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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第5章

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第92話 悪夢から覚めて思うこと

 静かな午後、シュヴァルツ王子はルイス一行の使う客間に居た。


 黒髪を後ろで束ねて、切れ長の目を少し眠たげにして、黒衣を着た体の力を抜いて、窓を背にイスに座っていた。


 ここは城に滞在する女性達に会わず、くつろぐことができた。客間にはアンドリューが共にテーブルを囲んで座っていたが、黙々と新聞を読んで邪魔になる男ではなかった。


 そこへ、扉がノックされブロウ王子が現れた。短い黒髪に整った穏やかな顔で、ワイシャツとズボンに革靴姿で、本を何冊か抱えていた。


「やぁ、お邪魔していいかな?」


 アンドリューとシュヴァルツは笑顔を返した。


 ブロウの目的もここでくつろぐことで、アンドリューの向かいのイスにゆったりと体を預けた。


「シュヴァルツ君、今日は少し元気がないね?」


 窓からの光を背中にうけて、ぼんやりするシュヴァルツにブロウが聞いた。


「連日城に通われて、お疲れなのではありませんか?」


 アンドリューも顔を見て気にかけた。

 シュヴァルツは居候のロッド王子と共にこの城に通っていた。


「いや、久しぶりに悪夢を見てな」


 アンドリューは別れた恋人の夢かと見当をつけた。それだけに、ストレートに聞くのははばかられた。


「別れた恋人さんの夢かな?」


 ブロウがあっさり聞いて、アンドリューをギョッとさせた。


「そうだ」


 シュヴァルツは動揺もなく答えた。


「仕立て屋の連れの女」


 シュヴァルツはアンドリューに覚えているかと目を向けた。アンドリューはうなずいた。


「お前からカーム王子へと、電光石火の心変わりを目の当たりにして、女の移り気に改めて悶絶したのだ」


 アンドリューとブロウは、悪夢にうなされるシュヴァルツを想像して同情した。


「恥ずかしい話だ。姫に去られた王子など、人前に出るものではなかったか。迷わず、死を選ぶべきだった」

「なりません」

「そうだ、いけないよ」


 アンドリューとブロウは厳しい顔で即答した。


「男が女のために死ぬのは、戦いや決闘の中だけです。去った女のために死ぬなどなりません!」


 噛みつきそうなアンドリューの顔に、シュヴァルツは笑いかけた。


「胸のすくような気持ちだ。礼を言おう」

「まさに、勇者だね」


 王子達の称賛に、アンドリューは恐縮して視線をさげた。


「シュヴァルツ様は、繊細なところがおありですから、女性達から影響を受けすぎるのです」

「僕は、繊細に見えないかな?」


 シュヴァルツを心配するアンドリューに、ブロウが頬杖をついて聞いた。


「いえ、そんなことは」


 笑うブロウを見て、からかわれていると知ったアンドリューは少し憮然となった。


「心配ない。女性の移り気には、馴れてきた。悪夢にも、続きがあってな⋯⋯(とら)のような女が現れて、必死に応戦したのだぞ」


 虎のような女、仲間のペルタだとアンドリューは察した。ブロウも気づいてクスッと笑った。


「申し訳ありません。夢にまでお邪魔して」

「気にするな。その後、お前とルイスが出てきて、助けてくれたからな」


 アンドリューは夢の自分の活躍にほっとした。


「虎のおかげで、ひとりの女に囚われている場合ではないと、教えてもらった」


 前向きなシュヴァルツに、アンドリューはさらにほっとした。


「そうだよ。僕なんか、何人もの恋人に去られていて、王子とは言えない私生活だった」

「⋯⋯上には上が居るな」

「悪夢は見ないけど、ここに来ると胸が痛くなる時がある。もっと、王子様らしくしてあげていればとね。だけど、来たくなるんだ。みんな待っていてくれるし、君達にも会えるからね」


 ブロウはふたりに優しく笑いかけた。


「俺もルイス達も、おふたりに会うのを楽しみにしていますよ」


 アンドリューも心からの笑顔を見せた。


「嬉しいよ。特にペル師匠は喜んでくれるね。時に、ユメミヤ君はルイス君が好きなのかな?」


 ブロウの質問に、アンドリューはうなずいた。


「ルイスには故郷に恋人が居ます。叶わない夢と知った上で、慕っているようです」

「なんて、健気な娘だ」

「一途な少女には、胸を打たれるな」

「ペルタに、見習わせたいものです」


 その頃、ペルタとユメミヤは庭の芝生に座っていた。


「ねぇ、アンドリューったら酷いのよ。ルイス君が私は今のままでいいって言ってくれたというのに、『それは、本人の前ではそう言うしかないだろうな』ですって」


 ペルタは芝生に寝転んで、頬杖をついて話した。ユメミヤはそばにゆったり座っていた。


「ルイス君の言うことに、間違いはありません」

「そうなのよ。今のままの私⋯⋯アンドリューがね『今のままのお前と言うのは、ルイスや俺に見せているお前のことだぞ。王子の前でも()()()()を見せるべきだ』って言うのよ!」


 体を起こしたペルタを、ユメミヤは上から下まで眺めた。


「私、おしとやかになりたいのよ!」


 ペルタはユメミヤの手を握った。


「ユメミヤみたいになりたい。おしとやかな方がいいのはわかってる。ルイス君も、ユメミヤに心が揺れているもの!」


 ユメミヤはペルタの手を両手で握った。


「そうでしょうか?」

「間違いない! 一生忘れられない女になってる! 私もなりたい!」


 ユメミヤは喜びもそこそこに、ペルタの勢いにおされた。


「ペルタさんは、もうなっていると思いますが」

「本当に? 王子様達みんなかしら?」


 ユメミヤはキッとして、嬉しそうなペルタを見た。


「おしとやかになりたいなら、まず、おひとりに決めることです」

「くっ⋯⋯」


 いきなりの難題に、ペルタはなにも言えなかった。


 客間では、ルイスとロッドも交えて話していた。


「シュヴァルツさん、気になってるんですが、カームさんのようになったりしますか?」

「それは、俺も気になってた」


 ロッドもシュヴァルツに注目した。


 この城の主カームは、多くの女性に慕われそれを全て受け入れていた。


「⋯⋯カーム王子のように、心を開けたら楽になれるだろうな」


 前向きともとれるシュヴァルツの言葉に、一同は目を見張った。


「素晴らしい根性だよ。僕はとても真似できない。女性達のために、本ならいくらでも書くけどね」


 ブロウはカームに続くと決めてかかった。


「待ってくれ。カーム王子のようになるとは、言っていない」


 シュヴァルツの否定に、ロッドはほっとした。


「なぜ、そんな風に思ったのだ?」


 シュヴァルツが少し威圧的にルイスを見た。


「夜会でシュヴァルツさんが言った『女の人達全員を』の続きをペルタさんが気にしていたので」

「ああ、『守りたい』と言おうとしたのだ。言ってしまえばよかったが、俺には到底できないことだな」


 シュヴァルツは潔く微笑んだ。


「誰にもできないさ」


 ブロウが優しく言った。


 その夜、客間で一行だけでお茶を飲む時間、ルイスはシュヴァルツの言葉をペルタに伝えた。


「守りたいか。シュヴァルツ様に守ってもらえたら幸せね」


 ペルタは目を閉じて、うっとり笑った。


「全員を守りたいということは、カーム様のようにお城に入れてくれるかしら?」

「カームさんのようにはならないよ。今のままカームさんの城に通うだけ。ブロウさんもね」


 ペルタは乗り出していた体を、イスに預けた。


「困った時は、お城に入れてくれるよ。きっと」

「虎のように振る舞うなよ。眠りを妨げることになるのだからな」

「なによ! 私は、おしとやかなお姫様よ⋯⋯」


 ペルタはユメミヤの視線をさけて言った。


「教えてやってくれ。よろしく頼む」


 アンドリューがユメミヤに言った。


「⋯⋯今のままのペルタさんの、王子様を探すのもいいかと」


 アンドリューはがく然として、ルイスは探すしかないかと覚悟を新たにした。


 深夜、ルイスは未来の自分の城で、虎と出会う夢を見た。虎は魔女に姿を変えられたお姫様だった。

 目を覚ましたルイスは、虎に変えられるなんて、危ないお姫様だと確信した。

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