第106話 王子様のお膝元
ある晴れた日、ルイスとロッドはカーム王子のお膝元の町に、ふたりで来ていた。
町は一階に店舗を構えたレンガ造りの家が並び、通りを行き交う人々は多く、にぎやかながらも穏やかな雰囲気だった。
ふたりは新調した外出着、世を忍ぶ借りの姿で人々に溶け込んでいた。ふたりともドラゴンの黒革の上下だったが、デザインの違うものを選んでいた。
ふたりは武器屋に入った。
広く明るい店内は、武器の種類ごとにコーナー分けされていて、ふたりは剣のコーナーに行った。
簡単に手に持てるように並んでいるのが、平和な町で育ったふたりには信じられないことだった。
高価な剣は壁の高いところや、ガラスケースに納められていた。
「伝説の剣かな?」
ルイスはガラスケースの剣を張りつくように見た。グラディウスという片手剣で、持ち手は金とルビーが輝き、目が飛び出すほど高価だった。
「伝説の剣には、岩に突き刺さっててほしいよな」
「誰かが抜いたんだ。僕も抜いてみたいよ」
「オトギの国なら、結構いろんなところに突き刺さっててそうだな」
ふたりは剣をいくつか素振りしてから、短剣の棚に移った。
ロッドはひとつひとつ丹念に見ていった。ルイスは短剣の方に身近な危険を感じた。
「おい、なんだこりゃ」
ロッドが柱の注意書きに声をあげた。
注意書きには『明らかに十八才未満の方にはお売りできません』と書いてあった。
「明らかにってなんだよ?」
ロッドは不満もあらわにルイスに聞いた。
「僕達のことかな?」
ルイスは近くの姿見に自分を映して答えた。ロッドも鏡に映って見た。自分達は十八才以上には見えない気がした。
「ここは無法地帯じゃないのかよ」
ロッドは空をにらんだ。
「きっと、カームさんのお膝元だからだよ」
「なるほど」
この町がある程度の法やルールを守っているのは、明らかだった。
「お膝元じゃない町ならいいか?」
「路地裏や地下にある店、いかにも怪しい店主からなら買えるかもね」
ロッドに釣られていたルイスはハッとした。
「そんなところを見られたら、悪い噂が立つんじゃないかな? 王子の名に傷がつくよ」
ルイスの厳しい目つきに、ロッドはたじろいだ。
「王子見習いがそんなところに居るのも、かなりヤバイな」
「うん⋯⋯」
「しばらくは、切れない剣を持ってるしかないか」
ふたりは剣の入手は諦めて、防具コーナーに行った。
いかにも中世の騎士、といった見た目の兜を被ったりしていると、いかにも強そうな店員が側を通りかかり、ふたりは冷やかしをやめて店を出た。
そこでふたりは、武器屋の向かいの本屋に立つ、怪しいふたりに釘つけになった。
ふたりはフードを被った紫のローブ姿で、ルイス達に背を向けて、店の前のワゴンに並ぶ本を漁っていた。
「魔女かな?」
ルイスはローブからのぞく、スカートを見て言った。
「魔女が必死に探す本って、ヤバすぎる本だろうな」
前のめりで本を漁る魔女達に、ルイスとロッドは震え上がったが、好奇心にかられて後ろから近づいてみた。魔女のひとりが振り向いたので、ふたりはビクリと身構えた。
「あら、ふたりとも。見つかってしまったわね」
魔女がフードを取った。正体は、ペルタとアンドレアだった。
ルイスとロッドは安堵と残念な気持ちから脱力した。
「凄く目立ってるよ」
「そう?」
ペルタとアンドレアは行き交う人々を見回した。明るい町並みを行く人々は、誰もローブなど着ていなかった。
「夜だと、目立たないのよ」
ペルタは力なく笑って言い訳した。
「ふたりは、上手く溶け込んでいるわね」
ペルタはルイスとロッドを上から下まで眺めた。
「お忍びで町を歩く王子様を、なかなか見つけられないのも納得だね」
アンドレアの感想にペルタがうなずいた。
「もっと、わかりやすく歩いてもいいのよ?」
ニヤリとするペルタから、ルイスとロッドは視線をそらせた。
「ふたりはお忍びで、どんな本を買うの?」
ロッドがニヤリとして聞いた。
「お、男の子には、関係のない本よ」
ペルタとアンドレアは大いにうろたえた。
「ついでに、僕達を見張ってたの?」
ルイスは腰に手を当てて聞いた。
「ついでだなんて。それがメインよ」
ペルタがルイスにすり寄るように言った。
見張られていたことに機嫌が悪くなったルイスとロッドに、ペルタとアンドレアは困った笑顔を見せた。
「王子様を陰から見守る。陰護衛というやつよ」
陰護衛のどこかカッコいい響きに、ルイスとロッドはふたりを許すことにした。
「難しいわ」
ペルタとアンドレアはフウと肩の力を抜いた。
「完全に、他のことに気を取られてるし」
ロッドがあきれ顔で言った。
「ふたりには、早すぎたね」
ルイスも笑って言った。
ペルタとアンドレアはガックリと肩を落とした。
「アンドリューさんは?」
ルイスは辺りを見回した。アンドリューはルイスとロッドが出かける時、多少心配していたが、それでも快く見送ってくれたはずだった。
「城に居ると思うわ。陰護衛は私達の思いつきよ」
ルイスもアンドリューが難しい陰護衛を、ペルタに任せるわけないかと納得した。
「これから、どうするの?」
「いろんな店を冷やかすつもり」
ペルタの質問にロッドが答えた。
「そう、なにかあったら私達のところに来てね」
ペルタは余裕の笑みを見せた。
「つかず離れずで護衛してるから」
アンドレアもこぶしに力を込めて笑った。
「フードを被っててよ。わかりやすいからね」
ルイスとロッドは笑って、今さら恥ずかしそうにフードを被るふたりと別れた。
「僕達にも、ローブが要るかな?」
ふたりはすぐに服屋に入った。小さい店内には、ファンタジー世界に溶け込めそうな服が並んでいた。
目的のローブもあって、ふたりはさっそく着てみた。
「誰でも、ローブを着ると怪しく見えるみたいだ」
ルイスは姿見の自分にニヤリとした。
「それに、戦闘力は未知数って感じだな」
「ローブ着てフードで顔を隠してるキャラって、かなり強いよね」
ルイスはうつ向いて顔を隠してみた。
「強いヤツに絡まれたら、厄介だな」
ふたりはローブはやめて、マントをつけてみた。
「旅人って感じだな」
砂色の革製マントをつけたロッドは、姿見の自分に笑った。
「けど、こっちの方が町に溶け込めるな」
通りを行く人々の中には、マントをつけている人は結構居た。
「ロッド、これをつけなよ」
ルイスはマントを差し出した。その青いマントには、銀の肩当てがついていて、王子か騎士がつけていそうなマントだった。
「ふざけるなよ」
言いつつ、ロッドはマントをつけてみた。
「似合うよ! 長さも丁度いいし、君のための」
ロッドが外したマントをぶつけたので、ルイスは最後まで言えなかった。
服屋を出たふたりは、カフェに入った。
ふたりの後に、怪しいローブのペルタとアンドレアも入って来て、入り口の見える席に座った。ルイスとロッドは2階に行き、通りを眺められる席に座った。
飲み物と軽食を注文して、通りを眺めた。
「そういえば、罰ゲームの友達が、王子様になったのを確かめに来たりしてないの?」
通りに自分達と同世代の少年達を見つけて、ルイスは聞いた。
「とっくに来たよ。全員じゃないけど」
「いつ?」
「シュバルツ様の城に来たばかりの時。呼び鈴鳴らして『ロッド君居ますか?』って。クロニクルの城から順番に探して来たってさ」
ルイスは真面目に聞こうとしていたのに笑ってしまった。
「それから」
「ご想像通り笑われたよ」
ロッドも頬杖をついて、通りの少年達を目で追いながら答えた。
別に不機嫌でもないロッドを、ルイスは興味深く眺めた。
「それより、あの時はまだ、シュバルツ様の機嫌が最悪だったからな。気づかれて出てこないかヒヤヒヤしたぜ」
「気づかれずに済んだ?」
ルイスもヒヤヒヤしながら聞いた。
「ああ。城に入りたがったけど、全力で阻止した。そこにセバスチャンが来てくれて『もうロッド様は、あなた方とは住む世界が違うのですよ。お帰りください』って言ったら、帰ったよ。それっきり」
経験を積んだ執事セバスチャンの威厳か、「住む世界が違う」にショックを受けたのか、その両方の効果かとルイスは思った。ルイスはそんな別れにショックを受けた。
「気にするなよ。引っ越して来て会ったばかりで、そんなに仲良くなかったし」
注文の品が運ばれてきて、ロッドはさっそくサイダーを飲んだ。
ルイスはほっとして、アイスチョコミルクを飲んだが、置き換えてみた。
「ロッドで笑われるんだから、僕が王子様になったら、大爆笑されるんだろうな」
「俺の場合は、罰ゲームだからさ」
憂鬱な顔のルイスに、ロッドは笑った。
「お前は、友達に会ってないのか?」
「うん、先に来てるキール以外、みんな進む方向が違って、学校を卒業したらそれっきりだよ」
ルイスは青空に向かって遠い目をした。
「王子様の友達が、もっと増えるといいね」
ルイスはロッドの方に向き直って言った。
「俺達の世代は、俺達ふたりだけだったりしてな」
ロッドが真面目な調子で言ったので、ルイスは苦笑いした。
「怖いこと言わないでよ」
ロッドはニヤリとした。
ルイスは落ち着くためにチョコミルクを飲んで、焼きたてのプレッツェルを食べた。
「暑くなってきたね」
「もう夏だな」
「王子見習いになってそろそろ半年だよ、その間に会った同世代の王子はロッドだけ。まずいのかな?」
「どうだろうな? ひとり仲間が居ただけでも、ラッキーな気もするけど」
「ペルタさん達に、勧誘してもおうか⋯⋯」
「本当に、ふたりだけになっちまうぞ」
ロッドが恐い顔をしたので、ルイスは提案を撤回した。
ルイスはペルタとアンドレアの格好を思い出した。
「ふたりとも、ローブで暑くないのかな?」
ルイスは顔を青空から、階段の方に向けた。
「任務中だと、暑さも忘れるのかな?」
その時、階段を登って、怪しいローブ姿のペルタが、ひとりの男を伴って来た。




