第88話 夜会
大広間は天井から下がった大きな金のシャンデリア、金の装飾がされた白い壁、艶々の床に灯りが反射して、黄金のように輝いて明るく、楽団が華やかな音楽を演奏していた。
「これぞ、舞踏会の場所だ⋯⋯」
ルイスは立ち止まって見回した。端の方に丸テーブルがいくつも置かれて、白いテーブルクロスが掛けられた上に、料理の載った金の皿が並んでいた。
「いや、立食パーティーだった」
それでも自分がここに居るのが、不思議だった。
「ルイス君、食べ物より王子様達、いえ、お姫様達でしょ」
「そうだね」
三人は王子達の待つ奥に進んだ。
王子達は白いドレスシャツにクラバット、黒と金のブロケードベストとコートを着て、黒のズボンにエナメルの黒靴姿だった。皆一様に美しさと凛々しさがあった。ルイスとペルタはひとりひとりに見惚れた。
「待っていましたよ」
微笑むカームにルイスとペルタはお辞儀した。
「カーム様、私の願いを聞いてくださり、ありがとうございます」
夜会を言い出したペルタが改めて礼を言い、ルイスも礼を言った。
「喜んでもらえて嬉しいです。とても美しいですよ」
カームの微笑みに、ペルタは感激の笑顔を返した。お姫様はペルタが1番乗りだった。王子様達が次々とペルタを美しいと言った。ロッドにまで美しいよと言われて、ペルタは感動の涙をハンカチでぬぐった。
「生きてて、よかった⋯⋯」
「大げさだな。王子様は世界中にこれだけじゃないぜ」
しおらしいペルタに、ロッドが笑って言った。
「そうね、でも、今日は人生でも一、二を争う、最高の日ですわ」
「それほど喜んでもらえて、久しぶりに王子の格好をした甲斐があったよ」
ブロウが襟を正した。その言葉で一同がブロウに注目したので、ブロウはキリッとした態度を作って、一同を笑わせた。
「ふたりとも、タリスマン君にもご挨拶をお願いできますか?」
カームが誘った先は王子達の後ろの玉座で、白いローブに金の帯をつけたタリスマンが王のように座っていて、ルイスとペルタをギョッとさせた。
「他に居場所が考えられなくてな」
ルイスとペルタのぎこちない挨拶を受けて、タリスマンが真顔で言った。
「いいのかなぁ?」
「カーム王子様がいいと言っているのだ。我は今夜はこの城の王。カームの父親なのだぞ?」
三人はそうなのかな?と首をかしげた。
「さぁふたりとも並んで、王子様のすることを覚えてください」
ペルタがルイスとロッドを、王子達の横に並ばせた。
「ユメミヤを連れてくるわね」
ペルタはお姫様達が入ってくるのを見て、ルイスに断って広間を出て行った。
ルイスとロッドは逃げるわけにもいかず、王子達と一緒に、次々やって来る姫達を向かえ続けた。ルイスはぎこちなくだが、なんとか王子達を真似た。
王子様は大変だと思ったが、綺麗なお姫様達から目が離せなかった。ルイスが自分の居る場所が、夢か現実かわからなくなってきた頃、ユメミヤとアンドレアが来た。
デコルテと裾に刺繍のされた青いドレスを着たアンドレアが挨拶の中、両手で胸をおさえた。
「ああっ、心臓が爆発しそう!」
アンドレアの能力を知っている王子達は、アンドレアが本当に爆弾になるのではないかと慌てた。
アンドレアがなんとか無事挨拶を済ませ、ユメミヤが緊張しつつ、王子達にお辞儀を返していった。
ユメミヤがルイスの前に来た。黒髪を綺麗に肩にたらして、淡い色の薄化粧をして、スカートの広がりは控えめなスクエアネックにパフスリーブのピンクのドレスを着ていた。
「白雪姫みたいだよ」
ルイスは笑顔で言い、おとぎ話のお姫様を引用されたユメミヤは輝いた笑顔を見せた。特別に一言つけたルイスに、ロッドは横目にニヤリとしたので、ルイスは口を手でおさえた。
ユメミヤをアンドレアがつれて行ったので、ルイスはなんとか心を落ち着けた。
ペルタとユメミヤとアンドレアはバルコニーに出た。
白いバルコニーから静かな庭と星空を眺めながら、全員うっとりとした顔で、満足のため息をついた。
挨拶が済むと、ルイスとロッドは料理の並んだテーブルに向かった。
「やっと、ごちそうだよ」
「ここにたどり着くまで、長かったな」
ふたりは感慨深く、ごちそうを眺めた。
「さっきの僕はどうだった?」
ルイスは取り皿を持ちながら、挨拶のことを聞いた。
ロッドは申し分ないように、ルイスには見えた。
「そうだな⋯⋯王子のフリをした奴史上、一番下手だな」
ルイスは最低評価に肩を落とした。
「次回に期待してくれ⋯⋯」
「ガッカリするなよ。無理に王子のフリをしなくても、奇石がある」
「そうだけど、自信喪失するのはよくないと思うな」
「食べて忘れろよ」
ルイスが言葉ほど落ち込んでないのを見て、ロッドは気楽に言った。
「全部食べてみるのが礼儀だよね」
ルイスは自分に都合のいい礼儀を作った。
「さっき教わったマナーよりは、楽しく食べれそうだな。恐い大人も居ないし、好きに食うか」
「恐い大人が、ひとり居るよ」
ふたりはアンドリューを思い出して目で探した。アンドリューは居なかった。
「念のためマナー通りにしよう。テーブルを時計回りに移動しつつ、コース料理と同じ順番で取っていく」
ふたりは軽快に料理を取った。
「料理を取ったら、邪魔にならないように、すぐにテーブルを離れると」
「皿もグラスも全部、片手で持つんだ。皿の端にグラスを置いて指で押さえて⋯⋯」
ルイスは恐る恐る実践したが、すぐに断念した。
「そこまでできるのは、立食パーティーのプロだな」
「僕らがやってると、遊んでると思われそうだね」
マナーはそこまでにして、ふたりは料理を味わった。そこへ、ファルシオンがやって来た。
「王子様はそんなにガツガツ食べないものだよ。さぁデザートは僕に任せて、お姫様の相手をしなよ」
「デザートを食べ尽くしたら、怒られますよ」
次々デザートを取るファルシオンに、ルイスが釘を指した。
「そうだね、お姫様の分はとっておかなきゃね」
「食べるのはやめないんですね」
「うん、お姫様は見慣れた僕より、珍しい王子達に夢中だよ」
ルイスは他の王子達に目を向けた。
全員をまんべんなく、お姫様が囲んでいるように見えたが、ファルシオンに同意した。
「レア王子ですね。どこでもレアキャラは強いです」
ルイスはやれやれと肩をすくめた。
「ロッド君もレア王子だ。向こうへ加わらなきゃ」
ファルシオンが笑って広間の中央を指で示した。ロッドは冷静に考えて答えた。
「俺はさらにレアってことで。簡単にお姫様の相手はしませんよ」
ニヤリとする強気なロッドの発言に、ファルシオンもルイスも圧倒されて声も出なかった。
そこへ、タリスマンがやって来た。
「俺もなにか食べたい」
「王様は、玉座に持ってきてもらえるんじゃないですか?」
「玉座は寂しい。疎外感が凄い」
悲しげな仮初めの王を、ルイス達は快く仲間に入れた。テーブルにもお姫様が集まってきて、にぎやかに立食パーティーは進んだ。
ルイスはロッド達と別れて、先輩王子達のそばに行って、どんな話をしているのか聞いてみた。
シュヴァルツ王子のグループは、花の話をしていた。
「ルイス、どの花が一番美しいと思う?」
シュヴァルツがルイスを隣に招き聞いた。
「薔薇です。パッと思い浮かんだので、赤い薔薇です」
即答したルイスにシュヴァルツは驚き、ルイスの肩に片手を置いた。お姫様達も感心していた。
「最早、立派な王子だ⋯⋯私の一番美しいと思う花は白ユリだ。オトギの国の森の中で探し当てた感動を、今でも思い出す」
シュヴァルツの話に、お姫様達はうっとりしていた。
ルイスは自分の話にも物語性を加えなければと思った。
「シュヴァルツ様、私を花に例えていただけますか?」
お姫様が次々に私もと言った。シュヴァルツはこの質問を予期していたように、落ち着いて答えた。
「スズランだ。みんなスズランだ」
お姫様達は驚きに目を丸くした。
「スズランは小さな花を沢山つけているが、そのひとつひとつが貴女達だ」
シュヴァルツは手にスズランを持っているかのごとく、手元を見ながら語った。
「全員美しく、全員を⋯⋯」
真剣な顔で少し目をうっとりさせて、なにを言うのかと、お姫様達は固唾をのんだ。
「これ以上は言わないでおこう。他の王子との、争いの火種になっては困るからな」
ルイスはシュヴァルツの言うことが、本気かどうかわからなかった。お姫様達もわからないようだった。
「我々も、食事にしよう」
シュヴァルツがスズラン姫達をつれてテーブルに向かったので、ルイスはブロウのグループに加わった。こちらは冒険の話をしていた。
「ひとりで危険な場所に行ってはいけないよ。特に僕のためなどでは絶対に」
オトギの国の不思議を集めているブロウは、それを手伝おうとするのを心配して言った。
「オトギの国には、お守りが沢山ある。みなさんにプレゼントしようと思うんだが、どれがいいかな?」
「⋯⋯ドラゴンの鱗がいいと思います」
お姫様達が迷っているので、ルイスが提案した。
ドラゴンの鱗は固く魔法耐性もあって実用的だった。
「入手が難しいでしょうか?」
ルイスは無理な注文だったかと心配した。ブロウはそれより、ドラゴン好きなルイスを心配した。
「いいのかい? ドラゴンの鱗を」
「お気遣いありがとうございます。僕なら大丈夫です。ですが、どうか自然死したドラゴンから採ってください。密猟された鱗は買わないでください。密猟を無くすためにも、お願いします」
ルイスはブロウとお姫様達に頭を下げた。
「素晴らしい。最早、少年ではないな」
ブロウは感動に目頭をおさえ、お姫様達は小さく拍手した。
その後はオトギの国の安全面など、お堅い話でルイスは聞き役だった。貴重な話でメモを取りたいくらいだった。
ブロウ達も食事のテーブルに移動したので、ルイスは他のグループを眺めた。




