第81話 何人ものお姫様と⋯⋯?
城に帰りつき、自分の部屋に戻ったルイスを、アンドリューとペルタが取り囲んだ。
「ユメミヤと手を繋ぐとは、どういうことだ!?」
ルイスの手を指差しながら、アンドリューが厳しく問いつめた。
ルイスの恋路には下手に口は出さないと言ったが、真面目を貫くアンドリューには我慢できなかった。
ルイスはアンドリューの激怒にうろたえた。同じくうろたえながら、ペルタが両手でアンドリューを制した。
「ちょっと、手を繋いだくらいで、そんなに興奮しないでよ」
「なにを言っている? 重大な問題だ! お前には、キャロルが居るだろ!?」
アンドリューに指を突きつけられて、ルイスは電撃をうけたように体を震わせた。そして、ふたりに背を向けると、両手で頭を抱えた。
最近、キャロルに手紙を書いていないことを、思い出したからだった。
そんなルイスを見て、アンドリューとペルタは衝撃に歪んだ顔を見合わせた。
「⋯⋯とにかく、王子様にあるまじきことは、しないことだぞ!」
アンドリューは忠告して、扉に向かって歩いた。その後に続いたペルタは、振り返ってルイスに言った。
「どんなことになっても、私はルイス君の味方よ!」
アンドリューとペルタは静かに部屋を出た。
廊下を歩き出したアンドリューを、ペルタが追いかけた。
「どこに行くの?」
「ユメミヤにも、忠告しておかないとな」
「やめてよ!」
ペルタはマントを引っ張ったが、アンドリューは止まらなかった。ルイスの平和を守る使命感に燃えていた。
ユメミヤを守る使命感に燃えるペルタは、アンドリューの頬をバチンとぶちのめした。その瞬間、アンドリューの体から一瞬、電流が出た。
「ビッ!」
放電をうけたペルタは、大の字で飛び上がった。
互いの攻撃に、ふたりともしばらく動けなかった。
「悪い。攻撃をうけると、勝手に出るのだ」
頬を押さえたまま、アンドリューがぼそりと言った。
「私こそ、ごめんなさい」
回復したペルタも謝ったが、まだアンドリューを警戒していた。アンドリューは頬に手を当てたまま言った。
「わかった。もうこれ以上、口は出さない。その代わり、ルイス達に巻き込まれるのは、お前だぞ」
「わかった!」
ペルタが潔く引き受け、ふたりは客間に戻った。
◇◇◇◇◇◇◇
窓から夕日を浴びながら、ルイスはイスに座り、机に肘をついて頭を抱えていた。
キャロルの顔を思い出すと、一緒にユメミヤが現れた。まずいと思った。これ以上、考えたくなかった。いっそ、今すぐドラゴンとひっそり暮らしたくなった。
「冷静になるんだ⋯⋯」
ルイスはこぶしに力をいれたが、すぐにぐったりと机に突っ伏した。
『王子様にあるまじきことは、しないことだぞ!』というアンドリューの言葉と『どんなことになっても、私はルイス君の味方よ!』というペルタの言葉を思い出し、ルイスは体を起こした。変わらない仲間の存在が、落ち着きを取り戻させた。
ルイスはレオドラ王子を思い出した。レオドラさんは⋯⋯何人ものお姫様と⋯⋯? そういえば、そんな王子様がこの城にも居たなと、ルイスは立ち上がって部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇◇
ルイスは書斎で、カーム王子を見つけた。
ワイシャツに茶色のズボン姿で、ゆったりと本を読んでいたカームは、ルイスの深刻な顔を見て、自室に連れていった。
扉が閉められると、ルイスは立ったまま質問した。
「教えてください。王子様は、何人ものお姫様と、恋人になったり、結婚してもいいんですか?」
「えっ?」
カームはギクリと肩を震わせて、力強くも美しい顔をひきつらせた。そして、ソファーの金の背もたれに、追いつめられたように寄りかかった。
動揺するカームを見て、ルイスは初めて、カームに人間らしさと親近感を覚えた。
「前から、思っていたことですが、私の存在はルイス君に悪影響でしたか?」
何人も恋人や妻が居るカームは、なんとか落ち着いた口調で聞いた。
「悪影響じゃありません。カームさんを尊敬しています」
だからこそ自分もと思ったが、そこでルイスは、なんでもない服装でも、輝くようなカームに気づき、半歩後ずさった。同じような服装の自分が、カームの影のように見えた。
なにを考えていたんだ僕はと、ルイスは早くも冷静さを取り戻した。
「そうですね。私としては、ルイス君にはひとりのお姫様と、結ばれて欲しいところですが」
カームは正直な気持ちをルイスに伝え、天井を見ながら続けた。
「しかし、ルイス君が私と同じ道を行くのも、止めることはできませんね。この国は、言ってしまえば、無法地帯ですから、何人と結ばれても問題はありません」
思わずカームを見つめるルイスを、カームは真剣な顔で見つめ返した。
「しかし、お互い納得していることが、肝心ですよ。相互理解というもので、私達はお互いを理解しています。多くの女性を愛したい、癒したい、気持ちに応えたい、そんな私を理解してもらっているのです」
僕には、カームさんみたいな大いなる目標がないなと、ルイスはまた逃げ腰になった。
「だからこそ、私は全員を同じように愛せるのです」
キャロルとユメミヤを同じように好きだったが、ふたりは自分のことを、好きでいてくれているのかと、ルイスはそこから心配になった。
「もちろん、女性同士も理解し合っています」
「女性同士も?」
キャロルとユメミヤがふたり揃って、自分の恋人になるのを理解してくれるだろうかと考えた。想像の中のふたりは恐い顔で、それ以上、想像できなかった。
「愛と情熱を持って、ゆっくりと向き合うのです」
どんなに時間をかけても、僕は何人ものお姫様と結ばれるのは無理だなと思い、ルイスは後ずさった。
「僕には、無理みたいです」
「そうですか⋯⋯」
カームはほっとした笑顔を見せた。ルイスは敗北を感じながら笑顔を見せた。
「カームさんは凄いですね⋯⋯」
「私が凄いかはわかりませんが、私はルイス君がひとりのお姫様と結ばれること、嬉しく思いますよ。お姫様は、やはりそれを望んでいますからね」
カームの言い分に、ルイスも納得した。
「僕は正統派王子、ですね」
「そうです⋯⋯応援していますよ」
ルイスはプライドを取り戻し、異端王子カームはまた動揺に肩を揺らした。
「ありがとうございました、失礼します」
ルイスはカームの部屋から出で客間に行くと、丁度よくアンドリューとペルタだけが居た。
「僕の彼女はキャロル、ユメミヤは仲間だよ」
両手を後ろに組んで、力強く宣言するルイスを、アンドリューとペルタは驚きの顔で見つめた。
「現状維持か。そうだ! それでいい!」
アンドリューが力強く、こぶしをテーブルに当てて言った。
「そうよ! そうね、そうよね⋯⋯」
ペルタはため息をこらえて、テーブルを見ていた。
「僕は仲間として、ユメミヤを守りたいんだ! 手を握ったのも、だからだよ。それに、ユメミヤには誰かのお姫様になって、幸せになってほしい⋯⋯」
誰かのと思うと、ルイスの胸は痛んだ。キャロルとユメミヤふたりを、自分のお姫様にしたい思いが、ルイスの胸をまだ締めつけていた。
「そうだ! 偉いぞ!」
「偉いわよ、ひとりのお姫様を愛し続けるなんて!」
アンドリューとペルタは感動して、決然とした態度のルイスを見つめていた。ふたりの喜びように、ルイスも正しい選択をしたと思った。
「じゃあ、僕は、キャロルに手紙を書くから」
念を押すように宣言してから、ルイスは扉に近づいてから、ふたりに振り向いた。
「あ、ユメミヤには、僕がどう思ってるかなんて、言わないでほしいな。いつか、自分から言うよ⋯⋯」
「わかった」
「私の口は、固いわ!」
ルイスはペルタが少し心配だったが、ふたりを信じて客間を出た。
ルイスを見送ったアンドリューとペルタは、しばらく扉を見つめていた。
アンドリューはペルタにぶたれた頬を撫でた。
「もう決着したか。殴られ損のようだな⋯⋯」
アンドリューににらまれて、ペルタは慌てた。
「私だって、電撃をくらったんだから、おあいこでしょ? さっさと決着がついたこと、喜びましょう」
アンドリューは仏頂面で目を閉じると、イスに深く座り込んだ。ペルタはほっとして、頬杖をついた。
◇◇◇◇◇◇◇
ルイスは宣言通り、すぐに手紙を書きはじめたが、ユメミヤのことは書けなかった。しかし、書いている内に、キャロルへの気持ちをしっかりと思い出せた。
書き終わって、ルイスは胸の奇石に手を当てた。
早く王子様になって、お姫様と結婚して、めでたしめでたしになりたいものだなと、心から思った。




