第二話 ちょっと訓練……のはずが
朝起きたら、窓のカーテンを開けて陽の光を浴びる。
人はそうすることで、体に朝になったと告げられるらしい。
「ん〜っ」
伸びをすると体の隅々がスッキリしていく。伸びをするとしないでは、大きな差があると私は思っている。
深夜にはお母さんとお父さんから頭のおかしなことを言われたけれど、あれは本当にあったことなのだろうか。
私は一度、水を生み出す魔法を使ってみた。
「……うん。まぁ、いきなりつかえなくなったりはしないよね」
その水で顔を洗い、ついでにうがいする。
神気で生み出したモノは、水や火など種類にかかわらず、力の供給をたてば消える。だから水を生み出して飲んでも、最終的なことを考えるとそれはやめておいたほうがいい。
最悪の場合、供給を絶った途端に干からびて死ぬかもしれない、とお母さんに言われた。
しわくちゃになって死にたいならいいよ、と。
階段を下りていき、そういえば昨日は足が重くなった気がしたんだ、と思い出す。いまではそんなことはなく、ただ精神的な問題だったのだろう。
ダイエットはいろいろとキツいらしいから、できればしたくないのだ。
今日は出発の日だ。
昨日は友達にお別れを言いに行ったり、学校の先生やらにお世話になりましたと言ったりした。
ちなみに、双子の妹と弟は私に「いいな〜」とか言っていた。何がいいのか……私は平穏にこの地球で暮らしたいというのに。
「憂鬱だ……」
本当に、どうして私が、と思う。
お父さんとお母さんがその気になれば、一瞬で集められそうなのに。
球探しのためだけに、高校を卒業したことにするお父さんもお父さんだ。いつも、お母さんにメロメロなのが気にくわない。
「いまさら言っても始まらない、か」
もう決まってしまったこと。ひっくり返すなんてことはできない。
まぁ、私が本当に断ったりすれば、次は双子に白羽の矢が立つか、お父さんとお母さんが速攻で回収するかのどちらかだと思うけど。
「おはよう」
「あ、優花、起きたんだね。出発はお昼の一三時。お昼ご飯食べたらだよ」
「は〜い」
昨夜も言われたことだ。
私は眠気まなこをこすりながら、台所に立つお母さんの料理を待つ。朝食から夕食まで、果てはお菓子の類まで作り出すお母さんは、そこに関しては尊敬できる。
ほかの家庭ではもう、市販のおかずやご飯しか食べていないなんてざらにあるのに。この家は、特殊すぎる。
「お父さんは?」
リビングを見回しても、お父さんの姿はない。午前七時半だから、いつもなら家にいるのだけど。
「もう仕事に行ったよ。出発の見送りしたいからって」
そう言いながら、お母さんは手作り食パンと目玉焼きにベーコン、そしてなぜか味噌汁をお盆に乗せて私の前に置いた。
いつも、こんな感じのアンバランスな食事だ。手作り食パンはどこの店よりも美味しいし、ただの目玉焼きなのにありえないくらい濃厚でとろみもあって、鶏の卵じゃないよね、と思うほどに大きい。
ベーコンもベーコンだ。これは本当にベーコンなのかな? と思ってしまう程度には、一度連れて行ってもらった高級焼肉店並みの旨みを出す。
だけど、味噌汁だけは普通。
「いただきます」
私は、だから、このお母さんを完全には憎めないのだろう。今回のような無理難題や、ボクっ娘なところがムカついたりしても、お母さんだから。しっかりとお母さんをしているから。
「ごちそうさまでした」
美味しかった。
これが、旅を終わるまで食べられなくなる。そう思うと少し寂しくも感じた。
「持っていく物の説明するから、一〇時くらいになったら裏庭に来てね」
「わかった〜」
お母さんが裏庭に続く廊下を歩いて行き、私は時間まであと二時間、どう暇つぶししようかと考える。
……これから危ない旅に出かけるのだから、自分の力の確認をしておいたほうがいいかな。
双子はまだ起きてこない。双子は二人で私に一歩及ばない程度で、だから私の力の確認にはちょうどいいのだけど……。
「手加減できて、ちょうどいい相手にもなる人……」
意外に、神の力を使う人は私の周りにいる。
その人たちはお父さんがかつて異世界に召喚されたとき、一緒に召喚された仲間だ。五人で召喚されて、一番強いのがお父さんで、二番目に強いのが勇気おじさんだ。
フルネームは有本勇気。召喚されてから行方不明になったおっちょこちょいな人だ。
ちなみに、お母さんはお父さんの召喚された世界の現地人だったらしい。
「勇気おじさん呼ぼっと」
手の甲に埋め込められた魔導具というものに神の力を注ぎ、神の力を扱う人だけとできる通話を利用する。
「おはようございます。おじさん。ちょっとお願いがあるんですけど……」
事情を話すと、そういえば今日か、と言っておじさんは目の前に現れた。
「おはよう、優花ちゃん」
ボサボサ頭に眠そうで冴えない顔。だらしないジャージを着て、パッとしない印象を持つけど、この人が地球のナンバースリーなのだ。
「じゃ、早速」
言葉少なな勇気おじさんは、神の力を解放した。
この瞬間まで一切の力を漏らしていなかったのは、ひとえに完全に制御できているから。
お父さんもできているけど、お母さんはどこか抜けているのか、制御が少し甘い。
もちろん、私なんてダダ漏れだ。お母さんよりずっと。
「これは……?」
「結界だな」
この中でなら、暴れても大丈夫ということかな。
私は試しに神気を手のひらに集めて、リビングの物を壊してみた。
あっけなく壊れるかに思われたそれは、やはりあっけなく壊れてしまった。
「……」
「やるよ」
おじさんは気にせず、私にかかってきなさいと言う。
この人、寝ぼけてるんじゃ……。
私がいつまで経っても攻撃しないからか、おじさんは私に向かって魔法を放つ。
とても綺麗な、真っ赤に燃える炎の球。基本中の基本だ、これは。
同じように私も、炎の球を作り出す。それをぶつけて相殺……なんてことはない。これに込められた私の力の密度とおじさんの力の密度は違うのだ。
よく練らないと、力負けしてしまう。
でも、私はまだそんなすぐに力を練れない。
「くっ……」
おじさんの球より三倍は大きな特大の炎の球を打ち出して、ようやく相殺する。と、思っていたらおじさんは衝突した爆風と閃光に隠れて、私の元まで来ていた。
「もっと練らないとな」
おじさんは耳元で囁いて、結界を解除した。すると、私が壊した物とか、炎の球で消えた物が元通りになる。
これが、魔法。不可能を可能にするのが魔法だ。
「まだ早いな……うちの子大丈夫か?」
ぼそぼそ何か言うおじさんは、私へのアドバイスやら何やらもなく、瞬間移動して帰っていった。
「結局こうなっちゃうのか……」
いつも通りのマイペースさに呆れる。
これから旅なのだから、少しくらいは助言とかしてくれればいいのに。
私がそう思っていると、お母さんが昼食の準備を始めた。
もう荷物の準備は終わったのだろう。
私も、自分の荷物で持っていかないといけない物を纏めようか。
第六回なろう大賞に備えてそれまでは毎日更新目指そう……バタッ