第83話 前向きな王子様達
シュヴァルツ王子とロッド王子が城にやって来た。
ロッドとルイスはカーム王子の授業をうけ、シュヴァルツは城の人々に鞭や警棒の使い方のレッスンをした。
授業とレッスンは時間を合わせて終わらせ、勉強部屋でルイスとロッドとシュヴァルツはお茶をした。三人共、ワイシャツにベストに黒いズボンに革靴と、似たような格好だった。
シュヴァルツは窓に寄り、熱心に庭を眺めた。その姿を、ルイスははじめて会った時にも見たが、その時とは違い白い横顔には生気があった。
「シュヴァルツさん、元気になってよかったね」
ルイスは隣のロッドに、こっそりと話しかけた。
「ああ、ここに来る日は、俺より張り切ってる。俺の方が、仕方なくついてきてる感じだな」
ルイスが忍び笑いすると、シュヴァルツがいぶかしそうにふたりを見た。
「シュヴァルツさん、その髪のひもは女の人にもらったんですか?」
ルイスは誤魔化すため質問した。シュヴァルツの長い黒髪は、赤い紐でひとつに束ねられていた。シュヴァルツは凛々しい顔つきだが、似合っていた。
「そうだ。なにも深い相手ではない」
「くれたのは、ひとりじゃなさそう」
「城中の女の人からもらってても、驚かないよ」
「全部使うまでは髪が切れないね。律儀だから」
からかうようなロッドの問いかけに、シュヴァルツは仏頂面になったがうなずいた。
「このタイミングで、切るわけにはいくまい」
「全く、これじゃ告白されただけで、『断るわけにはいくまい』って、付き合いそうだな」
本気で心配しているロッドの横で、ルイスは忍び笑いした。
「さすがに、それはない」
シュヴァルツは断言したが、窓に目を戻してため息をついた。自衛のために、自分のレッスンを受ける女性達を思い出し、王子としての使命感が燃えはじめた。
「ああ、見回りに行きたくなった。姫君達を、守ってやらねば」
「えっ」
ポカンとするロッドとルイスを、シュヴァルツは鋭く見すえた。
「驚いている場合ではない。お前達も来い⋯⋯いや、まだ修業が必要だな。ひとりで見回りできるようになるんだ」
「はい」
ルイスは素直に返事をしたが、ロッドは側の花瓶から、真っ赤な薔薇を1輪取った。刺は取られていた。
「見回りより、こっちの方が、お姫様達は喜ぶんじゃない? 薔薇を口にくわえてるのを、見せてあげてください」
ロッドが笑顔でシュヴァルツに薔薇を差し出し、ルイスは手を叩いて笑った。
「凄く喜びますよ! 見せてあげてください」
にやつくロッドと爆笑するルイスに、シュヴァルツは眉をひそめた。シュヴァルツが薔薇をうけとらないので、ロッドは自分でくわえた。
「笑ったら、ダメだよ!」
笑うロッドにアドバイスしつつ、ルイスは爆笑した。
「はい、お手本を見せてください」
ロッドは花瓶から薔薇を取って差し出し、シュヴァルツは困惑に身を揺らした。
「正気か? 俺は今まで、薔薇をくわえた王子など見たことがないぞ」
ロッドは薔薇を引っ込めて、つまらなそうな顔をした。
「なんだ、ノリが悪いな」
シュヴァルツは動揺したまま、前髪をかきあげた。
「ノリの問題ではない⋯⋯お前達、俺が手本を見せてやって、それを本当に継承する気か?」
「えっ?」
「どんな時に、薔薇をくわえた姿を見せるのだ? 俺が教えてほしいものだな」
「⋯⋯さぁ」
余裕を取り戻したシュヴァルツが、意地悪な笑顔を見せてする質問に、ふたりは答えられなかった。そんなふたりに、シュヴァルツは安堵して軽く手を叩いた。
「さあ、それより修業だ。武器の使い方を学ぶ方が、楽しいだろう?」
「はい!」
ルイスが威勢よく返事をして、三人は部屋を出た。
♢♢♢♢♢♢♢
鍛錬部屋に移動した三人は、ゲオルグ王子と合流した。
黒いシャツに黒革のベストにズボンにブーツと見た目は貴公子だが、勇者のように力強いゲオルグを前に、ルイスとロッドは緊張感を高めた。
戦いの修業は、毎日来れないロッドが来た時は、自然とロッドが中心の内容になった。ロッドは嬉しい反面、大変だった。
今日のロッドの修業は、人並外れたスピードを保ったまま、シュヴァルツとゲオルグの攻撃を避け、間合いを詰めるというものだった。
ロッドは攻撃を避けるのは上手かった。なによりシュヴァルツとゲオルグの攻撃スピードより、ロッドのスピードが勝っていた。
順調に攻撃を避けたロッドだったが、それに気を取られ過ぎてしまい、間合いの詰め方を間違えた。
「あっ!」
気づいた時には、目の前にゲオルグの体があって、ロッドは急ブレーキをかけたように止まって、ゲオルグの顔を見上げた。ゲオルグも少し驚いた顔をした。
「ロッド、そこで立ち止まってはいけない」
シュヴァルツが鞭を引っ張り、険しい顔で注意した。
「ゲオルグ王子だから、よかったものの、反応の素早い敵なら攻撃してきていたぞ」
「わかってるよ⋯⋯」
ロッドは自分も思ったことを指摘されて、シュヴァルツをちらとにらんだ。確かにゲオルグは、剣がロッドに当たらないように手を広げて、体で受け止めるようにしてくれていた。
「ゲオルグさんが敵なら、一発くらってたね」
見学者のルイスは、ロッドに歩み寄って言った。
ロッドは言い返えすより、真面目に考えてみた。
「生き物相手だと、近づくのが難しいんだよ」
「⋯⋯機械のドラゴン相手には、上手くやってたよね」
ドラゴン祭りで、ロッドは機械のドラゴンの体をかけ登り、簡単に胸に短剣を刺した。機械のドラゴンは、本物のように素早く動いていた。
「生き物相手だと、遠慮があるのか?」
シュヴァルツも考えるように、腕を組んで聞いた。
「はい、下手にぶつかると、ヤバそうだなって」
「下手にぶつかれば、クラッシュ並の惨事かもな」
ゲオルグも顎に指を当て、考えるように言った。
「お前も手探りだろうが、俺達もこんなスピードの持ち主の修業に付き合うのは初めてだ。少しずつ、テクニックを磨いて行くしかあるまい」
「はい」
シュヴァルツの意見に、ロッドは素直にうなずいた。
額の汗を手の甲で拭き、ほっと息をついたロッドは、見学者の立場で楽しそうなルイスを横目で見た。
「全く、お前もやってみろっての」
ルイスは少しの間、本気で検討してしまった。
「悩ませないでほしいな。僕は、ドラゴンの意見を聞いてから、奇石を使いたいんだよ」
「わかってるよ」
ぶれないルイスに、ロッドは笑みを見せた。
鍛錬部屋を出た四人は、仕立て部屋に向かった。
廊下を歩きながら、ルイスとロッドの後ろで、シュヴァルツとゲオルグは見回りに行く約束を交わした。
「この城は庭も凄いし、シュヴァルツさんはこの城に居る方が、幸せになれそうだね」
「そうだな、いよいよ俺が、城を受け継ぐ日も近いか」
「まだ早い!」
聞き逃さなかったシュヴァルツの鋭い声に、ふたりはビクリと飛び上がった。




