第87話 夜会の支度
城中にパーティーの知らせが渡り、ペルタ達は早速ドレスを選んだ。
広い衣装部屋には、オトギの国のドレスが並んでいた。ドレスは同じ色でも、生地の質感、リボンやレースの付け方で個性が出ていた。
ペルタとユメミヤとアンドレアは、色違いを着ることにした。
「私は赤にしたいわ」
ペルタの願いをふたりは承諾した。
「私は控えめな色で、白⋯⋯はドレスだと目立ちますね。青か、灰色か」
ユメミヤが段々逃げ腰になって言った。
「灰色だなんて。せっかくのパーティーに、灰かぶりのままみたいになるわ! こんな時に遠慮すると、後悔するわよ」
ペルタに恐い顔で言われて、ユメミヤはハッとなった。
「でも、灰色のドレスはあるわよ」
アンドレアがユメミヤにドレスを当てた。
「似合わないわね。灰色は大人向きね」
ユメミヤが選ぶと、アンドレアが言った。
「私は心が落ち着かなくて」
心の状態で姿を変えられるアンドレアは、幼い美少女になったり、大人の美女になったりころころ変貌した。アンドレアはペルタに言われて深呼吸した。
「心は決まった。こういう時はやっぱり、本当の自分でいかないとね」
アンドレアの決意に、ペルタとユメミヤはうんうんとうなずいた。
三人は支度部屋に移動して、ドレスを着はじめた。ペルタとアンドレアが、ユメミヤにせっせとドレスを着せた。
「ありがとうございます。私も覚えないと」
「覚えれば、ひとりで着れるわよ。お姫様になってお城で暮らすことになっても、メイドは居ないかもしれないからね⋯⋯」
「オトギの国でメイドになるなんて、絶対王子様を狙ってるよ!」
ペルタとアンドレアの話を、ユメミヤは真剣に聞いていた。ペルタとアンドレアが自分で着付けをはじめた。
「魔法使いのおばあさんが居てくれればね」
ペルタが言った時、扉が開いて、小柄なおばあさんが入ってきた。三人がビックリして見ていると、おばあさんはニッコリした。
「お城に泊めてもらっているお礼に、ドレスを着るのを手伝うことにしたのよ」
おばあさんは手作業だったが、みんな有り難く世話になった。
三人は次に、小物部屋で靴を選んだ。
「見て、ガラスの靴よ!」
白い箱を開けたアンドレアが驚愕して、ガラスの靴をそっと台においた。吸い寄せられるように、ペルタが足を入れてみた。
「くっ、入らないわ!」
「⋯⋯私も入りません!」
「これじゃ、意地悪なお姉さんの立場だわ!」
ペルタとユメミヤは抱き合って嘆いた。
「ユメミヤが無理なら、私も無理ね」
アンドレアは一応試したが入らなかった。
「なんて小さい靴でしょう」
「今日が舞踏会じゃなくてよかったね」
「身長を変えられる、アンドレアの勝ちだもんね」
ペルタの仏頂面に、アンドレアは得意げに微笑んだ。部屋のみんながガラスの靴を試したが誰も履けず、みんなほっとした。三人は綺麗な靴を選んだ。
次にアクセサリーを選んだ。特別に金庫から出されたものもあった。
三人はまず首飾りを選んだ。
「アクセサリーまで派手だと、けばけばしくなるね」
アンドレアはシンプルなペンダントを手にした。横でペルタが四角い箱を開けた。
「見て、これは本物のルビーかしら?」
箱の中には、金鎖にハート型の赤い宝石がついたペンダントが入っていた。
「レッドダイヤかもしれない!」
「青いダイヤは不幸を呼ぶけど、赤はどうかしら? 幸せを呼ぶかも⋯⋯」
ペルタはペンダントをつけて鏡を見たが、あまりの豪華さに怖じ気づいてすぐに外した。アンドレアとユメミヤも続いた。
「これで、揃って幸せになれるかもね」
三人は笑い合い、ペルタはペンダントを箱に戻した。
アクセサリーを選んだ三人は、自分達の部屋で髪をセットした。ペルタはコテを使って髪を巻き、アンドレアはすでに巻いてある髪をチェックした。
「ユメミヤ、髪飾りをつけたら? これはどう?」
髪を巻かないユメミヤに、ペルタが赤いリボンのカチューシャをつけた。ユメミヤは姿見でカチューシャをじっと見た。
「可愛いよ。年相応って感じで」
「いつも落ち着いてて大人びて見えるけど、やっぱり可愛い物が似合うわよ」
ユメミヤは頬に両手を当てて、ふたりに笑顔を見せた。三人は次に薄化粧をした。
「さぁ支度はできたわ」
ペルタが気合いを入れるように、握りこぶしを胸にかざした。
「マナーの確認をしましょう。まずは王子様への、お辞儀の仕方」
アンドレアもこぶしを振って言った。
「王子様⋯⋯」
ユメミヤは高鳴りはじめた胸をおさえた。
その頃、ルイスも自分の部屋で支度していた。
セバスチャンが持ってきてくれた服は、ドレスシャツに白のベストとズボンに革靴と着なれたものだった。
しかし、ベストは金の刺繍がされて、カフリンクスや|ボタンは、金と宝石をあしらっていて緊張した。白い蝶ネクタイもつけたが、細いリボンを蝶結びにしたもので、あまり気にならなかった。
支度が済み、ルイスはセバスチャンに礼を言って見送った。それから鏡を見て、顎までまっすぐ伸ばした髪を整えた。身支度が済むと他の人が気になって、廊下を見たが誰もいなかった。
イスに座って気持ちを落ち着かせていると、ノックがされた。
「どうぞ」
ルイスが開けると、ペルタが立って居た。
「お時間、大丈夫かしら?」
「大丈夫、入って」
改まったペルタに、ルイスは笑いかけて部屋に入れた。
「ルイス君、素敵よ!」
ペルタがルイスを眺めて、目を輝かせた。
「ありがとう、照れるな」
「私はどうかしら? この格好」
ルイスはペルタのドレス姿を眺めた。
ペルタは長い黒髪を綺麗に縦巻きにして、スイートハートネックにパフスリーブの真紅のドレスを着ていた。スカートには自然な波立ちがあり裾の広がりは控えめだったが、薔薇の花びらのような美しさと可愛さのあるドレスだった。
「凄いよ! おとぎ話のお姫様だ!」
ルイスは前のめりになって誉め讃えた。
「最高の褒め言葉よ! ありがとう!」
ペルタは頬を赤く染めて笑った。ルイスも喜んでもらえて、満足の笑みを浮かべた。
「ルイス君に一番に見せたかったの。ドレスを着る勇気をくれたから、お礼の気持ちよ」
ペルタはスカートの両端を摘まんでお辞儀した。
「凄く、伝わったよ」
ルイスは改まったお礼にドキドキしながら答えた。ペルタにドキドキするのはおかしいなと思ったが、美しい変貌は嬉しかった。
「さて、王子様達のところに行かなくちゃ。一番反応のいい王子様は誰かしら?」
ペルタは早くも扉に目を向けて、スカートをさらに持ち上げた。ルイスはドキドキも消えて後に続いた。
「ドレスの中に、鳥かごみたいなのはつけてるの?」
廊下を歩きながら、ルイスはドレスに目を奪われていた。
「スカート部分をふっくらさせるフープのことね。つけてないわ。よく知ってるわね」
「お姫様のことも、勉強しなければいけないからね」
実際は王子を目指す前に、キャロルが見せた本の知識だった。
「偉いですわ。だけど、お姫様のドレスの中を気にするなんて、いけませんわ。しかも廊下で!」
ペルタがニヤリと笑いかけ、ルイスは慌てた。
「そういうつもりじゃないよ! 鳥かごみたいなのをつけてるのが、面白いと思っただけで」
「わかってるわよ。だけど、他のお姫様に聞いていたら、勘違いされていたわよ」
「だから、ペルたんに聞いたんだよ。勘違いの心配がないからね」
最早、姉のように思っているペルタに、ルイスはニヤリと笑い返した。
「そうね。ドレスについては夜がふけて、ふたりきりになってから聞くのよ。フフ」
「聞かないよ!」
ペルタのアドバイスから逃げるように、ルイスは急いで先を歩いた。
パーティー会場の大広間の前でふたりは、アンドリューにあった。
警備を引き受けたアンドリューは、いつもより鋭い顔つきだった。
「アンドリューまで、いつもと違うじゃない」
アンドリューはいつもの黒革の上下を着て、外は濃紺、中は赤のマントに、銀の肩当てとベルトをつけていた。
「まさしく、お城を守る騎士のようよ!」
「カッコいいよ!」
ペルタが満足そうにアンドリューに笑いかけ、ルイスは目を丸くした。
「ありがとう」
アンドリューはこそばゆいと言うような笑顔で、ふたりに軽くお辞儀した。
「しかし、こういう時だけだぞ。このマントは、絶縁マントではないからな」
「つれないこと言わないで、特注してよ。そして、どう? 私は?」
ペルタがその場でゆっくりと回って見せた。
「⋯⋯とても、きらびやかだ。似合っているぞ」
ルイスにジェスチャーで急かされて、アンドリューはぎこちない笑顔で言った。ルイスとペルタはうーんと考えこんだ。
「もっとはっきり」
「さぁ王子様のところへ行くんだ。俺も見回りに行ってくる」
ペルタが言いきる前に、アンドリューが言った。
「アンドリューさん、見回りありがとう」
ルイスは胸に片手を当て、笑顔を向けた。ペルタもお姫様の礼をした。
「俺に丁度いい役目だ。ルイス、しっかり王子のすることを見ておくのだぞ」
「はい」
「アンドリュー、なるべく、お城の中もぐるぐる見回るのよ」
「ああ、今のアンドリューさんを見たら、女の人達は喜ぶね」
「見せ物ではないぞ」
アンドリューはニヤニヤするふたりに言って、さっさと見回りに向かった。アンドリューを見送ると、大広間からロッドが出てきた。
「遅かったな。迎えに行くとこだった」
ロッドはミディアムヘアの黒髪を片側オールバックにして、服装はルイスと同じで黒だった。
「ロッド君、素敵よ! やっぱり王子様だったのね!」
「疑ってたの?」
ペルタの褒め言葉に、ロッドはニヤッとした。
ロッドは両手を後ろで組み、胸を張って堂々としていた。ルイスは城の風景に溶け込んでいるロッドに圧倒された。
「さぁ入りなよ。一番乗りだよ」
ロッドに誘われて、ペルタは喜びに顔を輝かせた。ルイスは深呼吸して心を落ち着かせた。
両開きの大きな扉は開かれていた。三人は並んで大広間に入った。




