第8話 旅の少年スリル
のんびり歩くルイス一行の横を、大きなリュックを背負った少年が追い越していった。
ルイスは不意に振り返った少年と目があった。冒険中といった少年に、ルイスは親しみを込めて笑顔を向けた。
すると、少年も笑顔を返してくれて立ち止まったので、ふたりはぺこりと挨拶を交わした。
ルイスは少年を凄くカッコいいと思った。自分より少し年下に見えるのに、意志の強そうな顔つきをしていた。
「やぁ、こんにちは。君は、旅の途中かな?」
一行を代表して、フアンがにこやかに聞いた。
少年はフアンにぎこちなくお辞儀した。
「こんにちは。僕はスリルといいます。旅に出るところです⋯⋯王子様達も、どこかに行かれるのですか?」
少年はフアンを知っているのか、かしこまって聞いた。
「私達は、クロニクルに行くところだよ」
うなずいた少年は、王子と一緒にいるルイスに不思議そうな目を向けた。
「僕はルイス。えっと、王子になる為に、こちらのフアン王子様に弟子入りしたばかり。もしくは」
ルイスはアンドリューをチラッと見た。
「勇者になるかも」
「王子か勇者か。悩むね」
スリルは自然に応じてくれた。本当にオトギの国には、王子様と勇者が普通に暮らしているんだとルイスにもわかった。
「そうなんだよ」
ふたりは打ち解けた笑顔を見せ合った。
スリルの興味は次に、アンドリューとペルタに向けられた。
「俺はアンドリュー⋯⋯勇者、いや、ルイスの護衛だ」
アンドリューはスリルに見つめられて、むずがゆそうにした。
「私はペルタ。ペルたんと呼んで」
ペルタは少し前屈みになると、笑顔で要求した。スリルは少しためらってから言った。
「ペルたん」
「なんて、イイコなんでしょう。将来が楽しみね!」
ペルタは要求がすんなり通って、悦に入った。
「楽しそうだね」
「一緒に行く?」
スリルは首を横に振った。
「今から宝探しに行くんだ」
「宝探しか、いいね」
「地図が沢山あるんだ。見る?」
スリルはリュックを下ろすと、中から数枚の地図を出した。
ふたりの様子に、フアンがアンドリューとペルタに言った。
「ここで、少し休憩しようか」
「そうしましょう」
三人は道の端に行くと木にもたれて、ふたりを見守ることにした。ルイスとスリルも、三人とは反対の道の端にしゃがみこんだ。
「見てくれ。この赤いバツ印を」
「一枚の地図に、こんなに沢山?」
スリルの広げた地図には、右上にホーダムの森と書いてある。地図全体に簡単な木の絵がまばらに描かれており、木の数ヶ所に赤いバツ印があった。
「おおざっぱな地図だね、大丈夫?」
「森の地図なんてこんなもんだよ。危ないところが有るのか無いのか、それを描いてくれてれば、もっといいんだけど」
スリルは別の地図を見せてくれた。アリス山と書かれており、山の絵と石碑らしき絵の右下にベンチの絵があり、その回りに赤いバツ印があった。
「これは、分かりやすいね⋯⋯もう獲られてたりして」
「それも込みで、宝探しは楽しいよ」
「そっか」
スリルは四枚も宝の地図を持っていた。全て同じ人間が書いたものに見えた。
「お父さんが拾ってきた地図なんだ。僕が探すって言ったらくれたんだ。お父さんもお母さんも、本物だなんて思ってないんだけど」
「本物で、持ち主に見つかったら危ないかもしれないよ」
「逃げればいいんだ。早い者勝ちだよ」
「なにか、武器は持ってる?」
スリルは左の手首を見せた。ルイスの盾と同じのを装備してあった。
「最新型を買ってもらったんだ」
「僕も」
ルイスも左の手首を見せると、ふたりで笑った。
「でも、スリルはひとりで宝探しなんて凄いよ。奇石の願いは叶えた?」
「まだ十五になってないんだ。でも、願い事は決まってるよ」
「教えてくれる?」
スリルはニヤリとして少し顔を寄せてきた。
「どんな物でも、自由自在にすり抜ける体だよ」
ルイスは興味深い願いだと思い、何度もうなずいた。
「どうして、その願いがいいの?」
「よく机の角とかドアにぶつかるから。それで思いついたんだ」
スリルの発想にルイスは笑った。スリルは声を潜めて続けた。
「それに、どんな攻撃も当たらないんだ」
オトギの国の住人らしい発想だとルイスは思った。
「無敵だね」
スリルは気をよくしてうなずいた。
「ルイスは?」
「僕は、王子だよ。自力で王子になれる人は、多分居ないみたいだから」
ルイスのおどけた言い方に、スリルは笑った。
「どうして、王子様?」
「彼女に頼まれて」
ルイスはもう、開き直ってキッパリと言った。
「ルイスは王子様、似合いそうだね」
「本当!?……ありがとう」
ルイスは驚きながらも、オトギの国の少年の見る目を信じることにした。
「スリルはすり抜ける体と、王子か勇者になるとかは?」
「勇者にはなりたいけど、王子様は……考えておくよ」
スリルの慎重だが前向きな返事に、ルイスは期待を込めた力強い眼差しでうなずいた。
王子様仲間はひとりでも多くほしかった。