第79話 嵐の後は
ファルシオン王子のサプライズパーティーの翌日、ルイス達は客間で、朝のお茶の時間を過ごしていた。
「これから、役場に行ってくる」
お茶を済ませたアンドリューが、厳粛な顔で告げた。
「いってらっしゃい」
気の抜けた返事をしたペルタを、アンドリューは鋭い目で見た。
「お前も勇者なら、ついてくるんだな。嵐の時は、事件や事故が起きやすい。自分の居る場所でなにが起きているか、役場に行って聞くんだ。情報交換は大事だぞ」
「役場で情報交換する勇者なんて、聞いたことがない!」
ペルタはルイスとユメミヤに驚きの顔を向けた。
「うんうん、勇者が情報交換するのは普通、役場じゃなくて酒場じゃないかな? アンドリューさんはいくらなんでも、真面目過ぎるよ!」
騒ぐルイスとペルタに、アンドリューは眉根にしわを寄せた。
「役場の情報のほうが確実だ! 酒場を侮っているわけではないが、ルイスの護衛をしている間は、酒場に行くのは控えたほうがいいだろう」
「そうね、厄介ごとが絶えない場所だもんね」
「お前は、絶対に行くな。厄介を起こす側だからな」
「酒場か、行ってみたいな。いや、行かないよ!」
ルイスは慌てて、アンドリューの視線に答えた。
「僕もついて行っていいかな? 町で買いたい物があるんだ」
「もちろんだ。そこそこ大きい町だ、欲しい物が買えるといいな」
ルイスはユメミヤに笑顔を向けた。
「ユメミヤも行かない?」
「えっ」
「オトギの国に来たばかり、だったよね? 町を見てまわるのも、楽しいんじゃないかな? 珍しいお菓子を食べようよ」
ユメミヤは頬を桃色に染めたが、視線を下に向けた。
ルイスの誘いに飛びつきたい思いを、片想いで終わらせようという思いが止めていた。ユメミヤは意見を求めて、ペルタの目を見た。
「いいじゃない? みんなで行って、ご飯でも食べて帰りましょうよ」
ペルタはユメミヤの視線に力強く応えて、立ち上がった。ユメミヤはルイスに笑顔でうなずいた。
◇◇◇◇◇◇◇
まだ雨がりの匂いのする砂利道を、ルイス一行は町に向かって歩いた。
「滑らないようにね」
砂利に水気があるので、ルイスはユメミヤを気遣って言い、ユメミヤは嬉しそうにうなずいた。
そんなふたりを、アンドリューとペルタは後ろから見ながら歩いていた。
「王子様のエスコート、羨ましいわ」
微笑ましいルイスとユメミヤにペルタはフフフと笑い、アンドリューも笑みを浮かべていた。
町の役場に着くと、ペルタはルイスとユメミヤを追いたてるように、片手を振った。
「私達が役場に居る間、ふたりで町を回ってね」
アンドリューが懐中時計を出した。
「1時間後に、戻って来てくれ。昼メシを食べよう」
「わかった」
ルイスは笑顔で答えて、自分も腕時計を確認した。
アンドリューが注意事項を告げる前に、ルイスとユメミヤは役場の階段を降りて行った。その楽しそうな後ろ姿を、アンドリューとペルタはぼう然と見送った。
アンドリューが険しい顔で、腕を組んだ。
「キャロルはどうした?」
「ルイス君に聞いてよ⋯⋯」
「下手に口を出して、巻き込まれては困るからな」
巻き込まれたことがあるのかと、問いかけてくるペルタの瞳を、アンドリューは目を閉じて避けた。
「お前は、キャロルの味方をしないのか?」
「⋯⋯ユメミヤには、ふたりの邪魔をしちゃダメって言っておいたけど」
ペルタは力なく肩を落として続けた。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえと言うから、ユメミヤにしたら、私こそ邪魔者かもね」
「馬に近づかないことだな」
真剣なアンドリューを、ペルタは力なくにらんだ。
「ルイス君の言うとおり、今日は真面目過ぎるわよ」
「俺は、いつも通りだ」
力強く断言するアンドリューを気にせず、ペルタは力なく考え込んだ。
「オトギ話の王子様じゃないし、出会う女の子はお姫様ひとり、という訳にはいかないわよね」
「とりあえず、オトギの国という、夢うつつな国名を変えないとな」
アンドリューは懐から、丸めた国名変更署名用紙を出して、息をはいて肩の力を抜いた。
「下手に関わらないにしても、護衛としては、ついて行くべきだったか」
「大丈夫でしょ、見たところ平和な町だわ」
ペルタは眼前の景色を見回した。歩道の両側に、1階を店舗にしたレンガの綺麗な家が並び、どこまでも続いていて、人通りも多く賑わっていた。
ルイスとユメミヤを信じて、アンドリューとペルタは役場に入った。
◇◇◇◇◇◇◇
人通りの多い道を、ルイスとユメミヤははぐれないように、寄り添って歩いていた。
「武器屋があるかな? 叔母さんの警棒を買いたいんだ。武器屋に売ってるか、わからないけど」
「叔母様に?」
「うん、勇者にならず王子になるお詫びと、お世話になっているお礼に、新しいのを送ろうと思うんだ」
「偉いです」
ルイスが王子になるための攻防で、叔母から取り上げた警棒はかなり傷んでいた。それで思いついたことだった。
武器屋を見つけて、ふたりは中に入った。
広い店内には、剣や盾が魅力的にディスプレイされていて、ルイスの目を惹いた。ルイスがあらぬところで立ち止まっている間に、ユメミヤが警棒を探した。
警棒も色々な種類があった。ルイスはユメミヤにも振ってもらい、1番使いやすいと思ったのを選んだ。
「ユメミヤも持っていたほうが、いいんじゃない? だけど、警棒を使うには、腕力がいるかな?」
ルイスはさっき、ユメミヤが警棒を頼りなげに振っていた姿を思い出した。ユメミヤも自信なさそうだった。
「ふたりで旅をしてるのかい? 女の子の武器が警棒ひとつじゃ、なんとも心もとないね」
通りかかった、店主のおじさんが言った。
「武器は多い方がいいですよね。アンドレアさんも、体中に武器を隠し持ってるって言ってたな。どんな武器がいいか、みんなに聞いてからにしようか?」
叔母の警棒だけを買い、プレゼント用に包装してもらって、ふたりは武器屋を出た。
「次は、お菓子を探そうか」
並ぶのは服屋や食べ物屋など、なんの変哲もない店だったが、異国というだけでふたりを魅了した。
「酒場だ! ちょっとだけ、いいかな?」
ルイスはユメミヤをつれて窓に近寄った。笑い声が聞こえてくる、開いている窓からルイスは中をのぞいた。
木の造りの明るい中では、いくつかの丸テーブルを囲み、客達が酒を飲んでいた。奥ではアコーディオンを弾いている者が居て、陽気な音楽が聞こえてきた。
理想通りの風景を、ルイスは夢中で眺めた。
「あれ、レオドラさん?!」
ルイスは男達の中に、レオドラ王子を見つけた。
「ここに居て」
ユメミヤに告げると、ルイスは酒場に入った。ユメミヤは入り口の柱にしがみつき、ルイスの後ろ姿から目を離さなかった。
少年のルイスを誰も気にしなかった。さすが無法地帯だなと思いながら、ルイスは幸せそうにテーブルに突っ伏している男の前に立った。
「レオドラさん? ルイスです!」
「⋯⋯おお! ルイスか!」
レオドラはルイスの顔を見ると、体を起こした。
レオドラの手にはしっかりと、ビールのジョッキが握られていて、肩まで伸びた茶髪を乱し、彫りの深い端正な顔も、たくましい体も酒で赤くなっていた。仕立てのいい白シャツに黒いズボンとブーツを履いていて、王子らしい物はそれだけだった。
「君に会いに来たんだぞ。会えてよかった、乾杯!」
レオドラがジョッキを掲げると、同じテーブルの男達が、事情を知ってか知らずかジョッキを掲げた。
「君の叔母上が、えらくお怒りの電話をかけてきてね。『もう貴方の魔の手まで、伸びているとはね。ルイスは渡さない!』とかなんとか。電話越しでも、俺は恐怖に震えた。まさに、魔女の迫力だったな!」
「カエルにされる前に、飲もう!」
同じテーブルの男がそう言って、酒場中が「カエルにされる前に飲もう!」の大合唱になった。
「叔母さんは、どういう存在なんだ?」
客達の悪のりなのか本気なのか判断つかずに、ルイスは呟いた。レオドラが笑った。
「そういうことで、気になって飛んで来たんだ」
「飛んで来たんですか? 叔母さんからの電話って、何日も前のことですよね?」
叔母がその件で、ルイスのところにやって来たのも、何日も前だった。レオドラのところに抗議の電話をかけたのは、さらに前のはずだった。
「ああ、ここにつくまで、少し寄り道したからな。カーム王子の城も通り越して、酒場に来てしまった」
「通り越さないでください⋯⋯」
ルイスはさすがにあきれて、突っ込みを入れた。
「心配したのは、本当だぞ?」
「ありがとうございます」
わざわざ会いに来てくれたレオドラに、ルイスは嬉しくなって笑顔で礼を言い、真剣な顔のレオドラに、叔母と和解するまでのいきさつを話した。
「よかったな、魔女は去った! 乾杯!」
レオドラと男達はまたジョッキを掲げた。今度は「魔女は去った」という即興の歌が合唱されたが、ルイスは笑顔でその光景を見守った。
「問題が解決したなら、帰るとしよう!」
「ソニーと来たんですか?」
ルイスはドラゴンに会えるのを期待して聞いた。
「ああ、だけど、怒ってどこかに行ったかもな」
軽く言うレオドラを、ルイスはキッと見つめた。
「大事にしてください。さもないと、僕が」
「わ、わかってる。さぁ早く出よう」
ルイスの凄みにうろたえて、レオドラは素直に答えると金を払い、ルイスの肩を押して酒場を出た。
「おや、可愛いお姫様だ。デート中だったのか」
無事に出て来たルイスに、ピタリと寄り添うユメミヤを見て、レオドラがひやかした。
「邪魔はしない、またな! 城で待ってるぞ!」
ルイスが動揺している間に、レオドラは片手を上げて、ルイス達に背を向けた。
「せっかく来たのに、城に行かないんですか?」
「いいんだ、城は堅苦しい。カーム王子の城は、女が沢山居るが、俺の考えている城とはどうも違う」
「全然違いますよ」
「だろ? ルイスにこうして会えて、ラッキーだった! また会おう!」
レオドラは笑顔で言って、人混みに紛れてしまった。後ろ姿を見送ったルイスは、レオドラの腰に剣が差してあるのを見たが、細い剣なので心配になった。
ルイスはユメミヤをつれて、レオドラの後を追った。
道のはずれで、レオドラを完全に見失って途方にくれていると、前方の上空にドラゴンが現れた。
「ソニーだ! 待っててくれたんだ」
背中にレオドラが乗っていた。ルイスとユメミヤは遠のくソニーとレオドラを、手を振って見送った。
「ルイス君、酒場に入ったりして、お酒くさいです」
突然のレオドラ王子との出会いと別れに、ルイスがほっと息をつくと、ユメミヤがニヤリとして言った。
「しまった、アンドリューさんに酒場には行かないって言ったのに、まずいね」
ルイスは服の匂いを嗅いで慌てた。ユメミヤが袖を使い、鳥が羽ばたくようにしてルイスに風を送った。ルイスは腕時計を見た。
「まだ1時間経ってないよ。お菓子を買って、公園かどこかで食べようか。匂いがとれるといいけど」
ユメミヤが待ってました、と言わんばかりの笑顔でうなずいた。
「振り回して、ごめん」
「楽しいです」
申し訳ない笑顔のルイスに、ユメミヤは微笑んで答えると、ふたりは菓子屋を探して歩き出した。




