第94話 野宿
調査対象の城を目指し、アンドリューとタリスマンが森に入って数時間。辺りは夕日に染まってきた。道の幅は並んで歩けるくらい広いが、タリスマンはアンドリューの後に続き、傾斜もない道を拾った木の杖をつきながら、難儀そうに歩いていた。
すれ違う旅人も、タリスマンを気の毒そうに見やって通りすぎた。アンドリューは抜かりなく、旅人を注意深く見て会話を聞いた。目的地から来た様子の者はなかった。
「もっとゆっくり歩け」
杖を掴んで前屈みのタリスマンが、上目遣いにアンドリューに命じた。
「これ以上ゆっくり歩いたら、止まってしまう」
アンドリューは結局止まって、タリスマンを振り返った。
「森や洞窟で遊んでいたんじゃないのか?」
「最近、城暮らしになったからな」
タリスマンはニヤリとして答えた。
「それに今まで、こんなに体力を使って森を歩いたことはない。夜は宿に泊まったし」
タリスマンはコートの内ポケットから小さな水筒をだして、水を飲んだ。
「村や町から近い森や洞窟だったのか。俺は深く暗い森や洞窟かと思っていた」
アンドリューは少し肩を落とした。
「そういうところに、行ったこともある。その時は、仕方なく野宿した」
「野宿はしたのか、よかった。では、そろそろ野宿の場所を探そう」
アンドリューは道から外れた木々を見回した。他に人の気配はなかった。
「こんな道の途中で、いきなり野宿するのか」
「人が行き交う森の道は、大抵そばに野宿した後がある。そこを再利用すれば野宿も簡単だ」
「そうか、よし」
ふたりは道を外れて、森の中に入っていった。
森のなかともなると、やはり薄暗かった。
しかし、タリスマンが体だけ軽く光らせて、事なきを得た。
「俺が照らしてやる。後のことは頼んだぞ」
「わかった」
タリスマンの性格上、こうなるのを予想していたアンドリューは即答した。
「ランプ男とか呼ぶなよ」
「わかってる」
ふたりはしばしその辺りを探索し、野宿の後を見つけた。野宿の場所だけ土が露出して、焚き火の後があった。木の幹を平らに削ったイスまであった。
「これは助かるな。後は、焚き火の準備だけだ」
アンドリューはさっさと枝や枯れ葉を集めると、火打石で火をつけた。
「原始的にもほどがあるぞ」
イスに腰かけて見ていたタリスマンが思わず笑った。
「これは店で買ったものだ」
アンドリューも笑って答えた。
道具屋には外国からの輸入品が充実していて、輸入品は最新式だが景観を壊さないよう中世の装いだった。
アンドリューは上手く火をおこした。タリスマンは作業に見入っていた。焚き火が充分大きくなった頃には、辺りは暗くなった。
タリスマンは光りを消すと、火に両手を当てた。
「寒いか?」
アンドリューは不思議そうに聞いた。
「いいや、焚き火を前にしたらこうしたくなる」
しんみりと焚き火を楽しむタリスマンに笑い、アンドリューはカバンから袋を出した。干し肉の固まりを出してナイフで切ると、枝に差して火で炙った。
アンドリューは一口食べてみた。
「うん、美味いな」
アンドリューは肉の味つけに満足して、タリスマンも黙々と味わっていた。
「野宿で、こんなに美味いものが食べられるとは」
「調味料も肉も、城で仕込んできたからな」
「その辺の動物を食べると思っていたぞ」
「必要があればそうするさ」
食べ終えて枝を火にくべ、タリスマンは空を見上げた。アンドリューは小さなチタンのコップにお茶を入れて、火のそばに置いた。
「我には狩りなど、似合わないな」
似合わないというより、出来そうにないようにアンドリューには見えた。
「ひとりで森の奥に入らないことだな」
「森の奥は未開の地もあるというし、人のいないところで伝説は創れないしな」
アンドリューはタリスマンを、改めて真剣に眺めた。
「防御力がないんだったな?」
「お前はあるのか?」
「いや」
アンドリューは首を横に振った。
防御力などいらないと奇石を使ったふたりは今さらながら、深刻な顔をして焚き火を眺めた。
「事故にあって大怪我して死んだりは嫌だと、願っておいたぞ!」
「それなら、事故にあっても大怪我はしないだろうな」
「怪我はするんだよな、確かに」
ふたりはまた焚き火を見つめた。森は真っ暗になり、フクロウが鳴き始めていた。タリスマンは獣や人の声がしないか耳をすませた。フクロウの鳴き声もやんで、しんとなった。
「男達が悪党なら、戦うのか?」
お茶を飲みタリスマンが聞いた。
「気づかれて、攻撃してきたら仕方ない」
「目潰ししてやってもいいぞ」
気軽な提案を、アンドリューは真面目に考えた。
「俺の目まで潰さないように頼むぞ。そういえば、外の世界に光から目を護るサングラスというものがあったな」
「サングラスなどで、我の威光を防げると思うな!」
タリスマンの強気に、アンドリューはうろたえた。
「そうなのか?」
「ふん、当たり前だ⋯⋯」
タリスマンは確証がなく苦笑いで視線をそらした。
アンドリューは見逃さなかった。
「お前の光りは、熱をもってない。目潰し一辺倒の戦いか」
「それがどれほど強いか、わかっていないようだな」
タリスマンの揺るがぬ強気に、アンドリューは戦う姿を想像した。
「確かに手強いな。目を塞がれたら、闇雲に攻撃するしかないが、闇雲でも攻撃は攻撃だぞ。案外厄介だったりするだろう」
「そんな攻撃は我には当たらない、最初の目潰しをしたら、すぐに隠れているからな」
「⋯⋯制圧と捕縛は俺の役目か。数人いるんだ、捕縛は手伝ってほしいものだな」
タリスマンはアンドリューをジロリとにらんだ。
「捕縛など、部下の仕事でなはいか? お前、自分は光るうえにビリビリ攻撃できるからと、我より上だと思っていないか?」
「ビリビリなどと、ぬるい表現は今後やめてもらおうか」
負けじと強気なアンドリューを、タリスマンは目を丸くして見直した。
「電撃が効かない奴もいるかもな」
「そうだな、戦う方向に話が進んでしまったが、あくまで調査任務だ。木々の陰からこっそり伺い、深入りはしないで帰ろう」
それを聞いたタリスマンは安心して、焚き火の方を向いて横になると肘をついて頭を支えた。
「交代で見張りだぞ」
アンドリューは時計を確認して、交代時間を告げた。
「わかった、先に寝るぞ」
予想していたアンドリューはうなずいた。
タリスマンは腕枕をして、背中に垂らした三つ編みの長い髪を確認した。
「なっ!? 赤いリボンは我のイメージじゃないだろう!」
アンドリューはギクリとして、タリスマンの髪を縛るリボンを見た。
「ほどくな。それは⋯⋯せっかく結んでくれたんだ」
リボンに両手をかけたタリスマンに、アンドリューが厳格な顔で言った。
戦いや冒険に赴く者の無事を願い、体や武器に紐を結ぶ。オトギの国の恋人同士の風習だった。それだけに、アンドリューは妙な話にいかないように慎重になった。堅物のアンドリューは「結んでもらったことがあるか」とよくからかわれたからだった。
タリスマンは三つ編みを背中に戻した。
贈り主を気にした風もないタリスマンを、アンドリューはじっと見た。しかし、なにか聞くようなへまはしなかった。
タリスマンは目を閉じ、アンドリューは焚き火を無心に見つめた。
◇◇◇◇◇◇
その頃、カームの城の客間では、ルイスとジャスパーが窓の外を見ていた。星空を見るために、ランプだけにして薄暗くしていた。深夜を前に城は寝静まっていたが、ふたりは眠れなかった。
「僕の剣、活躍するかな? いや、戦いにならない方がいいんだ。そう祈ろう」
ルイスは聖職者のごとく神聖な気持ちで、星空にふたりの無事を祈った。ジャスパーも祈った。
「戦いになっても、あの人達なら勝てると思うな。片づけてくると言ったアンドリューさん、凄くカッコよかった」
ジャスパーは笑顔で星空を見上げた。
「タリスマンさんだったか、あの人も強そうだったなぁ」
やはりドラゴンの革の服を着ると、強そうに見えるのかとルイスは思った。
「あの人達のようになりたいもんだなぁ」
ルイスも笑顔でうなずいた。名乗りをあげればすぐに冒険に行けるふたりが、羨ましかった。
「王子様も強いのかな?」
「ブロウ王子様が攻撃しようとしてきた男達を、剣の一振りで吹き飛ばすのを見たことがあります」
「凄いな⋯⋯」
ジャスパーは唸って、黙りこんだ。
「勇者か王子様か⋯⋯王様か。迷いますね」
ルイスはジャスパーの心を読んで笑った。
「うん」
「僕としては、王子様になってほしいですけど」
ルイスは重々しくならないよう、軽く肩をすくめた。
「王子様が、全然足りないんです」
「うん、この城にはお姫様が沢山居るね」
ジャスパーは圧倒されたように、天井を見上げた。
「ジャスパーさんは、王子様に勧誘されると思います。お姫様達から隠れたくなったら、ここがいいですよ」
ルイスは驚くジャスパーに笑いかけた。




