第89話 夜会のお礼
夜会の翌日、ルイス一行は食堂で朝食をとっていた。
大きなパンを切りわけ、バターやジャムをつけて食べ、ミルクやコーヒーを飲んだ。
全員まだ、昨夜の夜会の余韻に浸っていた。話題もそれからだった。
「王子様達からの評価が、かなり上がった気がするよ」
ルイスは感想を聞かれて言った。ロッドの評価はいまいちだったが言わないことにした。
アンドリューとペルタは嬉しそうにうなずいた。
「アンドリューさんは、お姫様達に会ったの?」
ルイスの質問に、ペルタもニヤリとした。
「⋯⋯何人かには、会ったが。社交辞令を交わしただけだ」
アンドリューの正直な答えに、ルイスとペルタはつまらないという顔をした。
「それより、嫁にもらってくれそうな王子様はいたか?」
「まぁ!」
アンドリューの大胆な質問に、ペルタは目を丸くしてから、綺麗と誉めてくれた王子達を思い返した。
「みなさん、まさに横並びって感じだった。綺麗と言ったのは、まさに社交辞令というやつかしら」
ペルタはしゅんとなり、アンドリューも残念そうにフウと息をはいた。
「ロッドが言ったように、王子様は他にもいるよ」
ルイスの慰めに、ユメミヤもうんうんとうなずき、ペルタも素直にうなずいた。
「ねぇ、シュヴァルツ様は博愛主義に目覚めたのかしら?」
気を取り直して食事に戻った一行に、パンにバターを塗りながらペルタが聞いた。
「自分が一番好きな花は白ゆりと言ってから、私達お姫様全員を、スズランだと言ったそうよ」
白ゆりでもない上に、ひとまとめにされて心外そうなペルタに、ルイスは同情した。
「スズランの花言葉は、再び幸せが訪れる。失恋を経験したシュヴァルツ様が言うと意味深よね」
「また、誰かを好きになった⋯⋯全員を好きになったのかな?」
「それよ! 私達全員を美しいと言い、私達全員を⋯⋯と言いかけて、他の王子と争いになるからこれ以上は言わないとおっしゃった⋯⋯私達全員を、愛してると言おうとしたんじゃないかしら!?」
ペルタの憶測に、一同は食べる手を止めた。
「博愛主義に目覚めたのだな」
アンドリューがキッパリと言って、コーヒーを飲んだ。ルイスはシュヴァルツがハーレムを作っている姿を想像してしまった。
「博愛主義は素晴らしいことです。ですが、みなさん、あまり嬉しくなさそうです」
ユメミヤが前に座るルイスに言った。
ペルタもルイスと同じ想像をしているようだった。ロッドもシュヴァルツが女性達を城に入れるようになれば出ていくと言うし、ルイスはシュヴァルツが心配になった。
「シュヴァルツ様まで、カーム様のように何人もの妻を持つの?」
ペルタが憂い顔で核心に迫った。
「シュヴァルツ様は⋯⋯カーム王子とは性質が違うと思うがな」
アンドリューが真剣な顔で否定した。
「そうだよ。シュヴァルツさんは違うと思うな」
シュヴァルツが開き直ってハーレムを作るなど、冷静に考えたらないなとルイスは思い、先ほどの想像を消した。
「よかった⋯⋯じゃあ、なにを言いかけたのかしら?」
「全員大切、とかじゃないかな?」
ルイスはシュヴァルツがお姫様達のために、見回りに行きたがっていたのを思い出して答えた。ペルタは納得して、一同は食事に戻った。
夜会の話が尽きないまま、食事は終わった。
「私達はこのまま、食堂に残るわね」
食事が済むと、ペルタがユメミヤと並んで言った。
「急に夜会を開くことになって、コックさんに大変な思いをさせたからね。今日は一日休んでもらうの」
ふたりはエプロンドレスを着ていた。
「そういう優しさ、凄くいいよ」
ルイスの言葉に、ペルタとユメミヤは嬉しそうに笑った。
ルイスはアンドリューと客間に戻ることにした。
「僕もなにかしないとな。アンドリューさん、肩を叩こうか?」
見回りを担当したアンドリューに、ルイスは聞いた。アンドリューは手を横に振った。
「いや、俺は」
「遠慮しないでよ。かなりの腕前だって、父さんと母さんに言われたよ」
ルイスは両親の肩を叩いたり揉んだりと、マッサージには自信があった。
「俺は気持ちだけもらっておこう。俺より、それこそコックさんや、カーム王子の肩を叩いて差し上げあたらどうだ?」
ルイスはアンドリューに従い、まずはコックを探した。
コックのビルは早速のんびりと、庭でお茶を飲んでいた。50才くらいの恰幅のいい男で、奥さんとともに料理番をしていた。
ルイスはまず夜会の礼を言った。
「お礼に、肩をマッサージさせてください」
ビルは恐れをなしたように両手を振った。
「未来の王子様に、そんなことはさせられませんよ」
ルイスはビルの後ろに回り込んだ。
「気にしないでください」
ルイスはマッサージを開始した。ビルはされるがまま動かなくなった。
「ああ、気持ちがいいです」
気持ちよさそうな声に、ルイスは得意げに笑った。
「コックさんは、奇石をなにに使ったんですか?」
「フフ、色々と。若い頃に、奇石の力を使い果たしましたよ。年をとって働いているものは、だいたいそうですよ」
「セバスチャンも?」
「セバスチャンになるような人は、我々とは精神構造が違うんじゃないですかな? 人のために生きるのが、性にあっているのですよ、きっと」
セバスチャンという呼び名は、最高の執事に贈られる称号だけに、ルイスも同意した。
「セバスチャンもマッサージしてきます」
「きっと、固くお断りされますよ。さりげなく、お茶を持っていくくらいがいいんじゃないですかな」
ルイスはセバスチャンのお茶の時間を教えてもらった。マッサージを終えたルイスは、ひとまず自分のことに戻った。
午後になって、ルイスはセバスチャンの部屋にお茶を運んだ。
セバスチャンはロマンスグレーの髪を綺麗に後ろにとかして、口ひげをたくわえた70才くらいの男だった。
ノックに扉を開けたセバスチャンは、いつもお茶を運んでくれるコックの奥さんではなく、ルイスなので目を丸くした。
「突然の夜会の準備、ありがとうございました。お礼に、お茶を淹れました」
セバスチャンは驚きのあまり、胸をおさえて目を閉じたので、ルイスは倒れるのではないかと焦った。
「ありがとうございます」
セバスチャンはニッコリして、ルイスを招き入れた。ルイスはソファーテーブルにお茶とお茶菓子を置いた。
「とても、美味しいですよ」
セバスチャンは紅茶を一口飲んで、笑顔を見せた。ルイスは喜びの笑顔を返した。
「カーム様にお仕えするのも幸せですが、同じくらい、ルイス様にお仕えできる者は、幸せですな」
「ありがとうございます⋯⋯セバスチャンは、どうしたら城に来てくれるんでしょうか?」
王子になり城を持てば、どこからともなく現れてくれればいいが、そうは思えなかった。
「王子様になり城に住むようになれば、仕えたいという人は集まります」
どこからともなく来てくれることに、ルイスは安心した。
「しかし、ならず者が紛れていることもありますので、よく見てお雇いになってください」
「わかりました!」
「若い執事でも、主がよいお方なら勤める内にセバスチャンの称号を手に入れますよ。私もそうなのです」
まだ見ぬ執事に、ルイスは思わず期待した。
「セバスチャンになる前は?」
「城勤めの騎士でした」
ルイスはセバスチャンの立派な体躯とカームに仕える姿に、騎士の面影を見た。
セバスチャンは簡単に騎士の役目を話してくれた。ルイスは騎士もカッコいいなと、思わず心がぐらついた。
セバスチャンとのお茶の時間を堪能してから、ルイスは盆を下げて厨房に行くと、ペルタ達が夕食作りに取りかかっていた。
ルイスは片付けを済ますと、ファルシオンを探した。ファルシオンはアトリエに居た。
「カームさんに、夜会のお礼をしたいんですが、なにがいいと思いますか?」
「夜会のお礼か。そうだね⋯⋯」
ファルシオンは絵筆を止めて、真剣な顔になった。
「お金のかかったものは、受け取らないだろうし、簡単なお礼がいいね」
「セバスチャンは、お茶を淹れれば喜んでくださると言ってましたが」
「お茶か、お茶は僕が淹れるよ! ルイス君は絵を描いてプレゼントするとかどうかな?」
「絵なら、ファルシオンさんが描いた方が」
ルイスは試しに、紙に鉛筆でカームの顔を描いてみたが、三才の頃から上達していなかった。
「うん、絵は僕が描くよ」
「⋯⋯マッサージが得意なんですが、どうでしょう」
ルイスは肩を揉むジェスチャーをしてみせた。
「マッサージ、いいね! 肩たたきなんて、ほのぼのしてて喜ぶよ!」
ルイスとファルシオンはゲオルグとテオドールも誘って、カームをもてなす準備をした。
なにも知らされずに、自室の長イスに座ったカームを、4人は取り囲んだ。
「カームさん、夜会をありがとうございました。お礼を受け取ってください」
ルイスはカームの後ろに回り込んだ。
「邪魔されないように、見張りをしてくる」
ゲオルグがカームが止める前に部屋を出た。
「僕は、お茶を淹れたよ。お菓子食べさせてあげるね、ほら、あーん」
カームの横に座ったファルシオンが、どこか面白そうに、ケーキをさしたフォークをカームの口元に運んだ。カームは勢いに押されて食べた。
「僕は肩をマッサージしますね」
ルイスはカールされた長髪をよけて、マッサージを開始した。
テオドールがバイオリンを奏ではじめた。
「こんなお礼は、女性達には話せませんね」
カームはまだ少し困惑した笑顔を見せた。
「結構、こってますね」
「こんな大所帯の城の主は、疲れるよね」
ルイスとファルシオンの言葉に、カームは返事に困って笑った。
ルイスは広い肩を、力をこめて揉んでみた。
「痛くないですか?」
「カームさんは怪我をしない体だから、痛みも感じないよね?」
口に運ばれるケーキを黙々と食べるカームに代わり、ファルシオンが答えた。
「大変気持ちいいですよ」
カームが目を閉じて夢心地で答えた。給仕を終えたファルシオンも腕のマッサージをはじめた。
テオドールの奏でる優しい音色も加わり、カームは眠気を感じていた。それを察したファルシオンがカームをうつ伏せにさせ、背中と足もマッサージした。
「もう充分ですよ。ありがとうございました」
カームはすぐに体を起こした。
「あまりの心地よさについ、身を任せてしまいました」
「任せてくれてていいのに」
カームは笑顔で三人を扉にうながした。
「このまま、少し昼寝させてもらいますよ」
部屋の脇に門番のごとく立っていたゲオルグにも、カームは厚く礼を言って扉を閉じた。
「嬉し泣きしてるんじゃないかな?」
ファルシオンの予想に、三人は満足の笑顔を浮かべた。
ペルタ達が作った夕食は、ルイスのリクエストしたハンバーグだった。
皿と盛りつけは洒落ていたが、トマトソースの素朴なハンバーグを食べて、ルイス一行は日常に戻った。




