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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第5章

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第94話 野宿

 調査対象の城を目指し、アンドリューとタリスマンが森に入って数時間。辺りは夕日に染まってきた。道の幅は並んで歩けるくらい広いが、タリスマンはアンドリューの後に続き、傾斜もない道を拾った木の杖をつきながら、難儀そうに歩いていた。


 すれ違う旅人も、タリスマンを気の毒そうに見やって通りすぎた。アンドリューは抜かりなく、旅人を注意深く見て会話を聞いた。目的地から来た様子の者はなかった。


「もっとゆっくり歩け」


 杖を掴んで前屈みのタリスマンが、上目遣いにアンドリューに命じた。


「これ以上ゆっくり歩いたら、止まってしまう」


 アンドリューは結局止まって、タリスマンを振り返った。


「森や洞窟で遊んでいたんじゃないのか?」

「最近、城暮らしになったからな」


 タリスマンはニヤリとして答えた。


「それに今まで、こんなに体力を使って森を歩いたことはない。夜は宿に泊まったし」


 タリスマンはコートの内ポケットから小さな水筒をだして、水を飲んだ。


「村や町から近い森や洞窟だったのか。俺は深く暗い森や洞窟かと思っていた」


 アンドリューは少し肩を落とした。


「そういうところに、行ったこともある。その時は、仕方なく野宿した」

「野宿はしたのか、よかった。では、そろそろ野宿の場所を探そう」


 アンドリューは道から外れた木々を見回した。他に人の気配はなかった。


「こんな道の途中で、いきなり野宿するのか」

「人が行き交う森の道は、大抵そばに野宿した後がある。そこを再利用すれば野宿も簡単だ」

「そうか、よし」


 ふたりは道を外れて、森の中に入っていった。

 

 森のなかともなると、やはり薄暗かった。

 しかし、タリスマンが体だけ軽く光らせて、事なきを得た。


「俺が照らしてやる。後のことは頼んだぞ」

「わかった」


 タリスマンの性格上、こうなるのを予想していたアンドリューは即答した。


「ランプ男とか呼ぶなよ」

「わかってる」


 ふたりはしばしその辺りを探索し、野宿の後を見つけた。野宿の場所だけ土が露出して、焚き火の後があった。木の幹を平らに削ったイスまであった。


「これは助かるな。後は、焚き火の準備だけだ」


 アンドリューはさっさと枝や枯れ葉を集めると、火打石で火をつけた。


「原始的にもほどがあるぞ」


 イスに腰かけて見ていたタリスマンが思わず笑った。


「これは店で買ったものだ」


 アンドリューも笑って答えた。

 道具屋には外国からの輸入品が充実していて、輸入品は最新式だが景観を壊さないよう中世の装いだった。

 アンドリューは上手く火をおこした。タリスマンは作業に見入っていた。焚き火が充分大きくなった頃には、辺りは暗くなった。

 タリスマンは光りを消すと、火に両手を当てた。


「寒いか?」


 アンドリューは不思議そうに聞いた。


「いいや、焚き火を前にしたらこうしたくなる」


 しんみりと焚き火を楽しむタリスマンに笑い、アンドリューはカバンから袋を出した。干し肉の固まりを出してナイフで切ると、枝に差して火で炙った。


 アンドリューは一口食べてみた。


「うん、美味いな」


 アンドリューは肉の味つけに満足して、タリスマンも黙々と味わっていた。


「野宿で、こんなに美味いものが食べられるとは」

「調味料も肉も、城で仕込んできたからな」

「その辺の動物を食べると思っていたぞ」

「必要があればそうするさ」


 食べ終えて枝を火にくべ、タリスマンは空を見上げた。アンドリューは小さなチタンのコップにお茶を入れて、火のそばに置いた。


「我には狩りなど、似合わないな」


 似合わないというより、出来そうにないようにアンドリューには見えた。


「ひとりで森の奥に入らないことだな」

「森の奥は未開の地もあるというし、人のいないところで伝説は創れないしな」


 アンドリューはタリスマンを、改めて真剣に眺めた。


「防御力がないんだったな?」

「お前はあるのか?」

「いや」


 アンドリューは首を横に振った。


 防御力などいらないと奇石を使ったふたりは今さらながら、深刻な顔をして焚き火を眺めた。


「事故にあって大怪我して死んだりは嫌だと、願っておいたぞ!」

「それなら、事故にあっても大怪我はしないだろうな」

「怪我はするんだよな、確かに」


 ふたりはまた焚き火を見つめた。森は真っ暗になり、フクロウが鳴き始めていた。タリスマンは獣や人の声がしないか耳をすませた。フクロウの鳴き声もやんで、しんとなった。


「男達が悪党なら、戦うのか?」


 お茶を飲みタリスマンが聞いた。


「気づかれて、攻撃してきたら仕方ない」

「目潰ししてやってもいいぞ」


 気軽な提案を、アンドリューは真面目に考えた。


「俺の目まで潰さないように頼むぞ。そういえば、外の世界に光から目を護るサングラスというものがあったな」

「サングラスなどで、我の威光を防げると思うな!」


 タリスマンの強気に、アンドリューはうろたえた。


「そうなのか?」

「ふん、当たり前だ⋯⋯」


 タリスマンは確証がなく苦笑いで視線をそらした。

 アンドリューは見逃さなかった。


「お前の光りは、熱をもってない。目潰し一辺倒の戦いか」

「それがどれほど強いか、わかっていないようだな」


 タリスマンの揺るがぬ強気に、アンドリューは戦う姿を想像した。


「確かに手強いな。目を塞がれたら、闇雲に攻撃するしかないが、闇雲でも攻撃は攻撃だぞ。案外厄介だったりするだろう」

「そんな攻撃は我には当たらない、最初の目潰しをしたら、すぐに隠れているからな」

「⋯⋯制圧と捕縛は俺の役目か。数人いるんだ、捕縛は手伝ってほしいものだな」


 タリスマンはアンドリューをジロリとにらんだ。


「捕縛など、部下の仕事でなはいか?  お前、自分は光るうえにビリビリ攻撃できるからと、我より上だと思っていないか?」

「ビリビリなどと、ぬるい表現は今後やめてもらおうか」


 負けじと強気なアンドリューを、タリスマンは目を丸くして見直した。


「電撃が効かない奴もいるかもな」

「そうだな、戦う方向に話が進んでしまったが、あくまで調査任務だ。木々の陰からこっそり伺い、深入りはしないで帰ろう」


 それを聞いたタリスマンは安心して、焚き火の方を向いて横になると肘をついて頭を支えた。


「交代で見張りだぞ」


 アンドリューは時計を確認して、交代時間を告げた。


「わかった、先に寝るぞ」


 予想していたアンドリューはうなずいた。

 タリスマンは腕枕をして、背中に垂らした三つ編みの長い髪を確認した。


「なっ!? 赤いリボンは我のイメージじゃないだろう!」


 アンドリューはギクリとして、タリスマンの髪を縛るリボンを見た。


「ほどくな。それは⋯⋯せっかく結んでくれたんだ」


 リボンに両手をかけたタリスマンに、アンドリューが厳格な顔で言った。


 戦いや冒険に赴く者の無事を願い、体や武器に紐を結ぶ。オトギの国の恋人同士の風習だった。それだけに、アンドリューは妙な話にいかないように慎重になった。堅物のアンドリューは「結んでもらったことがあるか」とよくからかわれたからだった。

 タリスマンは三つ編みを背中に戻した。

 贈り主を気にした風もないタリスマンを、アンドリューはじっと見た。しかし、なにか聞くようなへまはしなかった。

 タリスマンは目を閉じ、アンドリューは焚き火を無心に見つめた。


 ◇◇◇◇◇◇


 その頃、カームの城の客間では、ルイスとジャスパーが窓の外を見ていた。星空を見るために、ランプだけにして薄暗くしていた。深夜を前に城は寝静まっていたが、ふたりは眠れなかった。


「僕の剣、活躍するかな? いや、戦いにならない方がいいんだ。そう祈ろう」


 ルイスは聖職者のごとく神聖な気持ちで、星空にふたりの無事を祈った。ジャスパーも祈った。


「戦いになっても、あの人達なら勝てると思うな。片づけてくると言ったアンドリューさん、凄くカッコよかった」


 ジャスパーは笑顔で星空を見上げた。


「タリスマンさんだったか、あの人も強そうだったなぁ」


 やはりドラゴンの革の服を着ると、強そうに見えるのかとルイスは思った。


「あの人達のようになりたいもんだなぁ」


 ルイスも笑顔でうなずいた。名乗りをあげればすぐに冒険に行けるふたりが、羨ましかった。


「王子様も強いのかな?」

「ブロウ王子様が攻撃しようとしてきた男達を、剣の一振りで吹き飛ばすのを見たことがあります」

「凄いな⋯⋯」


 ジャスパーは唸って、黙りこんだ。


「勇者か王子様か⋯⋯王様か。迷いますね」


 ルイスはジャスパーの心を読んで笑った。


「うん」

「僕としては、王子様になってほしいですけど」


 ルイスは重々しくならないよう、軽く肩をすくめた。


「王子様が、全然足りないんです」

「うん、この城にはお姫様が沢山居るね」


 ジャスパーは圧倒されたように、天井を見上げた。


「ジャスパーさんは、王子様に勧誘されると思います。お姫様達から隠れたくなったら、ここがいいですよ」


 ルイスは驚くジャスパーに笑いかけた。

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