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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第5章

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第101話 禁じられた方法

 夜明けの薄暗い時刻に、ルイスは吹きつける風に目を覚ました。柔らかい風が少し開いた窓から吹き込んでいて、ルイスは起きて窓を閉めて、ふと外を見た。

 外は部屋より明るく、窓からはハーブを植えた花壇が見える。そこに、黒いローブにフードを被った何者かが、背を向けてしゃがみ込んでいた。


「魔女?」


 後ろ姿から見当をつけたルイスは、壁に体を隠した。

 二階のこの部屋からでは、相手に気づかれる危険があった。ルイスが息を潜めて見ていると、何者かは立ち上がり歩き出した。その手には、草花の入ったかごを抱えていた。

 フードからチラと見えた横顔はペルタに見えた。しかし、ルイスは日頃ペルタと魔女を結びつけることが多いため、思い込みかもしれないと疑った。しっかり確認する暇もなく、その者は見えなくなった。

 ルイスは行方が気になったが、バリアで守られた城に居るということは、怪しい者ではないはずだと自分を納得させてベッドに戻った。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 朝日がのぼり、朝食の席についたルイスはペルタを伺った。ペルタは何事もない様子でおはようと笑い、パンをかじっていた。アンドリューとユメミヤもいつも通りで、フードの者に繋がるような話題も出なかった。


 ルイスは朝食を済ませてから、ペルタを自分の部屋に連れて行った。


「夜明け頃、魔女みたいな格好で庭に居なかった?」


 ペルタはギクリと目を丸くした。


「見られていたのね」

「やっぱり」


 ルイスは侵入者でなかったことに、ほっとした。


「見られたからには、仕方ないわね」


 ペルタはニヤリと笑い、ルイスは身構えた。


 ペルタの豊かな長い黒髪に、ぱっちりした強気な目とツンとした鼻に赤い唇の顔立ちは、魔女のローブが似合いそうだとルイスは思った。紫のワンピースに茶色いブーツ姿も魔女のイメージに拍車をかけた。


 ペルタはスカートのポケットから、小瓶を取り出して見せた。


「これを作るための、材料を集めていたのよ」

「これは?」


 ルイスは緑の液体の入った小瓶を凝視した。


「惚れ薬よ」

「惚れ薬!? 効果あるの?」


 ルイスは小瓶を受け取り、冷静に眺めた。


「あるわよ。オトギの国に伝わる方法で作ったんだから」


 ペルタは楽しそうに答えた。


「どうして、作り方を知ってるの?」

「魔女のおばあさんに教えてもらったのよ」


 ルイスの危機感が増した。


「どんな方法で作るの?」


 ルイスは好奇心からつい質問した。


「材料はニワトコ、ハッカ、ウイキョウ、スミレ、これを夜明けに摘むのよ。ウイキョウがなかなか見つからなくて焦ったわ」

「どうして、全部城にあるの?」


 ルイスはがく然と聞いた。


「きっと女の人達が植えたのよ。女の子は、惚れ薬の誘惑には抗えないのよ」


 あきれた目を向けるルイスに、ペルタは笑いかけた。


「そして、材料を秘伝の方法で煮込むのよ」

「そこを詳しく、僕にだけ教えてほしいな」

「ルイス君たら、なにも難しくないわ。材料を全部鍋に入れて、“ホレロハレロ”と唱えながら色が出るまで煮込むの。ただし、作っているところを誰にも見られてはいけないの」

「なんだ、簡単だね」


 ルイスは改めて薬の効果を疑った。


「効果はいつまで続くの?」

「普通の薬と同じだから、一日くらいかしら?」


 一生じゃなくてよかったと、ルイスはほっとした。


「さぁ、返してちょうだい」


 ペルタが手を差し出したが、ルイスは小瓶をギュッと握った。


「ついに、禁じ手を使うんだね」


 ルイスの厳しい態度に、ペルタは一気に動揺しはじめた。


「だって、この城には王子様が沢山居るから! こんなチャンス二度とないわ」

「まさか、全員に飲ませるつもりじゃ?」


 ルイスはやりかねないと、ペルタを横目ににらんだ。ペルタはとろんとした笑みを見せた。


「⋯⋯王子様全員に惚れられたら⋯⋯そんな幸せが訪れたら、次の日は生きていないかもしれないわね」


 ペルタは力なくフッと笑った。ルイスもそうかもしれないと思った。


「その前に、全員に飲ませるには、ルイス君に協力してもらわないと」

「しないよ」


 ルイスの即答に、ペルタはガックリとした。


「じゃあ、誰に飲ませようかしら?」


 すぐに気を取り直して考えるペルタに、飲ませることを諦めさせねばと、ルイスは気を強く持った。


「ブロウ様はどうかしら? 私を師匠と頑なに思い込んでいる。目を覚まさせてあげなくちゃね」

「手伝わないよ」

「くっ」


 笑いかけてくるペルタに、ルイスはキッパリと言った。


「王子様とふたりきりでお茶できるように、ルイス君に手伝ってもらいたかったのに。いいわ、ひとりでなんとかするわ」

「くっ」


 ペルタは断固とした態度で小瓶を取り返した。ルイスは仲間を呼びに行こうにも、ペルタが扉の前に居て動けなかった。


「シュヴァルツ様はどうかしら?」


 ペルタは懲りずにルイスに笑いかけた。


「普段ツンツンしてるクールな方ほど、惚れた相手にだけは優しいのよね」


 キラキラした遠い目をするペルタを、ルイスは冷静に眺めた。


「女の人の、都合のいい妄想だね」


 ルイスの辛辣(しんらつ)な意見に、ペルタは動揺したがすぐにキッとした目を向けた。


「いいえ、これは恋愛界の常識よ。定説というのかしら?」

「定説ですか?」


 ルイスは両手を後ろに組んで、改まった態度で疑いの目を向けた。


「これで、確かめることができるわ」


 ペルタは小瓶を胸の前にかざして笑った。


「凄い誘惑だ……っ」


 ルイスは歯をくいしばって誘惑に耐えた。王子達を魔女から守る使命感に燃えていた。


「ロッド君も、同じように興味深いわね」


 ペルタに夢中になっているロッドを見たら、笑ってしまうなとルイスは笑いをこらえた。


「博愛主義のカーム様も、ひとりの女に夢中になった姿が見たいわ」

「バレて怒られても知らないよ。優しい人ほど怒ったら恐いのも定説だよ」


 ペルタは大いにたじろいだ。


「じゃあ、バレても怒らない王子様、ファルシオン様かしら? 本気になったらどうなるか、想像できない方よね」


 ペルタと一緒にルイスも天井を見上げたが、確かに想像できなかった。


「テオドール様も、手が届きそうで届かないのよね」

「ふたりでお茶するのも、難易度が高そうだね」

「うぅ」


 悲しげな顔になったペルタに、手を差しのべそうになるのを、ルイスは心を鬼にして止めた。


「ゲオルグ様は⋯⋯どうしようかしら?」

「ん?」

「惚れ薬を飲ませていい方には思えないわ」


 ペルタをためらわせるとは、さすが僕の剣の師匠だなと、ルイスは目を閉じてうなずいた。


「王子様になろうと日々奮闘なさっているゲオルグ様を、(もてあそ)ぶような真似はね」

「弄ぶつもりで、惚れ薬を飲ませようとしてるんだ?」


 ルイスの白い目に、ペルタはまた大いに動揺した。


「弄ぶというか! 王子様達の方が、私を弄んでいると思わない? 私の本気の心を翻弄して、アプローチから逃げてかわして、弄んでいると思わない?」


 ペルタは前のめりにルイスに迫った。


「思わないなぁ。みんな、真剣に逃げてかわしてると思うよ。だって、ペルたんは怒らせると、魔女になる危険があるからね。弄ぶなんて恐くてできないよ」


 歯をむき出して自分をにらむペルタに、ルイスはしまったと思った。


「なんですって?」


 ペルタは猛獣が襲いかかるように爪を見せた。ルイスは必死に防御の型をとった。


「魔女になったら、王子様はひとりも逃がさないわ。もちろん、ルイス君もね」


 ペルタはフンと体を背けた。ルイスは未来の危機に恐怖しながらも、目の前の危機もなんとかしなければならなかった。


「ペルたん、王子様を、いや、誰も弄んじゃいけないよ。惚れ薬なんて、使っちゃいけないんだ」


 悲しげに訴えるルイスに、ペルタは猛獣が大人しくなるようにしゅんとなった。


「それに、薬を使った後のことを考えた方がいいよ」

「バレても怒らないのは、やっぱり、ブロウ様かファルシオン様かしら?」

「人選を慎重にするんじゃなくて、諦めようよ⋯⋯」


 ルイスは脱力しつつ、仕方なく乗っかることにして、キッとして言った。


「シュヴァルツさんは、凄く怒るよきっと。許してくれないかもね」


 冷静なルイスが言うだけに、ペルタは全身を震わせた。


「ロッドもあきれるだろうね。二度と、近づかなくなるんじゃないかな?」


 ペルタはガクガク震え続けた。


「アンドリューさんにも怒られるよ」

「それは慣れてるけどぉ」


 ペルタは少し復活して言ってのけた。


「ユメミヤにも怒られるわね」


 ペルタは肩を落として、フウと息をついた。


「諦めるわ。一番怒っているのは、ルイス君だもんね」


 ルイスは笑顔でうなずいた。


「それに、これは効果がないわ。ルイス君に材料集めを見られてしまったものね」


 ペルタは小瓶を目の前にかざして眺めた。


「そっか、よかった」

「ルイス君に見られるとは、他の人ならやり直すところなのにな」

「やり直したら、許さないよ」

「はい」


 腕を組んで釘をさすルイスに、ペルタは頭をさげた。


 ルイスは王子達を守れてほっとした。


「正当な方法なら、いつでも協力するよ」


 まだしゅんとしているペルタに、ルイスはニッコリとした。


「ありがとう!」

「他の人に、作り方を教えたらダメだよ」

「⋯⋯わかりました」


 ペルタはしぶしぶ答えて出て行った。ルイスはこの先、ペルタが禁じ手を使わずにすむように祈った。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 その日の午後、ルイスは惚れ薬の材料が気になり庭に出た。本を片手に熱心に庭を探索するルイスに、シュヴァルツが声をかけてきた。

 ルイスはペルタが怒られるだけだと思い、誰にも言わなかったが、シュヴァルツにだけペルタと惚れ薬のことを話した。


「ウイキョウがまだ残っていたか」


 シュヴァルツが顔を青白くした。


「えっ?」

「惚れ薬の材料が全て、この庭に揃っていることが気になってな。カーム王子に断って、ウイキョウだけ持ち帰っていたのだ」

「そうだったんですか」


 さすが、花に詳しいシュヴァルツさんは頼りになるなと、ルイスは感動した。

 ふたりは広い庭をウイキョウを探して歩いたが、見つからなかった。


「今回使ったのが、最後だったようだな」

「また見つけたら、持って帰ってあげてください」

「喜んで。全く、女性達には困ったものだな。薬に頼るなど」


 ご立腹のシュヴァルツに、ルイスはペルタを止められてよかったと思った。


「シュヴァルツさんは、どうして、材料を知っているんですか?」

「オトギの国で手に入れた植物の本に載っていたのだ。偶然だ。決して、自分で使ったことはない。これからもない」

「シュヴァルツさんが、使う必要はないですよね」

「ルイスもな」


 ルイスは喜んで笑顔を返した。


「心配なのは、女性達だな。特に⋯⋯これからも、見張りを頼む」

「かしこまりました」


 ルイスは(うやうや)しく、片手を胸に当てた。

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