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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第5章

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第96話 ねこみみ姫・うさみみ女王

 いつもの平和な午後、ルイスとタリスマンは食堂でお茶の準備をしていた。

 タリスマンはお茶菓子のポテトチップスの袋を開けて、中身を銀の器に出した。


「袋はこうやって小さくして」


 タリスマンはルイスに教えながら、空の袋を丁寧に折って小さくして結んだ。


「目立たないようにして、捨てるのだぞ」

「ポテトチップスとかは、オトギの国に似合わないもんね」


 ルイスも缶からジュースをグラスに出して、空の缶をなるべく小さく潰した。


「外で缶ジュースを飲むのはやめとこう。ビンならいいかな」

「俺は王、お前は王子として暮らすのだ。もっとオトギの国に染まらないとな。と言っても、ポテトチップやジュースはやめられないし、せめてこれくらいはな」


 ふたりはポテトチップをつまんだ。


 食堂を出たふたりはワゴンを押して廊下を歩いた。

 そこへ、前から若い娘がひとり歩いて来て、ふたりは釘つけになった。


「こんにちは」


 ルイスはすれ違う時、思わず凝視したまま挨拶した。


 若い娘は豊かな長い黒髪に、丸顔に猫のような大きな金色の瞳、すらりとした体に黒いワンピースを着ていて、黒い猫耳が生えていた。


「こんにちは」


 猫娘は笑顔で挨拶を返した。猫耳が動いた。


 ルイスは猫娘にしっぽと黒い猫の手も確認した。タリスマンは後ろ姿をじろじろ見ていた。


「猫のお姫様なんてどうかな? ルイス君」


 猫姫はにゃんとポーズをとった。


「か、可愛いと思いますよ!」


 ルイスはのけぞりながら答え、顔が赤くなるのを感じで視線をそらせた。


「触ってみる?」


 猫姫はどこかからかうように聞いてきた。ルイスは耳を引っ張りたかったが遠慮して、手を触らせてもらった。手首から先はふわふわの毛で、触り心地抜群だったが、大きさ的には黒ヒョウだなとルイスは思った。


「くすぐったいわ」

「ごめんさない」


 肉球を無心に押していたルイスは、慌てて手を離した。


「ありがとうございました。それじゃ、また」


 ルイスはぎこちない笑顔を猫姫に向けた。猫姫は可笑しそうに去って行った。ルイスとタリスマンは後ろ姿をじっと見送った。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 ルイス達と別れた猫姫は談話室に入り、女性に囲まれているブロウ王子に近づいて行った。


「ごきげんよう。ブロウ王子様」


 猫姫の登場に、ブロウは目を見開いた。


「やぁ、ごきげんよう。猫君か。初めまして」


 周りは「出たわね。猫娘!」と言いたげな顔になった。

 そんなことは気にせず、猫姫は得意満面でズイッとブロウ王子の前に出た。ブロウは猫耳に両手を伸ばした。


「いけませんわ! 猫の耳はとっても繊細なんですから!」


 女性達がブロウの手を押さえて阻止した。今度は猫姫が周りを忌々しそうに見ると、威嚇するように爪を出して見せて、女性達はきゃっと悲鳴を上げた。


「やぁ、凄い爪だ。切った方がいいね!」


 ブロウも驚きの声を上げて、猫姫の手を両手に持ってしげしげ見た。


「猫じゃなくて、黒ヒョウだったかな?」

「猫ですっ」


 猫姫は前のめりで訂正した。


「ごめんごめん。どこまで猫っぽいのか、質問してもいいかな?」


 ブロウの繰り出す現実的な質問に、猫姫は少ししゅんとなった。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 ルイス一行の客間では、お茶が始まっていた。


「さっき、初めて猫耳の女の子に会ったよ」

「オトギの国に染まりきった見た目だったな」


 ルイスとタリスマンは口々に言って、ポテトチップをつまんだ。


「外の世界には居ないのか?」


 アンドリューの質問に、一同はうなずいた。


「普通の町じゃ、猫耳の必要がないんじゃないかな?」


 ルイスは首をかしげて言った。


「楽しくもないだろうな。普通の町じゃ」


 タリスマンが言った。一同は長すぎる髪に白い衣と個性的な姿のタリスマンを、楽しそうだなと見つめた。


「楽しいかはともかく、猫耳はこの国でなら必要かもな。猫は耳がいい、猫の身体能力を持っていれば、戦いで有利だろう。人間が猫に変身すれば、トラと変わらない強さかもな」

「女の子はそこまで考えないわよ。猫耳が可愛いから、それだけよ」


 アンドリューの生真面目な見方に、ペルタが少しあきれ顔で言った。


「それだけのために、奇石を使って猫耳になるのか?」


 アンドリューはまさかと顔をこわばらせた。


「そうよ」


 ペルタの即答に、アンドリューは絶句して腕を組んだ。


「なによ。猫耳は可愛いわよね?」


 同意を求められたユメミヤは、宙を見上げて首をかしげた。


「猫耳⋯⋯どうでしょうか? この目で見たことがありませんから」

「そっか、イクサの国には猫耳いないのね」

「イクサの国は、戦いが絶えません。猫になっている場合ではありませんから」

「そ、そうね」


 ユメミヤの厳粛な答えに、ペルタはたじろいだ。


「オトギの国でも、猫になっている場合ではないぞ」


 アンドリューがすかさず言った。


「あるわよ! オトギの国は女の子のための、メルヘンの国だということを忘れないで!」


 ペルタは両手で猫耳を作った。


「オトギの国で、何回か猫耳の女の子に会ったわ。やっぱり、可愛いわよね。私も猫耳になろうかしら?」


 ルイスはペルタの猫耳姿を想像して、猫というより、やっぱり黒ヒョウだなと思ったが言わなかった。

 アンドリューは脱力しきった顔で、じっとペルタを見ていた。


「我は、猫耳はどうかと思うぞ」


 タリスマンが隣のペルタをジロリと見た。ペルタはドキリとした顔を向けた。


「なぜですか?」

「我は猫耳はなんとも思わない。我はうさぎの耳の方がいいと思う。オトギの国で1度見たことがあるが、可愛いと思ったぞ」

「うさみみ!」


 ペルタは両手でうさ耳を作って見せた。タリスマンは満足げにうなずいた。


「うさ耳の方が、長くて目立つしな!」

「猫耳と同じくらい、可愛いし人気だし!」


 盛り上がるふたりを、三人はポテトチップをつまみながら、冷静に見ていた。


 お茶を終えたタリスマンが長イスに王のように座り、ペルタが後ろに回って、金のくしで彼の髪をとかしはじめた。


「我が王となり城を持ったあかつきには、うさ耳はいいが、猫耳は立ち入り禁止だ」


 タリスマンが不敵に言い、ペルタが笑顔でうなずいた。


 ルイスはタリスマンが城を持ったら、ハーレムを作るのではないかと直感して、ペルタと上手くいくかなと疑った。


「うさぎ人間なんぞになって、どうするのだ? うさぎは弱さの象徴のような動物だろ!」


 アンドリューが厳しい顔つきでペルタに言った。


「うさぎの耳になったら、回りの音がうるさく聞こえるんじゃないかな?」


 ルイスも本気で心配して難色を示した。そもそもペルタにうさみみは似合わないと思ったが、怒らせるだけなので言わなかった。


「なによ! 私は可愛い可愛い、うさ耳の女王となるのよ!」


 ペルタの持つ金のくしが、タリスマンの首元でギラリと光った。その上、フフフと不敵な笑い声を聞いて身の危険を感じたタリスマンは、体から閃光を放った。間近で食らったペルタは悲鳴をあげ、まばゆい閃光は客間を包んだ。


「ペル、お前にうさぎの耳は似合わない!」


 光を引っ込めたタリスマンは、恐々(こわごわ)ペルタを見て言った。


「なっ!?」

「女王になるなら、他を当たってくれ!」


 タリスマンは長イスに横になって、体を丸めて動かなくなった。


 ペルタはとぼとぼとテーブルの方に歩き、イスに座ってしゅんとなった。


「ペルたん、これで、うさ耳になる必要は完全になくなったね」

「うん……」

「それでも、うさ耳になるとおっしゃるなら、タリスマン様だけをお慕いするのですよ!」


 ユメミヤが指を突きつけんばかりに、厳しく言い聞かせた。


「くっ⋯⋯」


 ペルタは歯を食いしばり、しばらく苦悩していたが、テーブルにごぶしをぶつけた。


「私は、うさ耳にはなれない! うさぎのようには、生きられないのよ!」


 一同はやっぱりと言いたげに深くうなずいた。


「オトギの国は、強くなければ生き残れないんだから!」

「そうだ!」


 アンドリューが笑顔で珍しく同意した。


「うさぎのように生きるのは、王子様と結ばれてからよ!」


 ペルタとユメミヤは強くうなずき合った。


「王子様と結ばれたら、うさ耳になる必要ないんじゃないかな? それより、オトギの国で強く生きるには、奇石をどう使うのが一番いい?」


 ルイスは先輩住人ペルタとアンドリューに聞いた。


「我もその話題は興味があるぞ」


 タリスマンがペルタの隣に戻ってきた。


「強く生きるにはね。動物なら、トラに変身するべきかしら?」

「トラから離れろ」

「⋯⋯トラは美しいから、捕まってしまうかもね。やめとくわ」

「ドラゴンに変身してくれたら、嬉しいな」


 ルイスはペルタに期待の笑顔を向けた。


「そうね、考えとくわ!」


 ペルタは押され気味の笑顔で答えた。


「ルイス! よく考えろ。こいつがドラゴンに変身したら、なにをしでかすか」


 アンドリューが握りごぶしに力を込めた。


「ドラゴンの女王か、似合い過ぎだぞ」


 タリスマンも少し焦ったように、身をすくめた。


「あら?」

「やめろ! ⋯⋯ドラゴンに変身するのが、王子様と結婚するのに役立つかな?」


 アンドリューが冷静になって問いかけた。


「うーん、役立つかと聞かれると」


 ペルタは悩み顔で黙った。


「自分の人生に役立つことだね」


 ルイスも奇石の使い道を考えてみた。


「目をよくするのが、ドラゴンと一緒に暮らすのに役立つと思うんだ。ドラゴンは目がいいから、同じものを見たいし、背中に乗せてもらった時、高いところから物を見たり、ドラゴンのスピードに合わせて物を見る必要があるよね」

「ドラゴンに乗って戦う時、普通の目の人間より有利に戦えるだろうな」

「できれば、あんまり戦いたくはないけどね」


 ルイスが平和主義なのを知っているアンドリューは、優しい笑顔を向けた。


「凄く役立つと思うわ! 私も見習って⋯⋯普通の人のふりをした王子様、悪い魔女に姿を変えられた王子様、国中の王子様を確実に見つけ出す目がほしい!」


 ペルタが祈りのポーズで言った。


「ビックリした。奇石を使ったのかと思ったよ」


 なにも起こらないのを確認してから、ルイスはほっとした。


「見つけた後のことを考えると、もっと役立つ力があるかも?」


 ペルタが身を乗り出してルイスに笑いかけた。


「僕には思い浮かばないけどね」


 ルイスは反対に体をのけぞらせ、苦笑いで答えた。


 ペルタは三人にも笑顔を向けたが、アンドリューは仏頂面を向けるだけで、タリスマンは首をひねったまま動かなくなり、ユメミヤも天井に目を向けて考えたまま動かなくなった。


「王子様と結ばれるのは、やっぱり大変そうね」


 ペルタは深いため息をついて、これからの困難な旅を思い黙り込んだ。


「王子探しにも役立つ、やはり、瞳力(どうりょく)は人気だな」

「お前は瞳力持ちにとって、かなり手強い相手だろうな」


 アンドリューがタリスマンに笑いかけた。


「やはり、この力にして正解だった」


 光るタリスマンは満足げに笑った。


「向かうところ敵なしの力って、ないのかな?」

「それこそ、我の力だろう」

「それこそ、猫耳やうさ耳じゃない? 可愛いくて、戦う気が起きないでしょ?」


 奇石の使い道談義は尽きそうになかった。

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