した王子ではない。遠い地の出来事は、あまり詳細に伝わってこないんだ」
ルイスはランドルフの精悍ながら美しい横顔を見て、ランドルフさんで大したことがないなら、僕なんかは誰も知らない王子様にしかなれないのでは?とは思った。
「俺のことなんか、どこにも伝わらないですよ」
ロッドもルイスと同じようなことを思って、可笑しそうに言った。
「この町には、どんなご用で来たんですか?」
ロッドは初対面の王子に、なるべくかしこまって聞いた。
「用というのはなくてね。他の王子が治める町はどんなものか、この目で見てみたいと思って来たんだ」
「護衛は?」
「ひとりの方が、気兼ねがないからね」
王子様のお忍びの視察かと、ルイスはうなずいた。
「そろそろ弟に城を任せられるようになったので、やって来たんだ」
「弟さんも、王子様ですか?」
ランドルフはうなずいた。
「弟さんもは、何才ですか?」
「今年で、十七だったか」
ギリギリ同世代かと、ルイスとロッドは視線を交わした。
「ふたりに会えば、きっと喜ぶだろう。仲間ができたと」
ランドルフは笑顔を見せた。
「僕達も嬉しいです」
ルイスが言って、ロッドもうなずいた。
店員がコーヒーと焼きたてのパンが運んで来た。
「よかったら、これも食べてくれ」
「いただきます」
ルイスとロッドは焼きたてのカイザーゼンメルを食べた。
「美味しいです」
ふたりの笑顔に、ランドルフも優しい笑顔を見せた。
しかし、相変わらず眉を寄せてコーヒーを飲むランドルフを、ふたりはつい見つめた。
「カーム王子様の城に来ませんか?」
ルイスは自然とランドルフに聞いていた。
「すまないが、お姫様達の相手をする暇はないんだ」
ランドルフは難しい顔をルイスに向けて答えた。
「いえ、ランドルフさんが休んで行きませんか? カームさんのお城は、旅人を休ませてくださるんです。カームさんもランドルフさんに会えば、きっとそう言いますよ」
ルイスは確信を持って言った。ランドルフは旅の忙しさが顔に出ていた。弟が心配で落ち着かないのかもしれないとルイスは思った。
「少しだけでも」
「女の人達には、黙ってますから」
ロッドも笑いかけた。
「ペルタさんとアンドレアさんにはバレちゃってますが、口止めしますから」
「ありがとう」
ランドルフはふたりの優しさに胸を打たれた。
「カーム王子様の優しさを、思い出したよ」
ランドルフは女性の多いカームの城に警戒心を持ちすぎていたなと、一度カームの同じような誘いを断ったのを、深く反省した。
「カーム王子様の城には、クロニクルを見た後、ぜひ寄らせてもらおう」
「お待ちしています」
ルイスはうやうやしく言った。
「実は、ルイス君がどんな人物か、気になってここまで来たんだ。会えてよかった」
ランドルフはルイスの肩に優しく手を置いた。
「私のところで修業する必要はなさそうだが、弟も待っている。いつか来てくれたまえ」
「ありがとうございます」
ルイスは心の底から嬉しかった。
「ロッド君も、気軽に来てくれたまえ」
「ありがとうございます」
ロッドも喜びの笑顔で応じた。
ランドルフは安息感に満たされて、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。




