技術世界のがらくた塔
ドスン、と強い地響きで目が覚めた。時計を見ると起床時刻には少し早かったが、ベッドから起ち上がる。
脳をなんとか回し、朝食の準備に取り掛かった。
この大きな音はここでは日常的なことだけど、何回体験しても慣れなかった。これは僕が暮らしているこのがらくた塔に、がらくたが落とされた音だ。
人類の世界は稀に急速に進化する。あるときに天才が現れてから、世の中がとても便利になったらしい。
昔の人から見たら夢物語のような、数多の願いを叶える装置やロボットが次々と開発されていった。人工知能を持つアンドロイドや、無人で作物を育てる施設。果てには災害を制御するシステムまで及んだ。
人間社会に機械が溢れかえり、それらはとても便利だった。が、同時に壊れたときの処理もまた大変なものになっていった。
特に家庭に措かれる機械類は、廃棄するための処理が面倒との声も多く、不法投棄が後を絶たない。
その不法投棄場所として有名なのがこのがらくた塔だ。大きな湖の真ん中にあるちょっとした陸地に、どこからともなくがらくたを運んできて、空から落とす。それがいくつも積み重なって、やがて塔のように高くそびえ立つ姿となった。
そんながらくた塔の中に空間をつくり、僕はそこで暮らしている。ここにあるものは正常とはいえないものばかりだけど、上手く使えば十分に活躍させられ、生活には困っていない。
水タンクを見るとすっかり空になっていて驚いた。よく見ると辺りの床は湿っていて、恐らく倒して零したのだろうと考える。
そんなことをしてしまうのは、彼しかいない。
外に出ると案の定、水くみ器の前で四苦八苦している者がいた。
「おはよう、シィ」
「ああ、おはようございます、クラムさん」
僕が話しかけると彼は慌てたように挨拶を返した。ちらりと自分の手元を見てから、申し訳なさそうに言葉を続ける。
「すいません。今朝わたくしの不注意で水タンクを倒してしまったのです。あなたは毎朝のコーヒーが日課ですから、急いで水を汲もうと思ったのですが……」
シィは持っている紐を揺らした。
水くみ器はバケツと紐に簡易的な装置をつけたもので、そのまま汲むより楽に出来るようにした。が、シィは不器用さで、どうやら紐が装置から外れてしまったようだ。
「そう。朝から大変だったね」
「怒っていますか……?」
「まさか、こんなのはすぐ直るよ。じゃあ僕が水を汲んでいる間、朝ご飯を作ってよ。久しぶりに食べたくなったんだ」
そう言うと彼は嬉しそうに頷いた。
シィはここに捨てられていた、家庭用お手伝いアンドロイドだ。パーツが所々外れがらくたに混じって眠っていたところを見つけ、再び動かしてあげた。ヒト型が捨てられたのは珍しかったので、仲間が欲しかったのだ。
驚いたことに、彼はネジを回して動き回るタイプだった。
これは世界に機械が増え始めたころ、動力源による環境破壊が危惧され、一番エコな発電方法としてほんの一時期取り入れられていた方式だ。僕が生まれるより前のことなので、シィは年上ということになる。
実際身長や容姿もお兄さんらしいのだけど、上手く身体が動かないのかおっちょこちょいな面が多々あるのでそういうところはかわいいと思っている。
▽▽▽▽▽
無事朝食とコーヒーを終え、僕は再び外に出た。
ここで出来ることなんか限られている。大半はこのがらくた塔を漁り、適当なものを弄る日々だ。
丁度昨日、ホットプレートを修復し終えたので、また新たに見つけなければならない。
しばらく見繕っていると、中からシィが出てきた。
「クラムさん」
「うん? どうしたの」
「お手数ですが、またネジを回して下さい」
「あぁ」
シィのネジはとても燃費が良く、一度回せば一日もつ。なので数日置きに何回か回せばそれでよかった。
僕は背中を向ける彼に近づいた。その時、ドスンと大きなあの音が響く。
昼間に落とすなんて珍しいなあと思い見上げると、遠い影が怪しく動いているのが見えた。
「あ」
認識して、理解して、少し仰け反ることしか出来なかった。
「シィ!」
「?」
空から降ってきた大きな機械は、引き込まれるようにシィに直撃した。その反動で彼は後ろに倒れる。
丁度、そこは湖のすぐそばだった。
バシャン
豪快な水しぶきに覆われて、シィと機械は消えた。
▽▽▽▽▽
潜水用のスーツと酸素タンクに繋げたボンベ。少し性能に不安があるが、なんとかなるだろう。
大きな機械と共に沈んだシィは、今頃湖のそこで動けなくなっているだろう。人と違って中身は装置なので、自力で浮くことは出来ない。
大切な友達を助けるため、僕は意を決して湖に飛び込んだ。
水の中でゆっくり息を吸うと、酸素が入る感覚がしてホッとする。
湖に潜ったことは数回ある。しかし深いところまでは行ったことがないので、はたして底がどこまでなのかはわからない。
そのとき、視界の右端から黒い影が迫るのが見えた。
「?!」
驚いて見やると、それは魚のようなシルエットだが動きが不自然だ。くねくねと四方八方に方向転換する。
「……ああ」
あれは浄水精製装置だ。工場の排水が問題になったころに考案されたもの。
水を吸い込み、中でどうにかなって、きれいになって排出する。
そういえばこの湖がやけに綺麗なことが不思議だったが、あれのお陰だったのか。何故ここにあるか分からないが、今でもその機能は健在らしい。
更に深くすすむ。ここは不法投棄場所とは思えないほど綺麗で、生き物も住むほどだ。
たまにすれ違う魚たちを確認しながら、まだ生命が途切れていないことに安堵する。また一匹、錦鯉が目の前を泳ぎ去っていった。
「……ん?」
もう一度目で確かめると、それは確かに色鮮やかな錦鯉だった。
「あんなものまであるなんて」
もちろんここがいくら綺麗でも錦鯉が棲息するはずはない。あれもロボットだ。本物そっくりの見た目と動きを持つ観賞用。本物と違って餌を与えたり体調を気遣う心配がない。
気づけばかなり奥深くまで潜っていたようで、ちらほらと岩が現れて始めた。その岩にも、捨てられた機械が転がっている。
冷やすことしか出来ない保存庫、旧式の掃除ロボット、あらゆる機能を詰め込んだ携帯端末、室温を管理する空調機器……。
塔からこぼれ落ちた歴史の産物たちが、深海を飾っている。
「――クラムさん]
「……!」
底に目を凝らすと見慣れたものが見えた。
「シィ!」
彼は手を振って答える。どうやらネジはまだ回っているようだ。
酸素ボンベに取り付けたコックを回し、ホースから吹き出るようにする。素早くシィに近づくと、彼は困ったような顔をして言った。
「この機械に足が挟まれて動けないのです。なんとかできませんか?」
「よし、ちょっとまってて」
シィの足と機械の隙間にホースを入れる。一気にコックを回し最大出力にすれば、ボゴッという大きな音と共に機械は傾き、なんとか転がすことに成功した。
「ありがとうございます。まさかこれが降ってくるとは」
「次は屋根を作ろうと思ったよ。さあ帰ろう、僕に捕まって」
シィが腹に抱きつく。あとは酸素で上って帰るだけだ。
ホースを下に向け、酸素を放射させたそのとき。
「あ」
ゴンッ
ホースが海底に落ちた。僕の手ごと。
「あー……」
「なんと。では、私が上まで連れて行きましょう」
▽▽▽▽▽
クラムと言う名は、僕の開発者のファミリーネームだ。それを勝手に拝借している。本当の名前は忘れたけど、番号とアルファベットが混ざったものだった。
僕はアンドロイドだ。機械が人にどれだけ近づけられるかという実験と共に造りだされた。
何かを食べてエネルギーにしたり、息を吸って酸素を取り入れたり、脳味噌を使って思考したり、そんな機能を搭載された。
あらゆる願望を機器にしたこの世界で、アンドロイドにある程度の思考と感情を持たせられるのは難しいことでは無かったらしい。
この塔のがらくた達と違わず、僕も捨てられた。どうにも手足が外れやすいのだ。
なんとか陸に上がって一息つく。空を見れば太陽は頂点を過ぎていた。
「クラムさん。お休みのところ申しわけないのですが、ネジを早急に回して頂きたいです」
そういえばそんなこともあった。今度こそシィのネジに手をかけ、右にゆっくりと回す。
僕はシィよりずっとあとに開発された。だからシィは僕ほど人間らしく思考はできない。あくまでも最低限の、自分の役目を果たせるぐらいの頭。
つまりは余計なことを考えなくて済む。僕のように自分の意味について、ふと考え込んだりしない。
「あのさ」
「はい、なんでしょう?」
「今の世界はさ、自然をも管理できてしまう機械がそこら中に存在するじゃん」
「そのようですね」
「僕みたいに生き物さえも再現してしまうほど、人の技術は高い。そうして突き詰めていったら、どこまでいくんだろうね?」
例えば究極に人に近いものが出来たとして、彼らはどう扱うつもりなんだろうか。
それもまた、空から落とされて廃棄になるのだろうか。
シィは困ったように眉を下げた。
「申し訳ありません。私には考察できない質問です」
「……そう」
僕は立ち上がった。そろそろ夕食のために何かを調達しなければならない。
今日も僕は人のように暮らす。それが僕の目的であり、存在意義のように思えるのだ。
「可哀想、なのかな」
塔を見上げて呟いた。
高く高く積み重なったがらくた達は、何も言わない。