第85話 乱心の王子様達
いつも通り美しい城内、ルイスが廊下を歩いていると、前からテオドール王子が来るのが見えた。
テオドールはプラチナブロンドの髪をなびかせ、キリリとした美形で、白いワイシャツにスラックスに磨かれた革靴を履いていた。
赤い絨毯の上、廊下の真ん中を、優雅に歩いてくるテオドールに、ルイスは端に寄って道を譲った。その素早い動きに、テオドールは視線を向けて横で立ち止まった。
「ルイス君、ありがたいけど、僕に道を譲ってくれる必要はないよ」
テオドールは困ったような笑顔でルイスに言った。
「はい⋯⋯」
ルイスは返事も精一杯で、軽くお辞儀した。そして、ゆっくりと踵を返して廊下を戻りだした。そんなルイスを、テオドールは悩ましげな顔で見送った。
ルイスは目的を忘れて、フラフラと客間に戻った。
客間には四人居た。白いシャツに茶色のズボン姿のアンドリュー、華やかなワンピースを着たペルタとユメミヤがテーブルを囲んで座り、長イスには光る男タリスマンが、白い衣姿で横になっていた。
「ルイス君、もう戻って来たの? ロッド君は?」
「そうだ、僕はロッドを呼びに行ったんだ」
ペルタの問いかけに、ルイスは呟いた。
今日はルイス一行のお馴染みとなった、ブロウ王子とタリスマン、シュバルツ王子とロッド王子が来ているので、一同でお茶をしようと約束していた。
そこで、時間を忘れていそうなロッドを、ルイスは呼びに出たのだった。ルイスに再び廊下に出る勇気はなかった。
「どうしたの?」
イスに座るなり、テーブルにつきそうなほど前のめりになったルイスを、三人が心配そうに見た。
「テオドールさんが、前から歩いてきてね⋯⋯あまりのカッコよさに、僕はコソコソと道を譲ったというわけさ」
ルイスはフッと、自嘲して話した。
「テオドール様か。カッコよすぎるわよねぇ。この間、抱き寄せられた時、私は確かに気絶していた」
ペルタは目を閉じて回想したが、ルイスに上目遣いにじっと見られて、間違いを犯したことに気づき震えた。
「ルイス君なら、十年後には匹敵するほどに⋯⋯ルイス君が一番好きよ⋯⋯」
消え入りそうな声のペルタの必死のおだてに、ルイスは複雑な心のまま視線をそらせた。
「テオドール様ですか、近寄りがたいですね。女の人達が、周りを囲んでいますし」
「それって、物理的に近寄れないってこと?」
「近寄れなくても、いいです」
ペルタに答えて、ユメミヤはルイスに微笑みかけた。ルイスはその微笑みに、だいぶ癒された。
「そんな話をされると、会うのがためらわれるな」
アンドリューが両腕を頭の後ろで組んだ。
「しかし、コソコソ道を譲ったなどと、卑屈すぎやしないか?」
「テオドールさんはこの城で王子役をしながら、外国でスーパーモデルもしてるんだよ!」
「スーパーモデル?」
ルイスの勢いに驚きながら、アンドリューとユメミヤが首をかしげた。
「なんて説明すればいいかな」
「選ばれし者の仕事よ。それも、見た目で選ばれし者よ」
ペルタが厳かに説明した。
「見た目か」
アンドリューは理解して、虚ろな笑顔を見せた。
「そんな王子様が、前から歩いてくるんだよ? 僕にどうしろっていうの? 道を譲るしか、ないじゃないか⋯⋯」
ルイスは完全にすねて、テーブルに突っ伏した。
「だからって、へこたれるな!」
アンドリューの一喝に、ルイスはキッと力強い目を向けて、長イスのタリスマンがビクリと起きた。
「相手がスーパーなら、お前はハイパー王子になればいい!」
真剣なアンドリューに、ルイスは苦笑いした。
「ハイパー王子様とはなんだ? 光るのか?!」
「光りませんよ」
タリスマンは安心して再び横になり、ルイスは少し元気を取り戻して、アンドリューに礼を言った。
◇◇◇◇◇◇◇
その頃、廊下を歩くブロウ王子とテオドールがすれ違おうとしていた。今度はテオドールが、すっと道を譲った。
「やぁ、テオドール君」
ブロウは立ち止まって、いつもの親しみやすい笑顔で挨拶した。テオドールは恭しく会釈した。
「ブロウ王子、ご無沙汰しています」
「久しぶりだね」
テオドールを改めて見て、ブロウは短めにカットした黒髪をさっと片手で撫でた。ブロウのスラリとした長身は、テオドールとほぼ並んでいた。
そこで、ブロウは高い鼻をツンと上に向けて、背筋を伸ばして、テオドールを見下ろした。その姿はまさしく、プライドを保持するための気取った態度だった。それに気づいたテオドールは緊張した。
「じゃあ、また」
しかし、ブロウはまた親しみやすい笑顔を見せると、のんびりと廊下を歩いて遠退いて行った。そんなブロウの後ろ姿を、テオドールは困惑したまま見つめていた。
ブロウはルイスの客間に行った。そして、挨拶もそこそこにイスに座り、ため息をついた。
「いやぁ、テオドール君に、王子のプライドをえらく刺激されちゃってさ」
ブロウは力なく笑い、自分の姿を見下ろして、白いワイシャツの胸元を引っ張った。
「似たような格好してるからね、負けるわけにはいかないと⋯⋯」
「ブロウ王子が、競い合うような相手なのですか?」
アンドリューが眉を寄せて質問した。
「僕では、相手にならないというのかな?」
「い、いえ、そんなことは!」
ブロウの珍しい憤慨振りに、アンドリューは大いに慌てた。そんなアンドリューを気にせず、ブロウは隣のペルタを後ろから抱き寄せた。
「ペルたんは僕が一番好きだろう? いや、ペル師匠。師匠は弟子が一番可愛いよね?」
「ええ!? もちろんですわ!」
ブロウの真剣で少々必死な口調に、ペルタの心臓は胸を突き破らんばかりに高鳴った。
「ブロウ王子! ご乱心ですぞ!」
アンドリューが慌てて、ブロウに片手を伸ばした。
ブロウはハッとして、ルイスとユメミヤに視線を向けた。その間もペルタを胸に抱き、ペルタは目を閉じて動かなかった。
「⋯⋯恥ずかしいところを、見せてしまったね」
ブロウは特に、ユメミヤの視線に力なく謝罪した。
「おふたりは、お付き合いなさっているのですか?」
ユメミヤが期待の微笑みで聞いた。
「いやぁ、師匠と弟子だよ」
ブロウはニッコリ答えて、ペルタをそっとイスに戻して解放した。ペルタはムッとした顔をして、ユメミヤもつまらなそうに少し唇を尖らせた。
「ブロウさんを乱心させるとは⋯⋯」
「テオドール王子とは、一体」
ルイスとアンドリューは真剣な目つきで呟いた。
「テオドール王子様とは、一体何者なのだ?」
世話になっているブロウの乱心に、タリスマンも体を起こして言った。
「そんな力を使っていないのに、光輝いて見える男さ」
ブロウがタリスマンに顔を向けて、真剣な口調で答えた。
「なに! そんな男がこの世に居るのは知ってたが、まさかこんなに早く、近くに現れるとは」
長イスに王の様に座り、タリスマンは眉を寄せた。
「どうしよう? 会おうかな? いや、まだ心の準備が、伝説も完成していないし」
相手が王子様というプレッシャーもあって、ひとりおろおろした。
「無理に会わなくて、いいんじゃないかな? 王と王子では競う必要もないよ」
ブロウが言って優しく笑った。
「そうだな! 我は王、相手は王子様、関係ないか! では、寝よう」
タリスマンは納得して横になると、安らかな寝息をたてはじめた。
その頃、廊下ではシュヴァルツ王子とテオドールがすれ違おうとしていた。




