第105話 その人の弟子になってはいけない
ルイスの計らいで、リバティはペルタとふたりでベンチに座った。
ペルタもリバティも豊かな長い黒髪とスラリとした体で、背はペルタの方が高かった。ふたりがちょっと似ていることに、ルイスは悪い意味でドキッとした。
「では、僕はこれで」
ルイスは話の成り行きを見守りたかったが、ふたりきりでとリバティに言ってしまっていた。
リバティに感謝の笑顔で見送られて、ルイスはリバティがペルタの弟子にならないことを、遠くから祈るしかなかった。
「どうして猫耳になったの?」
美しい庭園を前にするふたりに、そよ風が心地よく吹きつけていた。
リバティは猫耳を出した。ペルタは耳をじっと見つめた。
「小さい頃『猫みたいに大きな目で可愛いね』って言われたことがあって、それで」
「それで奇石を使ったの? 確かに、可愛いお目々だわ」
リバティはペルタに向かい、目をパチパチさせてみせた。
「つけ耳で満足できなかったのね」
「はい。小さい頃から、奇石を使って猫耳になるって決めていて」
ペルタはフムフムとうなずくと、猫耳に目を戻した。
「触っていいからしら? 私、猫耳に憧れているのっ」
「はい!」
憧れの人に憧れの目で耳を見られて、リバティは頭を少し傾けた。ペルタは人差し指でそっと触ったので、リバティはくすぐったさに耳を動かした。
「可愛い!」
ペルタはキラキラした笑顔になり、リバティも嬉しさに照れ笑いした。
「それに似合ってる!」
ペルタはリバティの顔や全身を見直して言った。
「本当ですか!?」
リバティは猫耳を「凄い」と言われたことは何度もあったが、「似合ってる」と言われるのは少なかった。すると、ロッドが言った「可愛いね」も猫耳にではなく、猫耳をした自分に言ったのだと思えてきた。
「ありがとうございます!」
リバティは感激の涙を流しそうになった。
「私も猫耳になろうかな? 似合うかしら?」
笑いかけるペルタを見つめて、リバティは想像してみた。もしも黒い猫耳だったら、黒豹の方がイメージに近いかもしれないと思った。ペルタに黒豹の要素が加われば、とても太刀打ちできないと思った。
「ライバルが増えるのは困ります⋯⋯」
ペルタは嬉しそうに笑った。
「慎重に考えるわ。猫耳になると、王子様も興味津々かしら?」
「さっきロッド王子様と少し遊べました」
「ロッド君と遊んだの? 凄いじゃない! 私だって遊んだことないのに」
羨ましそうなペルタに、リバティは驚いた。
「よく、一緒に居ますよね?」
「ロッド君は素っ気ないから⋯⋯シュヴァルツ様に弟子入りさせてから、磨きがかかったみたい」
「ペルタさんが弟子入りさせたんですか?」
リバティは驚きの目を向けた。
「ロッド君が森をさ迷っていたから、シュヴァルツ様のお城に連れていったの。カーム様のところと迷ったんだけど、シュヴァルツ様はあの頃とじ込もっていたから、元気になるきっかけになればと思って」
ペルタの優しさに、リバティは尊敬の目を向けた。
「そして、それを知ったシュヴァルツ様が『ペルタ、お前のおかげで元気になった。結婚しよう!』と言ってくれる日を待ってるんだけどなかなか⋯⋯」
ペルタは難しい顔で腕を組んだ。
「自分で言うのは違うし、セバスチャンに頼むと事務的になりそうだし、ロッド君は言うこと聞かないし」
「ロッド王子様を利用しないでください」
リバティは打算的な魂胆に抗議した。
「利用というか! ロッド君は安住の地を見つけたし、シュヴァルツ様は元気になったし、私は上手く行けば結婚できるし、一石三鳥じゃない!?」
リバティはツンとそっぽを向いたが、ペルタの慌て振りに顔を向けた。
「そんなに上手く行くでしょうか?」
「一石二鳥までは上手く行ったけど、三鳥は欲張りだったわね」
ガックリするペルタを、リバティは猫の手で撫でて慰めた。ペルタは肉球を揉ませてもらって、少し回復した。
それから、ふたりはオトギの国の冒険の話をした。そして、互いに励まし合って別れた。
リバティは充足感に満ちて、離れたベンチで待つルイスの元に向かった。ルイスは立ち上がって、リバティを迎えた。
「ルイス君、ありがとう」
リバティの笑顔に、ルイスも笑顔を返した。
「おかげで、ペルタさんと話せて、猫耳の自分に自信が持てた! これから、ペルタさんを見習っていくわ」
恐れていた言葉に、ルイスは顔を曇らせた。
「ペルタさんを見習うのはどうかな」
ルイスは深刻な声で言った。
リバティはペルタが大勢の王子様とお近づきなことに圧倒されていたが、ルイスの顔を見て、ペルタの打算的なところがよぎって不安になった。
「えっ? だって、ペルタさんを見習えば、王子様ともっとお近づきに」
「お近づきになれるけど、フラれるよ」
ガアンと音がするようなショックが、リバティを襲った。ルイスの真顔は、その目で見たことを物語っていた。
「ルイス君、ありがとう」
リバティはフラフラしながら、止めてくれた礼を言った。
「ペルタさんを真似するのは、やめておくわ」
「リバティさんはリバティさんらしくが、いいと思うよ」
ルイスは笑顔に戻って言った。
「うん! 自然体ね!」
リバティの会心の笑顔にルイスは喜び、力強くうなずいた。
♢♢♢♢♢♢♢
数日後、客間でテーブルに頬杖をついてペルタが言った。
「猫耳のリバティちゃんが、私を見習いたいって言ってくれてたのに、全然来ないわ」
「見習いたい? どこをだ?」
奥に座るアンドリューがピクリと眉を動かして、ペルタを見た。
「さあね。どこもかしこもかしら?」
ペルタは片手で髪をなびかせた。
「遠慮してるのかしら?」
ペルタは立って扉に向かった。
「あ、待って」
ルイスは急いで立ち上がった。
「遠慮してるんじゃないと思うな。僕が」
「ルイス君が?」
「ペルタさんを見習うと、王子様にフラれるよって言ったんだ」
がく然と自分を見るペルタに、ルイスは動揺した。アンドリューがフッと笑った。
「私は⋯⋯フラれていない⋯⋯」
ペルタはガクリと膝をつくと、虫の息で言った。
「ルイス、本当のことでも、女性を傷つけること言っていいと思ってるのか?」
長イスで本を読んでいたロッドが言った。
「本当のこと?」
ペルタはがく然とロッドを見た。膝がガクガクして立てなかった。
ふたりのやりとりに笑いそうなロッドが、真面目な顔で咎めてきたので、ルイスはさらに動揺した。
「王子として失格だな。塔に行けよ」
「なっ? お仕置きの塔に? 二度までも!」
ルイスもガックリと片膝をついた。
優等生なルイスの失敗に、ロッドはお仕置きの塔に幽閉された溜飲を下げた。
復活した怒れるペルタとニヤリとするロッドに取り囲まれたが、ルイスは抵抗せず、前後をふたりに挟まれて塔に連行された。
アンドリューがそれを悲しげに見送った。




