第104話 自然体で行けるとこまで行こう
城の端にある塔の一室に、シュヴァルツはロッドを押し込んだ。シュヴァルツはこの城の住人ではないが、城の主カーム王子からの信頼が厚いため、簡単に幽閉部屋の鍵を手に入れていた。
ロッドは観念して、部屋の中を見回した。石作りの暗い牢獄を想像していたが、木の床としゃれた壁紙の清潔な部屋だった。しかし、城の部屋と比べると質素で狭かった。
ずっと居るのは退屈だろうなと思ったが、家具は小さなテーブルとイスしかなく、ここで夜を過ごす心配はなさそうだった。
「なんだ、普通の部屋だね」
ロッドはほっとして、茶色い革製の一人かけソファーに座った。
「どれくらい居ればいいの?」
多少気の抜けた座り方のロッドを、シュヴァルツはにらみ下ろした。
「一時間」
「長いよ」
ロッドは即座ににらみ返した。
「王子のためになる本を持ってこよう」
「ゲーム⋯⋯」
ロッドは即座に言った。
「カードゲームじゃないよ。これくらいの」
「知っている。ゲームなしで二時間にするぞ」
シュヴァルツは扉に向い、冷たく背を向けた。
「そんなに怒らないでくださいよ」
ロッドは平静な態度のまま言った。
「俺はまだ、女の人の触り方を教わってないんですよ」
「触り方!?」
ロッドのストレートな言い方に、振り返ったシュヴァルツは腰が抜けそうになり、目眩さえした。
「あ、接し方って言うんでしたっけ?」
自分の動揺振りに笑うロッドを、シュヴァルツは忌々しくにらんだ。
「一時間しっかり反省するのだ。接し方については、近日カーム王子の授業を受けろ」
バタンと無情に扉が閉じられたので、ロッドはため息をついて立ち上がり、窓から庭を眺めた。残念なことに、人は見当たらなかった。窓に細いが鉄格子があるのが、唯一牢屋っぽいと思った。
「幽閉された王子か」
ロッドは他人事のように呟くと、しばしの幽閉体験としゃれこむことにした。
◇◇◇◇◇◇◇
その頃、ロッドから逃げ出したリバティは、とぼとぼと廊下をさ迷っていた。
「一番肝心なところで、逃げ出してしまった」
気を取り直して、ロッドとの触れあいを思い返した。
耳やしっぽを引っ張るロッドは、町の少年達と変わらなかった。全力かけっこも、女の子扱いされているとは思えず、リバティはがっかりした。
しかし、木にタッチして振り返った、ロッドのさわやかな笑顔が甦ると、これが青春だと確信した。一生の思い出になったのは間違いなかった。
それだけに、肝心なところで逃げたことを後悔した。リバティは猫の部分にしか自信がなく、ロッドがまた猫の自分に興味を持つのを待つしかなかった。
「こんな時、こんな時あの人なら」
リバティが呟いた時、前からルイスが歩いてきた。王子見習いのルイスは真面目な感じで優しく、リバティは好感を持っていた。
リバティはとっさに耳としっぽを引っ込めた。
こんにちはと挨拶を交わした後、ルイスはリバティを見つめた。
「猫耳さん、でしたよね?」
リバティは笑顔でうなずいて、すぐに肩を落とした。
「やっぱり、猫耳がないとわからないわよね」
「ごめんなさい。えっと、お名前は」
ルイスはわからずに、さらに慌てた。
「まだ名前を言ってなかったね。リバティです」
「リバティさん、ルイスです」
ふたりは笑顔を交わした。
「ルイス君、私、貴方の護衛の勇者様、ペルタさんのようになりたいな」
「ペルタさん? どうして!?」
リバティの突然の告白に、ルイスは驚愕した。
「ペルタさんは王子様達と仲良しだもん。王子様と普通に話せるなんて凄い! 王子様もペルタさんにだけ、特別に話しかけたりして⋯⋯」
確かにそういう面では、羨ましがられて当然だなとルイスは納得した。
「リバティさんだって」
「猫耳一辺倒の私じゃとても」
シュヴァルツ王子様は猫扱いしてくれそうにないし、ロッド王子様もいつ振り向いてくれるかわからなかった。
「だからって、ペルタさんのようにならなくても⋯⋯」
しょんぼりしているリバティに、ルイスは危機感を持って言った。
「自分らしく、自然体が一番だよ」
ルイスはカームがテオドールに言ったアドバイスを思い出して言った。
「自然体」
リバティには今の自分と猫耳の自分、どちらが自然体かわからなかった。
頬に両手を当てて悩むリバティにルイスも困った。
カームと同じことを言ったのに、今の自分では上手くいかなくて悲しかったが、それだけに他の方法を提案したくなった。
「ペルタさんに、相談してみようか?」
ルイスは自分の打開策に内心ひやひやしだしたが、リバティは顔を上げて笑顔になった。
◇◇◇◇◇◇◇
一方、ペルタは自室の机に向かい、革表紙の小さなメモ帳を開いていた。メモ帳には冒険の中で必要だと感じた知識、そして、魔女に教えてもらったり、自分で集めたりした魔法の薬の作り方が書き留めてあった。ペルタは難しい顔で、内容を確認していった。
「次はどんな薬を試そうかしら? 子どもに戻る薬がいいんだけど」
子どもに戻った王子様達はさぞ可愛いだろうと、ペルタは窓の外の大空に夢想した。自分も子どもに戻って純粋に仲良くなれれば、大人に戻った時は恋人になれるかもしれないと思った。
しかし、薬の材料に七つの草花が必要なのに、ひとつだけわからなかった。
「惚れ薬を禁止されたのは、痛いわね」
ルイスに止められなければ確実に使って、王子様を弄ぶどころか、結婚式くらい挙げていたはずだと思った。
「なんてことを考えるの! ダメよ!」
ペルタは頭を抱えて、自分は本当に魔女に向いているのでは? と恐怖に震えた。
童話の女王様が実は魔女だったりするのは、自分のような女が、無理矢理王子様と結婚したからではないかと思った。
「魔女になんてなりたくないっ、助けて王子様!⋯⋯だけど、子どもに戻って仲良くなるのは純粋さに満ちてる! 問題ないわよ⋯⋯」
魔法の薬の誘惑は振り払えなかった。王子様が集まるこの城に居る間に、なんとか結果を出したかった。
ペルタは無理にニヤリと笑った。
「せっかく、王子様の城に居るのよ? 修道女のようにおしとやかに暮らしてどうするの?」
呟いた時、扉がノックされた。返事をすると、同室の修道女めいたおしとやかさと厳格さのある娘、ユメミヤが入って来た。
「お邪魔でしたか?」
急いでメモ帳を閉じたペルタに、ユメミヤが聞いた。
「ううん。今後の予定を確認していただけ。もう終わったわ」
ペルタは笑顔で答えると、扉に向かった。
「ちょっと、庭を散歩してくるわね」
「いってらっしゃい」
ユメミヤはなにも気にせず笑顔だったが、自分の企みを知れば怒るだろうと、ペルタは逃げ出したのだった。
そんなこんなで廊下をさ迷うペルタを、ルイスとリバティが見つけた。




