第95話 勝者は城をもらえる?
森に日が射しこみ山鳩が鳴く前に、アンドリューとタリスマンは再び道を歩いていた。
夜型のタリスマンは、眠そうに顔をしかめていた。
「もうすぐだぞ」
そんなタリスマンに、アンドリューは警告するように言った。
「こんな朝っぱらから行って、起きてるのか?」
「これからなにかしようという連中なら、朝っぱらから、やる気満々だろう」
「そうか⋯⋯?」
木々の間に城が見えたので、ふたりは息をひそめた。
ふたりは道を外れてそっと城に近づき、木の陰から城の入り口を確認した。石の城は確かにあまり大きくなく、館と言ってもよさそうだった。灰色の三角屋根の塔が両側にあり、入り口は鉄の門がついていたが、今は開いていた。
開けた城には日が射して、門の前にひとりの男が居た。アンドリュー達と歳の近い風貌で、シャツにズボンとラフな格好だが腰に剣を差していた。男は準備運動といった感じで、体を動かしていた。
「お前の言った通り、朝っぱらから、やる気満々といった男だな」
「問題は、なにをやる気かだな」
その時、黒いローブを着てフードを被ったふたりが木の陰から現れて、足早に男に近づいて行った。男はふたりの出現に驚き、すぐに両者の言い争いが始まった。
「なんだなんだ? みんな朝っぱらから元気だな。あのふたりは魔法使いか? 魔法使いは夜型じゃないのか?」
タリスマンが男達の様子を囃し立てるように言った。
男が腰の剣を抜き、仲間もふたり現れたので、ローブのふたりは素早く後退して距離をとった。
アンドリューとタリスマンも緊張した。
「厄介なことになった。ここで動きを止める」
言うやいなやアンドリューは片腕に力を込めると、投網のように電撃を放った。
にらみ合う男達とフードのふたりに、電撃は雨のように襲った。全員がこの不意討ちになすすべなく倒れた。
「全員、やってしまったのか?」
タリスマンが木にしがみついて、震える声でアンドリューに聞いた。
「いや、加減はした。合図したら来てくれ」
アンドリューは小走りに倒れた者達に近寄り、どんな人物が見ていった。
フードのふたりは10代のようで、城の男達は20代前半といった見た目だった。アンドリューは男達から先に拘束するため、縄を出して男達に向かった。
その時突然、門前に居たあの男が飛び起き、アンドリューめがけて剣を振った。アンドリューは飛びのいて避けると、ルイスから託された剣を抜いた。気絶した振りにまんまとかかったアンドリューは、にやつく男を忌々しく思う暇もなく戦った。
「城は俺達のものだ!」
男は意気揚々と宣言した。アンドリューは答える余裕もないほど、剣撃に圧倒されていた。
剣では勝てないと観念したアンドリューは、マントで体を庇いながら男に体をぶつけた。体格では勝るアンドリューに激突されて、男は後ろに弾かれた。男が剣を振れなくなった隙に、アンドリューは男の後ろから体をホールドして、のしのしとやって来るタリスマンの方へ男を向けた。
タリスマンは恐ろしく眩しい光りを全身から放った。アンドリューは男に隠れたが、光りをまともにくらった男は悲鳴を上げた。
「もっと早く来てくれ」
タリスマンの連続攻撃に膝を屈した男を拘束したまま、アンドリューは文句を言った。
「変身していたのだ」
タリスマンはコートを脱いで三つ編みをといて、いつもの白い衣姿だった。アンドリューは仏頂面になり、タリスマンは得意げに笑った。
その時、フードのひとりが体を起こした。
「よくもやったな。全員まとめて倒してやる」
少年は黒い本を開くと、ぶつぶつと呪文を呟き始めた。
しかし、復活した男の仲間が放ったエネルギー弾を避けるために、少年の詠唱は中断された。そこで、もうひとりの少年が起き上がり、仲間を攻撃した男に黒いステッキの先を向けた。
「食らえ!」
ステッキから同じようなエネルギー弾が放たれた。その横で、少年は詠唱をやり直していた。
城の男の最後のひとりも立ち上がり、攻撃した少年をにらみつけた。すると、少年は静止してしまった。次に男は詠唱する少年もにらんだ。少年はまたも詠唱を中断して硬直し、代わりに隣の少年が動けるようになった。
「瞳力というやつか!? 奇石の願いのなかでも人気なんだよなぁ。俺も迷ったぞ」
タリスマンが状況を忘れてはしゃいだ。
アンドリューは冷静に、瞳力使いに攻撃しようと腕を伸ばした。
「危ない! こっちを向け!」
アンドリューに拘束された男が危険を知らせた。
瞬時にアンドリューは動きを封じられ、拘束していた男が逃げた。
次の瞬間仲間の男のエネルギー弾とステッキの少年のエネルギー弾がぶつかりあった。巨大な閃光が消えるとすぐ瞳力男がにらみ、ステッキの少年が静止してアンドリューが動けるようになった。
アンドリューの気が立ち、体中から電流がほとばしった。
「よし! 勝った奴が城をもらえるのだ!」
タリスマンが勝手に宣言すると、両手を天に広げて光りを放った。光りは戦う者達を包み込み、城や森を照らした。
◇◇◇◇◇◇
光りから解放された者は皆、太陽を見るような顔でタリスマンを見た。
「俺が城をもらうぞ」
タリスマンが堂々と言った。少年達も男達も座り込んだまま、誰も反論しなかった。
「お前達が城を手に入れるのは、まだまだ早いようだな」
タリスマンの横でアンドリューが言った。
「はい。僕達は諦めて帰ります」
本を抱えた少年が悲しげに答えた。
「このことは、誰にも言わないでください」
ステッキの少年が力なくアンドリューに言った。アンドリューはうなずいた。
城からのびる道をすごすごと帰って行く少年達を、一同は静かに見送った。
次に男達もすぐに城から荷物を持ち出すと、アンドリューとタリスマンをしばし眺めた。
「あんた、防戦一方だったが、なかなか手強かったぜ」
剣を交えた男がアンドリューに力なく笑った。アンドリューは以外な評価に笑い返した。
男達を見えなくなるまで見送り、アンドリューとタリスマンは息をついた。
アンドリューは手にしたルイスの剣を見返して、笑顔になった。
「ルイスの剣がなければ、危うかったな」
アンドリューは剣を腰の鞘に戻した。
「ブロウ王子にもらった金は、使わずにすんだか」
タリスマンが金貨の入った袋を出して、ほっとした笑顔で見つめた。
「髪を結んでいたヒモはどうした?」
アンドリューの問いに、タリスマンは木の陰に走ると、脱ぎ捨てたコートを持って戻って来た。赤いリボンも持っていたので、アンドリューは安堵した。
「よかった。無くしたら、きっと責められただろうからな」
「だけど、ほどいてしまったぞ。三つ編みできるか?」
タリスマンはアンドリューにリボンを差し出した。
「えっ⋯⋯無理だ。適当に結んでおけ。とにかく結んでおけばいいんだ」
「そうだな」
タリスマンは適当に髪をまとめて、リボンで縛った。そして、腰に手を当てて城を見た。
「とうとう城を手に入れたか」
「城に住むのか?」
「えっ」
タリスマンは城を眺めたり辺りを見回したりして、少し考えた。
「ここは、不便そうだな?」
「近くに小さな村はあるが、大きな町は少し遠い。馬か馬車がないと不便だな」
タリスマンは城内に走りこんで、しばらくすると立ち尽くすアンドリューの元に戻ってきた。
「この城は我のイメージする荘厳さがないな。豪華で綺麗だし広いが、荘厳さがない」
タリスマンは自分とアンドリューを納得させるように念を押した。
「じゃあ、いらないんだな?」
「別荘にしようかな」
タリスマンは未練の視線を城に向けた。
「管理はどうするんだ? また、城を狙う者が来るかもしれんぞ。大人しく手放すんだな」
「手放したら、どうなるんだ?」
「国の管理下に置かれて、住むのに相応しい人を探す。居なければ、勇者が定期的に見回りして管理する」
「⋯⋯そうしてもらおう」
タリスマンはしゅんと肩を落として言った。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜城にひっそり戻り、カーム王子への報告を終えたふたりを、ルイス一行とジャスパーが客間で迎えた。
「怪我はない?」
ルイス一行は口々にふたりに聞いた。
「大丈夫、かすり傷だ」
アンドリューは剣がかすめた切り傷をうけていたが、もう痛みもなくそう答えた。
「剣が役に立ったぞ、ありがとう」
「えっ本当!?」
ルイスは思わず喜びの笑顔を見せて、アンドリューが差し出した剣を受け取った。
ジャスパーがふたりを、キラキラした目で見ていた。
「ブロウ王子様、金は使わずにすんだぞ」
「そう、ちょっとガッカリだね」
「なっ!?」
「冗談だよ、無事でよかった」
ブロウは可笑しそうに言って、タリスマンの肩を優しく叩くと笑顔を交わした。
「タリスマン様、私の結んだリボンは?」
ペルタが前に進み出て、わくわくした様に聞いた。
「途中でほどけたが、ちゃんと結んであるぞ」
タリスマンは得意げに言って、リボンをペルタに返した。ペルタは両手で受け取った。
「戦いのなかでほどけたんですか? それをまた結んでくれるなんて!」
ペルタが感激して、ユメミヤと感動の笑顔を交わした。タリスマンとアンドリューは安堵の視線を交わした。
「剣で誰と戦ったの? リボンはどうしてほどけたの? 全部聞かせてよ」
ルイスはわくわく意気込んで聞いた。
「そうだな。あの混沌とした戦いを話すのは、少し難しいが⋯⋯」
アンドリューが目を閉じて唸った。
「なんとでも好きに話すがいい。最後は我の活躍で終わるのだからな」
タリスマンがニヤリとして、アンドリューも笑うしかなかった。




