第97話 アレス王子再び
暖かく晴れた日、ルイスは仲間とロッド王子、シュヴァルツ王子、ブロウ王子、タリスマンと客間のテーブルを囲んで談笑していた。
そこへ、扉がノックされて執事のセバスチャンが現れた。
「皆様、本日午後より、アレス王子様がいらっしゃいます」
ルイスは一瞬心臓が止って、全身が総毛立つのを感じた。アンドリューとペルタがそんなルイスに素早く目をやり、顔をこわばらせた。
「その間は、お部屋にお控えくださいますよう、お願いいたします」
「なぜ、アレス王子がいらっしゃるのですか?」
ルイスは立って強い口調で聞いた。アレス王子にぶたれた頬がうずきだした。
そんなルイスの態度に一同が驚き、セバスチャンはためらいがちに答えた。
「この城を明け渡してほしいと、交渉にいらっしゃるのです」
ルイスはじめ、一同が言葉を失ってセバスチャンを見た。セバスチャンはその視線から逃れるようにお辞儀すると出ていった。
重い沈黙が客間を暗くした。
「あの、アレス王子様とは?」
ユメミヤが不安な顔で隣のルイスに聞いた。
「⋯⋯アレス王子様は、クロニクルのお城に住んでいる王子様で」
ルイスは急いで心を落ち着かせて、穏やかに説明した。
「生まれながらの王子様でね」
ブロウが引き継いだ。
「我はまだ会っていないぞ、同じ城に住んでいるのに、ブロウ王子様に止められてな」
タリスマンが向かいのブロウを見た。
「無理に会う必要はないと思ってね⋯⋯」
ブロウは笑って誤魔化した。すると、ロッドがタリスマンを見て言った。
「タリスマンさんと、アレス王子。相性が悪いと思うよ」
ロッドは少し冷たい目つきで続けた。
「前にアレス王子に挨拶に行ったけど、プライド高そうでさ。このお城も、手に入れなきゃ気が済まないんじゃないの?」
ロッドを挨拶に連れて行ったシュヴァルツが、反抗的な態度にため息を押し殺した。
「アレス王子は、このまま王子でいるつもりはないらしい。この国の、王になろうとしているのだ」
「なるほど! それで、我と会わせたくなかったのだな?」
シュヴァルツの説明に、タリスマンがブロウを見た。ブロウは苦笑いでうなずいた。
「生まれつきの王子様で、プライドが高いか。先に、王様になってもらおう」
タリスマンが腕を組んで、泣く泣く言った。
「僕は、アレス王子が王になるのは反対です! この城を手に入れるのも!」
ルイスはテーブルを叩かんばかりの勢いで言った。
一同が驚いて、怒り顔のルイスを見た。
「私が! 元はと言えば、私が!」
ペルタがたまらず、ハンカチを顔に当ててうつ向いた。一同が、やらかしたかと言いたげな顔でペルタを見つめた。
「アレス王子が、ペルタさんの奇石を目当てに呼び出したんです。僕がついて行って、そこで」
ルイスは全てを話すのはためらった。頬を打たれたことを言いたくなかった。しかし、一同は沈黙して、ルイスの次の言葉を待っていた。
「そこで僕は、アレス王子が王になるのは反対だと言いました」
ルイスは立ち上がって、それだけ言った。一同は、なぜ?と言いたげにルイスを見つめた。
「だけど、僕が反対したからって、王になるのは止められませんよね?」
自分を見つめるブロウとシュヴァルツにルイスは聞いた。ふたりは答えず少しうつ向いた。
「⋯⋯王子様の勉強をしてきます」
ロッドも立ち上がった。
「アッ、アレス王子が来る前に、ここに戻るんだぞ!」
アンドリューが必死に片手を伸ばした。ルイスはうなずいてロッドと客間を出た。
♢♢♢♢♢♢♢
城内はすでに人の気配がなかった。ふたりが城の中央にある吹き抜けの階段から見回すと、下の階の階段に、城に住まう王子達が座り込んでいた。ふたりはそっと階段を降りて、彼らの後ろに近づいた。
「ああ、ふたりとも。アレス王子が来ること、どうして来るのかも聞いたんだね」
振り向いたファルシオンが力なく呟いた。
「はい。ファルシオンさん達も聞いたんですね」
「どうなっても、僕はカームさんについて行くよ」
ファルシオンはまっすぐ前を見て言った。
「そうだな。城はどこでも問題ない。今と変わらない暮らしをしよう」
ファルシオンの隣に座るゲオルグが言った。
「カームさんが心配です。こんなことで、心を痛めることになるとは」
ゲオルグの横に立つテオドールが、悲痛な顔で言った。
ルイスとロッドは顔を見合わせると、そっと階段を登った。そのまま勉強部屋に入り、勉強机を挟んで座った。
「みんな、アレス王子が生まれつきの王子だからって、なんていうか⋯⋯」
ルイスは窓の外をにらんだ。
ロッドも浮かない目を向けて続きを言った。
「ビビってる」
「それだよ。ビビってるなんてもんじゃない。もう負けてるみたいな顔してる。諦めムードもいいとこだ」
「お前は、ただで負けるのは気にくわないよな」
「⋯⋯うん」
「好戦的な王子様なんて、どうかと思うぜ。王子なら自分が負けても、平和を取らないとな」
ルイスは驚愕して、ロッドを見返した。
「ロッド、いつの間にか、身も心も王子様になってるよ!」
「ま、俺もお前と一緒に、真面目に勉強してたってわけだ」
ロッドは可笑しそうに答えた。
「そうだね⋯⋯」
ルイスは視線をそらせて、しばし苦悩した。
「だけど、ロッド、僕はアレス王子に頬を殴られたんだ。その上、城を取られるなんて嫌だよ」
「なんで、殴られたんだ?」
ロッドはルイスの頬をまじまじと見た。
「アレス王子の部屋から出て、階段を降りる時、ペルタさんがこけたんだ。それを見てアレス王子は笑いながら階段を降りてきたから、ペルタさんを庇おうとしたら、邪魔だと言わんばかりに!」
ルイスは人をぶつ真似をして見せた。
「そんなヤツ、許せないだろう」
ロッドの真剣な目を見て聞いた。
「本当は、殴り返してお終りにしたいよ。あんなヤツとは何度も会いたくないからね。だけど、それができない⋯⋯アレス王子は触ったものを無力化させるんだ」
ロッドはフムとうなずいた。
「だから、回りくどいことをしなくちゃいけないんだ。例えば、対話とかかな?」
「聞く耳を持つかな? 殴らずに回りくどい解決か。大人のすることだな。大人に任せた方がよくないか?」
「大人には任せられない。みんなビビってるからね」
ロッドは自分の言ったことだけに、反論できず苦笑いするしかなかった。
「もしかして今日、対話をするのか?」
「うん、諦めてもらうように頼むんだ」
「⋯⋯頼んで諦めてくれるとは、思えないぜ」
「なにがなんでも、諦めてもらうんだ」
空をにらむルイスを、ロッドは心配そうに見つめた。
「ルイス、ビビってると思われたくないけど、王子様同士、争うのはよくないと思うぜ」
「⋯⋯ロッドはもう王子様だ。アレス王子と下手に関わらない方がいいよ。僕はまだ、王子様じゃない。僕ひとりで頼みに行くよ」
ルイスはロッドに優しく笑いかけた。
「どうなるかわらかないけど、王子様になれなくなってもいいよ。そうしたら、ドラゴンとひっそり暮らす。キャロルもわかってくれると思う」
ロッドは驚きを越えて、ニヤリと笑った。
「キャロルとは、もう夫婦みたいだな」
ルイスは照れて笑った。
勉強部屋を出たルイスは、自分の部屋に行って前回のアレス王子の件でペルタからもらった、ドラゴンのブローチを左胸につけた。武器の代わりだった。
客間に戻るとルイスは一同を前に、
「アレス王子に城を諦めてもらうように頼んできます」
と告げた。
「少年のデスペレートさには、驚かされるな」
シュヴァルツが少し悲しげに深く息をついた。
「僕みたいなヤツは危ないから付き合うなって、ロッドに言ったりしませんか?」
ルイスは心配を隠せずに聞いて、ロッドもシュヴァルツを見つめた。
「お前のような勇敢な者は嫌いじゃない。心配するな」
シュヴァルツは可笑しそうに答えて、ルイスとロッドはほっと笑顔を交わした。
「僕がついて行こうか?」
「我もついて行って、いざという時は目潰しをして、逃げる隙を作ってやろうか?」
「ありがとうございます! だけど、僕ひとりで」
身を乗り出したブロウとタリスマンに、ルイスは慌てて言った。
「⋯⋯こういう時は、快く見送るべきか」
ブロウとタリスマンはイスに身を預けた。
「頼むだけだぞ! 決して、それ以上のことは」
アンドリューがルイスに片手を伸ばした。
「わかってる。行って来ます」
ルイスは笑顔で客間を出た。
廊下を行くルイスに、ペルタとユメミヤが追いすがってきた。
「ルイス君! 私も一緒に行きます!」
ユメミヤが全身に力を込めて訴えた。
「ありがとう。大丈夫、みんなと待ってて」
ルイスは優しくユメミヤの肩をおさえた。
「なら、私が! こうなったのも、元はと言えば私が」
狼狽するペルタに、ルイスは笑いかけた。
「もう気にしないで。これで決着がつけられたらいいと思ってるんだ。行ってくるよ! これがあるから大丈夫」
ルイスは胸のブローチに触れて、
「ふたりとも、無事を祈っててほしいな。じゃあ、行ってくるよ」
早足に歩を進めた。




