第96話 ねこみみ姫・うさみみ女王
いつもの平和な午後、ルイスとタリスマンは食堂でお茶の準備をしていた。
タリスマンはお茶菓子のポテトチップスの袋を開けて、中身を銀の器に出した。
「袋はこうやって小さくして」
タリスマンはルイスに教えながら、空の袋を丁寧に折って小さくして結んだ。
「目立たないようにして、捨てるのだぞ」
「ポテトチップスとかは、オトギの国に似合わないもんね」
ルイスも缶からジュースをグラスに出して、空の缶をなるべく小さく潰した。
「外で缶ジュースを飲むのはやめとこう。ビンならいいかな」
「俺は王、お前は王子として暮らすのだ。もっとオトギの国に染まらないとな。と言っても、ポテトチップやジュースはやめられないし、せめてこれくらいはな」
ふたりはポテトチップをつまんだ。
食堂を出たふたりはワゴンを押して廊下を歩いた。
そこへ、前から若い娘がひとり歩いて来て、ふたりは釘つけになった。
「こんにちは」
ルイスはすれ違う時、思わず凝視したまま挨拶した。
若い娘は豊かな長い黒髪に、丸顔に猫のような大きな金色の瞳、すらりとした体に黒いワンピースを着ていて、黒い猫耳が生えていた。
「こんにちは」
猫娘は笑顔で挨拶を返した。猫耳が動いた。
ルイスは猫娘にしっぽと黒い猫の手も確認した。タリスマンは後ろ姿をじろじろ見ていた。
「猫のお姫様なんてどうかな? ルイス君」
猫姫はにゃんとポーズをとった。
「か、可愛いと思いますよ!」
ルイスはのけぞりながら答え、顔が赤くなるのを感じで視線をそらせた。
「触ってみる?」
猫姫はどこかからかうように聞いてきた。ルイスは耳を引っ張りたかったが遠慮して、手を触らせてもらった。手首から先はふわふわの毛で、触り心地抜群だったが、大きさ的には黒ヒョウだなとルイスは思った。
「くすぐったいわ」
「ごめんさない」
肉球を無心に押していたルイスは、慌てて手を離した。
「ありがとうございました。それじゃ、また」
ルイスはぎこちない笑顔を猫姫に向けた。猫姫は可笑しそうに去って行った。ルイスとタリスマンは後ろ姿をじっと見送った。
♢♢♢♢♢♢♢
ルイス達と別れた猫姫は談話室に入り、女性に囲まれているブロウ王子に近づいて行った。
「ごきげんよう。ブロウ王子様」
猫姫の登場に、ブロウは目を見開いた。
「やぁ、ごきげんよう。猫君か。初めまして」
周りは「出たわね。猫娘!」と言いたげな顔になった。
そんなことは気にせず、猫姫は得意満面でズイッとブロウ王子の前に出た。ブロウは猫耳に両手を伸ばした。
「いけませんわ! 猫の耳はとっても繊細なんですから!」
女性達がブロウの手を押さえて阻止した。今度は猫姫が周りを忌々しそうに見ると、威嚇するように爪を出して見せて、女性達はきゃっと悲鳴を上げた。
「やぁ、凄い爪だ。切った方がいいね!」
ブロウも驚きの声を上げて、猫姫の手を両手に持ってしげしげ見た。
「猫じゃなくて、黒ヒョウだったかな?」
「猫ですっ」
猫姫は前のめりで訂正した。
「ごめんごめん。どこまで猫っぽいのか、質問してもいいかな?」
ブロウの繰り出す現実的な質問に、猫姫は少ししゅんとなった。
♢♢♢♢♢♢♢
ルイス一行の客間では、お茶が始まっていた。
「さっき、初めて猫耳の女の子に会ったよ」
「オトギの国に染まりきった見た目だったな」
ルイスとタリスマンは口々に言って、ポテトチップをつまんだ。
「外の世界には居ないのか?」
アンドリューの質問に、一同はうなずいた。
「普通の町じゃ、猫耳の必要がないんじゃないかな?」
ルイスは首をかしげて言った。
「楽しくもないだろうな。普通の町じゃ」
タリスマンが言った。一同は長すぎる髪に白い衣と個性的な姿のタリスマンを、楽しそうだなと見つめた。
「楽しいかはともかく、猫耳はこの国でなら必要かもな。猫は耳がいい、猫の身体能力を持っていれば、戦いで有利だろう。人間が猫に変身すれば、トラと変わらない強さかもな」
「女の子はそこまで考えないわよ。猫耳が可愛いから、それだけよ」
アンドリューの生真面目な見方に、ペルタが少しあきれ顔で言った。
「それだけのために、奇石を使って猫耳になるのか?」
アンドリューはまさかと顔をこわばらせた。
「そうよ」
ペルタの即答に、アンドリューは絶句して腕を組んだ。
「なによ。猫耳は可愛いわよね?」
同意を求められたユメミヤは、宙を見上げて首をかしげた。
「猫耳⋯⋯どうでしょうか? この目で見たことがありませんから」
「そっか、イクサの国には猫耳いないのね」
「イクサの国は、戦いが絶えません。猫になっている場合ではありませんから」
「そ、そうね」
ユメミヤの厳粛な答えに、ペルタはたじろいだ。
「オトギの国でも、猫になっている場合ではないぞ」
アンドリューがすかさず言った。
「あるわよ! オトギの国は女の子のための、メルヘンの国だということを忘れないで!」
ペルタは両手で猫耳を作った。
「オトギの国で、何回か猫耳の女の子に会ったわ。やっぱり、可愛いわよね。私も猫耳になろうかしら?」
ルイスはペルタの猫耳姿を想像して、猫というより、やっぱり黒ヒョウだなと思ったが言わなかった。
アンドリューは脱力しきった顔で、じっとペルタを見ていた。
「我は、猫耳はどうかと思うぞ」
タリスマンが隣のペルタをジロリと見た。ペルタはドキリとした顔を向けた。
「なぜですか?」
「我は猫耳はなんとも思わない。我はうさぎの耳の方がいいと思う。オトギの国で1度見たことがあるが、可愛いと思ったぞ」
「うさみみ!」
ペルタは両手でうさ耳を作って見せた。タリスマンは満足げにうなずいた。
「うさ耳の方が、長くて目立つしな!」
「猫耳と同じくらい、可愛いし人気だし!」
盛り上がるふたりを、三人はポテトチップをつまみながら、冷静に見ていた。
お茶を終えたタリスマンが長イスに王のように座り、ペルタが後ろに回って、金のくしで彼の髪をとかしはじめた。
「我が王となり城を持ったあかつきには、うさ耳はいいが、猫耳は立ち入り禁止だ」
タリスマンが不敵に言い、ペルタが笑顔でうなずいた。
ルイスはタリスマンが城を持ったら、ハーレムを作るのではないかと直感して、ペルタと上手くいくかなと疑った。
「うさぎ人間なんぞになって、どうするのだ? うさぎは弱さの象徴のような動物だろ!」
アンドリューが厳しい顔つきでペルタに言った。
「うさぎの耳になったら、回りの音がうるさく聞こえるんじゃないかな?」
ルイスも本気で心配して難色を示した。そもそもペルタにうさみみは似合わないと思ったが、怒らせるだけなので言わなかった。
「なによ! 私は可愛い可愛い、うさ耳の女王となるのよ!」
ペルタの持つ金のくしが、タリスマンの首元でギラリと光った。その上、フフフと不敵な笑い声を聞いて身の危険を感じたタリスマンは、体から閃光を放った。間近で食らったペルタは悲鳴をあげ、まばゆい閃光は客間を包んだ。
「ペル、お前にうさぎの耳は似合わない!」
光を引っ込めたタリスマンは、恐々ペルタを見て言った。
「なっ!?」
「女王になるなら、他を当たってくれ!」
タリスマンは長イスに横になって、体を丸めて動かなくなった。
ペルタはとぼとぼとテーブルの方に歩き、イスに座ってしゅんとなった。
「ペルたん、これで、うさ耳になる必要は完全になくなったね」
「うん……」
「それでも、うさ耳になるとおっしゃるなら、タリスマン様だけをお慕いするのですよ!」
ユメミヤが指を突きつけんばかりに、厳しく言い聞かせた。
「くっ⋯⋯」
ペルタは歯を食いしばり、しばらく苦悩していたが、テーブルにごぶしをぶつけた。
「私は、うさ耳にはなれない! うさぎのようには、生きられないのよ!」
一同はやっぱりと言いたげに深くうなずいた。
「オトギの国は、強くなければ生き残れないんだから!」
「そうだ!」
アンドリューが笑顔で珍しく同意した。
「うさぎのように生きるのは、王子様と結ばれてからよ!」
ペルタとユメミヤは強くうなずき合った。
「王子様と結ばれたら、うさ耳になる必要ないんじゃないかな? それより、オトギの国で強く生きるには、奇石をどう使うのが一番いい?」
ルイスは先輩住人ペルタとアンドリューに聞いた。
「我もその話題は興味があるぞ」
タリスマンがペルタの隣に戻ってきた。
「強く生きるにはね。動物なら、トラに変身するべきかしら?」
「トラから離れろ」
「⋯⋯トラは美しいから、捕まってしまうかもね。やめとくわ」
「ドラゴンに変身してくれたら、嬉しいな」
ルイスはペルタに期待の笑顔を向けた。
「そうね、考えとくわ!」
ペルタは押され気味の笑顔で答えた。
「ルイス! よく考えろ。こいつがドラゴンに変身したら、なにをしでかすか」
アンドリューが握りごぶしに力を込めた。
「ドラゴンの女王か、似合い過ぎだぞ」
タリスマンも少し焦ったように、身をすくめた。
「あら?」
「やめろ! ⋯⋯ドラゴンに変身するのが、王子様と結婚するのに役立つかな?」
アンドリューが冷静になって問いかけた。
「うーん、役立つかと聞かれると」
ペルタは悩み顔で黙った。
「自分の人生に役立つことだね」
ルイスも奇石の使い道を考えてみた。
「目をよくするのが、ドラゴンと一緒に暮らすのに役立つと思うんだ。ドラゴンは目がいいから、同じものを見たいし、背中に乗せてもらった時、高いところから物を見たり、ドラゴンのスピードに合わせて物を見る必要があるよね」
「ドラゴンに乗って戦う時、普通の目の人間より有利に戦えるだろうな」
「できれば、あんまり戦いたくはないけどね」
ルイスが平和主義なのを知っているアンドリューは、優しい笑顔を向けた。
「凄く役立つと思うわ! 私も見習って⋯⋯普通の人のふりをした王子様、悪い魔女に姿を変えられた王子様、国中の王子様を確実に見つけ出す目がほしい!」
ペルタが祈りのポーズで言った。
「ビックリした。奇石を使ったのかと思ったよ」
なにも起こらないのを確認してから、ルイスはほっとした。
「見つけた後のことを考えると、もっと役立つ力があるかも?」
ペルタが身を乗り出してルイスに笑いかけた。
「僕には思い浮かばないけどね」
ルイスは反対に体をのけぞらせ、苦笑いで答えた。
ペルタは三人にも笑顔を向けたが、アンドリューは仏頂面を向けるだけで、タリスマンは首をひねったまま動かなくなり、ユメミヤも天井に目を向けて考えたまま動かなくなった。
「王子様と結ばれるのは、やっぱり大変そうね」
ペルタは深いため息をついて、これからの困難な旅を思い黙り込んだ。
「王子探しにも役立つ、やはり、瞳力は人気だな」
「お前は瞳力持ちにとって、かなり手強い相手だろうな」
アンドリューがタリスマンに笑いかけた。
「やはり、この力にして正解だった」
光るタリスマンは満足げに笑った。
「向かうところ敵なしの力って、ないのかな?」
「それこそ、我の力だろう」
「それこそ、猫耳やうさ耳じゃない? 可愛いくて、戦う気が起きないでしょ?」
奇石の使い道談義は尽きそうになかった。




