第103話 猫姫と王子様?
美しいカーム王子の美しい庭は、晴れ渡った空も相まって楽園のようだった。そんな庭を猫みみを生やした娘リバティが散歩していた。
「ねぇ、猫娘さん」
「はい⋯⋯!?」
リバティが振り向くと、ロッド王子が笑いかけていた。突然の王子様の出現に、リバティは猫らしい余裕を失った。
ロッド王子にお近づきになるのは初めてだった。リバティは無意識に黒いゴシックワンピースの裾を直した。
ロッドは艶のある黒髪をセンターパートに整えて、血色のない白い肌に、切れ長の灰色の瞳と通った鼻筋、形のいい唇を好奇心に笑わせていた。スラリとした体に黒い襟付きシャツと灰色のベストとズボンに革靴をキチンと身に着けている。
しばし、ぼう然と見とれていたリバティは、ロッドの背後の薔薇の木のそばに、シュヴァルツ王子も見つけてさらに緊張した。
シュヴァルツの方は猫耳娘とロッドを見て、微笑ましいと微笑み、薔薇に目を戻した。
「その猫の耳、本物?」
「はい……」
リバティは胸のドキドキに息も苦しく、なんとか笑顔で返事をした。
ロッドは同い年くらいに見えたが、余裕の笑みを向けてくる王子様は自分よりずっと大人に見えた。
「触っていい?」
リバティは気絶しそうになって、返事ができず、なんとかうなずいた。
ロッドはすぐに目の前に来て、黒い猫耳を両手でつまんで、クイクイッと引っ張った。
「へぇ、猫と同じだ」
ロッドは興味深く引っ張り続けた。
リバティは王子様らしく優しく触ってもらえると思っていたが、ロッドは子どものように遠慮がなく、耳には刺激が強かった。リバティは目を閉じて、とにかく身を任せた。
「可愛いね」
ロッドはニヤリとして言ってのけた。
目の前で言われたリバティの全身は衝撃に包まれた。猫耳になって、本当によかったと思った。
「しっぽも触っていい?」
「はい」
ロッドは素早くしっぽを掴んで、クイクイッと引っ張った。触るというより、引っ張るというのが正解だった。
まるで、引っこ抜けるか試しているように遠慮がなかった。
「ロッド、そんなに無遠慮に触れてはいけない」
気弱な娘とイタズラ少年を見かねたシュヴァルツが止めに入った。
シュヴァルツまで近づいて来て、リバティの心臓は運動過多で壊れそうだった。
「触っていいか聞いたよ」
ロッドは少し反抗的な目でシュヴァルツを見た。
リバティの目に映るロッドとシュヴァルツは、見た目と雰囲気が似ていて並ぶと絵になった。リバティは会話するふたりをうっとりと眺めた。
「だからと、無遠慮に触れていいわけではない」
ロッドは反抗的な目つきのままだが、しっぽを離して両手を後ろに組んだ。
リバティはシュヴァルツの優しさに感謝しつつも、これで王子様との触れあいは終わりかと少しがっかりした。
「ねぇ、走れる?」
しかし、ロッドはまたリバティに笑いかけた。
「え?」
「猫みたいにさ。猫ってすばしっこいだろ? 競争しようよ」
「猫扱いしてはいけない」
シュヴァルツの目がすわってきて、ロッドは少し慌てた。
一方リバティは、王子様に猫扱いされるとは、願ってもないと興奮してきた。
「だって、猫の耳としっぽが生えてるからさ。嫌だったら、いいんだ」
少し寂しげな笑みを見せるロッドに、リバティは急いで首を振って否定した。
「走ります! 私、走るのは自信あるんです!」
「へぇ、楽しみだね」
力強いリバティの金色の瞳に、ロッドも自信を覗かせる瞳を向けた。
「じゃあ、あの木まで」
ロッドは広い芝生の向こうにある、立派な木を指差した。
「全力でね」
「わかりました⋯⋯猫みたいに走りますが、笑わないでください」
「笑わないよ」
ロッドは即答した。
リバティは興味津々な様子のシュヴァルツを伺った。
「一生懸命走る人を、笑ったりなどしない」
シュヴァルツも生真面目な顔で約束した。
リバティは安心して、真剣な顔になり、手を猫に変えた。
ロッドとリバティは横に並ぶと、シュヴァルツのスタートの掛け声で走り出した。
リバティは最初は二足で全力で走り、ロッドと並んでいた。ロッドが楽しそうな、余裕の笑みを見せたので、猫走りで全力を出した。
ロッドの姿はすぐにリバティの視界から消えた。ゴールの木がどんどん近づいてきて、リバティが勝ちを確信して二足走りに戻り、木に手を伸ばした時、木の前に突然ロッドが現れた。
「危なかった。負けるかと思ったよ」
木にタッチしたロッドは振り返って、立ち尽くすリバティに笑いかけた。
シュヴァルツがやって来て、満足そうに拍手した。
「いつの間に?」
リバティは驚きと負けたショックを感じた。
「俺は、奇石の力で、凄いスピードで走れるんだ。だから、自信はあったけど、動物に勝てて嬉しいよ」
「動物!?」
ガァンと音がしそうなショックが、リバティを襲った。
「ロッド! 仕置きの塔に放り込むぞ」
シュヴァルツがお仕置きの搭を顎で示した。
「勘弁してよ」
ロッドは弱ってリバティの顔を伺った。
「いいんです! 動物じゃなくて、猫扱いですよね? 猫扱いされて嬉しいですから!」
リバティの思っていた猫扱いとは違ったが、全力で応えることができて本望だった。
「よかった」
ロッドはほっとした。
「ならさ、猫じゃらしなんかも、嬉しいの?」
余裕を取り戻したロッドがニヤリとした。
リバティにはそれこそ待ってましただが、顔が赤くなるのを感じて両手で顔を隠した。しかし、それだけでは恥ずかしさを抑えきれず、ロッドから逃げるように走り出した。
「搭へ連行する。抵抗するな」
走り去るリバティを見届けたシュヴァルツは、ロッドの肩を容赦なく掴んだ。
「遊び心がないの?」
肩を引っ張られながら、ロッドは抗議の目をシュヴァルツに向けた。
「遊び心はある。お前達のやりとりも、若者としては問題ないが」
シュヴァルツは鋭い視線をロッドに向けた。
「王子としては失格だ」
ロッドは大人しく、塔に連行された。




