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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第5章

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第77話 お城で伝説をつくる

 カーム王子の城に訪れたブロウ王子に、ルイスは廊下で出会い挨拶した。


 お辞儀するルイスに、ブロウはにこやかにお辞儀を返した。


「この前、ルイス君の叔母上様が来たよ」


 ルイスが尋ねる前に、ブロウはその話題を出した。


「ルイス君が聖地で王子になろうと試みた話をしたらね、恐い顔になって⋯⋯あれこそ、怒れる魔女いや、オトギの国の女王! 首をはねられるかと思ったよ」


 怯えたり笑ったりするブロウに、ルイスは深くお辞儀してから、叔母は自分を勇者にしたがっていたこと、無事和解したことを話た。


「そうか。こう言ってはなんだが、最大の敵を退けたわけだ。よかったね」


 ブロウはルイスの肩を叩いて祝い、ルイスも感謝の笑顔を返した。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 ブロウは談話室に向かい、集まった女性達から話を聞いた。これから執筆しようとしている、オトギの国の本の題材についての聞き取りだった。


 楽しげなブロウ達を、少し離れたテーブルから、ペルタとアンドレアが力なく見ていた。


「私はもう、この城じゃブロウ様に近づくこともできない。デートしたこと、自慢しなきゃよかった⋯⋯」


 アンドレアが悲しげにうつ向いた。


「アンドレアはいいわよ、デートしたんだから。私は、その場に居たというだけで! 近づけないのよ? 巻き添えもいいとこだわ!」


 ペルタは悔しげな怒った顔でそっぽを向いた。


「ごめんね⋯⋯」

「いいの⋯⋯自慢するまでが、王子様とのデートよね。タリスマン様も来てたわね」


 ♢♢♢♢♢♢♢


 その頃、タリスマンはひとり、城を興味深そうに彷徨(うろつ)き、中庭に面した外廊下でキャンバスに向かうファルシオン王子を見つけた。


「だ、誰ですか?」


 後ろから絵を覗きこんできた、地面につきそうな長髪に白い衣、体からわずかに光を発する謎の男に、ファルシオンは驚いて問いかけた。


「我はタリスマン。画家か?」

「はい。後、王子もしてます」


 タリスマンを神聖な者と勘違いしたファルシオンは、丁寧な口調で答えた。タリスマンは絵の具のついたファルシオンの柔和な顔と、ワイシャツに茶色のズボン姿を意外そうに見た。


「王子様だったか。我の絵を描いてくれてもいいぞ」


 言ってから、タリスマンは絵のタッチに眉を寄せた。


「この優しい感じでは、我の威光(いこう)の力強さが出せないか」


 タリスマンのマイナス批評(ひひょう)に、ファルシオンはムッとした顔になった。


「だったら、描かないよ! 眩しくて目がチカチカするから、向こうに行ってほしいな!」


 ファルシオンの剣幕に、タリスマンはすごすごと離れてから振り返った。


「我の活躍を、絵本にしてくれても、いいぞ⋯⋯?」


 ファルシオンが振り向くことはなく、タリスマンはしょんぼりとその場を後にした。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 ルイスが客間に入ると、タリスマンが長椅子に横になって、袋入りポテトチップを食べていた。女の人達が幽霊のような男と言っていたのは、やはりタリスマンだったかとルイスは思った。


「来なきゃよかった!」


 不服そうな顔で、タリスマンは吐き捨てるように言った。


 神秘的な姿にポテトチップ、ミスマッチ過ぎる姿に脱力するルイスを気にせず、タリスマンは機械的に食べた。


「我に相応しい玉座があると思って座ったら、女どもに追い払われたぞ? カーム様だけの玉座! とか言いながらな」


 カームをよく知らないタリスマンは、せせら笑った。


「人の玉座に、勝手に座っちゃダメですよ」


 ルイスの注意に、タリスマンは子供のように視線をそらせただけだった。そこへ、ペルタが盆にお茶を載せて現れた。


 タリスマンから思わせ振りに洞窟に誘われているペルタは、嬉しそうに(うやうや)しく、盆を胸の上に捧げ持っていた。

 しかし、タリスマンの無気力な姿を見ると、ムッとした顔になり、盆を腹のところまで下げた。


「ポテトチップも、そんな食べ方も、全てが似合いませんわ!」

「炭酸がよかったな」


 タリスマンは寝たままポテトチップを食べながら、ティーカップを見て文句を言った。


「ご自分で取りに行けばいいですわ!」


 ペルタはテーブルに盆を置くとさっさと出ていった。ルイスはふたりに両親を重ねて脱力した。


「来なきゃよかった」


 タリスマンはまた言うと、喉の渇きに大人しく紅茶を飲んだ。


「ルイス、なにか面白いことをしてくれ」

「僕は道化師じゃないですよ。お断りです」


 ルイスは素っ気なく断ったが、カームから借りた携帯型ゲームを渡した。タリスマンは喜んで長椅子に寝転ぶとゲームを始めた。


「オトギの国が舞台か⋯⋯我もいつかゲームに出たい。いや、出る! 我を追い払ったこと、後悔させる! 覚えてろ!」


 吐き捨てると、タリスマンはゲームに集中して黙り込んだ。

 ルイスはイスに座って、タリスマンを見ていた。

 そこへ、ペルタが戻って来て、タリスマンを不満そうに見たままルイスの横に来た。


「ルイス君、行きましょう。ここに居たらよくないわ。王子様の修業をしましょう」


 力なくルイスの手首を引っ張る、タリスマンに失望した様子のペルタに共感して、ルイスは立ち上がった。


「そうだぞ、ルイス。我は王様だからいいが、王子様はダメだ。ゲームより修業しろよ」


 ひとりごとのようにタリスマンが言った。ルイスには、王になる前のタリスマンの暮らしは見えるようだったが、今のタリスマンから王要素は見えなかった。


 ペルタと共に去りかけたルイスは、タリスマンの元に行った。


「タリスマンさんには、修業は必要ないかもしれないけど、このままじゃ王様には見えませんよ。タリスマンさんは、昼は実力が発揮できないから、夜になったら、なんとかしないと」


 真剣に考えるルイスに、タリスマンも興味を持ってゲームを止めると体を起こした。ペルタも不思議そうにルイスを見た。


「なんとかって?」

「現実で、女の人達を後悔、いや、驚かせるんですよ! タリスマンさんらしい、神秘的なやり方がいいですよね」

「俺らしいか。やはり、夜を待つしかないな」


 タリスマンもやる気になって、ニヤリとした。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢


 その夜、中庭に佇むタリスマンを、外廊下の柱の陰から女性陣が見つめていた。


 タリスマンは女性陣から近すぎず遠すぎず、顔がよく見えない絶妙な距離で月を見上げていた。


 誰の目にもタリスマンは、突如夜の闇から現れ、神秘の光を放つ神聖な者にしか見えなかった。


「なんて、神秘的な方⋯⋯」

「近寄れない⋯⋯」


 あまりの神秘さと近寄り難さに、昼間の城をうろつくタリスマンと結びつける者は居なかった。


 演出を担当したルイスは、廊下の端から見守りつつ、成功の喜びの笑いをこらえていた。


 後は、立ち去り方だったが、そこはペルタがサポートした。

 ルイスに言われた通り、ペルタはタリスマンに走りよろうとして、突然倒れた。驚いた女性陣はペルタを取り囲んだ。その隙にタリスマンは闇に消えた。


「あまりの威光に、気絶してしまったの⋯⋯彼こそ伝説の、光と闇の王!」


 助け起こされたペルタは、タリスマンに言われた通り言った。

 皆、『光と闇の王』に首をかしげたが、うっとりとした顔で庭を見つめていた。


 この様子を、バルコニーから王子達が見物していた。


「タリスマン君、ホタルの真似かな?」


 タリスマンに付き合って、城に泊まることになったブロウが庭を眺めたまま、不思議そうに呟いた。


「巨大なホタルでしたね。違うでしょう」


 アンドリューがやんわりと突っ込みを入れた。


「冗談だよ。女性達は驚いていたね。参考になったよ」


 ブロウは貪欲に、自分の本に生かそうと考えた。


「僕もあんなに神秘的な人は、初めて見たよ。絵本にしてもいいかな」


 昼間のやり取りを水に流して、さらにタリスマンを見直したファルシオンが、はしゃいで言った。


「俺は城に来る前、森の中で、彼に会ったことがある。さっきのように光る姿に驚いて膝まついてしまった。そして、目を閉じて祈りを捧げている間に、居なくなっていた」


 ゲオルグの体験に、ファルシオンとブロウは可笑しそうに笑った。


 そこへ、ルイスとタリスマンが部屋に入ってきた。


「どうでしたか?」

「上手くいって、なによりですよ」


 ふたりの(くわだ)てに、全面協力したカームが笑いかけた。カームの見方が変わったタリスマンは、感謝の眼差しを彼に向けた。


 堂々とした態度を取り戻したタリスマンは、皆の前に進み出た。


「さっきの我の姿も、伝説の1ページにくわえてくれ! ブロウ王子!」

「御意!」


 タリスマンの勢いにつられて、ブロウは胸の前に片手を当てた。


「凄い、カッコいいぞっ」


 ファルシオンは少年のような笑顔を見せた。ゲオルグも畏敬の念を込めた目で、タリスマンを見つめた。


 ルイスとタリスマンは喜びが覚めやらず、飛び跳ねながらハイタッチを交わした。


「あれ? 神秘さが消えた?」

「普通の人なのか?」


 少子抜けするファルシオンとゲオルグだったが、気を取り直してふたりの喜びに加わった。

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