第80話 成長
ルイスとユメミヤが町を回っている間、アンドリューとペルタは役場に居た。
小綺麗なカウンターに寄って、アンドリューは嵐の被害状況を聞いた。受付の年配の男はアンドリューの顔見知りで、世間話するように教えてくれた。
「町外れの老木がついに倒れたわい。後は、店の看板が飛んだり、目立つ被害はそんなとこだな」
「犯罪は?」
「おかげさまで、なにもなかったよ」
受付の男は勇者アンドリューに、礼を込めた笑顔を見せた。王子のお膝元の町は、王子や勇者の見回りが活発なため常から平和だった。
「なんですって!? カロスが逃げた?」
平和な町に安堵したアンドリューの耳に、ペルタの不穏な話が聞こえてきた。
アンドリューから離れた受付で、ペルタは役場の若い女と話していた。
「どうも、女が手助けしたようです」
カロスはルイス一行が訪れたドラゴン祭りで、ペルタが出会った男だった。カロスは完璧な美貌の男で、それを使ってペルタや女達を操り、ドラゴン祭りを滅茶苦茶にしようとした罪で、勇者達に捕縛されて牢に入れられていた。
無法地帯のオトギの国にも牢屋はある。しかし、牢番が常態していないため、一度牢に放り込まれたら、放ったらかしという牢屋だった。逃げ放題だった。
「二度と、カロスが捕まることはないでしょう」
ペルタがため息とともに呟いた時、アンドリューが側に来て、恐い顔でペルタを見下ろした。
「お前も、カロスを見かけても、なにもせず逃がすのだろうな⋯⋯」
確認するように聞くアンドリューのマントに、ペルタはしがみついた。
「悔しい! なにもできない自分が!」
アンドリューに図星をつかれて、ペルタは振り絞るように言った。アンドリューは険しい顔で目を閉じた。
「悔しいのは、俺だ!」
カロスに操られたペルタに、アンドリューは眠り薬を盛られ、無様に眠りこけるという醜態を演じていた。やられっぱなしのアンドリューは、カロスと彼に騙されたペルタや女達を苦々しく思っていた。
「これに懲りたら、せめて王子以外の男に目移りするのは、やめるんだな!」
「無理よ! もしかしたら、森で出会った薄汚い旅人が、実は王子様かもしれないし、町で出会った完璧に美しい男が、実は王子様かもしれない! 王子様は、どこにでも居るのよ!」
ペルタの主張に、役場の若い女はうんうんと何度もうなずいた。
「全く、王子様とは厄介な生き物だ!」
アンドリューは苦り切った顔で悪態をついた。
役場を出たアンドリューとペルタは、時計を確認した。
「まだ、ルイス達が戻るまで、時間があるな」
「ふたりは、どこで買い物してるかしら?」
アンドリューとペルタはなんとなく、ルイス達の後を追うように、町を歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇
その頃、ルイスとユメミヤは公園のベンチに座って、木の実のカップケーキを食べていた。
嵐の後の公園は、小枝が散らばっていたが、水に濡れた木々の葉は、太陽光にきらめいて綺麗だった。
ルイスとユメミヤは足元に集まった鳩達に、甘酸っぱい木の実やケーキのかけらをわけてやった。そんなほのぼのしているルイスとユメミヤに、ふたりの男が近づいて来た。
ルイスが警戒の目を向けた時には、鳩を蹴散らすようにして、目の前に立ちふさがった。男達は若く、冒険者風の格好だった。
「あの男はそうは見えなかったが、お前達を見るに、王子と関係があるのは、本当のようだな」
ルイスはいつもの勇者服だったが、髪も服装も綺麗にしていたし、ユメミヤは真新しいワンピースを着ていた。男達はそんなふたりをよく観察して言った。
ルイスは男の話しと、酒に赤くなっている顔で、酒場からついて来たのだとわかった。酒場でレオドラは、自分が王子だとでも口走ったのか。
レオドラさんは、とんでもない者を残して行ったなとルイスは思ったが、酒場に入った自分の軽率さも原因だと悔やんだ。ユメミヤに自分の腕のバリア装置を渡しておけばよかったと、それも悔やんだ。
ルイスとユメミヤはお互いを守りたい思いで、男達を冷静に見ていた。
そんなルイスとユメミヤの緊急事態を、男達の背後の木々の陰から、アンドリューとペルタが見ていた。
「一足遅かったな」
「私がふたりを、男達から引き離すわ」
ペルタがアンドリューに負けず劣らず、勇者の鋭い顔つきで言った。勇者らしい、危機への迅速な反応だった。
「うむ、どうやってだ?」
「ルイス君のお姉さんのフリをするのよ。弟のデートを散々ひやかす姉の登場に、男達があっけにとられている隙に、素早くふたりを逃がすわ!」
「⋯⋯その救出方法だけは、阻止しなければな」
「なによっ⋯⋯大丈夫なの? 男達だけを狙える?」
アンドリューの電撃なら、ここからでも男達を倒せるが、コントロールの精度をペルタは心配した。
「大丈夫だ、コツコツ修行をつんできた。後ろをとっている内にやる」
アンドリューは右腕を、男達の後ろ姿に伸ばした。
「いざとなったら、ユメミヤがルイス君を庇ってくれるわ」
「よし⋯⋯ドラッ!」
アンドリューは握りこぶしに溜めた電撃を、手を開いて解放した。電流は投網のように、男達に襲いかかった。
「王子様、金目の物をくれないか? さもないと、そっちのおビ!!」
余裕の男達が、いきなり細かい電流に包まれ、体を痙攣させだしたのを見て、ルイスとユメミヤはアンドリューの電撃だと察した。ユメミヤは体を張ってルイスを電撃から守った。ルイスもそんなユメミヤを守ろうとした。
結果的に抱き合うふたりの前で、男達は倒れふした。
「大丈夫か! 上手くいったか?」
「絵に描いたような、子悪党の最後だったわね」
アンドリューとペルタが、ふたりの元に駆けつけてきた。
「アンドリューさん、上手くいったよ!」
「おお、お前達に怪我はないか。やったぞ!」
笑顔のルイスとユメミヤに安堵して、アンドリューは気絶した男達を、ベンチに座らせて様子を見た。
「脈もある、怪我もない。痺れているだけだな」
男のひとりは目を覚ましたが、ぼんやりしていた。
「悪いことは、しないことだぞ」
放心常態の男達にアンドリューは諭すと、ルイス一行は公園を出た。
「ありがとう、アンドリューさん。助かったよ」
「ありがとうございました」
「俺達が来なかったら、どうするつもりだったんだ?」
アンドリューが解答をチェックしようと聞いた。
「もちろん、隙を見て、アンドリューさん達のところに逃げるつもりだったよ」
「うむ⋯⋯ルイス、お前少し酒くさいぞ?」
解答に満足したのもつかの間、アンドリューは顔をしかめた。ルイスはギクリとしてすぐに白状した。
「実は、酒場をのぞいてみたんだ。窓からだよ! そうしたらレオドラ王子が居たから、酒場に入って話したんだ」
「レオドラ様!? どこどこ?」
ペルタが素早い反応を示して、辺りをキョロキョロした。ルイスは思わず笑った。
「レオドラさんは、苦手じゃなかったの?」
「苦手は克服すべきでしょ?」
ペルタは本当に王子様が好きだなと、ルイスは感心してうなずいた。
「レオドラさんは、もう帰っちゃったよ。ソニーに乗ってね」
「そうか、俺達も帰るか」
三人は驚きの顔で、アンドリューを見た。
「えっ? 買い物は?」
「お昼ご飯は?」
今度はアンドリューが、驚きの顔で三人を見た。
「恐い目に遭って、早く帰りたいんじゃないかと思ったが、タフだなお前達は」
アンドリューも気を変えて、ルイス一行は昼食を食べることにした。
◇◇◇◇◇◇◇
ルイス一行は町で1番大きなレストランに入り、白いテーブルクロスのかかった四角いテーブルを囲んだ。
テーブルには、それぞれの注文した料理と、真ん中にドラゴンの唐揚げがのった大皿と、鳥の丸焼きがのった大皿が置かれていた。
「ユメミヤ、ドラゴンの唐揚げ美味しいよ」
「ドラゴンの唐揚げですか!? た、食べません」
ルイスの勧めを、ユメミヤは頑なに拒んだ。ドラゴンを愛するルイスに、ドラゴンを食べる姿は見せたくなかった。万が一にも、嫌われる危険のある行為は避けたかった。
「わかるわ、ユメミヤの気持ち。繊細な気づかいが」
そう言いつつ、ペルタは唐揚げにフォークを突き刺すと、一切遠慮なく食べた。釣られてルイスとアンドリューも食べたが、ユメミヤはやっぱり食べなかった。
ルイスはそんなユメミヤに、鳥の丸焼きを切り分けた。ユメミヤはそれは素直に食べた。
「鳥の丸焼きは、オトギの国のごちそうだけど、珍しくはないよね」
「いいえ、味つけがイクサの国と違って珍しいです」
それから、一同自分の注文した料理を食べ始めた。
ルイスは城の暮らしを忘れようと、大きなハンバーグステーキを注文したのに、いざとなるとフォークとナイフを繊細に使って、行儀よく食べる自分に成長を感じた。
ルイスだけでなく、一同が姿勢も行儀もよく料理を食べていた。
「ルイス、城での修行の成果が見えるな」
野性的なステーキを丁寧に切りながら、アンドリューが笑顔で言った。
「ありがとう。みんなも、王族に見えるよ」
「王族は大げさだろう」
ニヤリとするルイスに、アンドリューも笑った。
「口のまわりが、全然汚れてないわ!」
トマトソースを絡めたパスタを食べているペルタが、手鏡を見て驚きの声をあげた。
「これなら、お城で食べても大丈夫ね」
ルイスとアンドリューは、ペルタの成長に感心してうなずいた。
「私も、やっとカチャカチャ音をたてずに、食べられるようになりました」
ユメミヤも焼きソーセージと茹でたジャガイモにナイフとフォークを使いながら笑顔で言った。
「ユメミヤ、ナイフとフォーク重くない?」
ルイスは大きなナイフとフォークを見て聞いた。
「はい、城のより少し重いですけど」
ユメミヤが笑顔で答える横で、ペルタが驚きに身を乗り出した。
「ルイス君?! まさか『お姫様はナイフとフォークより重いものを持てない』なんて、信じてるんじゃないでしょうね? ま、信じてくれてた方が、私は嬉しいけど。素晴らしい王子様が誕生しそうね!」
「さすがにそれは信じるな。荷物持ちにされるだけだぞ」
「忠告、ありがとう⋯⋯」
勝手なことを言うペルタとアンドリューにあきれるルイスに、ユメミヤが微笑んだ。
「ルイス君を、荷物持ちになんかさせません」
「ありがとう。ユメミヤがお姫様なら、安心だね」
ルイスの言葉に、ユメミヤは頬を染めて、アンドリューとペルタはギョッとした。
レストランを出たルイス一行は、買い物をしてから帰路についた。ルイスとユメミヤは手を繋いで帰り道を歩いた。
アンドリューとペルタは後ろを歩きながら、繋がれた手から目を離せなかった。




